第一話 誕生
新婚時は互いを思い遣っていた。
いつからだろう、こんなにも居心地が悪くなったのは。
私の名前は金平學。父の代からの林業で生計を立てている片田舎に住む54歳だ。
妻は珍子という珍しい名前をしている。
家事全般は彼女に一任している。
結婚して23年になるが、この頃夫婦間は冷え切っている。義務的な会話でしか口を交わさない日々。
帰りが遅くなれば食事も各々でとる個食が増え、前まで書き置きが添えられていたおかずも、いつしか机の上にポツリと寂しく置かれていることが当たり前になっていった。
7月某日
朝、照りつける日の光に路傍の草花も鮮やかな青さを見せ、夏本番といったところ。
今日も今日とて山に芝刈りに出かけるため、玄関の框に腰掛け安全靴を履く。
後ろに気配を感じ半身振り向くと、そこには珍子の姿があった。
52という齢とは裏腹に、凛とした佇まいで所作の端々に気品が感じられる。
私は決して彼女への愛が尽きたわけではない。
当時から今日に至るまでその思いは変わらない。
「いってらっしゃい、學さん。」
彼女の口から思いもよらぬ言葉が出て、私は刹那思考を放棄し、ただ固まっていた。
「どうしたんだ急に…」
「ごめんなさい、今まで。」
愛が尽きたわけではないのは珍子も同じであった。
「ずっと學さんと話したかった。
でもあなたは家を留守にすることが多くてもう私への関心もあなたの髪の毛と同じように薄れていったのかと思ってた。」
「でも違った。私がソファでうっかり寝てしまったとき毛布をかけてくれた、家事の疲れでヘトヘトになってたとき暖かい言葉をかけてくれた、ご飯にカレーのルーをかけてくれた。」
彼女の頬には涙がつたっていた。
これまでの蟠りがさらさらと空風の前の砂のように無くなっていった。
「お、おれ、も。」
瞬間的に彼女への愛が横溢。そのまま手を取り押し倒す。
股間にも張りが生まれ、ブレーキはとうに壊れていた。抵抗はせず寧ろ悦びの感さえ彼女の顔から窺えた。彼女の服を剥ぎ取り乳房を曝け出す。間髪入れずに艶のあるその果実を(中略)。
頬は赤く染め上がり、額からは汗が滴る(中略)。
彼女はうめき声とも取れる(中略)。
お掃除フェ(省略)。
◇◇◇
時刻は正午を回っていた。
「なにか作りますよ。」
「ああ、ありがとう。久しぶりに二人で食べよう。」
彼女のつくしの煮物は絶品で、世界でこれより美味いものはないと断言できる。
午後からは各人作業を始めた。
お爺さん(私)は山へ芝刈りに。
お婆さん(珍子)はドラム式洗濯機で洗濯へ。
林業とは過酷を極める。比喩でなく生死に関わる。
夏の暑さもあり水分は必須であるが、非情にも水筒の中身は底をついた。
近くに川があるため、水を汲みに草木を雑な足取りで踏み荒らし道なき道を進む。
進んでも景色の変わらぬ森。土の匂い。
鳥のさえずりが木々の間を抜け響く。
川に逢着し水を飲もうとした瞬間。
川上からどんぶらこ、どんぶらこと巨大な桃が流れてきた!!!
私の身の丈半分はあろうかという大きさに手を回しても左右の手が届かないほどの肉厚な実り。
薄紅に熟れた甘さの想像がつく色味。
持って帰らない手はないであろう。
ロープを巨桃に巻き付け自身の体に結びつけた。
歩みを進めるごとに重さが体に伝わってくる。
足は悲鳴をあげ、先の林業で酷使した腰は限界に近い。しかし帰りを待つ妻のため、特大の褒美を持って帰り、驚かしてみせよう。
やっとの思いで家に辿り着いた。
妻珍子に見せると驚天動地のリアクションを見せた。
早速喫食しようと桃を切ろうとすると…
中から赤子が生まれた!!!
――桃太郎の誕生である。
生まれた新生児の体重は3587g、身長52cm。
甘いフルーツの匂いを放っている。




