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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第四章

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聖女の覚醒




 魔物が自国に現れた事をエルドア帝国は全世界に向けて発信した。


 あの後、レイモンドとアリスティアの話を聞いたギデオン皇帝とハロルド宰相がそう判断したのである。


 天のお告げを聞いたリタ達が『魔物が目覚めた』と言ったのならば間違いない。

 タルコット帝国とレストン帝国のロキとマヤがこのエルドア帝国にいる事を考えても。


 気難しいリタ達からは詳細は聞く事は出来なかったが、皆はアリスティアの考えに頷いた。



 これによりエルドア帝国は非常事態宣言を発令し、厳戒態勢に突入した。


 それは練習通りに。


 天のお告げがあってからの3ヶ月間は、ずっとこの時の為に訓練をして来た。

 それ故に国民達はパニックになる事はなかったが。


 そこにあるのは、救世主である聖女が自国にいるからで。


 国民は口々に言う。

「 我が国には聖女様がいるから安心だ! 」と。



 また、あの時にレイモンドに起こった聖女との不思議な出来事は、聖女の能力が覚醒したのだと認定した。


 魔物が現れた事で覚醒したのだと。


 今まで()()聖女にどんな能力があるのを懸念していたが。

 普段の彼女は、レイモンドに会う事にのみを模索しているような女だったので。



 聖女に能力の事を確かめたかったのだが、オスカーに運ばれたあの後、彼女は熱を出したのだ。


 その間、彼女は部屋に引きこもっていて。


 誰にも部屋に入れず。

 侍女達は、聖女の部屋の扉の前に食事や着替えを置く事しか赦されてはいなかった。


 そして……

 三日後に部屋から出て来た聖女は変わっていた。


 能力の事はまだ身体に馴染んでいないので分からないと言って。



 アホそうな顔は落ち着いた顔付きになり、ガサガサと落ち着きのない所為もゆったりとしたものになっていて。


 特に歩き方が変わったのだ。

 今までは、ドレスは慣れないと言ってパタパタと足音を立てて歩いていたのだが。


 彼女の変わりようは、物腰だけでなく話し方も流暢になっていた。

 たまに訳の分からない言葉を発して、周りの者を戸惑わせてはいたが。


 それは……

 もう使っていない古い言葉だったり、何時の話をしているのかと。

 まあ、彼女の意味不明な言葉は元からの事なので、特に問題視する事はなかったが。



 そして……

 彼女は国民の事を気に掛けるようになった。


「 国民の不安を和らげる事が出来るならば、私が街に出向いて励ましたい 」と言って、彼女は皇都の街に出向いた。



「 聖女の私がいるから安心して下さい 」

 白い装束を着用し街頭に出で立つ姿は正に聖女。


 その尊い所為は国民を熱狂させた。


 そして……

 聖女の傍らには皇太子レイモンドが常にいた。

 騎士達と共に。

 聖女を守る為に寄り添うようにして。


 魔物が現れたら何時でも出陣出来るようにと、軍服姿で帯剣もして。



 魔物は離宮の庭園の奥で目覚めたが、今は何処にいるのかが分からない。


 勿論、離宮は封鎖され騎士達が取り囲んでいて。

 ミランダ妃とジョセフ第一皇子は皇宮の客間に移っていて。

 侍女や侍従達以外の離宮のスタッフ達は、自宅待機をさせられている。



 聖女の行き先々では常に人々で溢れていた。

 皇太子殿下が傍らにいるから尚更で。

 庶民に取っては間近で皇太子を見る事なんて、滅多にない事なのだからと。


 本来ならば、こんな危険過ぎる所為は止めさせなければならないのだが。


「 国民の心を癒したい 」

 彼女がそう言えば、やはりそれを阻止する事は出来なかった。


 魔物がエルドア帝国の皇宮で目覚めたと聞いて、国民が不安に思わない筈はないのだ。


 実際に、人々は聖女の姿を見て、彼女自身の声を聞いて安堵の声をあげている。


 発表から日が経っても人々がパニックにならないのは、やはり聖女のこの所為があるからだと、皇帝陛下は喜んでいると言う。



 聖女の尊い所為は連日ニュースになり、国民達は聖女に熱狂した。


 ただ。

 皇太子殿下とのロマンスは書かれる事はなかった。


「 皇太子殿下と聖女様のロマンスは有り得ない!絶対に 」


 それが国民の総意。




 ***




 帝国に非常事態宣言が出た事から、アリスティアは家にこもっていた。


 学園は暫くの間休園になっていて。

 魔女の森に行く事はレイモンドに禁止されていた。


 離宮の庭園の裏に魔女の森があるのだから、それは至極当然な事だったのだが。



「 魔女のわたくしが護衛として行くのはどうかしら? 」

 アリスティアは聖女の演説に同行したいとレイモンドに申し出た。


「 駄目だ! 魔物の正体が何か分からないのに、君を連れては行けない 」

「 私の魔力だったら、魔物を消滅させれるわ 」

「 ティア!魔物を討伐出来るのは君ではなく聖女だ! 」

 そう。

 魔物を討伐するのは魔女ではなく、聖女なのである、


 レイモンドとしては、危険な場所に自分の命よりも大切なアリスティアを連れて行くつもりはない。


 彼女がどんなに強い魔力の魔女であろうとも。

 戦いで100%の無傷での勝利などあり得ないのだから。



 「 お前が一番危険なのは変わってはないんたまかららない 」と言うオスカーの意見は尤もな事。

 自分が魔物説は消えたが。

 嫉妬のあまりに暴走する自分が一番の危険人物なのは確か。


「 大丈夫だ! 聖女はここに来て、自分の使命に目覚めたみたいだからな 」

 不安気な顔をしているアリスティアに、オスカーが言う。


 レイにやらしい顔を向けなくなっていると。


 あのタナカハナコよ?


 結婚式では……

 いやらしい顔をしながら勝ち誇った顔をしたタナカハナコよ?


 アリスティアは到底信じられなかった。




 ***




 この日アリスティアは、ハロルドとカルロス、そしてオスカーの着替えを持って皇宮にやって来ていた。

 着替えを届ける侍従に付いて来たのだ。

 甥と遊ぶのは早々に離脱した。


 アリスティアがやって来た事で、レイモンドも嬉しそうにしていて。

 オスカーには、直ぐに出掛けるのに邪魔だと言われたが。


 少しだけと言って、アリスティアはソファーに座りレイモンドの執務をしている姿を眺めていた。


 これは……

 以前には普通にあった光景だ。


 レイモンドの執務する姿が好きで。

 こっそりと大人のレイモンドを見ながら、早く大人になりたいと思っていたりしていたのだ。



「 もうすぐ、僕達の結婚式を挙げる予定外だった日が来るよ 」

 一息つこうとアリスティアの側に座ったレイモンドが、お茶を飲みながら悲しげな顔をした。


 そう。

 二人が結婚式を挙げる予定だった日が来るのだ。


 転生前には……

 花嫁のすげ替えをアリスティアが魔女になった日。

 聖女を殺り、皇都の街を破壊し、人々を恐怖に陥れた日。


 今生は……

 結婚式の日取りを発表する記者会見の日に、アリスティアがドタキャンしたから、その日が公になる事はなかったが。



「 ティア……その日は僕と二人だけで大聖堂で過ごそう 」

「 えっ!? 大聖堂に? 」

 大聖堂には、転生前のあの日以来訪れた事はなかった。


 足を運ぶ事なんてとてもじゃないが出来ない。

 今でも夢で魘されている場所だ。



 アリスティアが困惑していると、隣の執務室からオスカーが入って来た。


「 良いんじゃない? 」

 オスカーが書類をレイモンドに渡しながら、アリスティアに言う。


「 楽しい想い出を()()()して来れば良いよ 」

「 でも…… 」

「 もう、()()()()()にはならないんだからな 」

「 ……うん 」

 オスカーは不安気にしているアリスティアの頭をポンと叩いた。



「 レイはタナカハナコに同行しなくて良いの? 」

「 その日は休息日にするよ。ハナコも連日で疲れているだろうから 」

 レイモンドは相変わらず優しい。


 それは誰に対しても。


「 じゃあ、指切りね 」

 アリスティアは、レイモンドに約束げんまんの小指を差し出した。


 小さいアリスティアがしたレイモンドとのデートの約束は、殆ど果たされた事はなく。


 何時も待ちぼうけを食らうのだが。



「 ティア! お前はもう帰れ! 」

 今から聖女と街へ行くと言って、アリスティアはレイモンドの執務室からオスカーに追い出された。


 帰り際に、オスカーに隠れてレイモンドが頬にチュッとキスをしてくれたからご機嫌に。



 公爵邸に戻ると婆さん達が野菜を運んで来ていた。

 いや、婆さん達ではない。

 婆さん達は街に出る時は爺さん姿に変身している。

 流石に黒いローブの魔女の姿では街には出ないらしい。


 この後、馴染みのレストンの店主の所へ行くと言うので、アリスティアは馬車の荷台に飛び乗った。


 街に出るのは久し振りで。

 ガタゴトとリズムよく進む荷馬車から街並みを楽しんだ。


 緊急事態宣言が出ている事から人の姿はまばらだったが。


 野菜を売った後、アリスティアは婆さん(爺さん)リタ達はこのレストランでデザートを食べていた。


 リタ達はアリスティアと過ごすようになり、甘くて美味しいデザートの味も知ってしまっていて。

 今では野菜を売りに来た時には必ずデザートを食べて帰るらしい。



 このレストランは街の外れの大きな窓が特徴の素敵なレストランだ。

 路を挟んだ店の前には大きな公園があり、アリスティアは美味しいアップルパイを食べながら、窓から街を眺めていた。


 公園もある事から、何時もならば親子連れやカップルで賑わう場所なのだが。

 やはり人影もまばらだった。


 このレストランにいるのも婆さん(爺さん)達とアリスティアの他には数人いるだけだ。

 商売上がったりだと店主は嘆いていたが。



 すると……

 店の前に沢山の騎士達が現れ、周りを警備し始めた。

 人がまばらな事もあってか、騎士達はあっと言う間に定位置に付きその姿勢を正した。


 騎士が整備をしたと言う事は皇族が来ると言う事。


 ……まさか。

 聖女の演説ってここでするの?


 国民の為にと、あちこちに出向いて演説しているのは知っていたが。

 今日の演説の場所を、オスカーに確認しなかった事をアリスティアは後悔した。



 目の前でレイモンドとタナカハナコが寄り添う姿は見たくないと、アリスティアはデザートのお代わりをしようとしている婆さん(爺さん)達を連れて店を出た。


 店の前には何処から湧いて来たのか、既に人で溢れ返っていた。

 特に若い女性達が先を争うようにして、騎士達の側に駆け付けて来ている。


 平民女性達がキャアキャアと。

 皆が皆頬を染めて。

「 皇太子殿下と目が合ったら死んじゃうかも~」などの声が聞こえて来る。


 これは絶対に聖女ではなく、レイモンド目当て。


 

 アリスティアの進む方向から人々が押し寄せてくるから、中々前に進めない。

演説の為の場所を確保しているから道幅はかなり狭いのだ。


 婆さん(爺さん)達はその場から動かなくなった。



 やがて……

 カラカラと馬車の車輪の音がして。

 そしてアリスティアの前で停車した。


 真っ白な馬車は皇太子殿下専用馬車。


 騎士達が敬礼している中、御者が扉を開ける。

降りて来たのは皇太子殿下。


 キャアキャアと黄色い歓声が上がる。


 そして……

 皇太子殿下が馬車の中に手を差し出すと、馬車から白い手が添えられた。


 歓声は一段と大きくなり、皇太子殿下にエスコートされ、馬車から降りて来たのはタナカハナコ。


 白い装束姿だが、アリスティアからすればどう見てもタナカハナコ。


しかしだ。

 レイモンドから手を離すとタナカハナコは集まって来ていた民衆に向かって、自分の胸の前で合掌した。


 暫くずっとそのままで。


 まるで祈りを捧げているようだった。

 横にいるレイモンドを全く気にする事もなく。

 いやらしい目を向ける訳でもなく。


 人々に慈愛の眼差しを向けている。



「 私は魔物から世界を守ります。だから不安にならないで下さい 」

 辺りは大きな歓声に包まれた。

 その力強い言葉に、皆が聖女の前で跪き涙を流した。


 どんなに美しい装いをしても、タナカハナコはタナカハナコだったが。


 やはり彼女は聖女なのである。

 皆をこんなにも感動させる力を持った。



 アリスティアは胸が痛くなった。

 そんな彼女を殺ってしまったのだと。

 覚醒したらこんなにも尊い顔付きになるのだと。


 ヒラメ顔だが。



 自責の念に駆られたアリスティアが、早く立ち去ろうと婆さん(爺さん)達を見れば、三人がタナカハナコを凝視している事に気が付いた。


 まるで魔女の森にある一枚岩を見つめていたあの時のように。


「 リタ様、ロキ様、マヤ様? どうかしましたか?」

 リタはアリスティアを見もせずに答えた。



「 あの女は魔物じゃの 」


 あの女?

 アリスティアは、リタの垂れ下がった瞼の中にある赤い瞳が光るのを見た。



 リタの視線の先には……

 皆に順番に祝福のキスをするタナカハナコがいた。
















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