表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第1話

「責任者出て来い!」


 やってしまった……。


 わたしはこの番々館カレー本店でウェイトレスをしている今木舞彩子いまきまさこ19歳。

 もっとも本店といっても、この1店しかないのだけど。


 時間はお昼時、空になったお客様のコップにお冷を注いでいたら、わたしの後ろに座っていた別のお客様が急に立ち上がり、わたしのお尻をドンッ! と。


 結果、突き飛ばされたわたしは、テーブルの上に豪快にお冷をぶちまけてしまい、その席に座っていた中年男性のお客様は激怒なされる事この上なく。


「大変申し訳ありません!」

 と、ひらにお許しのほどをと願ったけれど、わたしのささやかな望みはかなわず、お客様はお怒りなされるばかりなり。


 はたして冒頭のお決まりの台詞に相成ったのだけど、すると店の従業員のみならず御常連のお客様もその責任者を指差されたのでした。


 何を隠そうわたしへと。



「気にしなくていいわよ。後ろから押されたんじゃどうしようもないもの」

 と、お昼の混雑時を乗り切った後一息ついたわたしを慰めてくれたのは、お母さんの後輩の聡美さん28歳。

 わたしのお母さんの後輩にしては若いって思うかも知れないけど、学校の後輩ではなく会社の後輩なのでした。


「ありがとう聡美さん。でもクリーニング代取られちゃったし……」


「それは仕方ないわよ」


「だって水ですよ? 乾けば跡形も無くなるのに!」


「でも、あそこで長々と苦情を言われてちゃ店内の雰囲気悪くなっちゃうし、舞彩子ちゃんがずっとあのお客に捕まってたらお店が回らなくなるわ」


「それはそうですけど……」

 わたしを入れて従業員3人の小さなお店じゃ仕方ないのかな……。



 元々わたしのお父さんは無類のカレー好きで、社内結婚したお母さんと一緒に全国のカレーを食べ歩くのをライフワークにしていたのだけど、趣味が高じて脱サラして自分でカレーの店をやると言い出したのが1年と少し前。


 当時高校3年生で受験勉強に勤しんでいたわたしは、こんな時期に生活環境が変わるなんて! と家族会議にて中止の議案を提出したのだけど、投票の結果2対1で否決され。


 言わずもがなに受験に失敗したわたしは、結局カウンター席8席、テーブル席6席というお店ウェイトレスをする事に。


 こうなると初めからわたしにお店を手伝わせる心算で、わざと受験の邪魔をしたのかと陰謀説も囁かれる。


 救いなのは、案ずるより産むが易しというけれどお店は意外と繁盛し、脱サラした挙句一家路頭に迷うという事も無く。


 それどころか一戸建ての家を建てると言い出す始末。


 わたしは例によって建設中止の議案を家族会議に提出したのだけれど、卑怯にもお母さんが談合による裏工作に乗り出し、投票の結果は3対0で不成立。


 こうしてわたしは5ヶ月前に、家で念願のうさぎを飼う夢を果たしましたとさ。


 そしてここでお母さんの後輩の西野聡美さんと、さらにお父さんの後輩の曽根弘幸さん30歳が登場。

 とは言ってもお父さんとお母さんは社内結婚なんだから、みんな同じ会社だったのだけれど。


 元々この二人は、お父さんとお母さんと一緒に全国カレー食べ歩きに随行していたほどのカレー好き。


 聡美さんと弘幸さんが2号店を出す事になり、それまで番々館カレーだったうちの店は番々館カレー本店に昇格。


 二人がうちの成功を聞きつけて来たとも、お父さんが無理やり二人を引きずりこんだとも囁かれるけれど、真相は闇の中。


 聡美さんと弘幸さんは、本店で修行をしつつ店舗を出すのにロケーションの良い物件選びの日々。


 ところが、すべて順調と思われた矢先、お父さんとお母さんが交通事故に。


 休日に山道をドライブしている時に崖から転落。

 警察が言うには他の車と接触した形跡もないし、飛び出して来た野生動物を避けようとしてハンドル操作を誤ったのではないか、との事。


 突然両親を失い葬式で泣き崩れるわたしだったけれど、今後の生活をどうしようかと冷静に考えるわたしが、悲しみに号泣するわたしを冷静に見下ろしていた。


 葬式の後、執り合えず家のローンをどうやって払っていこうかと、ローンの取引銀行に相談しに行ったわたしはそこで意外な言葉を耳にする。


「いえいえ、ローンの支払いは結構ですよ」


「ええ! もしかして現金一括で払ってたんですか?」

 銀行員の言葉に驚いたわたしは、だったら初めから銀行が介入しているはずが無い馬鹿な事を言ってしまい、銀行員に笑われる事に。


 もっとも銀行員も両親を亡くしたばかりの相手を笑ったのを不適切と思ったのか、すぐに笑いをおさめたけれど。


「みなさん住宅ローンに入る時には、もしローンの債務者が亡くなった場合、支払いが免除される保険に入っているんですよ」


 なるほど、なるほど。と銀行員の説明に頷いたわたしは、これでローンの事は解決したと銀行を後にした。


 でも、遺産の事を色々と調べた結果、相続税とやらを支払わなくてはならないらしい。


 どうして両親の財産を受け継ぐのに税金を支払わなくては成らないのか理解に苦しむけれど、19歳のわたしにはまだ選挙権が無いので、相続税反対の政党に投票するのは諦めた。


 もっとも相続税を廃止しようなんていう政党があるのかどうかも知らないのだけれど。


 家で机に座りネットで相続税をどれくらい支払わなくては成らないか調べていると、茶色いうさぎが足元をぐるぐる回り、かまってかまってと頭をこすり付けて来る。


 片手でパソコンのマウスを操作しながら空いた手でうさぎを撫でてやると、気持ちがいいのか身体の力が抜けて床に平べったくなった茶色いうさぎは、大きなわらじの様。


 相続税を調べた結果、店が繁盛していたのでそれなりに貯蓄は有るけれど、やっぱり税金を払うには家を手放さなくてはならなさそう。


 家を相続するのにその家を手放さないと相続税が払えないなんて笑い話みたい。と思わずケラケラ笑っていると、そこに保険のおばちゃんの姿をした救世主が登場。


「亡くなられたお父様とお母様は保険に入っていたので、今後の生活は大丈夫ですよ」

 と救世主は、少しでも力を込めたらボタンがはじけ飛びそうなピチピチのスーツを着て信託を述べた。


「相続税の支払いも大丈夫なんですか?」


「ええ。お母様が死亡保険に加入しておりましたので、その保険金で十分支払えます」


「でも、今後の生活は?」


「それも大丈夫です。お父様が収入保障保険に御加入されておりましたので、後20年とちょっとは毎月20万円が支払われます」


 パパ! ママ! ありがとう!


 そしてさらに家は賃貸に出す事にした。

 1人とペットで住むには広すぎるし、住み始めたばかりなので愛着がある訳でもない。

 折角お父さんが建ててくれたのに! と思わない訳でもなかったけれど、あくまで貸出すだけで将来は自分で住むのだからと割り切った。


 そしてさすがは建てたばかりの一戸建て。わたしが住む分のペットOKな2DKの家賃を支払っても毎月10万ほどの差額収入になりました。


 これで保険金と家賃収入で、自分の住む部屋の家賃とは別に毎月30万の収入。

 わたしをいざなうニートの世界。


 ところが3日間の体験入学、家から一歩も出ずにごろごろしていると、あまりに暇過ぎ死にたくなった。


 これでは行けないと考え直し、そうだ! 残されたお店をわたしが切り盛りしよう!

 どうせ毎月30万の収入があるんだ。お店は赤字さえ出さなければ大丈夫! とぬるく考えていたわたしは、はたと気が付いた。


 わたしはウェイトレスしか出来ません。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ