第2話 ダグス島1 生存
俺、桐山 誠は、いわゆる普通の家庭に生まれた。
そこそこに明るく、そこそこに臆病で、少しだけ夢や希望があって。
小学生の時も中学生の時もそこそこ。
それなりの友人と、テレビだったりSNSやゲームの話で盛り上がり、皆でそれぞれ好きだった女の子を言い合ったり、学校終わりに遊んだり。
確かにクラスや学年のカーストで考えれば中の下といったところだろうか。
いじめることもなければいじめられることもない。
俺といえば、学力がそんなにある訳でもなければ、運動神経が良い訳でもない。
本当に普通の日本人。
高校生になり、周りが進路や夢や将来を考えている中でも、実際自分が何をしたいのか、どんな夢を持っているのかさえ、全くピンときていなかった。
Fラン大学といわれている大学に入り、適度にありきたりなアルバイトをほどほどにして、そんな日々を送っていた。
自分の何が悪いんだろうか。
夢を持っていないから?
能力も磨いていないから?
じゃあ自分は一体何の才能があるのか誰か教えてくれるの?
自分の人生なんだからって、そういうところだけ押し付けておいて、俺みたいに学力も運動も、芸術系とか色んな才能って言われてるものにも触れる機会もなかった人生で、一体何を求められて何の為に生きていけば良いのかって事さえわからないままここまできてしまったって仕方なくないか?
別に無気力に生きてきた訳じゃない。
テレビで見たスポーツ選手の頑張りに心打たれたし、ITで成功してるSNSを見ては、その人の考えとかを学ぼうとだってした。
そんな頭の良い人達は、こぞって俺達みたいな人をバカだから成功しないとか言う。
行動しないやつは愚かだと。
でもね、じゃあって、みんながみんな行動できる訳じゃないんだよ。
そんな事が出来るように育ってきた訳じゃないんだよ。
大学の友人達含めて、皆がいそいそと就活をしている。
俺も何かわからないけどそうした。
でもそうなると、俺は本当に何がやりたいのかわからない。
仕方ないっていうのは言い訳?自分が悪いの?
じゃあ俺になってみてよ?
なんとか就活も採用が決まって中小企業の営業職になった。
あっという間に時間が過ぎて、あっという間に環境が変わっていく。
なんだか自分がとても取り残された気がしてならない。
夢とかやりがいとかを自分が持ってないから?
ずっと思ってた、いつも周りの人達から感じる【キラキラ】感。
それがもう絶対に手を伸ばしても届かない気がするよ。
人生をサボっていた?
結局自分が悪い。
そういう方程式の解答に行きつく。行きついてしまう。自分の責任。
至って普通に過ごしてきたのに。
その普通がいけなかったの?
俺はお酒もタバコも吸わないし、食生活もバランスよく摂っていたし、寝る時間とかも気を遣ってたんだけど。
俺はガンに侵されていた。
しかもかなりの進行具合で。
少し調子悪いかなって思ってたくらいだった。
大学病院では、もう両親も呼ばれて具体的に治療の説明を一緒に受けた。
仕事を休職し、即入院。
あらゆる抗生物質を与えられ、もうなんだか思考能力もない。
ガンは今は治る。不治の病じゃない。
でも俺の場合はそうじゃなかったらしい。
俺の両親は明らかに表情に出てしまっている。
毎日気が遠くなる様な痛みとの闘い。
朦朧として今自分が何なのかさえわからない。
生きる希望って言ったって、治したらどうこうしたいとも思えない。
削れるような痛みの中で、自分の命みたいなものも着実に無くなっていくのがわかる。
それでも願う。
嫌だ!死にたくはない。
生きていたって何かある訳じゃない。
何度も何度も夢や憧れを感じては次の日にはそれが虚しい幻なんだと諦めていた日々であっても、それでもやっぱり死にたくない。
もう生きてるか死んでるかわからない。
薄く見える視線の先は、いつも見ている病室の天井。
これでも、俺、頑張ったんじゃないか?
誰も褒めてはくれないけど、良くやったじゃん。
そうやって
俺の頭の中は全部が真っ白になっていった。
目が覚めた。
薄暗く岩?が見える。
「目が覚めたんだね?」
ビクッとして声のした方を見た。
一瞬魔獣と間違うくらいガッシリした男が優しそうな表情でこちらを覗いていた。
「とりあえず今は安全だよ?」
そう男が言うと、俺の言葉を待ってくれているようだった。
「夢を見てたんだ。昔の夢。」
「その夢は良いものだったのかい?」
「いや、わからない。たぶん。良くない。」
「そっか…。それでも生きているんだよね、僕達は。」
「ここは?」
「今はもう一度寝ると良い。せめて夢だけでも良いものを見れると良いね。」
男がそう言うと、俺のおでこを優しく撫でてくれた。
その手のひらはとても分厚くゴツゴツしていたが、温かかった。
俺はその言葉を信じる以外何ももうする事も考える事も放棄して、すぐに眠った。
目が覚めた。
俺はムクっと起きた。
ここが洞窟の中だっていう事が、洞窟の外からの光で照らされ、この俺のいる洞窟内まで映してくれている。
波の音が聞こえる。波が岩に当たる音。
潮の匂いがまったりとした空気の中で香ってくる。
左右前後上に首を振り、ここが洞窟なんだと把握した。
そして海辺だという事。
あの地獄の光景は夢だったのだろうか…。
凄惨な記憶。
そうであって欲しい。
ボーっとしていると、洞窟の入口に人影が見えた。
太陽の光に照らされて影の様に黒い。
そして、すぐに気が付いた。
右腕のない、大きい男。
その大きい影が近づいてきた。
「起きたかい?」
そう言うと、大きい男は肩にぶら下げた真っ赤な肉片を俺より洞窟の奥にある腰くらいの石場に置き、片手で器用にその肉片に棒を突き刺し、そして火の上に置いた。
篝火の反対には水が溜まっていて、彼はそれで片手で顔を洗い、その水溜りに顔を突っ込みゴクゴク水を飲んでいた。
そして「プハァ」と爽やかに言うと、ゆっくり俺に近づき俺の横に座った。
「まず…、僕の名前はアイリス。アイリス・バッシュ。女性っぽい名前だけど男だよ。サキス人だ。」
「ここは…、どこ?」
「ここは…、残念だけど…、ダグス島だよ。」
俺は絶句して、夢であって欲しいって願った想いはあっという間に砕かれた。
「ここはダグス島の禿山と森の境にあって端っこの禿山の隙間にある洞窟。」
「ここには魔獣は?」
「うん。ここまでは魔獣は来ない。」
「どうしてここに魔獣が来ないって言えるの?」
「まぁ…。来ないとは確かに言い切れないんだけど、今のところ、約3年、ここに魔獣は来た事はないかな。」
「3年?」
「うん。多分。もう3年だよ。」
そう言うと、アイリスは洞窟の壁を見た。
俺はアイリスの目の先を追いかけると、壁には何百本も線が細かく削られて印がついていた。印はしっかりと法則にのって書かれてあった。
それが暦だと俺にもわかった。
「魔獣は…。魔獣には知性がない。知能がない。僕にはそう見えていて。彼らはただただ野蛮で本能的。学習能力もない。だから、ここまで追っかけてくる事がない。少なくても、今僕がここで過ごしていてそう感じている。だから…、ここにいれば安全だとは思う。」
あまりに悲惨な光景を見たせいか、いきなりそれを言われても信じる事は出来ないが、このアイリスという男がそれで3年もここに住んでるのなら、全く信じられない話でもないだろう。
「君の名前を教えてもらっても良いかな?」
「…、ザナキ。ザナキです。」
「ザナキ君だね。…、わかっているつもりだよ…。ねぇ、ザナキ君。これだけは信じて欲しいんだけど、僕は絶対に君に何かの命令をするつもりはない。もしもそんな事を僕が知らずにやってしまっていたとしたら、必ずそれを伝えて欲しい。」
そう…。
俺はリターニア人。
アイリスはサキス人。
俺の奴隷紋は絶対的に民族主義の上下関係に起因している。
知らない人間にでも、リターニア人は命令されたら従わざるを得ない民族。
最下層の劣等民族。
「正直言うとね、僕は嬉しくて仕方ないんだ。3年もこんな地獄の島に居て、こうやって話せる人が初めて出来たんだ。君が子供でも、僕にとってはとてもかけがえのない事なんだよ。そういえばザナキ君は幾つなんだい?」
「9歳です。」
「そっかぁ。…….........、生きていれば…、僕の子供と同じ年だったんだね。」
「あのっ」
「うん。僕の…、僕達の子供もね、所詮は僕達の、奴隷の子だったから…。」
俺も黙り込んだ。
俺はリターニア人だけど、サキス人も奴隷民族。
想像するのは難しくない。
「あ、そろそろ焼きあがってるかな。ザナキ君、食べよう。」
そう言うと、アイリスは立ち上がり焼かれた肉を先程の石場に置き、先のない腕で肉を抑えもう片方の手で肉に刺していた棒を抜いた。
ナイフのような刃物で肉を切り、短めの棒でもう一度肉を刺し、俺に手渡してくれた。
俺はただ頷いた。
俺はアイリスが食べるのを待った。
別に主人が先に食べるのを待ってるわけじゃない。
単純にこの肉が食えるのか疑っただけだ。
「遠慮しないで良いよ。待たなくても良いんだよ。」
そう言って微笑みながらアイリスは先に肉を食べた。
「うん。まぁ、いつもの味だ。」
正直腹が減っていた。
ずっと何も食べてなかった。
船に乗る前から何も。
俺はジッと肉を見て、そして食べてみた。
「おいしい…。」
「美味しい?本当かい?それは良かった。」
俺はその肉をがむしゃらに食べた。
あっという間に全部。
「ハハハ。お替りもあるから。」
アイリスは自分の事より、俺の世話をするのが嬉しそうにテキパキ動いた。
塩っ気もないけど、肉なんてろくに食べた事もなかったから、涙が出るほど美味かった。
俺達リターニア人の食生活なんて酷いものだった。
いつも残飯がほとんどだったり、家畜の餌みたいなものまで食べていた。
よくまぁ死ななかったと思う。
こんな質素な焼いただけの肉なのに、俺はきっと生まれ変わってから初めてなんじゃないかっていうほど、肉にしゃぶりついた。
前世を合わせたって、病気前からだから、10年以上ぶりだ。
きっと明日はお腹が痛くなるだろう。
それでも構わない。
今はここで生きていく事に全力で這いつくばろう。
アイリスは俺が食べてる姿を本当に楽しそうに見ていた。




