007 旅立ち
Dランクに昇格してからの俺たちの稼ぎは、勢いを増す一方だった。オークの討伐にはすっかり慣れ、さらに効率よく魔石を集められるようになった。
そんな中、俺の身体能力は日を追うごとに強くなっていくのを実感していた。メイスを振る腕も、動体視力も、身体の頑丈さも、日に日に増していく。その異様な成長速度は、ギルドの職員の目にも冒険者たちにも留まり始めていた。
ある日、ギルドで魔石を買い取ってもらっていると、顔なじみの職員が声をかけてきた。
「オルトさん、最近、目覚ましい活躍ですね。こんなに早く成長する冒険者は滅多にいません。もしかして、何か特別なスキルでも手に入れたのですか?」
職員の調べるような視線が、俺に向けられる。俺はその質問に素直に答えた。
「いえ、相変わらず『癒しの加護』しか持っていませんけど……」
隣に立っていたロイネが、スッと俺の腕を掴んだ。視線だけで「余計なことを言うな」と訴えかけてくる。俺はそこで言葉を詰まらせた。職員が訝しげな表情を浮かべたものの、それ以上は踏み込んでこなかった。俺は曖昧な笑顔を返し、その場を後にした。
ギルドを出ると、ロイネがすぐに口を開いた。
「オルト、もう一度言うけど、あなたのスキルの事は、他の人に話さない方がいい。特に、ギルドの職員や軍の人間には絶対に」
俺はその強い言葉に少し驚いた。これまでのロイネの様子から、スキルのことは人目のある場所で、大っぴらに話すものではないんだろうとは思ってた。だけど、ギルドの職員にも話さないほうがいいとは思っていなかった。ギルド職員は言わば「公的な人間」だし、スキルを鑑定してくれる人もいるんだから。
でもそれは違うらしい。
「あなたの癒しの加護は普通じゃないの。成長を加速することができる癒しの加護、そんな能力が世間に知られたらどうなるか考えてみて」
ロイネが真剣な顔で聞いてくる。
「あちこちから、スキルを使ってくれって頼まれる?」
俺の返事を聞いたロイネが首を横に振る。
「その程度じゃ済まないわ。魔法使いが軍や貴族に囲われてるように、自由の利かない立場になる。それを望む人もいるけど、オルトの場合は軍やギルドが強い兵士や冒険者を創り出すための道具として管理しようとする可能性が高いわ」
「管理?」
「最悪のケースは監禁ね」
「それは……嫌だな」
利用価値があるとは思うけど、そこまでされる可能性は考えてなかった。
「そして、強い兵士を手に入れた軍は、内戦を始めるでしょうね」
「そこまでなる!?」
「この国の平和は、各地の勢力が拮抗してるから保たれてる。もしどこかがオルトの力で飛び抜けた軍事力を手に入れたら……きっとそうなる」
だから職員に話しそうとした俺を止めたのか。俺は自分のスキルが持つ「危険性」を初めて認識した。言われてみればその通りだ。だけど、深く考えてなかった。
「……分かった、ロイネ。気を付ける」
ロイネは、俺の返事を聞くと、少し安堵したような表情を見せた。しかし、そんな大切な事をなんで今まで言わなかったんだろう。
「ロイネ、俺は記憶が混乱してるせいか、そういうのが、よく分かってないみたいなんだ。この国や大陸の情勢なんかも、さっぱり分からない。だから、注意すべき事があったら、早めに教えてほしい」
そう言ってロイネを見ると、少し気まずそうな顔を見せる。
「ごめん、前から詳しく話そうとは思ってたんだけど、詳しく話した後、癒しの加護を使ってもらえなくなったら嫌だなーって……」
モジモジしてる。なるほど。そういうことね。ロイネは強くなるために俺を利用してるんだ。そして、それに少し負い目を感じてる。でも俺はロイネに利用される事、利用価値を見出してくれてることを嬉しく思ってる。なんたって命の恩人だからな。俺のスキルで恩返しができるなら、いくらでも利用してもらいたい。
「心配しなくても、ロイネには使い続けるよ」
「え、いいの?」
「命の恩人が望む事を止めるわけがない」
「やった!」
ロイネの不安げな表情がパッと明るくなった。強くなる事にこだわってるもんな。
「ロイネって、何か目標があったりするの?」
なんとなく聞いてみた。ロイネは毎日何かをしてる熱心な冒険者だ。ギルドの様子を見ていて気づいたが、毎日活動してる冒険者は意外と少ない。2日に一度で多い方だ。
「私は……稼ぎたいの。たくさん稼げる冒険者になって、死んだ仲間の子どもたちを支えたいの」
「もしかして、稼いだ金は……」
「私が困らない範囲で、死んじゃった仲間のギルド口座に入れてる」
「……そっか」
困らない範囲で……と言ってるけど、ロイネの装備は槍以外安物に見えるしボロボロだ。俺に装備の評価なんてできないけど、きっと装備を買い替えるより、支援を優先してるんだろう。宿も安宿だしな。
「じゃあ、オークにも飽きてきたところだし、何か他の稼げる仕事、行ってみない?」
「そうね、それがいいかも。このままこの町に居たら、オルトの普通じゃない癒しの加護がバレちゃいそうだしね」
「何か良い依頼、あったかな」
「あるよ。実は考えてたんだ」
「どんな依頼?」
「ロックゴーレム討伐よ」
「ゴーレム?」
ゴーレムって、岩が合体したような魔物のことだよな。見たい。どんな理屈で動いてるのか、この目で見たい。
「それ良いね!」
「うん。メイス使いにもってこいの依頼よ」
「確かに、剣よりメイスが効果ありそう!」
俺たちの次の仕事があっさり決まった。このトータスから東、馬車で3日。遺跡の町ドンカセだ。
そこでは、主力だった高ランクのメイス使いが離脱し、ロックゴーレムの討伐が追いつかず、発掘作業が遅延してるらしい。
俺とロイネはすぐに準備を済ませ、東に向かう客車に乗り込んだ。ロイネはこの町に長く居たはずなのにその荷物はとても少なかった。
「うーん、トータスのから離れるの、久しぶりだなー」
客の少ない客車でロイネが体を大きく伸ばす。
「前はあちこち行ってたの?」
「うん、皆が生きてた頃はあちこち行ってた。でもCランクのソロじゃ護衛もできないからね、慣れた場所で雑魚を大量に討伐した方が稼げるの。でも同じ場所に長く居ると飽きるんだよねー」
楽しそうでなによりだ。俺のせいで移動する事になって残念って感じではなさそうで良かった。
「オルト、さっきから何してるの?」
ロイネが俺のメイスを握る手を見る。
「岩を叩くとなると、手が痺れそうだから、その対策に握力でも鍛えておこうかと」
「熱心ね!」
そう言うロイネは空気椅子だ。空気椅子と休憩とを半々で繰り返してる。
「ロイネこそ、熱心だよね」
「馬車はずっと座ってるとお尻が痛くなるから、こうやって浮かせて足腰を鍛える事にしてるの」
ロイネが大腿部をポンポンと叩く。確かに尻が痛い。俺は出発してからすぐに痛くなってる。しかしロイネのクッションの良さそうな尻でも痛くなるんだ。馬車の移動って思ったより大変だな。
「その尻でも痛くなるんだ」
「え?」
「あ!」
思ったことが口に出た。失言だ!
「オルト、どういう意味かな?」
ニッコリしてるけどなんか怖い。悪い意味では言ってない。口に出したらセクハラだけど、ロイネのお尻はよく鍛えられた土台を柔らかい肉で包んだような、丸く綺麗なお尻だ。全体的に引き締まってるから、その大きな尻は、間違いなくチャームポイントだ。
「えーっと、ロイネが痛いなら俺が痛くなるのも当然かなーって。俺も鍛えよっかなー」
「オルトってお尻が好きなの?」
「いや、そんな事は……」
「嫌いなの?」
「どちらかといえば……好きです」
「そっか。ふーん、そうなんだ」
ニッコリからニヤニヤになったロイネ。
「だから夜中に、私のお尻を眺めてるんだね」
「え!?」
「冗談よ。でもその反応だと、眺めてるね」
やられた! これは恥ずかしい。
「別に良いけどねー。全く興味を示されないのも寂しいしね。見るだけならタダよ」
「は、はは……」
恩人をエロい目で見る残念な人だと思われたかな。気をつけよう。ロイネには嫌われたくない。常に失礼のないようにしないと。例え一人で生きていけるようになっても、ロイネとは可能な限り一緒にいたいからな。