第3話 王太子リベールの外れた目算
リベールは、瞬時に理解した。
「ああ、分かった。君、何か違反して、ここに来たんでしょ?それで、実年齢のおばさんなんだね」
「おばさん!?」
確かに、三十五歳は、おばさんと呼ばれても致し方ない年齢だ。
でも、だからといって、初対面の相手に、おばさん呼ばわりされる謂れはない。
こんな屈辱を味わったのは、生まれて初めてで、火稲は、腹が立って仕方なかった。
「なんて失礼な!そういうあなたは、いくつなの!?」
火稲が、顔を真っ赤にして聞くと、リベールは、悪びれることなく答えた。
「え、僕?二百歳だけど。それが、どうかした?」
「二百!?あなたの方こそ、年上じゃない!!おじいちゃんだわ!!」
火稲は、生まれて初めて、地団駄を踏んで怒鳴り散らした。
「あなたから見た私なんて、小学生みたいなものでしょう!?それで、よく人の事を、おばさんだなんて言えたわね!?王太子だから、何を言っても許されると思っているなら、大間違いよ!!ずばり言わせて貰うわ!!あなたなんて、これっぽっちも魅力的じゃない!!赤シャツを着るチャラ男なんて、論外よ!!ボタン一つ止められないの!?」
リベールは、黙って聞いていたが、火稲が怒鳴り終わった後に、くすりと笑って言った。
「実年齢が二百ってだけで、乙女ゲーム内では、二十三だよ。君のように、本物のおばさんとは違う。若いんだ。それに、このボタンは、閉めてないんだよ。逞しい腹筋が見えて、カッコいいでしょ?おばさんには、分からないかな?」
こんな風に挑発してくるバカ男は、いつもの火稲だったら相手にしない。
華麗にスルーできる。
しかし、今は我慢がならなかった。
怒りで、指先が、ぶるぶる震えた。
火稲は、堪忍袋の緒が切れると、喋る事すら出来なくなるという事も、生まれて初めて知った。
今日はもう、悪い方の意味で、初めてづくしだ。
これも初だが、火稲は、気付けば、青い長財布をぶん投げていた。
「おっと!」
リベールも、流石に驚いたが、黒い笑みを浮かべてバカにした。
「ナイスコントロール!君、何かスポーツやってたでしょ?見た感じ、ガタイ良いもんね。おばさんで、それって、モテないでしょ?あははっ」
火稲は、もう怒る気力もなくなった。
(このバカに何を言っても無駄だわ。言葉が、通じない)
火稲が、押し黙っている間に、リベールは、許可もなくチャックを開けて、勝手に中身を見ていた。
そして、驚きの声を上げると、失礼な事を聞いてきた。
「空っぽだ!!君って、貧乏なの?だから、服も、モノトーンなの?オシャレするお金がないの?君の世界の事は、ユトンから聞いてるよ。君は、ちっともオシャレじゃないね。ブイネックの白シャツと黒デニムなんて、お葬式スタイルだよ。嘆かわしいなあ」
火稲は、ここにきて、ようやく気付いた。
どうやら、とんでもなく失礼で最悪な問題児の世話を押し付けられたらしい。
まともに相手をしていたら、日が暮れそうだ。
火稲は、子供に話し掛ける時のように、声音を和らげた。
「お財布を、返して貰える?私は、モノトーンが好きなの。お金持ちではないけど、貧乏でもないわ。それに、あなたに心配して貰わなくても、ちゃんと婚約者がいるから大丈夫。昨年、海外転勤になったから、暫く会えてないけど、お正月には会えるわ。だから、私自身は、恋愛祈願をしてないの。姪の代行で、願掛けしたの。お金を引き忘れて、財布に五円玉しかなかったのよ。きっと、氏神様の怒りを買ったのね。自業自得だわ」
急にしゅんとなった火稲を見て、リベールも、少しだけ反省した。
「そうか、そういう理由があったんだね。からかって悪かったよ。僕が、間違ってたね。でも、僕は、若い子に来て欲しかったから、おばさんの君には、用がないんだ。さっさと帰って欲しいのが、本音なんだ。君の願いを五つ叶えれば、君は、帰れるから。お互いの為にも、さっさと終わらせよう?」
王太子の本音を聞いて、火稲は、どこまでも失礼な男だと思ったが、「お互いの為にも、さっさと終わらせよう?」という提案には、一も二もなく賛成した。
「それが良いわね。そうしましょう」
火稲が、叶えて貰う願い事を考えていると、リベールが、小さく「あっ!」と言った。
「忘れてた!」
「何を?」
火稲が、面倒くさそうに聞くと、リベールが、思いやりの欠片もない発言をした。
「ヒロインは、ドレス着用が義務付けられてるんだ。でも、君は、ヒロインじゃないし、ヒロインのルイネは、十六歳だから、若い子の着るドレスが、君に似合うとは思えない。だから、ドレスルームには行かなくてもいいから、お化け屋敷にも入らなくていいよ。良かったね」
最後に、にこっと花が咲くような笑みを浮かべたので、火稲は、心底憎たらしく思った。
しかし、名案が浮かんだのだ。
「その通りね。私には、似合わない。でも、あなたなら、きっと似合うわ」
火稲が、にっこり笑うと、初めてリベールの顔が引きつった。
「えっ!?」
「一つ目の願いが決まったわ!私の代わりに、ヒロインのドレスを着てちょうだい。おばさんの私には、似合わないようだから。その姿で、町を案内してくれる?それが、願いよ。さあ、お化け屋敷に入りましょう!ドレスルームへ、案内してちょうだい。私が、ドレスを選んであげるから。とっても楽しみね」
リベールは、青ざめた顔で何も言わなかった。
ヒロインの願い事を叶えるのは、絶対なのだ。