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002 癒しの加護

 安堵で涙を流した俺に、ロイネは少し目を見開いた後、優しい眼差しでゆっくりと問いかけてきた。


「言葉が通じるようになったみたいね。落ち着いた? いくつか聞いてもいい?」


 俺が頷くと、ロイネが質問を続ける。


「あなたはどこから来たの? その服、珍しいね。遠くからきたの?」


 返事をしようとしたが、この指輪で聞き取ることはできても、話せるようにはならないらしく、伝わる言葉は話せなかった。


「そか、この質問の仕方じゃダメね。ここは、サリウス王国よ。あなたはどこか遠くから来たの?」


 俺は首を縦に振った。遠いと言うか、別の世界からだ。そもそもサリウス王国なんて初耳だしな。


「やっぱりそうなんだ。その服だと、聖職者さん?」


 今度は首を横に振る。聖職者というのは、きっと神父や僧侶のことだろう。この白衣を見てそう思ったんだろうけど、俺はそういうのじゃない。看護師だ。


「え、違うの? でも私を回復してくれたでしょ? あれって回復スキルだよね?」


 ロイネの言葉に、俺は首を横に振った。回復スキルなんて使った覚えはない。ロイネがスッキリ元気になってたのは、あんな状況でも良い睡眠が取れたからだろう。俺もあんな環境で過ごした割には元気だけど、これはきっと、この状況に興奮してるからで、きっと後で疲労がどっと押し寄せてくるはずだ。


「おかしいなぁ。スキルと思うんだけど」


 ロイネが不思議そうに首を傾げた。俺が葉っぱで扇いでいた時、ちょっとだけ目を覚ましていたらしく、目が覚めた時の調子の良さで回復魔法を受けたと判断したらしいが、俺に回復スキルがあったとしても使い方がわからない。スキルがある世界だと今、知ったところだ。


「もしかして、転移トラップのせいで、記憶が混乱してたりする? 自分のこと思い出せる?」


 転移トラップ! またまたファンタジーな言葉だ。転移すると記憶の混乱が起こるのか。俺は大丈夫だけど、状況がわからない今、異世界から来たって伝えて妙なことにならないかが心配だ。ここは頷いておこう。俺は混乱を肯定するように頷いた。


「自分の名前くらいは思い出せる?」


 別に混乱なんてしてないから自分の名前はちゃんと……あれ?

 俺の名前って……何だ?

 俺は看護師だ。そこは分かる。

 夜勤中の仮眠から目を覚ましたら森の中だった……それも分かる。

 でも一緒に夜勤してた人って……思い出せない。

 なんで?

 もしかして、本当に記憶の混乱が起こってる?


 ロイネの質問に狼狽えながら考える。しかし、思い出そうとしても、自分の名前すら思い出せない。これはまいった。記憶の混乱が本当に起きてる。看護師だった。日本人だった。ファンタジー系のゲームやアニメが好きだった……そのあたりは分かる。なのに名前や働いてた病院の名前や、同僚の顔、親の顔すら思い出せない。これが転移の影響?


「そっか……じゃあ、思い出すまでは『オルト』って呼ぶね」


 俺の混乱したようすから察したのか、ロイネがそう提案する。

 しかしなんでオルト? 


「オルト?」


 俺が首を傾げると、彼女は楽しそうに笑った。


「あなたの髪、オルトロスみたいに真っ黒だから!」


 オルトロス。

 ファンタジー知識が豊富な俺は、その名から、その姿を思い浮かべた。

 神話に出てくる、真っ黒で頭が二つある巨大な犬の魔物だ。

 ゲームや漫画、アニメでも見る魔物。そんな魔物からとった名前ってどうなんだとも思うが、今は質問することも文句を言うこともできない。この指輪の効果で言葉が聞き取れるようにはなったけど、話せるようにはなってないからな。


「何か思い出すきっかけになるかもしれないし、ギルドでスキル鑑定でもしてみる?」


 ギルドという言葉を聞いて、俺の胸がまた高鳴った。行ってみたい。どんなところなんだろう、と期待に胸を膨らませながら頷く。


 ロイネに連れられて向かったのは、街の中心にある立派な石造りの建物だった。

 中に入ると、想像していた通りの光景が広がっていた。

 壁には大小様々な張り紙があり、屈強な人々が闊歩している。鉄臭さと汗の匂いが混じり合った、まさに「冒険者ギルド」といった雰囲気だ。

 俺は感動で、またしてもキョロキョロと周囲を見回した。


「そんなに珍しい?」


 ロイネが呆れたように聞いてくるが、頷くことしかできない。


「どこの国にもあると思うけど、冒険者ギルドには出入りしてなかったのかもね」


 ギルドの受付でスキル鑑定を依頼すると、俺の身元について聞かれた。ロイネが転移トラップで飛ばされてきた迷子だと説明すると、職員から気の毒そうな目を向けられた。

 そして俺の白衣を見た職員が、近づいてきて、生地や縫製技術を観察して、随分と驚いている。


「これは……もしかしたら高位の聖職者、もしくはどこかの国の聖者様かも」


 職員の言葉に、周囲にいた冒険者たちの視線が一斉に集まった。

 聖職者もしくは聖者か。ただの看護師、ただの白衣なんだけどな。でもこの白衣は驚かれただけあって、この世界の衣類より上等なのかも。ロイネや冒険者たちの服は、なんというか、裾が破れてたり、あちこち汚れてたりで、俺から見ると山賊のようにも見える。


 少し待たされてスキル鑑定となった。

 鑑定スキルが使える職員がやってきて、俺に手をかざす。人差し指に光が宿り、その光で俺の顔の前に魔法陣を描く。目の空中に描かれた魔法陣に驚き、凝視していたら鑑定結果が出た。


「鑑定結果は……『癒しの加護』です」


 ギルド職員の声が、静まり返ったギルドに響く。俺は固唾を飲んでその言葉の先を待った。もしかしたら、とんでもないチート能力で、凄い勢いで成り上がる、俺の異世界サクセスストーリーが始まるのでは……と。


 しかし、次の瞬間、周囲から微妙な反応が返ってくる。いや残念な反応か。


「なんだ、癒しか」

「無駄に期待しちまったよ」

「くっだらねー」


 といった、明らかな落胆の声だ。職員の顔にも、気の毒そうな色が浮かんでいる。


 癒しの加護って、そんなにダメなの?

 俺が期待していた「チートな能力」とは程遠い、残念な結果だったらしい。俺はがっくりと肩を落とした。そして周囲の冒険者たちは興味を失ったように散っていった。


 そんな中、ロイネだけは変わらず俺の隣に立っていた。彼女は俺の肩をポンと叩き、優しい声で言った。


「大丈夫よ、心配しないで。しばらくは私が面倒を見るから」




 その日から10日間ほど、俺はロイネと行動を共にした。

 朝早くからロイネのトレーニングに付き合わされ、ゴブリン狩りにも出かけ、その様子を見たりもした。

 なれない生活はすごく疲れたけど、眠ればスッキリで体調を崩すこともなく過ごせた。

 むしろ体の調子が前より良くなった気がする。運動して寝るだけの生活だから、健康が促進されてる感じ? 凄く快調だ。

 唯一の問題は、すぐに目が覚めてしまうこと。眠っても3時間くらいで目が覚める。しかも8時間熟睡した後のようなスッキリ爽快な目覚めになって、その後、眠れなくなるのが悩みだ。

 隣で気持ちよさそうに寝てるロイネは、毎晩豪快な寝相で俺の目を楽しませてくれるけど、それを眺めてるのも申し訳ないので、俺は夜中に一人で外へ出て、教えてもらった木刀の素振りや体捌き、腕立てやスクワットなどで全身を疲れさせ、水浴びしてから寝直した。


 そんな、ある日のトレーニング中に、ロイネが真剣な顔で言った。


「オルト。あなたの身体能力なら、戦闘スキルがなくても冒険者でやっていけると思うの。私と組まない?」

「俺に……できる?」


 言葉を少しだけ覚えた。はい、いいえ、できる、ほしい、あっち、こっち、10までの数字などは使いこなせるようになった。


「できるわ。とりあえず私のポーターにならない?」

「ポーター?」

「荷物持ちよ。私、見ての通り軽装で速さが売りだから、荷物があまり持てないんだよね」

「俺に……できる?」


 使える言葉が少ないから、同じ返事になった。正直、このまま世話になり続けるのは申し訳ないし、だからといって突き放されても困る。ポーターで役に立てるなら頑張りたい。でも危険な仕事だよな。冒険者は。


「オルトって、夜中にもトレーニングしてるでしょ?」


 あ、気づいてたんだ。さすが冒険者。森の中でも、ゴブリンが姿を見せるより前に気づいてたもんな。


「今のオルトの身体能力って、私より高いんじゃない? 私がヘトヘトになるトレーニングに付き合って、夜中にまたトレーニングができるんだもん。体力凄いよね?」

「ロイネより?」


 この世界の冒険者たちは、とても強そうに見える。ロイネも他の冒険者も強いのが見た目でわかる。そんなロイネより、俺の身体能力が高い?

 そもそも俺は、この10日くらいが人生で最も体を動かした期間と断言できるくらい、運動をしてない。部活とかはしてた……あれ、これも何をしてたのか思い出せない。思い出せないけど何かしてた。でもそんなに熱心にしてたわけじゃない……と思う。俺の記憶がまだらで微妙すぎる。記憶障害は改善がないな。でも、記憶がグダグダだから、この状況を悔やまずに済んでるのかも。


「オルトって、最初に森で出会った時は、ヘロヘロに見えたのに、今はかなり強そうにみえるよ? 凄い早さで成長してる気がする」

「そう……なんだ」


 俺が強そう? 確かにこの10日で体が引き締まってきてるのは分かる。腹筋も……引き締まって……。

 服をめくりあげて自分の腹を確認する。ワオ! なにこれ。あらためて見るとバキバキじゃん。シックスパックじゃん。どうなってんの? 10日くらいでこんなになる? 全身が見てみたいな。この世界って大きな鏡がないんだよなー。あ、ギルドにはあるか。でもあのホールで裸にはなれないか。


「ね、成長してるでしょ? そして、私の身体能力もオルトと一緒にトレーニングするようになってから、かなり強化されてるんだよねー」


 ロイネが嬉しそうに自分のシャツをめくって腹を見せる。その腹は俺のような体脂肪率の低い腹ではなかったが、女性らしい肉の下に鍛え上げられた腹筋があるのがシルエットで分かった。


「これって……」


 もしかして癒しの加護が影響してる?


「そう、オルトのおかげだと思うわ」


 俺の「癒しの加護」は、癒したい相手に触れるだけで、その相手に癒しの加護を与え、一定時間自然治癒力を高める効果が発生する。これはハッキリ言って、他の回復スキルに比べたら、即効性のない評価の低いスキルだ。

 でも、ロイネは俺の「癒しの加護」には、それ以上の効果があると言った。俺は毎晩寝る前に、ロイネに触れて「癒しの加護」を付与している。それが成長を加速させたと。


「普通の癒しの加護は、いつもよりちょっと回復が早い程度だけど、オルトの癒しの加護はちょっとどころか、とんでもなくスッキリ回復する上に、成長まで促進してくれてるの。自分でも分かるでしょ? そのお腹を見れば」


 ロイネが嬉しそうに言う。


 確かに分かる。この腹筋を見ればトレーニングの効果が信じられない速さで現れてるのが嫌でもわかる。クリロナにも負けないくらいの腹筋だ。

 あれ……なんでサッカー選手の名前は思い出せるんだ? まったく、どうなってんだ俺の記憶は。


「どう? 一緒に冒険者しようよ。記憶が戻るまでだけでも!」


 ロイネがおねだりするように可愛い表情で誘ってくる。これは断れないし、断る理由がない。そもそも俺の生活はロイネがいるから成り立ってる。ここまでの生活費はすべてロイネ任せだ。断れるわけがない。一緒に冒険者をやることで恩返しになるなら喜んで応じよう。


「わかった……やる」

「やった!」


 ロイネが嬉しそうに小さく飛び跳ねた。



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