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第二話 黄桃か白桃か

 しかし『亀頭』ではない。それは確かなことだ。

 この世でたった一つ信ずるに足る事実。

 そして、この私からもう一つ、疑いようのない真実を告げよう。


 孫六の刃で割るやいなや赤子が生まれたくだんの桃。

 後に『桃太郎』なる名を授かるその子を我が妻・珍子が産湯に浸け、おもむろにはだけた胸元から露出する乳房を赤子の口元にあてがうその傍ら、私は恐るべくも桃を食そうと試みた。

 結論から述べよう。

 私は口に含ませた桃の一欠片を床へ吐き捨てた。

 薄紅に熟れたその色艶に反し、水に浸した段ボールを思わせるその空前絶後の食味は特大の不快感と悪寒をもって私の味蕾みらいを刺激した。


「ちょっと學さん。この子ったら乳首を噛んだわ!」


 珍子は干からびて久しい母性本能を取り戻したらしい。

 慈愛の表情を湛え、はだけた胸元をそのままに私へ迫る珍子は、今しがた抱き合った珍子とはまるで別人のように思え、その官能的な出で立ちにも関わらず股間が怒張することは無かった。

 ジョニーは正直者である。

 あるいは、日に二度は昂ぶれぬという男性機能の低下の現れ(老年性インポテンツ)なのか?

 一瞬の疑念は私をしばし憂鬱に暮れさせた。 



◇◇◇



 生後間もない桃太郎の顔つきはガッツ石松に酷似していた。

 その事実は私と珍子を戦慄させたが、生後二日、三日、一月と経るに従いそのご尊顔は次第に柔和に綻び、私たちの恐怖心は杞憂に終わった。


 時を同じくして、不可解な現象が金平家に起きつつあった。

 桃太郎を授かったあの晩、水に浸した段ボールのごとき巨桃を20年越しの「初めての共同作業」と言わんばかりに貪り食って以来である。

 私の身に起きた異変は以下の通りだ。

 老年性インポテンツの疑いのある我が半身ジョニーは以来、日に五度の射精を繰り出すようになり亀頭が吹き飛ばんばかりの勢いを見せた。

 今や子育てに精を出す珍子を押し倒すのも憚られる昨今、私は芝刈りの合間を見繕っては大自然を相手にメイクラブを織り成した。

 私は充実した性生活を四半世紀ぶりに実感した。


 そして、珍子は私の子を妊娠した。

 齢54にして妊娠。あり得ない話しではないがしかし。

 こころなしか肌もかつてのハリを取り戻したかに見える。

 これでは、あの桃が若返りの秘薬であったようにすら思える。

 あの食味は良薬ゆえの不味さだったと言うのか。

 謎は深まるばかりである。


 そんな両親の元ですくすくと育つ桃太郎の成長ぶりには目を見張るものがあった。

 生後2ヶ月、桃太郎は開脚前転の心得を体得。

 生後半年にして5ヶ国語を操り、生後2歳の節目では近所のガキ大将たけしくんをモンゴル相撲で相手取り、これに勝利した。

 そして三歳、五歳、十歳と月日は移ろい───


 時は西暦2026年、7月某日、東京は奥多摩の日向峠ひゅうがとうげにて。

 私の名は金平學。父の代からの林業で生計を立てている片田舎に住む72歳だ。

 妻は珍子という珍しい名前をしている。

 二人のせがれと共に裕福ではないが決して貧しくはない生活を送っている。

 私たち夫婦はもうすっかり「お爺さん」「お婆さん」と呼ぶに相応しい老齢だが精力は漲っている。

 まだまだ世代交代の必要はあるまい。


 今日も今日とて湘南工科大学附属高校へ通学すべく、玄関の框に腰掛ける桃太郎。

 私はおもむろに桃太郎の背に立ち、その頼もしい肩に手を置いた。

 背丈ではとうに私を追い抜き、力強い体躯は過酷な林業にもってこいである。

 私は自慢の息子を送り出すべく口を開いた。


「さぁ、いってらっしゃい。桃太r」


 言い終える寸前、私のボディを凄まじいアッパーカットが貫いた。

 理解を越えた衝撃に私の意識は混濁し、昨晩珍子が掃き掃除をした玄関口に吐血した。

 なんとか這いつくばり、視線を上に向けると、私の脆弱な体躯を突き刺さんばかりに冷徹な桃太郎の目。



「気安く俺の名を呼ぶなよな。……クソジジイ」



 金平桃太郎・18歳!思春期突入ッ!!




❷ 黄桃か白桃か(完)

 母親を殴る桃太郎!怒髪天を衝く學ッ!


 丸太のような脚で蹴り上げる息子!芝刈り機で轢き殺す父!


 躾不足は18年の時を経て巨大な歪みとなり、一世一代の親子喧嘩を巻き起こす!



 次回 -「女を殴る夏」 乞うご期待!

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