第4話
「ぶさいこ?」
注文をとりに行ったお客の意味不明な言葉に、わたしの頭に飛び交う疑問符。
百合の様にしなやかに首かしげ、仕草で問いかけるわたしにお客様が口開く。
「いや、名前。舞彩子なのかと思って」
まあ、なんという事でしょう。
舞彩子が百合の様に美しいんじゃなくて、百合が舞彩子の様に美しいんだよ。とお父さんとお母さんに小さい頃に言われた事もあるわたしなのに。
そのわたしをよりによって不細工とは、どういう教育方針で育てられたのかと疑問に思う。
わたしは彼の生い立ちに同情しつつ、自分の胸に付けたネームプレートを指差した。
「これは舞彩子と読むんですよ」
「えー。どう読んでも舞彩子でしょう」
小学校すら通わせて貰えず、漢字の読みが苦手らしい彼の不幸を思うと涙が溢れ出そうになったわたしは、注文を取るとすぐに裏へと引っ込んだ。
すると同じく他のお客の注文を取ってきた聡美さんと顔合わせ、さっそく語る薄幸の青年の物語。
「なんだか凄い馬鹿が居ます」
「どんな馬鹿なの?」
「わたしの名前を舞彩子と読むんです」
ネームプレートを指差すわたしに、聡美さんは落ち着いた微笑を顔に咲かせた。
「それはまさこちゃんが可愛いから言えるのよ」
「どういう意味ですか?」
「本当に不細工と思ってたらそんな事言えないわ」
なるほど……。
聡美さんの提言は客観的な説得力を持ち十分納得のいくものだったけれど、それでも不細工といわれた不快さを拭い去るに至らず。
彼のカレーを注文より辛くしてやろうかと敵意が疾走しタッチダウンを狙うも、オーナーとしての責任感がタックルし事なきを得た。
注文通り13133(白ご飯・普通盛り・ビーフカレー・ルー普通盛り・辛口(普通))という趣もセンスの欠片も感じられないカレーを手にすると、彼の元へと持っていく。
「お待たせ致しました」
むかついてるのを自然に隠す微調整が苦手なわたしは、ことさら営業スマイル全快、カレーをテーブルの上に置く。
すると彼から意外な一言。
「ありがとう」
思わずカレーを辛くしようとしたのを反省しかけたけれど、その感情も次の一言で刹那に泡と消え。
「お水ちょうだい。ぶさいこさん」
記憶力に問題がある彼を哀れと思いつつ、喉が渇いているのだろうと親切心を働かせコップの縁ぎりぎりまでお冷を汲んであげた。
裏に戻るとまたAAAさんが居たので、哀れを誘う彼の身の上を相談した。
「やっぱり馬鹿です。またわたしの事をぶさいこと言いました」
「それはまさこちゃんに気があるのよ」
「どういう事ですか?」
「男の子って好きな女の子に意地悪したくなるものなのよ」
なるほど……。
聡美さんの分析は経験に基づくものと思われ、真理をさしていると考えられるけれど、でもそんな小学生の様な思考の男はわたしの好みではない。
そうこうしている内に、カレーを食べ終わったくだんの男は席を立ち、わたしは彼との今生の別れを期待しつつレジへと向かう。
ところがわたしの期待は悪い方に裏切られ、メンバーズカードを作るとのたまう。
13133(極普通のビーフカレー)なんていう番号をメンバーズカードに書く必要があるのかと不思議に思ったわたしの目に、彼の名前が焼きついた。
店を出る彼の背にご挨拶。
「またのお越しを武三郎さん」