偏愛
この物語はフィクションであり、妄想の産物です。
現実社会とは一切関係ありません。
曰く、人を殺すという行為は、愛情表現の一種である。
これは一人の男が、とある殺人事件で逮捕された際に供述した内容を記したものである。
「僕、人が好きなんです。だから愛したんですよ」
世間や警察を騒がせた殺人に関与したとは思えない丁寧な言葉遣い。
場所が取調室でなければ、カフェの一角でコーヒーを優雅に啜っていそうな雰囲気を醸し出している、この男。
名は、武蔵野先 舞狭。
二日前に五人の女性と一人の男性を殺害した罪で逮捕された男である。
「それで、一体何が聞きたいんですか?」
男が口を開く。
その真相を語るために、恋話に浮かれる学生のような態度で、己の過去の罪を打ち明け始める。
「一人目の女性は、艶のある長い髪が魅力的な方でしたよ。だから、後ろから髪を傷つけないように首を縄で括ってあげました」
男が、自分の髪を撫でながら、言う。
知り合いに世間話をする学生のような、明日の天気は晴れのち曇りだと告げる天気キャスターのような態度で言葉を紡ぐ。
「二人目の女性は、儚く可憐な声が魅力の方でした。だから、喉を傷めないように布で口を塞いで心臓を包丁で刺してあげました」
男が、喉元を擦りながら、言う。
まるで歌劇を唱う合唱団の一員のような、コンサート前に喉の調子を確かめる歌手のような態度で、真実を唄う。
「三人目の女性は、好奇心の強い純粋な目をした方でした。だから、その目が濁らないように綺麗に抉ってホルマリンに漬けました」
男が、警察官の目を見ながら、言う。
まるで世紀の大発見をした子供のような、締め切り前に何とか締め切りを伸ばす方法を思い付いた学者のような態度で、天を仰ぐ。
「四人目の女性は、小さく柔い手をお持ちの方でした。だから、その手が傷つかないように切れ味の良い斧で腕を切り落としました」
男が、己の手を擦りながら、言う。
まるで自分は天才だと考える凡人のような、盗みを悪いことだと教わってこなかった子供のような態度で、肩をすくめる。
「五人目の女性は、魅力的な肉体で人を惑わす方でした。だから、その肌が傷つかないように睡眠薬を飲ませて逝かせてあげました」
男が、わざと声を落として、言う。
まるで人生で初めて恋を知った少女のような、隠していた過激な恋愛趣向が顕わになった時のサディストのような態度で嗤う。
「さて、誰の事を聞きたいですか?」
男の口は、止まることを知らない暴走列車のように走り続け、初めて外に出た子供のような態度で愉しげに言葉を紡ぐ。
だから警官は、男の狂った言動に気味が悪くなり
「……誰の話も聞きたくない、これが本音だ。頭の狂った奴の言動なんか眩暈がするだけだからな」
と言って、目頭を押さえたのだ。
これは一人の男が、先程の五人を殺害した事件に対して同じ発言をした後に、警察官が発した内容を示したものである。
全ては、一人の警官が発した
「……あんた、本当は人を殺してないだろ。何を隠してる?」
この言葉から、始まった。
「……は?」
これには思わず、男は驚愕したまま、固まってしまった。
つまり、その態度が示すのは……。
その警官の言葉が真実である、ということ。
つまり、この男はシロだと警官は思った。
誰かを庇っていると考えたのである。
だが、その考えは間違っていた。
なにせ、この男は突拍子の無い警官の言葉に驚いただけだったのだから。
第一、先程まで人を殺めたと話していたのに、何故その逆の結論に至るのか。
だが、この勘違いは男にとって幸運だった。
なにせ、男には人生の全てを使っても隠さねばならない秘密があったのだ。
だが、そんな男の心の内とは裏腹に。
時は止まらず、思考は大荒れ。
先程の良く走っていた口も塞がり、為すがまま。
ほとんど、無意識の内に
「一体、何を言っているので?」
と言いながら、
「隠してるも何も、僕はただ真実を警察の方に話しているだけですよ?」
と、まるで男は、己が無実だと言われたのが信じられないのか言葉を重ねるのである。
普通は、逆のような気もするが、気にしてはいけない。
そして、そんな言葉では警官の目は誤魔化せない。
「いや、隠してるだろ。例えば、本名とか」
「はい?」
「名前だよ。だって、あんたの名前、西崎 海だろ?」
その瞬間。
一体、何を言っているのだろうか、と思ったのは男の方である。
なにせ、その名前が示す人物は男にとって死んだ筈の唯一の親友だったのだ。
「……うみ」
「おい、あんた。顔色悪いぞ、大丈夫か?」
その時、警官は勝ったと思った。
確実に、この男が西崎 海だと確信したのだ。
「違う、そんな筈」
だが男の、小さな独り言は続く。
まるでサンタクロースの正体は親だと告げられた子供のような、自分が信じていたことが全て虚像だと告げられた宗教信者のような態度である。
当然だ。
死んだ筈の友人が生きていると言われたようなものである。
「いや。あるだろ」
だが、警官は止まらない。止めてはならない。
なにせ、その男の親友。
つまり、西崎 海は合計二十余人と五匹の動物を殺害した容疑があるのである。
だから早急に、この男が西崎 海である証拠を探す必要があったのだ。
「答えろ。あんたの本名は、西崎 海だろ?」
だが、ここで警察の誤算だったのは。
この場にいるのが本物の武蔵野先 舞狭であり、西崎 海が既に自殺していたことだろう。
つまり警察の考えていた隠し事とは、武蔵野先 舞狭の姿を装っている西崎 海が今回の事件を起こした犯人である、という意味だったのだ。
すなわち警察は武蔵野先 舞狭の事を、哀れにも西崎 海に名誉に傷を付けられた一般人だと考えていたのである。
なにせ件の西崎 海、人に化けるのが上手いのだ。
老婆から年若い女性、青年から中年のおっさんにまで化けるのである。
だから今も、警察は取り調べの裏では本物の武蔵野先 舞狭を捜索し、目の前にいる男は西崎 海だと考えて行動しているのだ。
つまり先程の人を殺していない発言も、本物の武蔵野先 舞狭は殺していないという意味になるのである。
「いえ。僕の名前は、武蔵野先 舞狭ですが」
まあ、そのような事実は、一切なかった訳だが。
しかし、この後。
事態は急展開を迎える。
なにせ武蔵野先 舞狭を捜索中だった警官の一人が、武蔵野先 舞狭の家を調べた結果。
自宅敷地内の木の傍で何かを埋めたような跡が見つかり、その場所を掘り返してみると西崎 海のものとみられる遺体が土の中から発見されたのだ。
そして、その後。
その遺体について男に尋ねると、自分が殺したというのである。
そこで本格的に、この男。
つまり武蔵野先 舞狭は逮捕されたのだ。
ここから先の記述は、武蔵野先 舞狭が逮捕された後に記したものである。
それにしても、何故このような勘違いによる産物が起きたのだろうか。
一つ目の原因は、警察が西崎 海という人物が死亡したと知らなかったこと。
二つ目の原因は、この武蔵野先 舞狭という人物が、西崎 海の信者であったこと等があげられるだろう。
では何故、警察が西崎 海の死亡を知らなかったのか。
これは単純である。
なにせ、武蔵野先 舞狭が独断で西崎 海の死亡した痕跡を全て消したのだ。
つまり、武蔵野先 舞狭。
元々シロではなく真っ黒であり、本当に真実を話していただけだったのだ。
しかも、この男。
既に警察が西崎 海の死亡を確認していると、警察は優秀だから当然だと、謎の信頼を抱いていたのである。
後に、取り調べを行った警官は、この時の気持ちについて問われると
「いや、完全に前提が違ってたな。まさか無実の一般人じゃなかったとは」
という言葉を零すらしい。
つまり、ここで勘違いが発生し、一同は混乱の渦に叩きつけられることになったのだ。
そして、この武蔵野先 舞狭。
先程も述べた通り、立派な西崎 海の狂信者だった。
これも、逮捕後の取り調べでわかった事だが。
今回の事件を起こした理由の大部分に、西崎 海からの指示を挙げたのである。
つまり、西崎 海が命じたから、人を殺したのだ。
恐らく、自分の目を抉れと言われたら、その指示通りにするタイプである。
しかし、最後に一つだけ。
武蔵野先 舞狭は嘘をついた。
それは西崎 海は他殺ではなく自殺であったことである。
しかし、それは武蔵野先 舞狭以外に、知る者はいない。
そして事件は、これだけでは終わらなかった。
なにせ武蔵野先 舞狭は後に、西崎 海の痕跡を消した理由について
「美しいものは、美しいまま傷一つなく維持しないと意味がない。美しくないものに、興味はだろう?」
という独特な感性を語りながら、独房生活を終えたからである。
つまり、西崎 海が指示を出さずとも。
この男は近い将来、人を殺していたという事だ。
ああ。これが善良なる人々の目に触れ、周知されることを願う。
なにせ今度は、あの男が自分の趣味趣向に走るあまり、二桁では済みそうにないのである。
あの男は全人類を美しいと思っているが故に。
お読みくださり、ありがとうございます。
楽しんでいただけると幸いです。




