第5話 本物の攻略対象ユトンの登場で、状況が悪化しました。
じゃんけん・ぽんっ!という時になって、若い男の声がした。
「リベール!どういうつもりだ?ここで何してる!?」
火稲とリベールが同時に振り向くと、背の高い青年が腕を組んで仁王立ちしていた。
短い金髪は、おそらく天然パーマだろう。
顔は鼻筋が通ってハンサムだ。
見るからに筋骨たくましい。
(まあっ、驚いた!まさしく莉理のタイプね。あの子、世界のスーパースター;野球選手の木谷選手が大好きだもの。ここにいたら、きっと喜んだでしょうね。性格も良さそうだわ)
新キャラの登場にも火稲は驚かなかった。
しかし、リベールは驚きの声を上げて問い質した。
「ユトン!どうしてここにいるの!?」
火稲だけではなく、肖像画たちも静かに成り行きを窺った。
ユトンは右手を開くと、小さな真珠を放り投げた。
リベールがキャッチすると、ユトンが意地悪く答えた。
「傷心のところ悪いが、ジェラルディンからの預かりものだ。次また会いに来たら、記憶を盗むから真珠はいらないそうだ。恋心の記憶は、妖魔に高値で売れるからな」
「……異母兄弟でも性格は似るんだね。最近の君、僕に似てきたよ」
リベールは、腹立たしそうに真珠を床に叩き付けた。
真珠は、ほんの一瞬キラッと光って、パッと消えたが、ユトンの怒りはおさまらなかった。
肖像画たちはユトンの味方で、口々にリベールを罵った。
「この腹黒王太子!」
「一ミリだって似ていないわ!」
「さては、ジェラルディンに頼んで、ユトン様を罠にはめようとしたのね?」
「卑怯者!」
ブーイングの嵐だったが、火稲は冷静に考えを巡らした。
(この人に頼めば、ひょっとしたら元の世界に帰して貰えるかもしれない。言うだけ言ってみようかしら)
火稲が口を開いた時、ユトンが頭を下げた。
「リベールが迷惑をかけた、申し訳ない」
(まあっ、この人は凄くまとも!腹黒と違って礼儀正しい。あなたが謝る必要なんてないわ)
火稲は微笑んだが、顔を上げたユトンが、喜ばしい事と恐ろしい事を二つ同時に告げたので思わず顔が引きつった。
「王太子の監視役は反故にしていいと国王から許可を頂いたが、氏神様は大変お怒りだ。賽銭箱に五円玉を投げ入れた事、代理で願い事をした件に関しては、王家も助けてやれない」
「そんな……」
火稲が落胆して俯いた時、とても小さな声が聞こえた。
驚いて顔を上げると、ドーナツと目が合って一瞬固まった。
まるで小鳥のように、ユトンの右肩に乗っていたのだ。
ドーナツには、両手両足、黄色い目玉も二つある。
「!?空耳?」
火稲が首を傾げると、ドーナツが答えた。
「違うよ。はじめまして、プリンセス!」
「!!また喋ったわ!あなたの義弟は、腹話術が使えるの?せめて名前で呼んで欲しいわ。この歳でプリンセス呼ばわりされるなんて、恥ずかしい」
「違うよ、腹話術じゃない。僕は、普通のドーナツだよ」
小さな声が答えたので、火稲の表情は更に曇った。
火稲は、リベールを見遣って半ば批判するように言った。
「普通!?私の世界のドーナツは喋らないわ。一体どういう事?さっきから、わけが分からないわ。一体、何が起きてるの?ちゃんと説明して!」
「恥ずかしくないよ。ヒロイン・ルイネは、プリンセスみたいなものだから。恥ずかしがるなんて、意外と可愛いね。説明なんて、僕に聞かれても困るよ。何の用で来たの?」
リベールが尋ねると、「お久しぶりです。相変わらず腹黒いですね」ドーナツは微笑んで挨拶した。
その後、突然、気を付けして口を開いた。
「冗談はさておき、今日は助けを求めに来ました」
「助け?」
リベールが怪訝な顔で尋ねると、ドーナツは火稲に向き合ったのだ。
「助けて下さい、プリンセス!」
火稲は、即座に断った。
「御断りします!監視役の次は、ドーナツを救えって言うの?付き合ってられないわ。他を当たって頂戴」
「大事件なんです」
「私には関係ないわ」
火稲は、腹話術だと信じていたので、ユトンを見据えて、きっぱり言った。
すると、ドーナツが、ぴょんっと飛び上って声を張り上げた。
「必殺、わな奥義!」
「!?何これ」
火稲は驚愕して目を見開いた。
ドーナツが頭上に飛んで来て、浮き輪のように膨らみ始めたのだ。
火稲は逃げるのも忘れて見入ったが、リベールは我関せずの姿勢で目を閉じると、香りを楽しみながら紅茶を飲み始めた。
助けもせず一杯だけ魔法で出したのだ。
それを見て、肖像画たちは顔をしかめた。そしてボソッと呟いた。
「とっとと帰れ腹黒王太子」
空中で巨大化したドーナツは、突然急降下して輪っかの中に火稲を収めた。
そうなってから火稲は慌てた。
「しまったわ、つい見入ってた。こんなに大きなドーナツを見たのは初めてだから」
火稲は下から抜け出そうしたが、輪っかが体をぎゅうっと締め付けて逃げられなかった。
「暴行罪で訴えるわ」
「心配いらないよ。巨大化するのは、いつもの事だから」
「私には、いつもの事じゃないの!」
火稲が叫ぶと、ユトンが火稲を宥めた。
「怒るのも無理はない。ただ、話だけでも聞いてくれ」
「話!?不本意だけど、聞くしかないわね。どうしようも出来ないもの」
火稲は、手足の生えたドーナツに縛られたままは、ユトンを睨み付けた。
「一つ聞かせて。あなたは、誰?異母兄弟って事は、王子よね?」
「ああ。俺の名は、ユトン。ゲームの攻略対象だ。歳は、設定上25。この国の第二王子で、隣国の第二王女リーシャのSPだ。妖魔討伐ゲームでは、王宮魔術師で討伐隊を指揮する役を担ってた。妖魔は今なお存在するから、俺たち元魔術師は魔術が使える」
淡々と告げられる事実を聞いている間、火稲はずっと目を丸くしていたが、ユトンが話し終えると目を吊り上げて詰問した。
「妖魔討伐ゲームって、どういう事?初耳よ。乙女ゲームに入れられたわけじゃないなら、私を元の世界に帰す義務がある筈よね?確かに、五円玉を入れたのは私の非よ。でも、叶えられてない願い事の為に苦心するなんて、あんまりな話だと思わない?妖魔が存在して魔術が使えるなら、たとえ元魔術師でも、このゲームは正式な乙女ゲームじゃない。氏神様に異議を申し立てるわ」
火稲の言い分は尤もだが、ユトンは申し訳なさそうに首を横に振った。
「決定事項だ。話だけでも聞いてくれと最初に言ったが、ドーナツ族を助けて貰うしかない。それが、元の世界に帰る為の絶対条件だ。リベールが手伝う」
「えっ、僕も行くの!?」
紅茶を飲み終えたリベールが仰天すると、ユトンが冷めた目を向けて言った。
「当然だろう?今回の件は、国王も大変お怒りだ。いいな?これも決定事項だ」
「何それ。踏んだり蹴ったりだよ。僕は断る。行きたくない」
即答したのを聞いて、火稲はブチ切れた。
「私の台詞よ!」
不貞腐れたリベールの右足を思い切り踏ん付けた。
「!いったあ!」
悲鳴を上げてうずくまったリベールを見て、肖像画たちは、ほくそ笑んだ。
「なんて素敵なヒロインでしょう。いい気味よ」
「この方が第五回目のヒロインで、本当に良かったわ。ざまあ見ろね」
口々に火稲を称賛した。




