共鳴
古の魔女サラの魂は、ずっと20歳の自分を探し続けていた。
20年前の自分に転生する筈だったのに、転生する筈の自分がいなくて。
あの時。
セドリック王から確かに心臓を貫かれたのだ。
自分の命までもを削って作った時戻りの剣を使って。
なのでサラは、自分が成仏出来ない魂である事を知らないでいる。
セドリックがもうこの世にはいない事も。
ある日サラは自分自身が近くにいる事を感じた。
それは間違いなくずっと探して来た自分自身。
20年前の自分の若々しい息吹を感じたのである。
「 私はここよ。こっちに来て 」
サラが呼ぶと若い自分は大きな木の下に現れた。
やって来たのはアリスティア。
時戻りの剣がアリスティアの心臓を貫いた事で、サラの魂の一部がアリスティアの魂と融合してしまっていたのである。
時戻りの剣はサラの魂を削って作った魔剣だったのだから。
「 そうよ。若い私はこんなにも美しかったのだわ 」
老婆の姿で絶命したサラは、美しい自分の姿でセドリックの前に立つ事に震えた。
この姿ならば……
また、昔のように愛してくれる筈。
サラの魂はアリスティアの身体の中に入った。
その時。
サラの魂に異変が起きた。
融合出来ないばかりか、魂が削られて行く感覚がした。
「 何これ!?…… 」
魂が消滅する寸前で、サラはアリスティアの身体から抜け出した。
そして、魂は再び大きな木に宿った。
どう言う事なの?
魔女の身体である事は確かなのに。
先程までの喜びが絶望に変わる。
しかし。
翌日にやって来たタナカハナコにも共鳴する何かを感じた。
そう。
タナカハナコはこの世界の人間ではない。
彼女は時を越えてやって来たタイムリーパーなのである。
時間を操る魔力を持つサラとタナカハナコは共鳴するものがあった。
サラはタナカハナコに乗り移った。
彼女が自分ではない事なのは確か。
だから、保険として魂の半分を大きな木に残した。
そしてレイモンドの元へ向かった。
タナカハナコの姿で。
「 ここは20年前じゃないの? 」
宮殿のあまりにもの変わりようにサラは面食らった。
当たり前だが千年の時は、全てのものを変えていたのだ。
建物の造りや設備は勿論だが、接してくる侍女、メイド、騎士、皆の衣裳や食べ物。
目の前にある全てが文明化していた。
「 セドリック殿下は何処? 」
不安に駆られながらも、サラはセドリックを探した。
しかし。
彼に会うのは容易い事ではなかった。
探しに行こうと部屋から出れば、必ずや使用人達に邪魔されて部屋に連れ戻されてしまうのだ。
だからサラは魔力を使った。
魂の半分を大木に残して来たから、弱々しい魔力に全集中をして。
魔力を使うのは時戻りの剣を作った時以来だ。
指先から銀色の魔力を放つと、辺りには誰もいなくなった。
時の歪めを歩いて行く。
微かに感じるセドリックの息吹を辿りながら。
そしてある部屋の扉を開けると……
そこに千年待ったセドリックがいたのだ。
窓から注ぐオレンジの夕陽に、黄金の髪がキラキラと輝いて。
俯いている顔は何もかもが美しい。
早くその綺麗な瑠璃色の瞳を見つめたい。
見つめられたい。
あの頃のように。
目の前にいるのは愛しい愛しい私の夫。
若々しい彼は記憶にある夫よりも遥かに美丈夫だった。
立ち上がった彼の背も随分と高い。
優しい彼の手に手を乗せれば。
彼の熱い息吹を感じる。
千年振りに触れあう指先。
「 セドリック……殿下 」
サラはそう言うのがやっとだった。
早くあの木の元に行かなければ。
魂を完全にする為に。
弱々しい魔力では効力が切れてしまう。
サラはレイモンドの手を持ち替え、引っ張るようにして離宮の奥にある大木に向かって歩き出した。
レイモンドが誰にも会わなかったのはサラと時間の歪めを歩いていたからで。
敵の大将の首を取る時も、サラはこうしてセドリックと二人で時間の歪めを歩いたのだ。
サラと手を繋いでいないとならないのは、時間の空間に落ちてしまうからで。
懐かしい。
振り返れば若い王子様がいる幸せにサラは胸が熱くなった。
そうして大きな木の下で残して来た魂と融合して、サラは完全体になった。
タナカハナコの身体の中で。
「 ……やっと逢えた……セドリック殿下 」
***
タナカハナコが何時ものタナカハナコではなかった。
何時も媚を売るような顔を向けられるが、この日の彼女は愛しげな眼差しでレイモンドを見つめてくるのだ。
切なくも悲しい熱が瞳に込められて。
まるでアリスティアのように。
そう。
アリスティアはたまにレイモンドをそんな眼差しで見つめていて。
その美しさがレイモンドの心臓を跳ね上がらせるのだ。
今、タナカハナコには全くそんな感情は1ミリも湧かないが。
タナカハナコとの接触は避けなければならない事は百も承知だ。
しかしだ。
やはり彼女が発した『 セドリック 』の名が気になっていた。
彼の王の名はキーマンだ。
アリスティアを皇太子妃に出来るかどうかの。
レイモンドは既に千年前のセドリック王の事はギデオンに伝えていた。
魔女でも王妃になった前例があるから、アリスティアを皇太子妃にする事は何ら問題はないと。
この時の王妃の活躍は皇家に伝承されて来た話だ。
エルドアの王城を守り抜いた豪傑だったと。
それは王妃が魔女だったからだとレイモンドは力説した。
アリスティアは正にその王妃に匹敵する存在だと。
隣国の熊も、我が国では道端を塞いでいた岩も、彼女は木っ端微塵に吹き飛ばし人々を助けているのだから。
離宮の奥にある秘密の小屋も。
いくらジョセフが科学者だからと言っても、あんなものは無い方が良いに決まっている。
魔女アリスティアは凄いのだ。
だからと言って、アリスティアを魔物討伐に同行させるつもりは毛頭ないが。
危険な場所にアリスティアを連れて行きたくはない。
レイモンドは魔女と王妃が同一人物だと思っていて。
その時のギデオンは、目を閉じて頷いただけだった。
全ては……
魔物討伐を終わらせてからだと言う事は分かっているが。
それでもギデオンを。
国民を。
納得させる決め手になる物が欲しかったのだ。
誰にも会わないと言う特殊な状況下で、行ってはいけないと言う警鐘は鳴らされていたが。
離宮の庭園を歩いて行ると、いつの間にかその警鐘は消えてなくなっていた。
会いたい。
逢いたい。
逢いたいと言う想いだけがレイモンドの頭の中を支配していく。
そして……
気が付けば、あの大きな木の下にいた。
目の前にはタナカハナコ。
彼女を銀色の光が包んだ。
いや、銀色の光はタナカハナコの後ろで強く光った。
現れたのはアリスティア。
黒いローブを着た怖いくらいに美しい魔女。
瞳の色は赤く光り、ミルクティー色の髪がフワリフワリと宙を浮く。
「 ティア……逢いたかった 」
今日は無性にアリスティアに逢いたいと思っていたのだ。
レイモンドの顔が綻んだ。
艶な美しさを醸し出している魔女ゾイは、 それは誰をも一瞬にして恍惚とさせる美しさ。
「 おいで……僕のティア 」
レイモンドはアリスティアに向かって両手を伸ばした。
アリスティアを自分の胸の中に抱き寄せたレイモンドは、タナカハナコに向かって何かを言っている彼女の唇を自分の唇で塞いだ。
銀色の光りに包まれた二人のシルエットは一つに重なった。
***
えっ!? タナカハナコ!?
銀色の光に包まれたタナカハナコとレイモンドが向き合っていた。
何故レイとタナカハナコが?
こんな所で二人で何を?
タナカハナコがレイモンドに向かって両手を伸ばすと、レイモンドも両手を伸ばした。
抱き合うつもりだ。
転生前の様々な事を回避して来たと言うのに。
今になって……
「 おいで……僕のティア 」
嫉妬のあまりに我を忘れたアリスティアは、レイモンドの声が聞こえない。
させるか!
タナカハナコに突進しようとして、ローブを翻しながらアリスティアは駆け出した。
鶏を追い掛けたり、クネクネした木と戦ったりしていた事から体力指数が増していた。
転生前は殆ど走る事などなかった高貴な令嬢だったが。
いや、歩く事さえなかった程で。
「 タナカハナコーっ!! わたくしの…… 」
レイから離れなさい!
……と、言おうとしとアリスティアは、レイモンドに抱き寄せられ。
ギュウウと抱き締められて。
そして口を塞がれた。
***
この日アリスティアは魔女の森にいた。
離宮の奥にある小屋に行ってから。
アリスティアはずっと誰かに呼ばれていた。
……ような気がしていた。
そして……
離宮の奥にある大木の下に行ってからは、何か違う感情が心の中に巣食っているようになっていた。
まるで誰かと共鳴しているかのように。
それは孤独。
悲しみ。
そして……
時には喜びであったり。
ここ何日か婆さん達はグレーゼ邸には姿を見せていなかった。
シェフも使用人達も寂しがっていて。
それはカルロスの一歳になる息子のダイアンも。
婆さん達が特に彼に何かをするわけではないが。
婆さん達が来ると、婆さん達の横にご機嫌で座っているのだ。
ムシャムシャと料理を食べる婆さん達の横だ。
婆さん達は自然を司る妖精。
小さな子供には心地よいものを感じるのだろうと、皆で話している。
ちょっと心配になったアリスティアは、シェフに作って貰った昼食を持って朝から魔女の森に向けて出発した。
鶏小屋の掃除もしたくて。
魔女の森に行くのは久し振りだった。
小さな橋を渡って魔女の森に入ると、アリスティアは驚いた。
木の数が明らかに少ない。
何時もならばササササと木々が道を作ってくれるのだが。
動かない木の横を通って歩いて行けば、あっという間に小屋に到着した。
「 変ねぇ。こんなに近かったかしら? 」
そして驚く事に、動く木達は湖の周りに集結していた。
そして……
湖の前で、不思議な現象に首を傾げているアリスティアの側に、リタがやって来た。
「 魔物が目覚めたかも知れんのう 」
「 えっ!? ま……魔物ですって? 」
思いもしない言葉に驚いて、アリスティアがリタの顔を覗き込むと。
フードに隠れ、垂れ下がった瞼から見えるリタの赤い瞳は、真っ直ぐに一枚岩を見つめていた。




