008 ゴーレム
トータスから馬車に揺られること3日。俺たちは、遺跡の町ドンカセに到着した。この町は元々、広大な古代遺跡の発掘調査のために作られた町らしい。
しかし、活気があったはずの町はどこか沈んだ雰囲気だ。
宿を確保した後ギルドに向かうと、壁に立てかけられた異様なメイスが目に入った。俺のメイスよりもはるかに大きく、黒光りする金属の塊だ。
それがギルドのホールで、ただならぬ雰囲気を放っている。ここに来る道中で聞いた、ドルトンというメイス使いのものだ。その傍らには、メイス使い募集の依頼が貼り出されていた。
「あれが、ドルトンメイスね」
ロイネが指差す。
「なんか凄いね。迫力がある」
それが俺の素直な感想。
職員に状況を尋ねると、ドルトンという高ランクのメイス使いがぎっくり腰を患い、温泉地へ療養に行ってしまって人手不足になってるとのこと。彼は「ゴーレムを倒すコツは、パワーだ」と言い残し、あの巨大なメイスを「好きに使ってくれ、使えるものなら」と置いていったらしい。だが、あまりに重すぎて誰も使うことができず、ゴーレム討伐が滞っているのとのことだ。
職員の説明は続く。
ドンカセには古代遺跡だけでなく、最近になって地下にダンジョンの入り口が発見されたらしい。
しかし、そのダンジョンの入り口を調べていたら、ロックゴーレムが出現し、その戦闘で入り口を崩壊させてしまった。
このゴーレムはただの魔物ではなく、古代の技術で製造された人造のガーディアンらしく、倒してもすぐに復活する。
ダンジョンは探索できるようになると多くの富をもたらすが、ロックゴーレムが邪魔で、瓦礫の撤去もままならない。
という状況だった。
「つまり、ダンジョン入り口の瓦礫撤去が行えるように、ゴーレムを排除すればいいってことね!」
話を聞いて俺の好奇心が強く刺激された。
人造のゴーレムか。なんてファンタジーな要素だ。どんな仕組みで動いてるのか、見たところでわからないとは思うけど、動いてるところは是非見たい。それを破壊するのが仕事だけどね。
「でも、ゴーレムは生半可な攻撃じゃ倒せない魔物よ。オルトでも苦戦するかも」
「力不足?」
「身体能力じゃなくて、スキルの問題。打撃スキルがあると、硬いものを破壊しやすくなるの」
ロイネが俺に忠告する。俺はギルドの壁に立てかけられたドルトンのメイスに歩み寄った。
「じゃあこれならどうかな?」
「それはきっと、ゴーレムに特化した力が付与されてるメイスだから、使いこなせれば倒しやすくなると思うけど」
「これ、試してみてもいい?」
「いいんじゃない。好きに使ってくれってことだし」
ロイネの了承を得て、俺は巨大な金槌のように見えるドルトンメイスを手に取る。これは……見た目通り、いや、見た目以上に重い!
想像をはるかに超える質量に、さすがの俺も驚かされた。何とか両手で掲げる事はできた。ゆっくりと振ってみる。
強く振り回そうとすれば、体ごと振り回される重さだ。
ザワザワ……
ギルドのホールがざわめき、俺に視線が集まる。どうやら軽く振るのも大変なメイスってことらしい。
「これは……確かに無理だな。重すぎて戦えそうにない」
以前に比べたら身体能力が何倍にも向上しているはずだけど、このメイスを使いこなすのは無理だ。やっぱり慣れ親しんだ自分のメイスで戦おう。
俺たちは早速、ロックゴーレムが出没するという古代遺跡の丘へと向かった。明日からでも良かったのだが、俺がロックゴーレムを一目見たくて、ロイネに頼み込んだ。
丘の斜面には、瓦礫撤去のための機材が放置されている。その先に窪地がある。中央にダンジョンの入り口があるらしいが今は見えない。だけど、人型の岩が8体、輪になって動きを止めていることから、その中心にダンジョンの入り口があるのがわかる。
「今は8体だけど、もしあんなのが制限なく製造され始めたりしたら、間違いなくドンカセの町が終わるね」
ロイネが真剣な顔で言う。しかし俺は、少し感動してた。ゴーレムは俺が思っていたより整ったディテールで、それは岩で作られたロボットのようだった。
「近づいたら動くんだよね?」
「うん。それぞれに行動範囲があるから、一体一体誘き寄せて戦えって言ってたわ」
そんな話をしていたら、他のパーティーがロックゴーレムの一体に近づき、外へ外へと引き寄せ始める。
「おおお、うごいてる。すげぇ……」
「なんか、楽しそうね」
「初めて見るからからね。なんであんな岩の塊が動くんだろ。どういう仕組みなんだろ」
「そんなの魔法で動いてるに決まってるじゃない」
「そ、そうだね」
それがどういう理屈や仕組みなのかが興味深いんだけど、ロイネはそういう部分には興味がないらしい。いや、きっとこの世界だと、魔法で何かが動くのは当たり前なんだろう。
ガン!
ガキン!
岩と金属がぶつかり合う音が窪地に響く。
3人組のパーティーは、軽装の女性がゴーレムの正面で気を引き、背後の二人がゴーレムの足にメイスを叩きつけている。その様子はなかなかに作業だ。ゴーレムは背後の二人を気にすることなく、前の女性ばかりを狙っている。だからメイスで殴られ放題なんだけど、なかなか倒れそうな気配がない。
ゴキン!
しばらくその様子を見ていたら、一際大きな音が響く。その直後ゴーレムが体勢を崩し、地面に倒れ込む。
「よっしゃー!」
ゴーレムの足を砕いた男が、メイスを振り上げて雄叫びを上げる。
「もしかして終わり?」
「ゴーレムはあの重量だからね。足を破壊できれば脅威じゃなくなる。でもゴーレムは、それを動かしてる大元を何とかしないと復活しちゃうのが面倒なところなの」
「あれだけの重労働なのに、復活しちゃうのかー」
もう作業すぎて、飽きるほど見てた。倒した冒険者たちが汗だくで本当に重労働なのがわかる。
「そう。だから普通はゴーレムを操ってる人を倒すんだけど、ここのゴーレムは古代遺跡の中から制御されてるみたいだから、その制御してる何かを破壊しないと、延々と無駄な戦いをさせられることになるわ」
「え、無駄って、倒しても報酬ないとか?」
詳細は掲示板に書いてたみたいだけど、俺はまだ文字が少ししか読めない。会話はかなりスムーズになったけど、文字はまだしばらくかかりそうだ。
「見て」
ロイネが指で示した先に、ギルドの制服を着た人が見える。
「ゴーレムからは何も手に入らないけど、職員がちゃんと見ててくれるから、少ないけど報酬はちゃんと貰える。本当の報酬は、このゴーレムが復活しない状況になった時の成功報酬よ。活躍次第でかなり高額の報酬がもらえるわ。ちなみに今戦ってたパーティーは訓練ね」
「なんでわかるの?」
「瓦礫を撤去する作業員がもう帰ってる」
「あ、そういうことね」
ゴーレムが8体そろってたし、作業員がもう帰ってるってことは、今日の瓦礫撤去は終了してるってことだ。もう夕方だもんな。でも、せっかく来たんだから俺も挑戦してみたい。俺なら、さっき見てた冒険者より強く叩けそう。
「俺も、訓練してみたい。いい?」
「仕方ないわね。タダ働きになるから、ちょっとだけよ」
「ごめん、わがまま言って」
「私が引き付けるから、さっき見たみたいに背後から足を狙ってね。あと、ダンジョンの入口の方には近づかないでね。あっちに行くと8体が一斉に向かってくるらしいから、流石に危険よ」
「それは怖いな。わかった」
俺はメイスを握りしめて、ロイネと一緒に窪地へと降りた。ロイネが槍と荷物を置き、なんの躊躇いもなくゴーレムに近づいて、一体を引き付ける。
なるほど、ただ引き付けとくだけなら、脱兎が使える身軽な状態が安全ってことね。ゴーレムは正面に敵がいる間は、背後からの攻撃に防御すらしないみたいだから、引き付け役に徹底する気だ。
ロイネって思考が合理的だよな。多分20歳前後だと思うけど、年齢以上にしっかりしてるように見える。いや、こんな危険な世界だからな。しっかりしてないとソロで冒険者なんてできないんだろう。
「このあたりでいいかな。オルト、出番よ!」
さぁ俺の出番だ。俺の身体能力とこのメイスでどれくらいやれるか試そう!