千年振りの再会
魔物は千年前の魔女。
名はサラと言う。
時を操る魔力を使い、そして魅了の魔力も併せ持っている。
レイモンド皇太子殿下が、千年前のエルドア国王セドリック陛下の生まれ変わりであるが為にこの世に甦った魔物。
それは離宮の庭園の奥にある大木に千年宿っていた魔物。
それがオスカーから聞いた話を踏まえての、ギデオン皇帝初めハロルド達の認識となった。
魔力に関しては、レイモンドの体験した不思議な現象は時間を操る事が出来ると断定した。
そして、皆が聖女にあれ程の魅力を感じるならば、それは魅了の魔力を使っていると言う事も。
タナカハナコが異世界から現れてから2ヶ月余り。
彼女自体には全く聖女としての能力は感じなかった。
ただ。
彼女は魔物から世界を救う聖女である事は確か。
だからこそ彼女の存在を高みに置き、皇宮で保護して大切に接して来たのだ。
朝方近くまで続いた会議は、この日の午前中も引き続き行われた。
取り敢えずは魔物》は危害を加えるような怪物ではなく、話が出来る人……いや、魂なのだと。
ましてや、レイモンドがセドリック王の生まれ変わりと言うのならば大丈夫だろうと。
敢えずは魔物と話をするしか手段が浮かばない。
何故千年もあの大木にいたのかはしらないが、出来れば成仏して貰いたい。
よりスムーズに。
魔物の望みである、皇太子妃になりたいなど有り得ない話なのだ。
そう。
魔女でも無理なのだ。
だからこそ、グレーゼ家は婚約を辞退したのだから。
いや、魔女はそれでも人間だ。
突然変異なだけで。
しかし魔物は魔物。
やがてはエルドア帝国の皇后となる皇太子妃になるなど、決して有り得ない話で。
魔物を刺激しないように成仏して貰う。
それがレイモンドに下された皇命。
「 レイ! 魅了の魔力には警戒しろよ 」
「 ああ、分かっている 」
ガゼボに行く道すがらにオスカーがそう言ってレイモンドの肩を叩いた。
既に辺りには騎士達が定位置に付き息を潜めている。
それは打ち合わせ通りに。
その中をレイモンドとオスカーが歩いて行く。
オスカーは、声が聞こえる位の位置にある来の陰に待機する手筈になっている。
彼は昨夜のディナーのセッティングは、サラの魅了の魔力だったと断言した。
あの時は、聖女の為なら何でもしたいと言う思いに囚われていたのだと。
あれが魅了の魔力。
最近。
タナカハナコがいる時に、何故だか誰かを想う気持ちが込み上げて来る時がある。
「 会いたかった 」
その想いが頭の中を支配する。
レイモンドの会いたい人はただ一人。
アリスティア・グレーゼ公爵令嬢。
アリスティアが消えた半年間は、レイモンドにととっては辛い時間だった。
まるで機械のように公務をこなすだけの。
皇太子になる為に頑張れたのも。
皇太子として生きて行けるのも。
その全てが、アリスティアが皇太子妃になってくれるからこそだと言う事を思い知った。
自分にとっては無くてはならないかけがえのない存在なのだと。
あの時期は、アリスティアに会いたくて何度も魔女の森の入り口まで出向いた。
自分に何も言わずに消えたアリスティアを憎んでしまう程に。
会いたい。
ティア、君に会いたい。
そんな想いが強くなると、必ずアリスティアが現れるのだ。
「 レイ! だぁぁい好き 」
そう言って抱き付いて来た頃の記憶が甦る。
もう離したくない。
もう離れたくない。
自分の腕の中にアリスティアがいる事に、心が満たされていくのを改めて実感していた。
それが魔力を掛けられたレイモンドの世界。
そうか。
僕は……
魅了の魔力が掛けられても、聖女ではなくティアを想うのか。
「 オスカー! 魔物騒ぎが終わったらティアと結婚式を挙げるぞ! 直ぐにだ! 」
永らく婚約関係にあったのだ。
直ぐにでも結婚式を挙げてやる。
もう、誰にも有無を言わせない。
そのつもりで準備をしてくれと言って、レイモンドはガゼボに向かって歩いて行った。
腰には帯剣をして。
***
「 レイさまぁ~お待ちしてましたわ~ 」
レイモンドの姿を見付けたタナカハナコが、座っていたソファーから立ち上がり、両手を頭の上に高く上げて振っている。
天真爛漫を装う作戦決行中だ。
可愛くない。
木々の影からチッっと言う舌打ちがする。
侍女達がイラついているのだ。
何度教えても、皇太子殿下にカーテシーをしないタナカハナコに。
「 待たせたか? 」
「 もうぅ~ハナコはぁ~昨日から待ってたんだからぁ~ 」
「 ……… 」
レイモンドはタナカハナコの手を取り、長椅子のソファーに座らせた。
そして、テーブルを挟んだ一人掛けのソファーに行こうとしたら、タナカハナコがレイモンドの指をむんずと掴んだ。
「 あら? レイ様はここよ 」
タナカハナコはもう片方の手で、自分の横をポンポンと叩いて、ペロッっと下を出して肩を竦めた。
可愛くない。
全然。
「 いや、そうはいかない 」
「 折角、レイ様の座る場所を暖めておいたのにぃぃ~ 」
「 ……そなたとはそう言う関係ではないが? 」
「 あら?照れてます? 」
タナカハナコはコクンと小首を傾げながら、レイモンドを見上げながらクスクスと笑った。
レイモンドの指先はしっかりと握ったままで。
少し伸びたおかっぱの黒髪をサラリと揺らした。
この真っ直ぐな癖のないサラサラの髪が自慢だ。
その時。
レイモンドの侍女頭のロザリーが、お茶セットをワゴンに乗せて運んで来た。
タナカハナコの気がロザリーに向いた隙に、手を引っ込めたレイモンドは、テーブルを回り込んで一人掛けのソファーに座った。
素早く。
「 えっ!……もうっ!貴女は何時もタイミングよく邪魔をするのね 」
タナカハナコはそう言ってロザリーを睨み付けた。
そう。
何時もタイミングよく邪魔をしてるのだ。
主君が困っていたら、然り気無くするのが侍女の上級テクニック。
ロザリーはそれをスルーしたままにお茶を入れ終えると、頭を下げて下がって行った。
レイモンドはタナカハナコを観察した。
本当に魔物が憑依しているのかと。
昨夜。
サラはアリスティアの前で正体を現した事は聞いている。
自分もその場にいた筈なのだが。
アリスティアを愛しく想った事は覚えてはいるが、サラとアリスティアの会話は覚えてはいない。
聞き上手なレイモンドを前にして、二人のお茶会はタナカハナコの独壇場となった。
レイモンドは目の前にいるタナカハナコを観察した。
何か違いはないのかと。
しかし、ペラペラと自分語りをし始めたタナカハナコは、タナカハナコだ。
彼女の話す内容は、千年前のエルドア王国の話ではなく祖国の話なのだから。
「 それでね。私のスマホなんだけど~ジョセフ様に預けているのよ 」
「 ……兄上と会っているのか? 」
レイモンドが厳しい顔をした。
何時もの優しい眼差しではなく、射貫くような視線にタナカハナコは頬を染める。
本当に美しい顔。
どの芸能人よりも明らかにレベルが違う。
ドキドキ。
もしかして焼きもち?
レイ様の私を見る目がさっきから熱いのよね。
もしかして私に惚れた?
「 ジョセフ様はぁ~ハナコの事を知りたいと言うのよ。だからちょくちょく会っているの。二人っきりで 」
二人だけを強調して、焼きもちを妬かせる作戦に出た。
「 そうか……兄上が…… 」
何事にも関心が無かったジョセフが、タナカハナコに関心を持った事がレイモンドとしては単純に嬉しかった。
彼が関わると何かが変わるかも知れないと期待する程に、彼は天才だった。
この国の医学の向上は彼のお陰であり、彼の考案した下水道は、伝染病を極端に少なくしたのだ。
その他にも彼の功績は計り知れなくて。
レイモンドの自慢の兄である。
「 でもね。私はレイ様を…… 」
「 ハナコ!僕もそなたに質問しても良いか? 」
「 ええ!勿論よ 」
キャーっ!!
これはイケるかも。
レイ様とジョセフ様は第二皇子と第一皇子。
皇太子の座を巡ってずっと争って来たライバル。
これはジョセフ様への嫉妬心が芽生えたのかも。
第一皇子と第二皇子が私を奪い合ったらどうしようと、両手を両頬に当ててタナカハナコはレイモンドを期待を込めた瞳で見つめた。
「 魔物が現れたのだが、そなたの身体に変調はないか? 」
「 あ……あるわ。嬉しいぃ!心配してくれてるなんて…… 」
キャアッと、タナカハナコは頬にあった手を胸に当てた。
「 昨夜言っていた、セドリック、 時を操る魔力 、 時戻りの剣について詳細を教えてくれないか? 」
ソファーの背凭れから体を前のめりにし、レイモンドは両掌を膝の上で組んだ。
それは何時もの温和で優しい表情はない。
有無を言わさず、思わずひれ伏してしまいそうになる。
これが皇太子の持つオーラ。
一般庶民でしかないタナカハナコは完全に萎縮した。
少しおろおろとしてしまう程に。
「 あの……私の頭の中で……その声が聞こえて来ました。きっと私の聖女としての能力だと思います 」
タナカハナコだってちゃんと敬語を話せるのだ。
勘違いの天真爛漫キャラを演じていただけで。
「 その能力とは? 」
「 今は何なのかは分かりません。ただ、時折自分でも分からない時間が存在致しますので、それが何らかの能力だと思っております 」
「 そなたはその能力を知らないのだな 」
「 はい 」
タナカハナコは頷いた。
なる程。
ハナコは魔物の事は知らないのだ。
身体を憑依されてる事も。
やはり『 セドリック 』『 時を操る魔力 』『 時戻りの剣 』などは魔物が持ってるワードだ。
彼女が憑依してるのならハナコの中にいる筈。
「 サラ。出て来てくれないか? 」
「 えっ!? 」
細い目を見開いたタナカハナコが、大口をポカンと開けた瞬間に彼女の顔付きが変わった。
ヒラメ顔だが。
「 セドリック陛下…… 」
その潤んだ黒い瞳は、愛おしそうにレイモンドを見つめた。
その雰囲気は明らかにタナカハナコではない。
「 そなたはサラか? 」
「 はい 」
ソファーから立ち上がったサラは、レイモンドに向かってカーテシーをした。
「 私を思い出してくれたのね……嬉しい 」
それは千年振りの再会だった。




