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第3話 ダグス島2 アイリス

あれから数日経った。


あの日に食べた肉が、魔獣の肉と知って、俺は腹痛にやられてずっと寝込んでいた。

いや、実際にはこの体で初めてちゃんとした肉を胃に入れたので、体がビックリしたのと、単純に急に食べ過ぎただけだ。


それでも洞窟内を歩いたり、洞窟の入口まで出て、ちょっとだけその先まで探検したり、と行動を広げていた。


確かにアイリスの言う通り、この洞窟は発見されにくい。

島の端っこの森と禿山の境、そこから禿山に登らず海辺のがけみたいな場所を気を付けて歩いて行かないとこの洞窟を見つける事は出来ないからだ。


ただ、裸足で歩くのには辛い。俺はまだ足の裏の傷が癒えていない。

あの惨劇を逃げた時の傷。

それが治るまではゆっくりしていると良い、アイリスはそう言ってくれていた。


洞窟内も、天然で出来ている部分と、アイリスが岩を削って作られている部分がある。

洞窟の奥深くには、宝物の様に、剣や防具や具足、布や革物が置いてあり、ある程度の手入れもされてあった。


俺は今

今までになかった解放感を感じている。

リターニア人として過ごした地獄の9年。

そして数日前の惨劇。

それでも生きている。

今俺にはアイリス以外の人間がおらず、誰かに命令や暴力、屈辱を味合わずに生きれている。

それだけでも、

何もしないこの日々が嬉しくて仕方ない。


そう思って洞窟入口の、目の前の海を見ながら想いに耽っていると、俺の左手に違和感を感じた。


左手の甲を見ていると、シューっと禁水紋が消えていくのに気付いた。


俺は試しに洞窟入口付近を少し下り、波に当たらないように少し溜まった水に触れようとした。

洞窟にいるこの数日はなるべく水分は摂らないようにしていた。

だから正直体調も良くない。フラフラする。

その水溜りに指をそっと触れてみると、何も起こらなかった。


そこで俺は洞窟に戻り、奥の水溜りに行った。

アイリスが溜めていた飲み水。

俺は腹痛を起こさないようにゆっくり飲んでみた。


ウマい。


水がこんなにウマいなんて。


渇きを抑えるのに必死ではありながら、俺は水をゆっくりゴクゴク飲んだ。


生き返る。


アイリスが肉を持って帰ってきた。


「ザナキ君。嬉しそうだね。どうしたんだい?」


「アイリスさん。禁水紋がなくなった。だから水を飲んだんだ。すごく美味しくて。」


「そうかい。良かったね。あ、でもザナキ君。いきなりいっぱい飲んだらまたお腹痛くなるからね。」


「わかってます。」


俺は笑いながらそう答えた。



夜になって、俺はゆっくりとアイリスと話した。

アイリスもゆっくり子供の俺にわかるように丁寧に話してくれた。

本当は前世も合わせると30歳を超えてるんだけど。


アイリスの話もまた衝撃だった。


ぺネス領首都ペンリッチと領の東端要塞都市のカーレイの間にあるケンドールという町がアイリスの出身。

アイリスもサキス人として重度の奴隷紋を施されている。

10代途中まではひたすらに奴隷農民として働かされていた。

アイリスは地頭も良く能力もあり、そして魔力を扱えたから奴隷軍人に16歳で入隊させられた。

配置はもちろん要塞都市カーレイ。

魔獣を抑える要所。

アイリスはそこで剣術と魔法を磨いた。

散々にこき使われたが、寝る間も惜しんで本を盗み見ては勉学にも励んだ。

同じ要塞都市の最前線の町の一角にある店に、マイラという同じサキス人でアイリスと同い年の奴隷の女性は働いていた。

アイリスはマイラに恋をして、マイラもアイリスに恋をした。

それでもアイリス達はサキス人で奴隷。

結婚なんて出来るはずもなく。

もしも二人でどこかに逃げようものなら、あっという間に見つかり処刑されてしまうだろう。

マイラは女性の奴隷。他の男性達に蹂躙されても、いつも笑顔を絶やさない女性だった。

その凛とした素敵な心持に、アイリスはいつか必ずマイラを守れる男になろうと心に秘めた。

だからアイリスも、どんな凄惨な最前線であっても何とか生き延びてマイラと一緒になれる想いでその屈辱と激動の日々を過ごせていた。


18歳になった時、マイラは軍人の貴族の専用奴隷としてはした金で売られた。

アイリスとマイラはそれでも生きる希望、絆を信じてお互いの立場を重々に理解しつつ、会えなくなってもお互いを信じ何とか日々を過ごした。

ところが、離れてから数か月後、マイラのお腹に子供が出来ていた事がわかった。

この世界では、売女や性奴隷の為の避妊魔法があるのだが、マイラにも当然その避妊魔法紋がつけられていた。

しかし、つけられたのは専用奴隷後。

おそらくマイラが身売りされる事がわかり、他の男性の慰め物にならなかったその短い時期、ちょうど避妊魔法紋を一度消したほんの数日の間に、アイリスとの逢引の時に出来た子供だったとアイリスは言った。


貴族は怒り犯人を捜し始めた。

すると、どうやらマイカにはアイリスという男が居たとすぐにバレてしまった。

しかもその貴族はアイリスの軍隊の上司の上司でケルトル人。

歯向かえる訳もない。

すぐさまアイリスは捕まり、処刑場へ。

その日、その処刑場にアイリスとマイラが連れられた。

アイリスの部隊長は、アイリスが魔獣討伐にとても貢献していて、なんとか助命懇願をした。

同じケルトル人でも、貴族と一般兵では格差はどれほどなのだろうか。

天と地ほど違う。

その貴族は、アイリスの目の前で、マイカを大きな剣で真っ二つにした。

その母体の子供と共に。

アイリスはそこで処刑されずに、そのまま港都市のモレカに移送され、そしてこのダグス島に連れられた。


ダグス島は、数百年前から続く処刑の一つ。

ダグス島には【ダンジョン】といわれる魔獣が生まれる洞窟があり、その魔獣の生贄の為に一年に数回、罪人がある程度溜まったら運ばれる場所。

俺の時の様に、アイリスは島に送られた。


アイリスには幸運があった。

それは、何の事情も知らないモレカの軍人は、アイリスの右手に、いつもと同じ奴隷達の様に禁魔紋を施した事。

そして、アイリスはこの世界の人間には珍しく、左利きであった。

魔獣は容赦なく襲い掛かり、アイリスは何とか逃げたり素手で戦ったりしていたが、右手の肘から少し上、上腕の部分を食いちぎられた。

しかしその瞬間、禁魔紋が消され、アイリスは突如魔力を帯びれる事が出来た。

アイリスはまだ沖合遠くにいない小舟達にバレない様に、一目散に森の中へと逃げ込んだ。

海辺が見えなくなるくらいまで森へ入り込むと、アイリスを追いかけてきた魔獣に風の魔法を撃ちなぎ倒していった。


アイリスもまたこのまま死ねるかという必死の思いによって、そこからさらに奥の方端っこに脱出。

逃げる途中、木の弦を持ち、歯で弦を噛みながらもう片方の手で腕を止血し、

そして逃げて今の洞窟にまでこれた。




「僕は、風の魔法が少し出来るんだけど、小さなものでなら、火の魔法も水の魔法も出来たんだ。だから、この洞窟で何とか生き延びる事が出来たんだと思う。無くなった腕の傷口に、火の魔法で作って薪に移した火でその傷跡を焼いた。膿んでしまっては困るから。それは戦場で軍人がよくやっていたからね。

数日中はずっとここで寝ていた。水を飲みたかったけど、禁水紋があるからどうかとおもっていたんだけどね。でも数日中に消えたから、水の魔法のおかげで、なんとか飲めるだけの水分も確保できたんだ。

きっと、禁水紋は船に乗って数日間だけの簡易的な紋だって想像したよ。

船に乗る前に付けられていたら、島に行く前に溶けてしまうから。」


「だから船に乗る直前だったんだね。」


「うん。そう思う。

それとね、これも多分なんだけど、この島にはとても魔素が強くあると思う。」


「魔素?」


「そう。魔素は空気中に普通にあるもの。僕達人間は体にある魔素だけでなく、空気中の魔素も取り込んで初めて魔法を使える。でもここはダンジョンのある島。勿論風でどこかに飛んで行ってしまうかもだけれど、森の中に多くの魔素が溜まっているんだと思う。

ザナキ君にも話したけど、彼ら魔獣は知能が無い。そして、彼らは共食いもする。」


「え?」


「そうなんだ。彼らはただ人間を食べるだけじゃなく、共食いまでしてでも生きている。逆に言うと知恵がないから、少なくとも僕がこの島に来てからの3年、彼らは他の方法で何かを食べているのを僕は見たことがないんだ。

そして、彼らの食べた残りは、そのまま土に還る。魔獣には魔素が多く含んでいてそれが土にも還ってるから、この森全体に物凄い魔素が溜まってるって、僕は想像してるんだ。

実はね、僕の魔法は元々そんなに強いものじゃなかったんだけど、ここに住んでから、魔力が上がってるんだ。魔獣も食べてる。ほら見て。僕の体だって、いくら僕が軍人だったとしても、こんなに体は大きい方じゃなかった。確かに僕はここで人ならざる生活はしていても、何か特別に鍛えていた訳じゃなかった。魔獣を殺し、食べて、魔力が体に変化を起こしてくれてるんだ。」


「じゃあアイリスさんは強かったんじゃなくて、今とても強くなったって事?」


「うん。きっとそうだと思う。この島の魔獣は数種類だけど、僕がカーレイの砦で戦っていた魔獣よりも断然強い。軍隊でもかなり手古摺っていたし。でも、それでもこの島の魔獣を、まあまあ一人で殺せる様になってるからね。」


聞きづらかったけど、俺はアイリスに聞いた。


「マイカさんの事…、今は…?」


「…、うん。3年経っても、僕はあの時の光景を忘れたことはない。ザナキ君もリターニア人。きっとわかると思うけど、僕達が夢を見るのはいけない事なんだ。それを望んだってどうしようもない事だって。

それでも…、やっぱりね…。」


そう言うと、アイリスはとても哀しい表情をした。


「ごめんなさい、アイリスさん。」


「良いんだ。あの処刑の日から、僕はずっと誰にも言葉にしなかった。出来る相手も居なかったし、すぐにこっちに移されてから島に来たから…。」


そう言って、涙を流しながらも精一杯の笑顔で俺に微笑んでくれた。


「駄目だね、僕は…。」


そう言うと、ちょっとごめん、という素振りを見せて、アイリスは洞窟の外に行った。

俺は追いかけなかった。

追いかけられるはずもない。

アイリスは俺がまだ子供だから、むしろ、話してもまだわからないだろうから話してくれたんだ。

誰かに言葉にしたい。

人が想う当たり前の感情。

アイリスはこんなダグス島っていう魔獣の住む島で、ずっと孤独に生きていた。

自暴自棄にもならず、でも生きるために必死で。

そして俺が現れた。俺はアイリスに救われた。


洞窟の外から、アイリスの抑え殺した泣き声と嗚咽が、風に乗ってほんの少し聞こえてきた。


俺はただただ泣くしかなかった。

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