宇田にも、苦手な奴が居たとはな
「なんだ、宇田。今日も逃げてきたのか」
うちが営業部に貸し出されて1週間。
システム開発部の自分のデスクで、コンビニの菓子パンを咀嚼しながら細々した業務を片付けていたら、取引先から帰社した主任から苦笑の混じった言葉を頂きました。
パックのフレーバーティーで口の中の物を流し込んで、ジトッとした目線を送る。
「うちの事、もう呼び戻してくださいよぉ……。もう、彼は1人で大丈夫ですって……」
「ところが、さっき営業部長から宇田をもう1週間貸してくれって頼まれて、承諾しておいたから」
「おぅーのぉー」
デスクの上に両肘をついて頭を抱える。
後1週間も、あの犬っころと戯れるのか……。いや、嫌いって訳じゃないんだけれども……。
思わず呻いていると、完全にその事は無視った主任が「宇田は、ゴールデンウィークに予定あるか?」って聞いてきた。
「どっか連れてってくれるんですか?」
「あぁ、連れてやる」
「わぁ~い。嬉しいぃ~……とでも、言うと思います? どうせ、休みの間に導入しなきゃいけない学校案件の人員確保ですよね?」
「あぁ、そうか。この案件を取って来たのは新人だったな」
そうなのです。
新人営業の家常は、パソコンのトラブル関係の知識は素人レベルだったけれど、営業能力は高かった。
どちらかと言うと熱心に営業するという姿勢ではないのに、高確率で商談をまとめてくる。その押し売りしてこない姿勢と、人懐っこいワンコ系笑顔が相手の警戒心を解くらしい。
相手の状況や要望をきちんと理解して、それに合った商品を案内出来るスキルも持っている。商品のスペックやメリット、デメリット、過去の導入履歴とその後の反応なんかも独自でまとめていて、商品自体を把握するという事に関しては満点だった。
弱かったパソコントラブルに関しても、みっちり教え込んだから、もう1人でパソコンを組むことも出来る。エラーメッセージの確認方法やソフト不具合もデバイスマネージャの確認方法、OSの再インストールの仕方も教えた。
「いいですよ。どうせ予定もないので、働きますよぉー。稼ぎますよぉー」
今回の学校案件は、高校に新しいパソコンを納品するお仕事。
ただ持って行って「はい、終わり」とはならないのです。
設置して、初期動作を確認して、ネットワークとセキュリティ設定が必要。しかも、生徒用デスクトップパソコン100台とノートパソコン30台、教師用デスクトップパソコン5台の納品なので、初期動作でこける機体がないとも言い切れず、交換用の保守部材を持ち込んで、初期動作で不具合が確認されたパソコンは現地で修理します。
とりあえず、めっちゃ大変なのです。
「それで、何日がかりですか?」
「1日」
「何人で?」
「営業部から新人と係長、システムから宇田と雄大と俺、メーカーからも1人来るらしいから計6人」
メーカーっていうのが、パソコンを製造している会社。最悪現地で修理できない場合は、その人が初期不良交換対応の手配をしてくれるのです。
「きっつ~! 鬼やぁ~、鬼がおるぅ~」
「だからこそ、システムのメンバーが俺らなんだよ」
システム開発部のメンバーの中でも主任とユウちゃんは、オールマイティでスキルが高い。独自で判断を下せるだけの決定権もある。
「なるほどです。……さて、休憩時間も終わるし、行くかぁ……」
会話のキリもいいから、作業途中のデータは保存して席を立つと、そのタイミングで「宇田さぁ~ん」って入口から声がかかって、思わず両手を机に付いて項垂れる。
あぁ、うちのHPがギュイーンと減った。あぁ、減った……。
「家常……さん」
ぐったりと呟くうちに対して、横に立った主任が軽く笑うのが聞こえ、横目で睨む。
「宇田にも、苦手な奴が居たとはな」
「苦手と言いますが、めーいっぱいじゃれつかれるから、体力消費が激しいと言いますか……」
「飼い主の宿命だな」
「いやいや、飼った記憶はありません。うちは犬より猫派ですし」
主任も犬か猫かで言えば犬だけど、こっちは老成した大人しい犬って感じ。あっちは図体だけはでかくなった、やんちゃ盛りの犬っころって感じだ。
「それにうちが飼い主なら、うちの飼い主である主任が、家常さんの飼い主にもなるって事じゃないですか?」
「俺は知らん。勝手に拾って帰るなよ。むしろ、あっちに飼ってもらえ」
「それは、ないですわぁー」
うちと主任が真顔で話しているから、重要な仕事の話をしていると思ったらく、家常さんは近付いて来ない。
入口付近で、大人しく待てをしている。
うちより5ヶ月年上の彼は現在22歳で、学年的には1つ先輩。清潔感あるスーツ姿、顔は普通で、いつも人懐っこい笑顔。背は160後半ってところかな。
ここに入社する前は、住宅展示場で営業をしていたらしい。
うーん、悪くはないけれど、うちの好みではない。後、めんどくさい。
「ほら、そろそろ行ってやれ」
「はぁーい……」
やる気のない返事をしてから入口に向かうと、尻尾をブンブンと振るワンコの幻影が見えた。
「文章にする暇があるなら、業務フローでも描いたらどうだ?」って幻聴が聞こえます……。
2012/09/07 家常さんの年齢を修正しました。
2015/04/19 文頭にスペースを挿入しました。