……ヤバイですよ? 営業部
他社での打ち合わせや食事休憩で人が少なくなった時間帯に、部署ごとに置かれた携帯電話が着信を告げた。
会社で契約している携帯電話は、営業担当や役職者が持つ会社支給のスマートフォンとの通話が無料になる為、経費削減の一環で使用されている。
画面には以前退職した営業担当の名前と携帯番号が表示。
「システム開発部、宇田です」
とりあえず出てみると、相手は営業部のイエツネと名乗った。
イエツネ……。イエツネ……。
脳内を『Ctrl』キーと『F』キーで検索して……、グループウェアのインフォメーション記事がヒット。
聞き覚えがない珍しい苗字が、『家常』って漢字変換される。
確か、先日入社した営業担当者の名前が『家常匡』。
さらにインフォメーションの記事は、退職した営業担当の携帯電話を引き継いだという内容だった。
「松脇主任か、笹川さんはいらっしゃいますか?」
「主任は電話対応中で、笹川さんは社外に出ています」
「……そうですか。……あの、今、大学に納品しに来たんですけど、そこで前から置いてあるパソコンに不具合があるって言われて……」
「どのシステムですか? エラーメッセージは出てますか?」
営業担当は、パソコンや周辺機器の機械的不具合に対処できるだけのスキルを持っているというのが必須条件。
だから納品時に組み込んだシステム不具合についての相談かと思って確認したんだけど、どうやら違うらしい。
「いえ、ソフトではなく、パソコンが起動しないんです」
この回答に営業のスキルの低さを感じた。
「今日は1人で行かれているんですか?」
「はい。ノートパソコンの納品に行くだけでしたから……」
この会社で人の入れ替わりが激しいのが、うちらの部署と営業部。
営業部の人員不足は本当に厳しいみたいで、本来なら研修期間があるはずだが、それもままなっていない様子。
ここに電話する前に他の営業の人に連絡を取ってみたけれど、繋がらなかったらしい。
「パソコンが起動しないと言うのは、OSが起動しないんですか? それとも電源が入らないんですか?」
『起動しない』症状でも、その詳細によって対応方法が変わってくる。
次々に質問をして、不具合が出ている製品はオンボードのデスクトップのパソコン。電源は入っているけれど、画面出力しないという事まで確認できた。
リセットボタンを押してもらっても症状は改善しない。
「伺った限りだと、機械的不具合みたいですね。パーツ交換しないと修復は無理だと思いますので、製造メーカーに修理に出すか、パーツ提供を受けて交換対応をするかになると思います。大学でパソコンを管理されている方にどうされるか聞いてみてください」
「ありがとうございます。あの、ちなみにどのパーツが悪いって分かりますか?」
営業的には突っ込まれて聞かれた時の回答を用意しておきたいみたい。
「そうですねー、電源ユニット、マザーボード……、オンボードだからメモリも悪い可能性があるし、ちょっと今の情報だけだとマザーボードが何を搭載しているかまでは判断できないのであれですけど、比較的新しい製品ならVGA機能をCPUが持ってるから、CPUでしょ? ハードディスクは、ポストが立ってないから不良判断はできないですねー」
「はぁ……」
なんとも気の抜けた相づち。絶対、今の内容を理解してない。
「もう一度言いますよ? 悪い可能性があるのは電源ユニット、マザーボード、メモリ、CPUです。ハードディスクは現時点で不良判断できません」
電話先で家常さんが復唱する。
「そうです。それを伝えて、修理にするのか再度営業の方が訪問してパーツ交換をするのか相談してください。修理預かりの流れは分かりますか? 分からなければ共有サーバーの中のリセラーフォルダ内にPDFデータがあるので確認して下さい」
うちが営業の仕事内容に詳しいのは、うちらの部署もシステム納品や相手の企業でのシステム修正をしに行った際、同じように機械的不具合の修理について相談されるからだ。
お礼を言われて電話を切ったが、本当に大丈夫? って心配になったのも仕方がないと思う。
「トラブルか?」
早速アドレス帳の更新をしていると、電話を終えた主任が近付いて来た。
「新人営業君が迷える仔羊化してたので、軽くフォローしておきました。……ヤバイですよ? 営業部」
「あぁ、聞いてる。どうも完全に回ってないらしいな……。営業部長から誰か貸してくれって言われてるんだが、雄大くらいしか居ないんだよな……」
「うちの主要戦力ですよ?」
会社内でどうしても仕事が回らない時、人員の貸し出しがされる事がある。
大体は雑用だったりするんだけれど、中にはがっつり本業務だったり……。
うちも元々はただの雑用事務でバイトに入ったのに、ここの部署で人手が足らないって事で貸し出されて、言われるまま色々やってたら、意外に使えると思われたらしくて元の部署に戻してもらえませんでした。
まぁ、社員にしてもらって給料UPなんでいいですけど……いや、待て! そのせいでいっ君と別れる事になったんだから、良くないかも?!
「そうなんだが、他に人当たりが良くて、いざって時にパソコントラブルに対応できる奴は居な……」
うちが軽く余所事を考えてると、主任の視線が落ちてくる。
「宇田……、お前が行け」
「ちょっ! マジで?」
驚いてマジでとか言っちゃったよ。
「そうだった。宇田の存在を忘れてた」
「いやいやいや……」
「大丈夫。新人の営業に付いて技術的な補佐するぐらいだし、社外に出る必要がない時は、こっちに戻って来て仕事してくれて構わないぞ?」
「それって、ただ単に仕事増えただけやし……。新人って家常さんですか?」
「だろうな。他に入るって話も聞いていないし。どうだ?」
「……そのまま営業部に異動ってないですよね?」
うちの心配に主任は「その時は、ここの仕事を増やして、宇田を応援に呼んで返さなくするか」って有り難くない提案をした。
お久しぶりです(;゜ロ゜)
久しぶりの更新です! ちょっとムーンの方に出没しておりました。
こっちのお話は、相変わらずパソコン苦手な人には不向きな感じでお送りしております……。お願い、ついて来てぇ~! 引かないでー!
そして、なんか営業新人君とのフラグ立てちゃいましたw
2015/04/19 文頭にスペースを挿入しました。