第1話 無敵怪盗に、願い事
ジェラルディンが出没する晩は、必ず突風が吹きすさぶ。
満月の夜、それも十二時きっかりに、無敵怪盗ジェラルディンは、ミンフィユ王国のストロベリーシティに出没する。
雲一つない星空に現れて、易々と月を盗む。
大胆不敵で予測不能、絶対無敵の怪盗だ。
盗めないものは何もない。夜風も星々も、闇でさえ味方なのだ。
「ねえ、ジェラルディン、今夜も楽勝ね。毎回、腹の中で笑っちゃう。おんなじ事、思うのよ。だって、警察ほど役立たずの組織って、他にないんだもの。そう思うでしょ?」
シルバー文鳥が、満月の傍で、くすくす笑った。
青みがかった銀色の美しい羽は、月光に照らされてキラキラ輝いている。
「別に、どうでもいい。そんな事より急がなきゃ。最近は、必ず邪魔が入るから」
いつもの素っ気ない瞳の色は、シルバーピンクだ。
腰まで伸びる波打つ髪は、赤みを帯びた銀色で、羽もないのに、自由自在に空を舞う。
ジェラルディンは、満月の真上に舞い降りた。
黒いマントを胸ポケットから、するすると引っ張り出して両端を握った。
その時だ、よく知った声が、真正面から聞こえた。
「久しぶりだね、ジェラルディン」
突然現れた背の高い美丈夫は、フルーヴ王国の王太子リベールだった。
青みがかった紫色の瞳は、王国では珍しく、穏やかな瞳は見る者を和ませる。
しかし、残念なことに、中身は腹黒い。
少し癖のあるブロンドだが、月明りを浴びると、銀色の絹糸のように見える。
まるで、銀色の雲が棚引いているように見えるのだ。
「リベール!今度は、あなたなの!?」
文鳥のセーシュが、甲高い声を発して非難するように言った。
ジェラルディンは、何も言わなかった。
「どうして、白いタキシードを着てるの?白いシルクハットまでかぶって!ひょっとして、この前の十羽を真似てるの?ああ、分かった。あなたも、満月を分けて欲しくて来たのね?芸がない事!どうせ、ブルームーンを持って来たんでしょ?そのシルクハットから、千本の花束を取り出す算段ね?でも、お気の毒。先日、山ほど分けて貰ったのよ、赤目守りから。そういうわけだから、満月は、一欠けらだって渡さないわよ!」
目を吊り上げて捲し立てたセーシュに、リベールは、肩を竦めてみせた。
「満月は、いらないよ。それより、盗んで欲しい人がいて、お願いに来たんだ」
「盗んで欲しい人!?」
ジェラルディンは、思わず聞き返した。
驚き過ぎたのと、今度は何を企んだのか、少しだけ興味を引かれたのだ。
「実は、ユトンを盗んで欲しいんだ」
「はっ!?」
一人と一羽は、呆気に取られて、暫く何も言えなかった。
「それって、誘拐じゃない!まさか、本気で言ってるの?」
セーシュの方が、先に気持ちを立て直して、腹黒王太子を睨みつけた。
すると、リベールは、至極真面目な顔をして言った。
「うん、今回だけ、ユトンを監禁して欲しい。僕、自称プレイボーイだから、一度でいいから、ヒロインに恋してみたいんだよ。もし、この願いを叶えてくれるなら、僕はもう、君に求婚しないよ。君の事は、きっぱり諦める。約束するよ」
「魅力的な提案ね!」
セーシュが、すぐさま感嘆の一声を発した。
しかし、ジェラルディンは、顔をしかめて言った。
「確かに、魅力的で、この上なく有難い取引。でも、犠牲になるヒロインを思うと、胸が痛む」
「痛む必要なんかないわよ」
セーシュは、ジェラルディンを、せっついた。
「考えてもみて?この男は、毎週、フルーヴ王国からやって来るのよ?あなたに、プロポーズする為だけに!それが、なくなるのよ?憂鬱にならずに済むの。ヒロインなら、心配いらないわ。願い事が五つ叶ったら、元の世界に帰れるんでしょ?何より、三日経ったら、強制終了だもの。いい?あっちは、三日の辛抱なの。でも、あなたは、一生の辛抱になるかもしれないのよ?」
セーシュの必死な訴えを聞くうちに、ジェラルディンも心を動かされた。
それを見抜いて、リベールが、熱心に言った。
「疑うなら、『真珠の言葉』に誓ってもいい。君も知ってるだろ?『真珠の言葉』は、色んな言語で書かれた、色んな呪文が載ってる本だ。その中には、二度と恋心を抱けなくなる呪文も載ってる。隣国の第二王女リーシャは、その言語を解読できる。リーシャに頼んで、僕に呪文をかけて貰えばいい。男に二言はないよ」
リベールの熱い本気が伝わって、ジェラルディンは、承諾した。
「分かった、いつ盗めばいい?」
「ヒロインが来るのは、三日後だから、それまでにお願いね」
リベールは、それだけ答えると、ぱっと姿を消した。
「やっと帰ったわね、あの腹黒王太子。これからは、平和よ。良かったわね、ジェラルディン」
セーシュが、満足げに、羽をパタパタさせて喜んだ。
その時、空から何かが、ぽとりと落ちて来た。
ジェラルディンが、掌で受け止めると、小さな真珠だった。
美しく輝く真珠を見て、セーシュは、五十一回目のプロポーズを思い出した。
『ねえ、ジェラルディン、僕は、本当に君が好きなんだ。いつか僕を好きになってね。その時は、真珠の指輪をプレゼントするよ』
「指輪にならずに済んで良かったわね、ジェラルディン。この真珠は、約束を守るっていう、あの子なりの誠意みたいなものでしょう」
セーシュの言葉に、ジェラルディンは、大きく頷いて言った。
「でも、やっぱり罪悪感は沸く。ヒロインとユトンが不憫すぎるから」
リベール編は、第7回アイリス異世界ファンタジー大賞に応募しようかなと思って書き始めた話です。
未完結、連載中でもOKだそうなので、締め切りギリギリまで粘って納得いく話が書けたら、応募しようと思っています。