「ウミウシ」
嘘が常套手段だったが、同時に。
「割れる」ことも、必定になってきたのかもしれない。もはや。
「仏さんですがね」
と刑事。
「また、殺られ方が同じでしたよ」
「さすがに。今度こそは」
と浜口。
彼は非公式で、刑事を手伝っている。
私立探偵のようなものだ。
「残して行ったものです。奴が。ほら」
浜口が指先で摘まんでいるのは、糸くず。
派手な色をしている。橙。
「この糸くずと、殺し方の程度で、大体分かりました。方角は」
しゃがんでいた浜口は、左を指差した。立ち上がる。
二人は、走り出す。
仏、と呼ばれた。
今日あった遺体には、銃創。
弾痕が、たった一つ。
両目の間の、第三の眼だ。
それが黒い穴となって、一点だけ。
ただ、遺体の発見場所は毎回違う。当然だ。
浜口も刑事も、「奴」がしょっちゅう住む場所を変えているというのを、心得ていた。
「住む場所じゃなければ、変わらないものがありますからね。『仕事場』です」
当初、「奴」は大きな会社で従業員を束ねて、纏めあげながら過ごしていた。
その時にも彼には、嘘が常套手段だった。
コンサルタントとして。
「潜んでいるはずです。今」
浜口が先導して、辿り着いたビル。
夜。二十三時。
明かりは?
「ありますね。あの窓。不自然だ」
と刑事。
はめられたのかもしれない。
と、彼は思った。
殺し方で割れるというのは、もはや必定か。
今回は、少々抵抗されたのもあった。
窓の外を見る。やはり……。
「奴」は身を潜めたものの、少々の明かりはもう、ビルの外側から見えてしまっているだろう。
本名も、住所も、割れることなく過ごしてきたが、ここで、か。
「ウミウシ」として、何人殺ってきただろう。
そろそろ、引き際か。
嘘は、言葉として出た瞬間に、蒸発するのが早い。
それは、どの嘘でも同じだった。
自分のためにつく嘘。
相手を甚振るために、つく嘘。
保身のため。
攻撃目的。
プライド目的?
「ウミウシ」の場合は、保身目的が多かった。
そして、彼自身は何を言ったのかも、よく憶えていない。
だから、紙とペンは彼にとっては、最も重要だった。
嘘は書き留めない。
コンサルタントとして引き受ける、仕事の数々。
中でも多かったのは、「殺し」の案件だった。
殺し方のあでやかさから、呼ばれた名前。
「ウミウシ」は、必ずサイレンサーを添える。
仕事は的確。
一つ一つこなす。
終える。
殺した者の名前と数なんて、思い出せもしなかった。
加えて、彼自身のついた嘘も。
本名も、住所も、沢山「ウミウシ」にはあった。
暗殺屋としての正体は割れないが、一部ネックもある。
殺し方が、一辺倒。
白くて長い魅力的な、印象深い指。
加えて、大きな会社を持っていれば、「動かない」部分が出来てしまう。
だから、彼は「個人」になった。
それなのに、はめられたか。
「さて」
と浜口は言った。
「大捕り物ですよ」
刑事はその言葉のあと、紙をペンを用意する。
皮肉なもので、身を潜めている「ウミウシ」も、紙とペンを用意しては。
何かと書きつけている。