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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第四章

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魔物は潜む




『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』


 これは、リタ、ロキ、マヤが各々の国で聞いた天のお告げだ。

 世界中を震撼させたお告げ通りに、その魔物がとうとう現れたのだ。



「 熊……ではないですよね? 」

 リタがそう言うのなら間違いないと思いながらも、何だか否定したくて言ってみた。


 いよいよかと思うと身体が震えて来て、間違いであって欲しいと。

 リタにはスルーされたが。

 


 するとロキとマヤも湖の畔にやって来て、リタの横に並んだ。

 彼女達も、ここから見える湖の向こう岸にある一枚岩を見つめている。


「 もしかしたら、あの一枚岩が魔物と関係があるのですか?」

「 ……木々が騒ぐのじゃ 」

「 木々が……? 」

 黒いローブ姿の婆さん達が三人並んでいて、その後ろには木々達がいて。


 皆で一心に一枚岩を見つめている不思議な光景がそこにあった。


 婆さん達が言う、木々が騒ぐと言う感覚も何となく分かるような気がするのは、やはり魔女力がアップしたからだろかと。


 

 その時アリスティアはある事に気が付いた。

 ロキとマヤがここにいる理由を。


 世界にはタルコット帝国、レストン帝国、そしてエルドア帝国と言う3つの帝国があり、そこに魔女達が住んでいる。


 本来ならば各々の国に住んでいる筈のロキとマヤが、このエルドア帝国にいる理由。


 それは……

 魔物が現れるのはエルドア帝国だと知っているからで。

 いや、知っていなくとも何かを感じているのだ。


 ……多分。


 婆さん達は何千年も生きて来た魔女。

 いや、自然を司る妖精達なのだから。


 転生前も、こうしてロキとマヤがエルドア帝国に来ていたのかもしれないと思うと感慨深かった。


 全てを台無しにしたのは自分。



 そして……

 聖女がこのエルドア帝国に現れた理由。

 それもやはり、魔物がエルドア帝国に現れるからだとアリスティアは思った。


 多分この考えは正解だ。

 何故聖女が現れたのが我が国なのかと、ずっと不思議でならなかったのだが。


 聖女さえ来なければと何度も思った。


 聖女が我が国に現れた事を喜ばなければならないのは理解している。

 現に国民は大喜びだ。

 聖女がVIP待遇なのも当然の事。


 しかしだ。

 愛する婚約者を取られるとならば話は別だ。



 だけど……

 こうして魔物が現れた今。

 聖女がこの国にいると言う事の安心感は半端ない。


 転生前のレイモンドの決断は正しかったのだと、アリスティアは改めて痛感するのだった。


 聖女を殺ってしまったら……

 世界を魔物をから救える者がいなくなるのだから。



「 大丈夫ですわ。エルドア帝国には聖女がいますもの 」

 まだ湖の向こうの一枚岩を見ている婆さん達に、アリスティアはそう呟いた。


 勿論、婆さん達は完全スルーだが。

 後ろにいる木々が、安心したようにうんうんと頷いている。


 木々も安心してるのだ。



 アリスティアは溜め息を一つ吐いて、鶏小屋に向かった。


 レイと聖女は魔物討伐に向けての討伐準備をしているのかも知れない。

 二人が手に手を取って出陣する姿は見たくはない。

 魔女の森にいて良かったとつくづく思った。



 アリスティアはそんな感情を打ち消そうと、黙々と鶏小屋の掃除をしていた。

 リタ達は餌は与えてくれるが掃除はしてくれないので、鶏達は小屋にはいない。


 今や鶏は野生化していて。

 汚い小屋を捨てて草むらで玉子を産んでいるらしい。

 そもそも鶏はアリスティアが市場から買って来たもので、野生化してるなら鶏小屋は必要ないのでは?と思うのだった。


 魔女の森には鶏を襲うような動物はいない。

 空にもだ。

 それは、魔女の森全体が魔力に覆われているからで。

 魔女力がアップした事で、そんな不思議な魔力も感じるようになっていた。



「 まただわ 」

 小屋を掃除していたアリスティアは呟いた。

 手には箒を握り締めたままに頭を押さえた。


 ──その女は誰?──


 ここ何日か、女の声が頭の中でリピートしていて。

 そこにあるのは嫉妬の感情。

 そして激しい憎悪。


 それが何故なのかも、誰の感情なのかも分からないが。

 これも魔女力がアップした事から起こる現象なのかと、困り果てている。



 そしてこの時は……

 ある映像がハッキリとアリスティアの頭の中に浮かび上がった。


 ぐったりとした女の前で、膝を付いた男が女を抱き締めてキスをしているのだ。


 大きな木の下で。



 ──その女は誰?──


 女の声と共に男の顔が見えた。


 その男は……レイモンド。

 黄金の髪がキラキラと輝いていて。

 ミルクティー色の髪の女の前で、跪いて口付けを交わしている。



 その女は誰?


 これはアリスティアの感情。

 嫉妬の炎はアリスティアを魔女ゾイにする。

 そして魔女ゾイは銀色の魔力を作り出した。


 アリスティアの身体からが銀色の魔力が放たれ、辺りを銀色の光で包む。

 


 気が付くと鶏小屋が消滅していた。

 綺麗さっぱりと。

 鶏が6羽、アリスティアの横で驚いている。


 コケーッ!?と。

 2羽いた鶏はしっかりと繁殖していた。



「 …… うそ…… 」

 またもや魔力の暴走だ。

 コントロール出来ない強い魔力は、指先からではなく身体から魔力が飛び出してしまうのだ。


 レベルアップした魔力をコントロール出来るようになりたいと思った事も、この日アリスティアが魔女の森に来た理由の一つである。


 流石にもう離宮の一枚岩の前では魔力調節をする事は出来なくて。

 器物破損で訴えられても仕方ない事をしたのだから。

 関係者からは感謝されたけれども。



「 え!? 穴? 」

 消滅した小屋の向こうの空間には、穴がぽっかりと空いていた。


 空間も消滅する自分の能力が恐ろしい。


 それは人一人が通れる程の穴。

 穴の向こうは銀色に光っていた。



 アリスティアはその穴の中に入って行った。

 誰かに呼ばれているような気がして。


 そして……

 その先にいたのが、タナカハナコとレイモンドだったのだ。



 レイのキスの相手は……

 タナカハナコだったの!?


 転生前に見た結婚式での近いの口付けと、先程頭の中で見た映像が重なる。



 させるか!

 わたくしのレイには指一本!


 そして気が付くと……

 レイモンドにキスをされていたと言う。




 ***




 冷静になって見れば。

 ここにタナカハナコがいるのは、彼女もまた魔物の何かを感じたのかも知れないとアリスティアは思った。


 タナカハナコは聖女なのだから。

 逆上していたから忘れていたが。


 魔物を討伐する為に異世界からこの世界にやって来た聖女。

 タナカハナコの不細工でいやらしい顔から、聖女とは程遠く感じていたが。


 彼女は凄い能力を持った尊い聖女なのである。



 だからレイモンドと一緒にこの場にやって来たのだ。

 ただ。

 何故騎士達が周りにいないのかが不思議だった。

 レイモンドには、何時も何処に行くのにも、護衛の為の騎士かオスカーが側にいるのだから。



「 レイ? 」

 レイモンドから唇を外したアリスティアは、レイモンドの様子がおかしい事に気が付いた。


「 逢いたかった 」と言いながらずっとアリスティアの頬に顔をすりすりとしていて。


 それは大層結構な事だが。

 今はそれを嬉しがっている場合ではない。


 魔物が目覚めたとリタが言っていたのだから。



 背伸びをしてレイモンドの頬をペチペチとした。

 ボーっとしているレイモンドが可愛くて。

 なんて綺麗な顔なのかしらと見惚れながら。


 すると……

 レイモンドがフルフルと頭を横に振った。

 額に手を当てながら。


 どうやら正気に戻ったようだ。

 まるで魔法から覚めたように。



「 ……ティア?……どうしてここに? 」

「 レイは魔物の討伐でここに来たのかしら? 」

 二人の声が重なった。


「 魔物? 」

「 えっ!? 違うの? 」

 不思議そうな顔をしたレイモンドを見ると、どうやらそうではないらしい。


 だったらタナカハナコとここに二人だけでいる理由は?

 まさか、皇太子宮のガゼボでの逢瀬がこの離宮での逢瀬に変わったと言うの?


 わたくしに隠れて?

 二人でこうして会っていたの?



 だったら……

 あの映像にも納得がいく。


「 先日のキスの相手はタナカハナコなの? 」

「 えっ!? ……僕はハナコとキスなどしてない! 」

 アリスティアのとんでもない言葉に、レイモンドは面食らってしまった。


 アリスティアの言った魔物と言う言葉が飛んでしまう程に。



 レイモンドが慌てている様子がおかしいと、アリスティアはショックを受けた。


「 この木の下でキスをしていたのは、タナカハナコなのね? 」

 やっぱりブス専だったのねと言って、アリスティアはヨヨヨと後ろによろめいた。


「 君が何を見たのかは知らないが、僕がここでキスをしたのは……君じゃないか! 」

()()()()タナカハナコとキスをしたのに、()()()…………えっ!? 」


 アリスティアは、はたと気が付いた。


 そう言えば……

 送られて来た映像のレイは跪いていた。


 わたくしの前で。


「 わたくしだわ……そうよ。あれは……あの()()()()()わたくしよ 」

 アリスティアが見た映像は、高い位置から見下ろしているような映像。



「 ご……免なさい 」

「 一体どうしてそんな事を…… 」

「 あっ!? タナカハナコ? 」

 その時ふと、アリスティアの視界にタナカハナコが入って来た。


 すっかり忘れていた。


 タナカハナコは直ぐ側にある大きな木の幹に、凭れかかるようにして踞っていた。

 ぐったりとしている。


 まさか……

 また、魔力で殺ってしまったのかと、真っ青になったアリスティアはタナカハナコの側に行き跪いた。


 何せ逆上していたのだ。

 もしかしたら、もう一発位は魔力が身体から出たのかも知れないと青ざめる。



「 大丈夫ですわ。息をしてますわ 」

 意識はないようだが規則正しい呼吸をしている。


 いや、そもそも魔力が命中すれば消滅してしまうので、魔力には当たってはいない筈。


 だとすれば……

 何故タナカハナコが倒れていたのかが分からないが。



「 先ずはハナコを医師に診せよう 」

 レイモンドがタナカハナコをお姫様抱っこをして運ぼうとしているのを見て、アリスティアの胸がキリキリと痛み出した。


 ここには騎士がいないのだから仕方がないと、チリチリと心の中心に魔力が溜まって来るのを必死で抑えた。



 その時。

 ガサガサと木々が揺れる音がした。


 アリスティアは咄嗟に指先を薮の方に向けた。


 魔物だったら()()()()として我が国の皇太子殿下を守らなければならない。


 勿論、タナカハナコも守る。

 彼女は魔物を討伐出来る能力の持ち主だが、今は意識がない事から絶対に。


 転生前は殺ってしまったが、今生は間違わない。



 するとレイモンドがアリスティアの前に立った。

 アリスティアを守るようにして。

 大きな背中がアリスティアの目の前を塞ぐと、何だか鼻の奥がツンとした。


 守られる存在である皇太子殿下が守ろうとしてくれている事に。



 薮の中から現れたのは魔物ではなくてオスカーだった。

 レイモンドとアリスティアに安堵の息が漏れる。


「 オスカーだったか……メモを読んだのだな 」

「 レイ!何があった? 」

 走って来たからかハアハアと肩で息をしてる。


「 オスカーお兄様! 」

 レイモンドの後ろからヒョコッと顔を出したアリスティアに、お前は魔女の森に行ったのではないのかと驚きながら。



 レイモンドは執務机の上に、オスカー宛に置き手紙を置いて来ていた。

 ハナコと一緒に行くから、メモを読んだら直ぐに追い掛けて来て欲しいと。


 行き先は離宮の庭園の奥の大木の下。


 そこに行く事を断定出来たのは、ずっとこの木から呼ばれているような気がしていたので。



「 色々と聞きたい事はあるが、今はハナコを宮に運ぶのが先だ 」

「 オスカーお兄様がタナカハナコを運んでちょーだい! 」

 アリスティアがすかさず口を尖らせた。


 そんなアリスティアを見てレイモンドはクスリと笑う。


「 オスカー!」

 レイモンドが顎をクイッと軽く上げて、オスカーにタナカハナコを運ぶように命じた。


 自分の腕を掴むアリスティアの頭にチュッと唇を寄せながら。



 アリスティアをちらりと見たオスカーが、タナカハナコを抱き上げ歩き出した。

 騎士の訓練を受けたオスカーだから軽々と。

「 ティアよりも軽い 」とムカつく事を言いながら。


「 ……まさか、()()魔力で殺ったとか? 」

「 違うわよ!()() はそんな事はしないわ! 」

 そんな話をしながら歩くオスカーとアリスティアを、レイモンドは怪訝な顔をして見ていた。



 そして……


 オスカーに運ばれているタナカハナコ(サラ)は、目を閉じたままに「チッ!」と舌鳴らしをした。

















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