第6話 状況が更に悪化して、ドーナツを救う事になりました。
ユトンは、手足の生えたドーナツを指差して言った。
「名前は、夏。ドーナツ族の王宮占い師だ」
「王宮占い師?何もかも嘘っぽく聞こえるわ。ナツは、平仮名?漢字?」
火稲が疑わしげな表情を向けると、ユトンは、呻くリベールをチラッと見遣ってから向き直った。
「漢字だ。今夜、ト―タ様が誘拐される」
「誘拐?それは大変ね」
火稲が人事のような返事をした。
囚われの身になって、かれこれ十分。すっかり機嫌は悪い。
「今回の誘拐事件は、人間にも関係ある」
「関係?どういう事?」
火稲が興味を示すと、ようやくドーナツから解放された。
夏は、元の大きさに戻って飛ぶと、小鳥の如くユトンの右肩に止まった。
それから、火稲の質問に意気込んで答えた。
「ドーナツ族とテイル(しっぽ)族の間に戦争が起きれば、この世からドーナツが消えます。つまり、ドーナツが二度と食べられなくなります」
「消える!?有り得ないわ」
火稲は首を振って否定したが、夏は真剣な表情を崩さず続けた。
「本当です。ドーナツ族とテイル族は昔から犬猿の仲ですが、その原因はドーナツの形です」
「ドーナツの形!?」
火稲は一瞬ポカンとしたが、夏が深刻そうに頷いた。
「そうです」
「それだけなの?」
「はい。たったそれだけの事で、仲が悪いのです。ドーナツ族は、ドーナツとは丸い物であると信じています。僕たちドーナツ族が丸いドーナツなので。一方、テイル(しっぽ)族は、三つ編形のドーナツこそがドーナツであると言い張ります。テイル族は人型の種族で、三つ編が特徴です。それで、テイル(しっぽ)のような髪型の種族、テイル族と呼ばれています」
夏は重々しく答えたが、火稲は呆れて溜息を吐いた。
(まるで子供の喧嘩ね)
リベールも立ち上がって鼻で笑った。
「バカバカしい話だね。腹に入れば一緒だよ」
口を挟んできたが、その意見に火稲は賛成し兼ねた。
何しろ莉理は、輪っかドーナツが一番好きなのだ。
「ええ、その通りです。ドーナツ王の御意見も同じです。その他にも賢い者達は、この争いの馬鹿馬鹿しさに気付いています。しかし、この言い争いは、かなり古くから続いているので、難しい問題なのです。この言い争いに決着をつけようと、テイル族の王が、第二王子のトラップ様に、ドーナツ族の第一王女ト―タ様を誘拐するよう命じられたのです」
二人から呆れられても、夏は深刻な面持ちで話し続けた。
「姫をさらわれたと知れば、ドーナツ王も黙っていません。二つの国は戦争になります。ドーナツ王は、オレンジ族と同盟を結んでいるので、すぐに戦の準備を始めるでしょう。そうなれば、お菓子の神様の怒りを買うことになります」
「お菓子の神様?」
火稲は、思わず聞き返した。
「はい。どちらの国が勝っても負けても、戦の原因がドーナツだと知ったお菓子の神様は、この世からドーナツの存在を消してしまわれるでしょう。そうなれば、人間の住む世界からも、ドーナツは消えてしまいます。なぜなら、僕たちの国は、人間界にあるからです」
「まあっ、そんな下らない争いでドーナツが消えるなんて、傍迷惑な話よ」
しかし、これが本当の話だとしたら困った事になる。
何しろ莉理はドーナツが大好物なのだ。
食べられなくなったら、どれだけ悲しむ事か……火稲は恐る恐る尋ねた。
「どういう風に消えるの?」
「どんな形のドーナツも無くなります。そして今後一切、ドーナツの作り方を思い出す事も、思い付く事もありません。ドーナツに関する記憶全てを忘れるのです。楽しかった思い出も悲しかった思い出も、その記憶の中にドーナツが存在する限り、全て消えます。ドーナツという食べ物を思い出せないように、記憶の蓋に鍵をかける事が出来るのが、お菓子の神様エプリュフです。彼は、お菓子の事で喧嘩になる事を最も嫌います」
「そんな……そんなの嫌よ!莉理と過ごした思い出が消えるだなんて……」
火稲は力なく床に座り込んだ。
すると夏が、穏やかな笑みを見せた。
「ドーナツを救いたいですか?」
「ええ!」
火稲は、間髪いれずに答えていた。
「答えないで!思う壺だよ!」
リベールは目を吊り上げたが、間に合わなかった。
夏がにやりと笑った。
「それでは、ト―タ姫の誘拐を阻止して下さい」
「阻止?ちょっと待って、それは流石に無理だわ」
火稲の返事を無視して、夏は続けた。
「そして、ドーナツ族とテイル族を仲直りさせて下さい」
「そんなのは、もっと無理よ」
火稲は怒って立ち上がったが、ズルッと足を滑らせた。
(こける!)
火稲は目を閉じたが、痛みを感じなかった。何やら下に懐かしい感触がある。
(どうして、お尻を打たなかったの?)
目を開けると辺りは暗かったが、空から光が射していた。
「ここは、どこ?」
火稲は拍子抜けして立ち上がった。
周りを見渡すと一面の草原だ。綺麗な満月が昇っていた。
占い師の夏はいないが、王太子はいた。
腕組みをしたリベールが、火稲の横で、ぶすっとした表情のまま立っていた。
「奴らの世界だよ。つまり、君の世界だ。無事に戻れて良かったね。もう夜になってるよ」
火稲は、窺うように尋ねた。
「あの、これって私のせい?」
「他に誰がいるの?」
「そうよね」
火稲が俯くと、リベールが白いドーナツ形のカードを突き出した。
「ほら」
「カード?」
開くと、小さな文字で、こう書かれてあった。
『トラップ王子の計画を阻止し、ドーナツ族とテイル族を仲直りさせるまで、二人とも家には帰れません。By 夏』
黄色い文字を見つめて、火稲は絶望的した。
「つまり、元の世界に戻れたけど、家には戻れないって事ね。何が、By夏よ!頭にくるわ!」
火稲が声を荒げた時、草陰から声が聞こえた。
二人が後ろを振り向くと、何者かが、ぬっと立ち上がった。
月明りに照らされた男は、黒いマントを頭から被っていて顔は見えない。
片手に何か大きな物を提げていた。
ゆっくりと歩み寄って来た男は、火稲が人間だと気付いてフードをとった。
「人間か……俺はトラップ・テイルだ。人間の観光客か?この季節に珍しいな。第一この世界が見える人間がいるとは驚きだ。そんな奴には初めて会った」
男が姫の誘拐犯だと分かって、火稲は返事に困ったが、リベールは顔色一つ変えず横柄な態度で答えた。
「答える義理はないけど、特別に教えてあげるよ。君の推測通り、僕たちは観光客だ。新婚だから邪魔しないでくれる?ハネムーン中だよ」
「ハネムーン!?フルムーンの夜にか?」
予想外の返答に、トラップは驚いて声を出したが、危うく火稲も声を上げる所だった。
すぐに作戦だと気付いたが、口の端が引きつった。
「私達、地理に詳しくないもので。教えて頂けません?どうしてフルムーンに来てはいけませんの?」
火稲は、咄嗟に尋ねていた。




