傷心な部下の相手して下さい
「CPU交換してぇ~…」
PCチェアの背もたれに寄りかかって、ギシギシと軋ませながら呻けば、隣の席に座る一回り年上の上司から一瞥を貰う。
松脇將。32歳(ただし外見年齢は23~25)。背は183cmと高めで、顔は中の上。役職は主任ってスペックの上司は、モニター画面に視線を戻して「それは、宇田の頭のCPUか?」って聞いてくる。
「Yes! しかもうちに搭載されてるのはSocketAなので、もちろん焼き鳥チップですよ?」
ゆる~い口調で返答しながら、顔だけ主任に向ける。
SocketAは、ADMプロセッサ用のCPUソケットで、焼き鳥チップはコードネームが『Athlon Thunderbird』のCPUの事。ヒートシンクの取り付けミスとかによる冷却不足で熱破損が多発した製品で、雷鳥を熱で焼く=焼き鳥なのです。うちが小学校低学年の頃に発売された製品で、低価格が売りでした。
「マザーボードも交換してi7搭載しろ」
i7はIntel Core i7の事で、ハイエンドなCPU。最近発売のお高いCPUですのよぉ~。
だけどその分処理速度も速い。まぁ、Athlonに比べれば今の製品はみんな速いけどね。つまり、CPUが高性能=頭の回転が速いってなるのです。
「それより宇田、年齢と性別詐称してないか?」
「失礼な! 3ヶ月前に成人式の写真見せたじゃないですか!」
見せたと言うより、メールで送りつけたんだけどね。
「あぁ、あの日本広告審査機構に訴えられても仕方のない写真か?」
「酷いなぁ~。ちゃんと本人ですよ? まともに化粧しただけです」
成人式の前夜に、バスと電車で1時間半かかる実家に帰って、朝早くから自宅で美容院をしているお母さんに髪のセットと振り袖の着付けしてもらい、メイクは自分でした。
会社では目薬をさす比率が半端なくて、アイメイクなんてできたもんじゃありません。マスカラ塗ると、カールが落ちてきた時の視界に入る邪魔さ加減にイライラするし、化粧する時間があるなら睡眠に当てたい。
だから普段はオールインワンのクリームを塗って、BBクリームとルースでベースメイクは終了。後はリップクリームを塗って終わりという手抜き加減。1つに複数の機能って、最高!
髪型も大体いつもシュシュで一つ結びするだけ。頭痛持ちなので、下手に凝った髪型をしていると就業時間まで保たなかったりするのです。
「そうか。女に化けたんだな?」
「違います~。ちゃんと女子ですよ、女子! 生まれつき性別は女性ですし、乳だって意外にあります!」
他の人は帰宅したので、今は2人きり。この時間帯はいつもこんな感じなので、主任は慣れっこ。
「お前なぁ~。男相手に乳とか言うな。後、揉むな!」
「はぁ~い」
再びぐったりと椅子にもたれ掛かったら「どこまで出来たんだ?」って進捗状況を確認された。
手元の仕様書を主任に向けて「ここまで終わりました」って報告。
「なんだ、キリがいいじゃないか。もう帰れよ。日付変わってるぞ?」
「あ~、本当ですね」
言われて、液晶モニターの右下を確認すると0:23の表示。
今日はもうやる気が起きないので『Alt』キーを押しながら『Tab』キーで、複数開いたウィンドウの下からインターネットブラウザを表示させ、グループウェア上にある『退勤』ボタンをクリックした。
同じ画面上に表示されているスケジュール表も確認して、明日の……あぁ、もう今日の午前中のミーティングがある事を思い出してげっそりする。
――会社に泊まりたい……。
――午前中にミーティングなんて、マジでないけぇ~。
――会社の仮眠室なら、起きてすぐ出社できるのに……。
そんな事を思いながら、パソコンの電源は落とさないで、モニターの電源だけ落とす。
「松脇主任は、まだ帰らないんですか? 今やってるそれって、新しい案件のですよね?」
うちが勤めるのは笹川システムサービスという、コンピュータに関するシステムやデジタルコンテンツの企画、開発およびコンサルティングをメインにやっている会社。
他にも、インターネットを利用した各種情報発信の企画、制作、代行やパソコンメーカーと代理店契約をし、パソコンやその周辺機器の販売や保守サービスの提供なんてしている。
簡単に言うとパソコン本体とか周辺機器とか売って、会社で使うシステム作って仕込んで、サポートもするよ! ホームページの作り方が分からない? 代理で作るからお金ちょーだいってお仕事です。
所属はシステム開発部と呼ばれる部署で、松脇主任はプロジェクトの管理、運用をするプロジェクトマネージャー。とりあえず、一番偉いリーダーさんです。
「そう。外注された仕事で、合板の成分量から強度を自動計算するソフトだな」
「金とか銀とか銅とか鉄板とか?」
背もたれを鳴らしながら聞いたら、思いっきり脱力されました。
「いや……、そこで何で鉄板?」
「えっ? 合板って言ってたから」
「あのな……、金と銀と銅は材質で、鉄板は形状! 遠すぎてどう近付けようかと思った。大気圏まで行ってたぞ!」
「あっ、そっか」
松脇さんの説明に納得して頷くと「ダメな奴」って言われたので、すかさず「ダメな子ほど可愛いんです!」って主張したら「変な売り込み方すんな」ってバッサリと切られた。
「で、帰らないのか? 俺、もうすぐ帰るぞ」
「帰ったって、1人なんですもん……」
「彼氏はどーした、彼氏は」
高校時代から付き合っていた2つ年上の彼氏と同棲中っていうのは、周知の事実。だって、惚気まくってたから……。
「出て行きました」
土日休み……まぁ、最近は休日出勤も多いうちと、平日休みの彼氏は休みが合わない。その上、うちの帰宅は日付が変わってからばっかり。
2人で住んでいる2DKのアパートに帰っても、暗くて静かな部屋が出迎える。寝ている彼氏を起こさないようにシャワーを浴びて、コンビニ弁当を食べて、彼氏が背を向けて寝ているワイドダブルのベッドの端に潜り込んで眠るのだ。そして、起きたら彼氏は出社していて……と、すれ違い生活の日々。
メールも『今日も遅い』とか『ご飯、先食べて』とか、ほぼ業務連絡。
「気付いたら1ヶ月以上まともに会話してなかったんですよねぇ……」
コツンと机におでこを乗っける。
「松脇しゅにぃ~ん。帰るなら、うちとご飯食べません? 傷心な部下の相手して下さい」
ダメ元で言ってみたら「奢らないからな」って返事が返ってきた。
こんな会話する奴なんて居ないだろうと思いの皆様、……居るんですよ。パソコン関係の仕事やってる人の日常会話なんですよw
あっ、念の為……、こちらの作品はあくまでお話です。
実在の企業、人物等とは無関係ですので、よろしくお願いします。
2015/04/19 脱字修正と文頭へのスペース挿入をしました。