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消えない思い

作者: kasumihorie
掲載日:2025/12/18

この作品はNOVEL DAYSに投稿された小説の重複投稿作品です。

今、私は学校には行っていない。いわゆる不登校ってやつだ。しかし、私は最初から不登校になっていた訳ではないし、学校が特に嫌いな訳でもなかった。

私の場合は学校に居場所がないのは事実だったけど、一番の原因は家庭問題だ。私は学校側の責任ではなく父親の性的虐待により不登校になった。


私が8歳の時に両親は離婚した。両親の離婚後、私より8歳上の姉は母親と一緒に暮らす事になり、それ以来、私はこの頃、スマホを持っていなかったので姉と手紙でやり取りをしていた。しかし、父親が姉と手紙のやり取りをするのを禁止して私はこれから手紙を送らないで欲しいと父親に書かされた。それでも何通か姉からその後も手紙がきたけど無視する事を強要されて返信ができなくなり、次第に姉からの手紙がこなくなった。

そして、父親に姉から送られた手紙を破かれて父親から二度とあいつと手紙のやり取りをするなと吐き捨てるように言われて私は結局、学校での仲間外れを相談する相手がいなくなった。結局、それ以降、姉とは手紙のやり取りをしなくなり生き別れになった。

でも、私は姉からの手紙を一通だけ父親に隠れて大事に保管していた。何時か私は母親と姉に会いに行きたいと思っていたから父親に手紙を破られないように慎重に隠していた。

それがこの頃の私の唯一の父親への抵抗だった。

それ以来、私は父親と二人でそのまま実家で暮らしていた。

私が12歳の誕生日だった4月3日から13歳の冬まで家を出るまでの間、殆ど毎日、父親が私の部屋に行き性行為をしてきた。私は最初のうちは抵抗していたけど、次第に抵抗する気力がなくなり、ただ父親のなすがままになっていた。

次第に私は笑顔が消えて小学校にも行く気力がなくなり、不登校になった。そして、不登校を心配した小学校の男性の中年の担任教師が家に家庭訪問したけどこのことを私は言えなかった。友達と上手く行かないから。その建前を言っていた。

私の様子が変だなと思っていた担任教師は何かあるんじゃないかと思ったようだ。それで児童福祉の担当者が私の元に訪れた。若い女性でとても親身になって話しかけていたけど私は何故か心を開くことはなかった。取り敢えず私はまた建前の理由を言う事にした。

私は「友達が嫌いです。二度と学校に行きたくないです」と告げて虐待を疑っている若い女性の児童福祉の担当者を何とかごまかして話して結局は児童相談所で虐待としては扱う事はできなかったみたいだ。何度も訪問しても私は若い女性に繰り返し同じことばかり言った。しかし、本当は父親との性行為を訴えたかったけど父親が怖くて言い出せなかった。

父親から逃れたい。でも、もしこのことを言ったら私は……と考えると嘘をつきとおす事しか考えられなかった。それに元々ひねくれているから素直に私は助けてとは言えなかった。


そして、小学校の卒業式にも出ずに、卒業式の翌月、私が13歳の冬に私は父親との性行為が嫌になり、ある日、私は全てを捨てる覚悟で家出する事にした。

家出をするにあたって色々ネットで調べた。そして、必要最低限のものを用意して家を飛び出した。しかし、私はトー横とかには最初から行くつもりはなかった。私の場合、仲間を作ろうという発想にはならなかった。私は元々人付き合いの大変さは学校生活でこりていて、何時も小学校では仲間外れにされて一人で行動する事に慣れていた。

だから、私は同じような傷を持つ少女とは敢えて距離をとる事にした。だけど、家出する時、まずは一人きりで生活をせず母親や姉と一緒に暮らしたいと思っていた。

電車に乗り私は黒い旅行バッグを膝の上に置きもう二度と父親には会いたくないと思っていた。電車は穏やかにカーブを曲がる時に私は荷物を腕でぎゅっと抱きしめた。

最初は姉との手紙で知った住所に行ってみたが既に母親と姉は引っ越していた。近所の人に母親と姉がどこに引っ越したか聞こうと思ったけど、結局止めた。

そして、私は母親と姉との再会を諦めて、あの私に性的虐待をして私が家出をするきっかけになった父親の家には戻らず、また電車を乗り継いで違う街で生きていく事を選んだ。

そして、とある街の駅で降りてスマホでネットカフェを探した。

歩いて8分ぐらいの所にネットカフェがあった。私はマイナンバーカードを持参しており、ネットカフェの受付で会員証を作り、そのまま個室に向かった。

個室は狭いながらもパソコンがあり、少しくたびれている黒い背もたれのある椅子がある。その椅子に私は座り、思わずため息をついた。今日からこうして暮らしていくんだなと思い、平和に呑気にただ家でごろごろしていた時が懐かしく思えた。

私は出来ればあの頃に戻れたらと思ってしまったけど、もう二度と戻れないんだと覚悟を決めようと思った。私の場合、今はこうして生きていくしかないんだ。と覚悟を決めた。

そして、今日は此処で眠る事にして荷物を椅子の横に置いて椅子に座りもたれかかったまま目を閉じた。そして、疲れていた為かすぐに浅い眠りについた。

こうして、私は毎日、ネットカフェを転々として生きていく事にした。

私はネットカフェを転々として補導されないように気を付けて行動していた。

私は背が同世代の中では割と高く顔立ちも少し大人びていた。だからか知らないけど、周りから私は少しだけ年上に見えたようだ。それでも中学3年生ぐらいにしか見えないだろう。だから、なるべく私はちゃんと普段、濃い化粧をして18歳ぐらいに見えるように服も考えて買って着ていた。そのおかげか知らないけど、今の所、私はまだ補導されていない。

パパ活の時はメイクを止めて中学生らしい感じで会う事にしていた。私は幸い外見がいいらしくパパ活相手にも恵まれていた。客は少なくても私の年代の女にもてないような変態中年や比較的まともそうなおっさん、そして、意外なのは結構、割と格好いい若い男もいる。性癖は外見に関係ないのだろう。でも、私は基本的に私と性行為をしたい男はキモいと思っている。でも、私はどんな客でも性行為をする。

そんな客たちに必要とされていた私はパパ活をしている間はお金の心配だけはしなくてもよさそうだった。とにかく生きていく上でお金は絶対必要だから心配しないで済むのはとにかくありがたい。私にとっては今の所、パパ活だけがお金を稼ぐ手段だ。他にはなかった。

こうして私はパパ活を繰り返し、金を稼いでいた。とにかく警察官に補導されないように。それだけを心がけて私は生きていた。しかし、一人で生きていく事は疲れてしまっていたけど、それでも仲間を作る事なく、ずっと一人で生きていこうと決心していた。


そうして私は遠い街で暮らしていたある日、私はパパ活相手との性行為を終えた時、ふと父親への殺意を抱いた。あの父親のせいで私はこんな生活をしなければいけなくなった。

普通になりたかった。私は普通に学校生活を送り、普通に父親と過ごしたかった。

私は殺意を持ったまま近くのショッピングセンターで包丁を買って実家に戻る事にした。目的はただ一つ。私はこれから父親を殺す。私はその後、自殺をしようと考えていた。

そして、私は電車に乗って実家に向かった。

電車の中は暖房が暖かくてダウンジャケットを脱いで座っていた。今から私は殺人犯になるんだと思い父親への恐怖と憎しみを混ぜた心境でどんどん心臓が不安定になっていくのを感じていた。私は過去を乗り越えたかったから私のこのパパ活生活の原因を作った張本人に復讐をする。例え自分がこの先、どうなろうとも。

電車から降りて私は旅行バッグを肩にかけて実家まで歩いていた。

外は寒く、太陽が冷ややかに燃えていた。手が冷たくてこれから血に染まるであろう姿を想像しながら怖さと緊張感と不安で胸がいっぱいになっていた。

駅から歩いて15分ぐらいしてようやく実家が見えてきた。

相変わらずどうみても普通の二階建ての分譲住宅といった感じだ。

壁は濃いグレー色で屋根が黒い。ここでの13年間での記憶がよみがえり、あの時の記憶がフラッシュバックした。怖い。痛い。そう思いながら、思わず目を閉じて、しばらくその場で過ごしていた。そして、その思いを何とか振り払い、私は取り敢えず深呼吸をした。

そして、私は父親を殺そうするために旅行バッグから震える手で包丁を取り出して、そのまま実家の家の扉を開けた。空気はひんやりして誰かいる気配を感じなかった。靴を脱いですぐにあるリビングに私が入った時、思わぬ光景に出くわした。父親がリビングで倒れていた。私は思わず息をのんだ。私が倒れている父親の顔を覗き込むともう父親は死んでいた。私はリビングで倒れていた父親を見てガタガタ震えた。

急に私は父親への殺意が消えて急に心拍数が更に上がった。

ふと予期せぬ感情を抱いた。

「お父さん……」そう言って私は死んだ父親を見て泣いていた。何故、殺そうとした相手の死を知って泣いたのか分からない。でも、ずっと父親の死体を見て泣いてしまった。その後、私は包丁を台所の包丁をいれる所にしまい、警察に電話をした。

警察が救急車を呼んで病院で父親の死亡が確認された。警察の調書に家に戻ってきたら父親が既に亡くなっていたと私は供述した。

死因は脳梗塞だったらしい。警察に今回の事は事件性が無いと判断されて私は直ぐに聴取を終えて警察署の取調室を後にした。

その後、遺体が安置されている部屋に行き、改めて父親を見た。

そして、私は性的虐待の事を警察に相談しようと思ったけど、何故か沈黙する事を選んだ。

そして、後で知った事だが父親は私には母親や姉に連絡する事を禁止していたけど自分は離婚後もしばらく私に隠れて母親や姉と連絡を取っていたようだ。だから、父親のスマホには母親と姉の連絡先が登録してあり、警察はまず父親のスマホに登録していた母親の携帯番号に電話したけど繋がらなかった。警察はその後、今度は母親の自宅の電話番号にかけたけど繋がらなかった。そして、その後で美佐江会社と登録してあった電話番号に電話をした。警察はそこで私の母親が一年前に亡くなった事を確認した。

そして、電話を切った後、警察官が私に話しかけてきた。警察官が残念そうに私に事実を伝えた。私は思わず「うそ……」とだけ呟いた。私はこの時、初めて既に母親が死んでいたことを知った。そして、私は思わず涙が零れた。警察官が気の毒そうに泣いている私を見ていたけど、それに対して私は上手く反応ができず、ただ母親と暮らしていた時の記憶を思い出し、もうこの世に母親がいない事をただ悲しく思っていた。

そして、警察は父親のスマホに登録していた姉の携帯番号に電話をしたけどつながらず、次に未希会社と登録してある電話番号に電話した。

電話は繋がり、警察が私の姉に父親が死亡した事を連絡しようとしたらこの会社の社員がもう姉が会社を既に辞めていて姉の同僚の誰も姉の次の勤務先は知らない事を告げた。

結局、警察官は姉に連絡を取るのを諦めて最後に仕方なく父親のスマホの電話帳に登録してあったあまり私と交流のなかった父方の叔父の携帯番号に電話した。叔父が電話に出て、しばらく警察と話をしてから仕事が終わったら車でかけつけてくれる事になった。

そして、叔父夫婦が警察署に駆け付けて色々話をしていた。叔父夫婦が警察と何を話していたか分からなかったけど、私はもう泣き止んでいた。私は久しぶりに叔父を見てあの父親の面影があり、心がざわざわしていた。しかし、私は他の事を考えようと思った。

そして、しばらく時間が経過した時に私はただここから出てまた再びパパ活をして今度は違う街に行ってみようかと漠然と考えていた。この時、若い女性警察官が私を心配して話しかけてくれたけど私は若い女性警察官の問いかけに応えず、ただひたすら黙っていた。

私はこの頃にはあの時の予期せぬ感情は完全に消えていて今はもう母親が既に亡くなっていた事のショックを受け入れていた。そして、ただ私は姉がまだ生きている事を願っていた。

父親の葬儀の喪主は叔父になり、その場で私は叔父に一緒に暮らすかと言われて断った。それでも、叔父は一緒に暮らした方がいいと根気よく私を説得していた。

私は会話の終始、叔父夫婦の義理の叔母が嫌そうな顔をしていたから私も意地になって児童養護施設に行くと言った。そう言った時、さっきまで曇っていた叔母の表情が晴れていた。そして、私は葬儀の前日の夜に今度は違う街で暮らしていく事を決めた。

私は一人だ。絶対、生き残ってやる。そう改めて思って私はたった一人でパパ活をして金を稼ぎながら友達も恋人も作らず生きていたからパパ活ができなくなるまでこうした生活を続けていく事を決意していた。それはずっと変わらなかった。例え独りきりでも生きたかった。父親を殺そうとした時は自殺を考えていたけど今は考えていなかった。

結局、私は父親の葬儀の前日に叔父夫婦の家を抜け出して電車に乗っていた。

電車の中で私は本当に一人になった事を実感した。絶対、どんな手を使っても生きてやる。どんな形でも私は生き残っていつかは父親からつけられた傷を乗り越えたいと思っていた。

もう私は泣かなかった。泣いたら全てが終わるような気がしていた。だから泣かなかった。

そして、私はある日、街で警察に補導されてその後、児童相談所に連れていかれた。

そこで私は色々、職員に聞かれた。そして、私の話を聞いた職員は姉に連絡しようとしたがまたしてもつながらず、また結局、叔父に連絡をして私を引き取りに来てもらう事にした。

そして、叔父夫婦がこの児童相談所の施設に到着した。

叔父は心配していたけど、叔母がまた嫌そうな顔を隠そうとしない。それを見て私は感謝の意を言ってから戻る気はないと告げた。しかし、叔父は家に来るように説得してきたけど私は断った。最後に今の生活をするよりも児童養護施設に入った方がいいと勧められて分かったと言って取り敢えず叔父夫婦の家に一泊してから翌日児童養護施設に行く事になった。しかし、私は叔父夫婦の隙を見て児童養護施設に入る前にまた脱走した。


その後、パパ活で知り合った客と同居生活を送る事になった。

私がネットカフェで寝泊まりをしていると告げるとパパ活で知り合った客に良かったら俺の家に来ないかと誘われて私は悩んだけど、それでもネットカフェで寝泊まりする事に疲れていた為、しばらく家に泊めてもらおうかという気分になった。嫌ならまた出ていけばいいかなと思い、一緒に暮らす事を決めた。

パパ活の客は3LDKの分譲マンションに住んでいて6畳の部屋を私に与えてくれた。

私はその部屋のベッドで寝る事になり、その日から私はただひたすらネットで買った小説を読んで生活をしていた。家事は出来ないからパパ活の男が殆どの家事をやってくれた。

洗濯だけは私がして後はずっと次々と小説を読み漁り、時折、テレビを見たりスマホでYoutubeをみたりして過ごしていた。外に出ずにただだらだらと生活をしてパパ活は一旦中止をしてこの男とだけ性行為を夜になると繰り返ししていた。

そして、ある日、私はその同居生活に退屈を感じ始めて同居生活を始めてから半年後ぐらいになって男のディスクトップパソコンを使い小説を書き始めた。

今までの経験を書き留めたい気持ちもあった。嫌で仕方なかった人生を振り返り、せめて物語上では「私」が幸せな結末を迎えたい。そう思いながらパソコンで小説を書いていた。

そして、私は完成した小説をとある賞に応募した。その小説は自分のパパ活の体験談をもとに小説だった。私には生き別れた姉がいてその姉と再会して最後は同居生活を送る事を書いていた。私のパパ活の話はリアルで私の短い半生は皮肉にも物語として成立しそうだと思っていた。だから、珍しい環境の登場人物が色々登場して物語を紡いでいた。

運よくその小説が小説のとある賞を受賞した。私は信じられなかったけど夢ではなかった。そして、その小説がきっかけで小説が発売されてから半年後、姉と再会した。


姉は私のSNSにDMを送ってきた。私は最初、いたずらかと思ったけど、やり取りを重ねて父親と母親の名前を知っていて過去の思い出も本当の事を書いていたから本物の姉だと確信した。だから、私の方から会いたいと誘い、姉が住んでいる街で会う事にした。

私は新幹線の自由席に乗り、隣の席の女子大生からサインをねだられて快くサインをした。

新幹線に揺られながら、これから私はどうして生きていたいのか分からなくなった。

そして、新幹線は目的の駅に着き、そこのホームで待ち合わせをしていた私と姉は直ぐに再会できた。私が覚えている姉はまだ高校生だったけど、顔にどことなく昔の面影があった。姉はもう既に今の私の顔を知っていた為、すぐに私を見つける事が出来た。

再会後、駅の近くの小さな喫茶店に入り、二人共、アイスコーヒーを注文した。

アイスコーヒーが運ばれてくるまで二人はずっと子供の頃の思い出話をしていた。

でも、姉も父親とは余りいい思い出がなかったようだ。だから私は思い切って初めて人に父親から性的虐待を受けたと打ち明けた。姉はびっくりしていた。

「お父さんがそんなことを……」

姉は父親にそんなことをされなかったし、父親がまさかそんな事をするような人には見えなかったようだ。しかし、姉は私の話を聞いているうちに段々、父親に対する嫌悪感を抱くようになった。姉はため息をついて私に対して気遣いを見せた。

「ひどいことするね。今までずっと苦しかったでしょう?よく誰にも言わなかったね。警察に相談したら?けじめをつけてくれないと私は納得できない。今からでも遅くないと思う」

「それは思い出したくはないけど、次に書こうと思っている小説にその時の詳細を書こうと思っている。それにあの父親を裁くのは私だけでいい。でも、心配してくれてありがとう。今日は話を聞いてくれて良かったよ。初めて人にこの事を打ち明けられた」

アイスコーヒーが運ばれてきて、アイスコーヒーを飲みながら今度は近況報告をした。

その時、私は今、パパ活で知り合った中年のおっさんと同居生活をしていると姉に伝えた。

すると姉は少しだけ考えて意を決したようにこう提案してきた。

「なら一緒に暮らさない?そんなおっさんと暮らすよりはいいと思うけど」

「私がいると迷惑でしょう?無理しなくていいよ。そこまで面倒をかけられない」

「大丈夫。今、一人暮らしをしているんだ。私はずっと寂しかったし。無理強いはできないけど。今すぐでなくていいよ。まあ、考えておいてよ」

「考えるまでもないよ。私はお姉ちゃんと一緒に暮らしたい。そして、出来ればバイトでもするよ。バイト代を生活費の足しにしたい。もうパパ活はしたくないからまともなバイトをして稼ぎたい。少しでも普通に近づきたいんだ。恋人も友人も今の所はいらない普通じゃない女だけど。将来的には友達と恋人が欲しいとは思っているけど無理かもしれない」

「そんな事ないわよ。一緒に暮らせば少なくても寂しさは紛れるよ。……良かったらこれから家に来てよ。これから夕食を一緒に食べたかったけど、荷物をまとめる為に一度帰らなければいけないでしょう?だから今日はコーヒーをまた飲んで雑談をするだけにする。まあ、まだ話し足りないし。今日はとにかく久しぶりに話せてよかった。これからもよろしくね」

アイスコーヒーを飲み終えた二人はそれから姉の住む貸しマンションに向かった。

そこまでの道を歩きながら私はこれから本当の幸せを得る事ができるかもしれないと希望を抱いていた。


そして、そのまま私は姉に引き取られた。


私は貸しマンションで姉との二人暮らしを始めた。

姉は寝室に二段ベッドを買って上は姉で下は私が寝る事になった。私達は朝が早く、私もそうだけど、仕事をしている姉は特に規則正しい生活を送っていた。

姉が19歳の時に母親が亡くなり、姉は悩んだ挙句、大学を中退して会社員になる事にした。それまで住んでいたアパートを解約して貸しマンションに引越しをしていた。

アパートでは隣の生活音に悩まされていて貸しマンションなら防音がアパートよりしっかりしていると思って貸しマンションに住む事を決めたようだ。

姉は母親の死亡保険金も使う事にして給料と合わせれば何とかなると思っていた。アパートと比べて少し家賃は高かったけどストレスが少なくて済むと考えた。

実際に住んでみて隣の音がアパートよりは聞こえにくかった。姉はそうした事を踏まえて私と同居生活をする事になり余計この貸しマンションに住む事にして正解だったと思った。

そして、姉と二人暮らしをしてから私はついにカウンセリングに行った。今までは苦しい感情を何とか麻痺させて生きてきたけど、これからは根本的に苦しみを和らげようと考えて、今の私はカウンセリングに通いながら昔の傷を少しでも和らげようと努力をしていた。

カウンセラーに性的虐待の事を話すときはきつかったけど、それでも何度もカウンセリングを受けて何とか治療しようとしていた。それでも、今でも時折、私は父親から性的虐待された時の事がフラッシュバックして苦しんでいた。

そして、一人暮らしをするようになった時から意外と社会に反抗的な性格を秘めた私は父親に対してただ恐怖だけではなく、殺意も抱くようになっていた。

しかし、今の私は性的虐待を本当に乗り越えて生きたかった。だから苦しくても何とか耐えてカウンセリングを続けていくつもりだ。姉も何とか私に寄り添おうとしてくれていた。

カウンセリング以外に特別な用事がない私は家事をしようかと姉に伝えたけど、姉は私が家事をやるから好きに時間を過ごしていいと言ってくれた。

私は姉に好きに過ごしても良いと言われていたけど、私は洗濯と掃除と買い物を担当する事にした。用事が無い以外の時間に私はずっと小説の事を考えていたけどアイディアが殆ど浮かばなくなった。だから、近所の図書館に行き、色々な小説を借りて読みながらバイトの求人をネットで見ていた。そして、私は自分がやれそうなバイトはないかなと探していた時、唐突に運動不足だから運動になるし新聞配達のバイトをやってみようと思った。思いついたら吉日で私は早速、近所の新聞販売店をネットで調べた。

私は姉が仕事を終えて帰宅した時に相談をして「無理しないでいいからね」と言いながら、OKをしてくれた。そして、私は今月の中旬に近所の新聞販売店にバイトの面接に行く事した。そして、私は何とか新聞配達のバイトが決まり、早起きは得意だったため、運動がてらいいかなと思いながら取り敢えず、しばらくはバイトを頑張ろうと決意した。

そして、私は新聞配達のバイトをしてバイトが終われば自由時間を過ごしていた。この頃、私はバイト代から姉に渡す生活費の足し以外のお金を前から行こうと思っていた通信高校の費用に回そうと考えていた。新聞配達のバイトにも慣れて同じバイトのおばさんと少し仲良くなり、地道に稼ぐ事の苦労と喜びを知った気がした。

バイトが終わると姉が用意してくれた朝食を食べてテレビを見てスマホで色々、ネットの情報を手に入れてから洗濯をして昼飯は大抵、冷凍食品を食べて午後から買い物に行っていた。その後、風呂掃除や掃除機で家の中を掃除してからノートパソコンで小説を書こうとするも何時も全く書けなくなってしまったから、しばらくして小説を書くことを諦めて図書館で借りてきた小説を読んでいた。そして、夜に帰宅する姉を出迎えて一緒に食事をしてシャワーを浴びて一緒にテレビを見てから、もう一度、スマホでネットの情報を仕入れて電動歯ブラシで歯を磨いて寝るという生活リズムで毎日を過ごしていた。

そして、銀行の通帳を作り、バイト代が毎月貯まっていく通帳の口座の残高を見ながら何時か通信高校に進学して卒業後に就職を考えてみようかなという思いを抱くようになった。

私は新聞配達のバイトが休みの日も早起きしてほぼ同じような生活を送っていた。

私の人生の中で久しぶりに幸せを感じている毎日。でも、姉と一緒に暮らしてから私は小説が全く書けなくなったことだけが悩みだった。あの時、私が変態おっさんと同居生活していた時は小説のアイディアが浮かんでいた。今、私は物書きとしてダメになっていく事が辛いと思っていたけど、しかし、私はしばらく小説を書くことをやめて姉と幸せに暮らしていた。


しかし、私は姉と暮らし始めてから小説が書けないから、あの時、パパ活がきっかけで知り合いしばらくの間、同居していたあのおっさんにまた会いに行こうかなと思い始めた。

でも、あのおっさんは結局、警察に捕まってしまった。おっさんは今、刑務所で罪を償っている。しかし、私はあのおっさんの面会には当然行かず、しかし、私はどうやって今、刑務所暮らしをしている元パパ活おっさんと再会できるかなと考えていた。

もうパパ活をしなくてもいいようになったし、無理して同居する必要性は全くない。

しかし、私は小説を書くためにはああした生活を送らざるを得ないんだなと感じ始めていた。幸せで穏やかな日々が私の物書きとしての力を奪っている。

それに気づいているからここを出る事を考えている。でも、もうパパ活生活は嫌だった。

よし。SNSでおっさんが出所したら会いに来てくれと投稿してみるかと腹をくくった。

私は身の危険を感じても、それでも元パパ活おっさんと再会する事を決めた。

一緒に暮らすかどうかはその時になって初めて考えようと考えていた。

私は髪を茶髪にして髪を伸ばし始めた。そして、私は格好も落ち着いた地味な服装でいる事が多くなり、少しずつ大人になっている事を実感していた。

新聞配達のバイトを何時まで続けようかなと考えていたし、恋愛はどうしようかなと思い始めていた。もし、通信高校に進学したら彼氏でも作ってみようかと思っていたけど、何か家でごろごろしていた方が性に合う気がする。

やはり、どうしても彼氏が欲しい訳ではないと思った。しかし、通信高校に行き結局、彼氏ができなかったとしても取り敢えず通信高校を卒業して高卒の資格を取ろうと考えていた。

それでも私はこの先、生きている間に本当の恋愛を一度でいいから経験してみたいなと姉に相談すると大学に行けば確実に恋愛できるとアドバイスをくれた。

大学には行く気が無かったから就職して会社で恋人を見つけたいと姉に告げたら姉はいいじゃない。その方が。そう言ってくれた。

私は新聞配達のバイトを5年続けていて、今年の4月から通信高校に入学する予定で今まで学校に行っていなかったから一から必死に勉強をしていた。

やはり、通信高校に行っても私は友達ができない。何か話しかけられても同世代の女の子たちとは話がかみ合わなかった。考え方が違い過ぎて話していても相手はともかく私が楽しくなかった。それでも、私に話しかけてくれる人は多かったけど、私はそれが面倒だった。

やはり私は一人が合うのだなと思い、友達も恋人も無理して作らなくていいと改めて思った。それでも、一人で行動していると話しかけてくる女がいて高校生活の途中からは一人で行動する事が少なくなり、その女と一緒に行動するようになった。話はかみ合わなかったけど、何故かその女は私に話を掛けてきた。結局、連絡先を交換して学校が休みの日にたまに会うようになった。それでも、やはりその女の事を私は友達とは思えなかった。

そして、通信高校を卒業するまでの4年間の高校生活で私は結局、恋人も本当の友達もできなかった。特に恋人を作るのは私にとっては難しい事なのだろうなと感じていた。


通信高校の卒業式が終わり、友達とは思えない女とファミレスに行ってコーヒーを飲みながら話をダラダラとしてから家に帰り、日曜日だったため仕事が休みだった姉がピザを頼んでくれて配達が来るまでの間に近所のスーパーに行き幸せな気分になれるコーラの2リットルのボトル1本とコンソメ味のポテトチップスを買ってささやかに祝った。

姉はビールを飲みながら彼氏の話をしていた。姉は将来、その男と結婚しようか迷っていると私に相談をしてきた。私は結婚できるうちにしといた方がいいよとアドバイスを送った。姉は私を一人にするのを可哀そうだと考えていて私に友達と彼氏ができるまで一緒にいようと思っている様子だった。私も本格的に友達と彼氏を作らなければと思っていたけど、やはり一人でも構わないかと考えていた。

今は二人でいて、まともな家族がいるだけでも十分幸せだと思い、そのことを姉に告げた。私はもう直ぐここをでなくてはという事だけは覚悟をしておいた方がいいなと思っていた。姉の幸せを願うなら私は此処をでなくちゃ。昔からやりたいと思っていた医療事務の仕事の事を学んでまずはアルバイトから始めて、そしてもし上手くいって何時か医療事務の仕事で病院の正社員になれたら、その時、姉と離れてまた一人暮らしをまた始めようと考えた。

私は医療事務で勤務する病院で恋人が見つかるかなは思ったけど、自信がなかった。

結局、私は一人で生きていく事が似合うのだろうなと何時もと同じことを考えて、そこだけは昔から今まで変わらない部分だなと思っていた。後は小説を書きたい。一人暮らしになればまた小説のアイディアが浮かぶだろうか。私はただそうなるように期待する事にした。

私は既に新聞配達のバイトを止めて通信講座で医療事務の講座を学び始めていた。あと数か月したら医療事務のバイトをしようと考えていた。私にはパソコン作業が向いているから医療事務の仕事にもやりがいを感じるだろうなという手ごたえがあった。


私が姉と一緒に暮らしてから8年が経った。

姉がプロポーズされたという報告をしてくれた。私は「おめでとう」と祝意を示し、此処から出ていく日が近い事を感じた。姉が私を支えてくれた日々を忘れないでいようと思い、医療事務の正社員の面接を近いうち受けに行こうと決意した。


私がパパ活をしていた時に出会い同居していた男に連絡を取る事にした。

私はSNSであの時のおっさんを探していると投稿した。

その投稿をみた男からすぐにDMがきた。男はまた同棲したいと伝えてきて私はただ会うだけでよければ会いに行くとだけDMを返した。

「分かった。一緒に暮らさなくていいからまた会いたい。どこで待ち合わせをする?」

そうDMがきて、私は姉に相談したら反対すると思ったため、姉には内緒で元パパ活おっさんとまた会う事を決めた。私は無用無益な性行為はできればしたくないけど、小説のアイディアがもし浮かぶのであればやぶさかではないと考えていた。

私はこの先、あくまで小説をまた書けるようになりたいと強く思っていた。


そして、姉と別れる時が来た。姉は私が遠く離れる事を寂しがってくれた。私は姉の愛情を感じてとても嬉しかった。ここの幸せな日々は一生、忘れる事はないだろうと思った。

姉は来年の春に結婚する。私は結婚式でなんてスピーチしようかなと今から考えていた。

新聞配達のバイトで知り合ったおばさんとは友達ではないけど、最近、たまに食事に行ったりする。そこで私は姉が結婚する事を伝えようと思った。

そして、私は友達とは思えない女と一応卒業後もたまに会っていたから今度また会った時に話題を振りまくために姉が結婚する事を伝えておこうと思った。向こうは友達と思っているようで否定したかったけど、それはさすがに失礼すぎるので一応、本当の友達とは思っていないけど女と話すときは相手の事を友達だとは言っていた。その女は私と話すとほっとすると何時も言っていて私はただ暇つぶしにはなるなという感じにしか思えない。でも、私は暇だからその女と学校では少なくても一緒にいたし、たまに学校以外で会う時もまあ話し相手にはなるなとは思っていた。

姉にはその女の事を本当の友達ではないけど割と仲のいい他人だとは言っていた。姉はそれを友達というのよ。と言って笑っていたが私は笑えなかった。


私は医療事務の仕事の面接を受けて晴れて来年の四月から病院で医療事務の正社員として働くことが内定した。


そして、私は久しぶりにパパ活おっさんと待ち合わせをしたファミレスに行った。


私はパパ活をしていた頃の記憶が鮮明によみがえった。私の顔を見て「大人になったね」とパパ活おっさんは驚いていた。私は「おじさんは余り昔と変わらないですね」と返答した。

ファミレスに入り、私はミートスパ、おっさんはお金が無いからコーヒーだけを頼んだ。

しばらくはおっさんの刑務所暮らしの話をしていて私は不覚にも楽しいと思ってしまった。

小説のアイディアが早くも浮かんできつつあった。やはり、物書きとしては私にはパパ活生活が自分には合っていたんだなと思った。それでも、もう私はこのおっさんとは性行為をするつもりはない。それを正直におっさんに伝えた。

それでもいいと言ってくれたから私はこうして元パパ活おっさんにたまに会いに行こうかなと思った。私が思った通り、私はこのおっさんと会うと何故か小説のアイディアが浮かんで仕方がなかった。幸せではないから色々、足りない事を想像できるのだろうかと思っている。だから、小説の物語が思い浮かぶのだろうか。だけど、それは私にとっては幸せな事ではないと思う。でも、私はその道を選ぶことを決めていた。人として女としての幸せではなく、物書きとして少しでもいい物語を書けるという幸せを追いかける事にした。

敢えて最初に書いた小説には書かなかった父親との13年間の生活を振り返ってターニングポイントになった私の初体験の話と殺人未遂、そして、父親が死んで何故か泣いてしまったエピソードを書いて新しい物語に付け加えようと思った。

おっさんが捕まらないように詳しく書かなかったパパ活少女とパパ活のおっさんとの同居生活での詳細な交流も付け加えておこうと思いついた。

まだ物語のおおまかな部分は決まっていないけど、でも、これから考えて上手く書けそうな気がした。それを私はこのおっさんに伝えた。すると、おっさんはこう言ってくれた。

「それは良かったね。どんな形であれ佳奈ちゃんの役に立てて嬉しいよ」

私はおっさんがもっと若ければと思い、まあ、どのみち恋愛感情は抱かないだろうなとは思い直した。パパ活をしてその相手に恋をするという話はダメだなと考えて、そして、まともな恋人が現れる展開も悪くないなと考えていた。

元パパ活おっさんとの食事も終えて私は「また会いましょう」とだけおっさんに告げてファミレスから去って行った。おっさんは私の姿が見えなくなるまでファミレスの玄関の近くに立っていた。私はふと父親の事を思い出したから私にとって父親は何だったんだろうなと考えていた。私を物書きにしたのは間違いなく父親の性的虐待がきっかけだった。

でも、物書きになれなくても私は普通に生きたかったなと考えていた。

この先も私は父親の性的虐待の傷が癒える事はないだろう。それでも、私は父親の事を考える。そして、もう私は父親とはあの世でも会いたくないなと思った。もう私は父親の顔を二度と見たくなかったのは私の偽らざる本音だ。もう私と父親は「普通」の親子には戻れないから私は父親に二度と会えなくても心が苦しくなる事はない。

この先はまた一人で生きていくだろう。姉という大切な人がいるけど基本的には一人だ。

あの時から私は思っていた。これが私の生き方だ。これでいいんだ。そう私は思っていた。

その日の夜。私は新しい小説を書いていた。これからもパパ活はもうしない。地味に生きていこう。そして、姉の結婚式に出席したら遠い街でまた暮らすのもいいだろう。あの時とは違ってまっとうな生活をして生きてやろうと思った。基本的には一人きりで。そう思った。


私は今、新しい小説を書いている。しかし、もう作品を発表するかは今、迷っている。

あの日、私はなぜ父親が死んで泣いていたのだろうと思った。父親への憎しみと殺意は今でもある。しかし、あの時、私は泣いた。父親の死体を見て。私は勿論、父親の葬儀にも参列しなかったし、父親の墓参りにも行っていない。今後も私は父親の墓参りに一生行く気はない。それでも、12歳の時、初めて父親に襲われた恐怖。昔、気紛れだったのだろうか知らないけど時折、父親が見せた私への優しさ。両方を思い出し、父親が性的虐待をする前に与えてくれた愛情が込められた優しさが私を苦しめた。父親じゃなくて私が死ねばよかったのかな。私なんて生まれなければよかった。そう思うと私はまた涙が流れた。

改めて最初の小説で父親の事を敢えて書かなかったけど、ありのままの父親への思いを包み隠さず書こうと思った。私が父親から性的虐待を受けていたこと。そして、私が父親を殺そうとしたこと。しかし、復讐を果たせず勝手に死んでいた姿を見て何故か泣いてしまった事。私はその事を全て小説に書こうと強く思った。

この小説は自分の為だけに書いていた。自分の心の傷を作品に生かすために。



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