憑依
「 貴女は……何者なの? 」
何故私の名を知っている?
そして……
信じられない事に。
この女は皇太子殿下の膝の上に乗り、勝ち誇った顔をしているのだ。
その豊満な胸を自分の愛しい男に押し付けて。
彼女はずっと探していた自分の身体だった。
若くて美しいその姿は在りし日の自分と同じ。
***
普通の剣で心臓を貫かれたサラは成仏する事が出来なかった。
当然ながら彼女は、時戻りの剣を使われたのだと信じ込んでいる。
それだからか……
サラの魂は転生する事も出来ず成仏する事も出来ないでいた。
そんなサラの魂は、千年の間自分の身体が埋葬されている木に宿っていた。
永い永い時の流れは、魔女サラの魂を魔物に変えていた。
木は大きな木になり、やがて魔木になった。
魔女の森に沢山の精霊の木々を生み出す程に。
勿論その事を知らないサラは、ただただ自分の身体を探し続けていた。
王太子時代の若きセドリックに会う為に。
ある日の朝。
自分の身体がこの世界にある事を感じた。
それは……
アリスティアに時戻りの剣が使われた時。
自分の身体は大木の側に現れた。
―何故私の元に来ない? ―
すぐ近くに自分の身体を感じていると言うのに。
永く木に宿った魂は大木から離れる事は出来なくて。
サラの魔力はこの魔木に吸いとられ、とても弱い魔力にしていたのだ。
やがて……
離宮の庭園にある大木の近くにアリスティアとレイモンドが現れた。
それは王太子時代の若きセドリックと、若くて美しい自分の身体。
レイモンドの姿を見た瞬間。
サラの魂は目覚めた。
それは……
逢いたくてたまらなかった若きセドリックの凛々しい姿。
若い彼と再び人生を歩みたくて時戻りの剣を作ったのだ。
自分の命を削ってまで。
サラは喜びに震えた。
彼女の魔力が強さを増す。
王と、もう一度戦いに明け暮れた日々を送れるのだと。
探し求めていた自分の身体にやっと巡り会えたと言うのに、サラはアリスティアの身体には憑依出来なかった。
彼女に憑依したとたんに自分の魂が削られたのである。
自分の身体なのにと思いながらも、サラはもう1つの器を探した。
そう。
サラは感じていた。
もう1つの器がこの世界にある事を。
それは異世界から転生して来たタナカハナコだった。
タナカハナコは異世界から来たタイムトラベラーだ。
時を操る魔力を持つサラは、タナカハナコにも共鳴するものを感じていたのだ。
彼女が異世界から現れた時に。
タナカハナコの身体に憑依したサラは、彼女を通して、今は自分が生きていた頃から千年後の世界だと言う事を知った。
見るもの全てが、まるで違う世界になっていた事には戸惑いしかなかったが。
この国はエルドア帝国として発展していて、千年も王族の血が脈々と続いていた事に涙した。
サラはタナカハナコを通して色々な情報を得た。
近く魔物が現れる事。
このタナカハナコが異世界から転生して来た聖女だと言う事。
レイモンドが、政略的に交わされた宰相の令嬢との婚約を昨年解消した事。
その、元婚約者が家族ぐるみで再婚約を模索している事。
そして……
セドリック王はもう何処にもいない事を知った。
だけど彼の生まれ変わりが、この国の皇太子レイモンドであると言う事は間違いなかった。
その崇高な魂は間違いなくセドリックなのだ。
何時かは自分の事を思い出してくれる筈だと。
自分を愛してくれる筈だと。
彼の魂はセドリックの魂。
サラはタナカハナコとして生きて行く事に決めた。
しかしタナカハナコには難点があった。
この女の頭の中は想像を絶するような物がある女だった。
兎に角、始終しっちゃかめっちゃかで。
意味不明な言葉や情報量に船酔いしたようになるのだ。
憑依して直ぐにはそのせいで熱を出した程で。
それからも彼女に馴染む事が出来なくて。
タナカハナコの中に長時間いる事が出来ないサラは、彼女の身体を出たり入ったりを繰り返している。
だからか自分の魔力が安定しなかった。
ただ。
タナカハナコの頭の中にあった聖女伝説は利用させて貰った。
白い衣装を着て民衆の前に立ち救世主として振る舞う事を。
タナカハナコにはそのビジョンが頭の中にあった。
「 国民の為に演説をすると皇帝陛下に言ったら、レイ様と二人で行動出来るんじゃね? そうしたらワンナイトラブも有り得るかも~ 」
ワンナイトラブが何かは分からないが。
レイモンド皇太子殿下と行動を共にする事が出来るかも知れないと言う思惑には賛同した。
何しろタナカハナコは、レイモンドとは接触出来ないようになっていたので。
因みにタナカハナコ自身は、サラが自分に憑依している事は知らない。
だから勿論、サラが表に出て来ている間の記憶はない。
周りで仕える者達は皆、彼女が二重人格になったのかと不気味がっている。
ただ、サラもタナカハナコと同じ平民である事から、貴族としてのマナーはなってなかった。
勿論、普段のタナカハナコはもっとがさつで、訳が分からない女なのだが。
それらも含めて、タナカハナコは『 異世界から来た聖女 』と言う認識で接しているので、少々の違和感は気にしないでいた。
そもそも彼女の存在自体が、この世界のそれではなく異質なものなのだから。
***
「 レイはわたくしのものですわ。分かって頂けたかしら?……ねぇ?サラ」
「 貴女は……何者なの? 」
何故私の名を知っている?
サラは自分の名前は誰にも言ってはいなかった。
それはタナカハナコとして生きて行く事を決めたからで。
それに……
この公爵令嬢が自分の身体なのも不思議だった。
自分の魂はここにあるのだから、自分の生まれ変わりと言う訳でもないのに。
それよりも。
先ずはこのとんでもない状況が許せなかった。
愛しい男の膝の上に乗っている事が不快でしかない。
彼は自分の夫。
自分は彼の側妃。
正妃ではなかったが。
セドリック・ロイ・ラ・エルドアの妻なのである。
自分の夫に、他の女が好き放題してるのを許す妻なんか何処にもいない。
ましてやこの女は婚約を解消された女。
何故私の愛しい夫の膝の上に座っているのかと。
それは妻の自分でもした事のない無礼な所為。
羨ましい。
憎らしい。
妬ましい。
サラの凄まじい怒りがエネルギーとなり魔力を増大させる。
そして思い出したのだ。
大木の前で二人の再会の抱擁をしようとした時に、邪魔をしたのはこの女だと言う事を。
やっとの事で彼を呼び出したと言うのに。
いや、大木の下でレイモンドと口付けをしていた女もこの女だと言う事も。
この女は私の身体だ。
だけど憑依出来ない身体など必要ない。
私にはこの器がある。
ユラリと立ち上がったサラは、手を頭の上に掲げると掌を広げてくるくると回した。
時の魔力でレイモンドをアリスティアから引き離し、別の場所に連れて行こうと考えて。
その時。
サラはアリスティアの瞳の色が赤く光るのを見た。
自分に向けられている彼女の指先が銀色に輝き出した。
「 この女は……魔女? 」
***
それは一瞬だった。
少し目の前が歪んだ感じになったと思った途端に、周りの者達が消えた。
壁際に立っていた侍従や侍女達皆が。
アリスティアのお尻の下にはレイモンドはいるが。
アリスティアはサラを見据え、指先を彼女に向けたままに尋ねた。
「 貴女は千年前の古の魔女で間違いないのですね? 」
「 そうよ! この国がこうしてあるのは私とセドリック様が戦いに勝ったからよ 」
サラはレイモンドを見やりながら、懐かしそうに少し遠い目をした。
そう。
セドリック王が歴史的大勝利をおさめたのは教科書にも記載されている程だ。
本来ならば凄い人物と会っているのだ。
様相はタナカハナコだからピンと来ないが。
「 それよりもお前は魔女なのね? 私と同じ魔女だから、私はお前には入れなかったのね 」
サラは納得をしたと言う顔をした。
「サラ! わたくしは公爵令嬢ですわ!礼儀をわきまえなさい! 」
自分のお尻の下に皇太子がいるのだから、言えた義理ではないが。
アリスティアはわざとそう言った。
ある事を確かめる為に。
「 なっ!? 私はセドリック国王の妃なのよ! 」
「 妃? 王妃でしたの? 」
「 ……側妃だけど…… 」
目を伏せたサラは、口籠りながら小さく答えた。
これで、文献に記載されていた『古の魔女は王妃となった 』説は捏造だと判明した。
リタが言っていた事は本当だった。
魔女はやはり正妃にはなれないのだと思い知る。
国の為に功績を成し遂げた魔女だとしても。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
サラはその天から告げられた魔物だ。
それは世界を滅ぼす程の。
しかしだ。
世界を滅ぼす魔物が、世界を救う聖女に憑依しているのだからこれは世界の危機。
それを伝えに来たと言うのにこんな状況になっている。
その魔物と対峙してると言う。
アリスティアは彼女に成仏して欲しいと思った。
タナカハナコに滅ぼされる前に。
時戻りの剣で心臓を貫かれたのではないと言う事を知る前に。
自分の魂を削ってまで作った時戻りの剣は、千年後の自分に使われた事を知る前に。
同じ魔女として……
彼女の気持ちが痛い程に分かるのだ。
今、実際に魔物と対峙しているのだが。
アリスティアはサラが魔物だとは思えなかった。
ましてや世界を滅ぼす程の邪悪な存在だとは。
魔力もこうして時間を操るだけで。
どちらかと言うと、自分が魔物説の方が濃厚だ。
今は、何処ぞの令嬢とレイモンドの閨を想像しただけで魔力が爆発しそうになるのだから。
アリスティアはレイモンドの膝から下りてサラにカーテシーをした。
サラが妃ならば礼を尽くさなければならない。
それが側妃だとしても。
「 それで……サラ様は何をなさりたいのですか? 」
「 レイ様はセドリック様の生まれ変わりです 」
だから……
これから添い遂げたいと言った。
「 彼は私の夫なのよ 」
レイモンドはアリスティアの腰に両手を回してバックハグをしている。
そしてアリスティアの後頭部にずっと唇を寄せていて。
「 ちょっと……レイ……止めて 」
それに気付いたアリスティアは、じたばたして離れようとした。
……が、レイモンドは甘い顔をしたままに離してはくれない。
やはりこれも何かがおかしい。
これがサラのもう1つの魔力?
もしかしたら魅了か何かなの?
レイモンドの腕の中からサラを見やれば、サラの瞳が銀色に光り出した。
やはり彼女は魔女ではない。
魔女の特徴は赤い瞳。
アリスティアは指先に魔力を込めながら身構えた。
「 私は……今生は王太子妃……いえ、皇太子妃になるわ 」
それはサラの願い。
前世では叶わなかった夢。
タナカハナコになった自分の、やり直しの人生の。
良いのか。
タナカハナコで。
作者のツッコミでしたm(__)m
読んで頂き有り難うございます。




