003 ゴブリン討伐
「わかった……やる」
「やった!」
ロイネが嬉しそうに小さく飛び跳ねた。
俺たちは、その日のうちに冒険者ギルドへと向かった。ギルドの受付で冒険者登録をしたいと告げると、職員は俺の顔と、隣に立つロイネを見て、少し困ったような顔をした。どうやらロイネは、ギルド内で何か「曰くつき」らしい。
「やめとけ、兄ちゃん。初心者が組む相手じゃない」
「見殺しにされるぞ」
周囲の冒険者たちから、そんな声が飛んでくる。だが、俺は気にもしなかった。あの森で、疲れ切った体で俺を守り続けてくれたロイネだ。仲間を見殺しにするような人間じゃないことくらいわかる。過去に何があったのかは知らないが、俺はロイネと組む事に何のためらいもない。
手続きは、Cランク以上の推薦があって、パーティー登録が前提なら簡単に済むらしい。
ロイネがテキパキと必要書類を書き、俺も促されるままにサインをした。白い制服姿の俺を、不思議そうに見つめる冒険者もいたが、その中に「あれ? こんな感じだったっけ? なんかもっとヒョロくなかったか?」と首を傾げる声も聞こえてきた。トレーニングの成果に気づいてもらえるのって嬉しいな。
ギルドの壁にある姿見鏡を見る。すると自分のシルエットが以前とは別物になっているのが分かる。明らかに体が太くなってる。ちょっと服を脱いで見たくなるが、それはさすがに恥ずかしいから我慢だ。
登録が終わり、ギルドを出ると、ロイネが嬉しそうに自分のスキルを教えてくれた。
「仲間には手の内を伝えるのが冒険者の礼儀よ。私のスキルはね、槍術、警戒、脱兎よ。前はパーティーを組んでて、前衛と警戒役を担当してたの」
笑顔でそう言った後に、少し表情を曇らせる。
「周りの声で、私が仲間を見捨てたみたいに言われてるのは気づいたよね」
俺は正直に首を縦に振った。
「あれは2年前、パーティーで討伐任務に出かけてた時に、運悪くマンティコアと遭遇しちゃってね。逃げ延びることができたのが私だけだったの。私は最後の一人になるまで前衛の役目を果たそうと戦ったんだけどね。脱兎のスキルって、仲間を見捨てる臆病者の目印みたいに言われることがあるの」
ロイネはそう言って肩をすくめた。残念で悲しい過去だ。でもロイネの目は、私はそうじゃない。最後の一人になるまで戦った。見捨てたりはしていない。そう訴えるような目だった。
「俺は……助けられた」
「うん、助けた!」
ロイネが笑顔になる。ロイネを信じる気持ちが伝わったらしい。俺も笑って返すと、ロイネがスキルの説明を続けた。
警戒は熟練していくほどに得られる情報が増え、警戒した相手の強さまでなんとなく分かるようになるらしい。ロイネはソロになってから警戒と脱兎を多用していたために、熟練度はけっこう高いとのことだ。
「でね、オルトのことなんだけど」
ロイネが俺をじっと見て、真剣な顔で続けた。
「警戒で感じ取れるあなたの身体能力は、もう私より上なのよ。だけど警戒しても危険要素が皆無。出会った最初から攻撃性がまるでないの。だから悩むことなく同室で過ごせた。きっとあなたは、戦いや争いと縁のない生活をしてたんだと思うわ。やっぱり聖職者か聖人なのかも。普通じゃないスキルも持ってるしね」
ロイネがニッと笑った。彼女は俺の「癒しの加護」が成長チートであること、そして自分以外にも成長を促す効果があることを見抜いてる。その利用価値を確かめるためにトレーニングをしていたのも分かる。
俺の目には、単なる善人ではない実利主義なところが見える。だけど俺は、そう言う人の方が付き合いやすいと思う。合理的な人は好きだ。
俺のスキル「癒しの加護」は、俺を驚くほどの早さで成長させてくれた。ロイネの様子から考えても、普通の「癒しの加護」とは比べ物にならない価値があるんだろう。
看護の仕事をスキルにするとこうなるだろうなーって感じのスキルだけど、その効果が極端だ。これが病院で働いていた頃に使えたら良かったのにな。
まぁ中途半端にしか思い出せない過去を振り返っても仕方がない。これからの事を考えよう。今はこの異世界ファンタジーな世界が俺の生きる世界だ。
こっちの生活に慣れてきたし、言葉も少しは使えるようになったんだから、いつまでもロイネの世話になるだけじゃダメだ。ロイネから色々と学んで、早く生活費くらいは稼げるようになろう。
「ロイネ……戦い方、教えて」
俺がそう言うと、ロイネは目を丸くした後、嬉しそうに頷いた。
「いいわ! 戦い方だけじゃなくて、冒険の楽しさも教えてあげるわ! 早速だけど、武器を選びに行きましょ!」
冒険者の楽しさはすでに知ってる。ゴブリンと戦うロイネを見て、子供のように興奮してたからな。
ロイネは色々なことを見せることで、それが刺激になって俺の記憶が戻るきっかけになるかもと考えて連れて行ったらしいが、その点はハズレだった。
そのかわりに、俺も冒険者をやってみたい、ゴブリンと戦ってみたいと思うようになった。もうゴブリンの血の匂いを嗅いでも平気になったしね。
武器選び、楽しみだな。武器って単語だけでワクワクするんだよね。
武器屋に行くと、ロイネが「何か好みはある?」と聞いてきた。俺は憧れのロングソードを手に取った。異世界ファンタジーと言えば、やはりロングソードだ。手に取ると、その重みがずっしりと伝わってくる。
「構えてみて」
ロイネに促されてなんとなくの構えを取る。
あれ? 重くない。まるで小枝のように手首で振ることができる。金属の重さは手にずっしりと感じてるのに軽々振ることができる。俺の筋力、成長しすぎじゃね?
「試し切りもできますよ」
武器屋の店員が中庭に立てられた人の腕ほどの丸太を指差す。
「せっかくだから、やってみたら?」
ロイネにも促され、中庭へと出る。俺はロングソードのカッコよさに当てられたのか、なんとなくできそうな気がして、丸太を袈裟斬りにしてみた。
バキン!
「あああ!?」
その気になってやってみたが、看護師だった俺に刃を立てて斬る技術はなかった。
力任せに振ったロングソードは、丸太に当たった瞬間に、残念な音を立て真ん中から折れた。
俺が呆然としていると、ロイネが吹き出しそうになるのを必死でこらえ、ポンと俺の肩を叩いた。
「その身体能力で、使い慣れてない刃物を振り回すのは危ないね。技術がないのに力が強すぎるのよ。そんなんじゃ、下手したら自分を傷つけかねないわ」
折れた剣が店の壁に突き刺さり、近くにいた店員が青ざめた顔になってる。背筋に冷たい汗が流れる。当たらなくてよかった。
「すみません!」
俺は最敬礼で頭を下げた。
「は、はは、び、びっくりしました」
店員は引きつった顔で、剣を弁償してくれればいいと許してくれた。
結局、刃物を扱う技術がないということで、俺の武器はメイスに決定した。そしてロイネが選んでくれたメイスは、飾り気のないナックルガードの付いた1メートルほどの「ほぼ金属の棒」だった。それは手に馴染む重さでちょうどいいけど……。
「これなら、ただ振り回すだけでいいから、オルトでも使えるはずよ」
「メイス、ここ、ギザギサ」
メイスと言えば、金属の棒の先端に痛そうなギザギザがあったりすると思うんだけど、なんでこんなシンプルなほぼ棒を選んだんだ?
「オルトの腕力ならこれで十分よ。重心も均等だから、重さが違うだけで木刀と同じように振れるはずよ。戦闘に慣れるまでは、これがいいと思うわ」
納得の説明だ。さすがロイネ、よく考えてる。
「たぶん今のオルトなら、オークでも簡単に倒せるんじゃないかな」
ロイネは楽しそうに言ったが、オークという言葉に俺の顔は引きつった。ロイネの戦いをみて興奮したし、自分も戦ってみたいと思ったけど、ゴブリンでも結構怖かったのに、いきなりオークと戦うのは無理だ。まだオークは見たことがないけど、俺のイメージだと別格の魔物だ。実際に戦うのはしっかりゴブリンで経験を積んでからにしてもらおう。
次の日の朝、俺たちは町から少し離れた場所にある、森の奥へと向かった。ゴブリンの出現ポイントだ。
俺はロイネの指導のもとメイスを構え、ゴブリンに立ち向かった。しかし、いざ戦おうとすると、あの緑色の皮膚と醜い顔が目の前に迫り、手足がすくんでしまった。ロイネの戦う姿を見て、俺にもできそうとか思ったけど、身体能力が高まっていようと、戦闘経験のない俺は、緊張と恐怖でまともに動けなかった。結果、防御すらままならず、すぐにロイネに助けられた。
「大丈夫、大丈夫! 最初はみんなそうよ!」
ロイネはそう言って励ましてくれた。
「でも……オルトは身体能力まかせで攻撃はなんとかなると思うけど、緊張で固くなるみたいだから、防御はしっかり訓練したほうが良さそうね。実戦は先送りにして、防御の技術を鍛えよっか」
「うん、それ、お願いする」
それから5日間、ロイネと防御の特訓を行なった。ほぼ実戦みたいに。
ロイネの木剣が容赦なく俺の体に叩きつけられた。もちろん手加減はしてくれてると思うけど、それでもボコボコにされた。俺は打撲と痛みで動けなくなるほど頑張っては、寝て回復を繰り返した。本心を言えば、ちょっと待って、もう少し優しく! と言いたかったが、好意で訓練をしてくれてるロイネにそれは言えず、ただ必死に頑張った。
「凄いね。打撲の痕も寝るだけで消えるんだ。これならもっと激しくいけるね!」
ロイネは俺の回復の早さを面白がってるような気がする。回復は確かに早い。打たれ強くもなってる。でも痛いのは同じだぞ。
しかし、そんな激しい訓練は、その分、驚くほどの速さで効果を現した。高くなった身体能力に加え、反射神経も飛躍的に向上し、ロイネの攻撃を避け、受け流す技術が身につき始めた。それでもボコボコにされ続けたが、俺の体はいつのまにか打撃耐性まで高くなってた。そして訓練は、ロイネの木剣が折れたことで終了となった。
「オルト、自信持っていいよ。刃物を持ってないゴブリンが相手なら、もう防御する必要もないから」
という事らしい。
そして、ついにリベンジの時が来た。
森の奥で、3体のゴブリンが俺たちに気づき、醜い奇声を上げながら襲いかかってきた。
俺は手に持つメイスを強く握りしめた。
魔物とはいえ、生き物を殺すことに躊躇いがあるかと思ったが、今日までの生活で、この世界の魔物がいかに人類の脅威で、多くの人々の命を奪ってきたかを学んでいたおかげか、そんな躊躇いに邪魔されることはなかった。だけど恐怖はあった。前と同じような恐怖だ。でも、それ以上に自信があった。
ロイネの木剣を受け続けてきた俺が、ゴブリンの振り回す棍棒を恐れるのは変だからな。
ロイネに教えられた通り、あの棍棒のことは気にせず、俺のメイスを当てることだけに集中しよう。覚悟を決めた途端、胸が熱くなる。
「おおお!」
近づいてきたゴブリンに雄叫びを挙げながらメイスを振る。俺のほうがリーチが長い。ゴブリンが棍棒を振るより先に、俺のメイスが命中する。
ドパン!
ゴブリンの頭部が弾け飛び、首から上がなくなった胴体から、血しぶきが舞い散る。それを全身に浴びてしまうが、そんなことを気にする余裕はなく、次のゴブリンを叩き潰す。
ドグシャ!
俺のメイスがゴブリンの肩から、腹近くまで食い込む。それを無理やり引き抜いて、最後の1匹の頭に渾身の力を込めて振り下ろす。
バシュ!
頭を粉砕されたゴブリンが地面に叩きつけられる。余裕の勝利だ。攻撃を受けることもなく、あっと言う間に3匹を倒せた!
動かなくなったゴブリンが黒い煙となって消えていき、黒光りする魔石だけを残す。
「やった……やった!」
俺は興奮を抑えきれず、メイスを高く掲げてロイネを振り返った。すると、全身血まみれになったロイネが、顔を引き攣らせて笑っていた。
「うん、やったね。よく頑張った。でも、次は手加減を覚えようね。私、返り血浴びるのが嫌だから槍を使ってるの」
ロイネの怒った顔を初めて見た気がする。どうやら俺の恩人は古びた装備を身に着けてるくせに綺麗好きらしい。
俺の興奮は、あっという間に冷めた。