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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第四章

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不穏な光




 翌日の夜。

 カルロスとオスカーはご機嫌で帰宅して来た。

 アリスティアは義理姉のマリアと、甥っ子のダイアンと一緒に二人を出迎えた。


 ハロルドは今夜は泊まりがけだとカルロスは言う。

 日常の執務もかなりの激務だが、魔物の件も加わってやる事が山積みで。

 カルロスは妻子が来ている事から、ハロルドの配慮で泊まり込みはさせてはいないが。



 息子を寝かしつけたカルロスは、アリスティアの部屋にやって来た。

 手には、アリスティアの転生前と今の事を記録しているファイルを持って。


 兄妹でのミーティングも久し振りで。


「 今日はどんな素敵な事がありましたの? 」

 いつになくご機嫌な二人に、アリスティアはコポコポとお茶を入れながら聞いた。

 


「 いや~今日の議会は痛快だったな 」

「 流石は殿下だな 」

「 殿下? 」

 オスカーがレイモンドの事を殿下と呼ぶのは珍しい。


 同い年である二人は名前で呼び会う程の親友である。

 学園時代は、それこそ上限関係なしに、友として充実した3年間を過ごしたと聞いていた。


 5歳も年下のアリスティアとしては、オスカーを羨ましく思ったもので。

 ずっと同じ時を過ごしている事に嫉妬さえ覚えていたと言う。

 流石に今はそんな事は思わないが。



「 レイじゃないよ。ジョセフ皇子殿下の事だよ 」

「 まあ、ジョセフ皇子殿下も議会にいらしたのね? 」

 公務をしないジョセフに対して、レイモンドの側近であるオスカーは否定的だった。


 彼が公務を少しでもしてくれたら、レイモンドの仕事量も軽減されるのにと。



 この日の議会場にはジョセフがいた。


 最近のジョセフは議会場に参加する事が多くなっていた。

 以前は全く姿を見せなかったが。

 薬工場のプロジェクト関連の議題もある事からで。


 こんな風にジョセフがやる気になってくれている所も、ギデオンとしては手放しで喜んでいる所だ。



「 ジョセフ殿下にお伺い致します 」

 議会が終わろうとした時に、ニコラス・ネイサン公爵が議長に向かって挙手をした。


 議会場はジョセフがいると何時もと違う雰囲気になる。

 天才と謳われる彼には何もかも見すかれていそうで、迂闊な事を言えない雰囲気になるのである。



 そんなジョセフにニコラスは勇敢にも物申した。

 周りの者は、何を言い出すのかと戦々恐々としている。


「 離宮の庭園の奥の小屋で、殿下は禁忌の薬を作っておられましたか? 」

「 ……… 」

 ジョセフはニコラスの方を見やった。

 何時もながらの無機質な顔で。


「 それで? 」

「 事実でございますか? 」

「 ああ。そこでは()()を作った事もある 」

 ジョセフの毒薬発言に議会場はざわついた。


 隠そうとする訳でもなく、ヤバいという顔をする訳でもなく、彼は普通に毒薬を作ったと言ってのけたのだ。



 いきなりの自白にニコラスは一瞬躊躇した。

 しかし気を取り直して言葉を続けた。


「 殿下?それが罪になるのはご存知ですよね? グレーゼ宰相はどう思われますかな?流石に皇族であられても看過出来ないのでは? 」


 ジョセフにはびくついてしまったニコラスだが、ハロルドには勝ち誇ったような視線を送った。



 ハロルドは歯噛みをした。

 あれからニコラスと話をして、証拠がない事から不問にする事になっていたのだ。


 勿論、ギデオンにも報告済みだ。


 まさか昨日の今日で。

 それも皆がいる議会。

 一体どう言うつもりだと、ハロルドは怒り心頭だ。


 そして最悪な事に、ジョセフは自ら毒薬を作っていた事を白状したのだ。


 大臣や議員達は、事の成り行きを見守っているのか議会場は静まり返っている。



 ジョセフが目を眇るようにしてニコラスを見た。


「 何故罪になる? 私は科学者だ。科学者が禁忌の薬を作らないで、誰が禁忌の薬の是非を証明する? 」

「 えっ!? いや。しかし……」

「 愚問だ! 」

 ジョセフはニコラスを一瞥すると議会場を後にした。


 勿論、無機質な顔のままで。


 言われて見れば最もな事だ。

 科学者が毒薬を作らずして、それが毒薬だと言う事をどうやって証明すると言うのか。


 ジョセフ第一皇子は科学の第一人者。

 彼の研究の為に、禁忌の薬を作る事は何ら問題はないのである。



 ざわついた議会場は、ギデオンが片手を挙げると静かになった。


「 ニコラス! そなたは余に何をしたかったのだ? 」

 ギデオンがニコラスに問う。

 その顔の表情は悲しげだ。


 彼は……

 勿論ギデオンに忠誠を誓う臣下である。


 ただ。

 ニコラスにとっては、ギデオンのお気に入りのハロルドが憎かっただけで。

 同い年である彼が、誰よりも優秀な事が憎かっただけで。

 今回も、ハロルドの苦悩する姿を見たかっただけなのである。



「 いえ、陛下……私は……正義感で…… 」

「 もう、よい! 下がれ! 」

 しどろもどろになったニコラスは、ギデオンに深く頭を下げて議会場を後にした。


 皇帝陛下から失望されたニコラス・ネイサン公爵。


 彼は完全に失墜した。




 ***




 転生前での、ニコラスの企てを知るカルロスとオスカーは、あのままニコラスが引き下がるとは思ってはいなかった。


 きっと何か秘密裏に仕掛けてくるだろうと思っていて。

 しかしだ。

 まさか議会で進言するとは思っていなかった。


 そして……

 ジョセフに瞬時に論破されてしまった。


 それ故に、すごすごと退散したネイサンに()()()を浴びせまくりたいカルロスとオスカーだった。


 転生前の栄華は今生にはなかった。



「 ……と、言う訳だ 」

「 そう。……レイは?昨日は随分と心配をしてらしたわ 」 

 ニコラスの事なんか最早どうでも良い。


 あれ程の憎悪は今では感じられなくなっていた。



『 兄上は科学者だよ! だから何の問題もなかったんだよ 』と言って喜んでいたと、オスカーがレイモンドの口真似をしながら言った。


 何だかムカつく顔だ。



「 そう。良かったですわ 」

 安堵をしたと同時に、アリスティアは罪の重さを感じた。


 ジョセフが禁忌の薬を作る事に問題がないとするならば、小屋の存在を知られても構わなかったと言う事になる。


 昨日はレイモンドに消滅させた事を感謝されたが。

 あの小屋には、ジョセフの研究の全てがある事を考えても、消滅するべきではなかったのである。


 あの小屋にあった情報を失ったと言う事は、国家の損失になる考えたアリスティアは青くなった。



 翌日、アリスティアはカルロスとオスカーと一緒に登城した。

 小屋を消滅させた事の、事情聴取を受ける事となったのである。


 皇宮の応接室にはギデオンとハロルドと、そしてジョセフが座っていた。


 ギデオンとジョセフにカートシーをしたアリスティアは、ハロルドにソファーに座るように促された。



 アリスティアは一昨日の事を説明した。


 魔女度がレベルアップした事で小屋が消滅したのだと。


 ジョセフは小屋で毒薬を作っていた事は昨日に明らかにしていたが、この場でも媚薬の事は言わなかった。

 作っていたのは8歳の頃からだと言う事は勿論、それがミランダの指示であった事も。


 もう。

 小屋は消滅したのだ。

 勿論、アリスティアも何も言わなかった。



 事情聴取が終了するや否や、アリスティアはジョセフに謝罪をした。


「 ジョセフ殿下。申し訳ございません 」

 あの小屋にあったのは大事な書類でしたのにと言って、深く頭を下げた。


 ハロルドもアリスティアの隣で頭を下げた。

 それは親として。



「 気にするな!小屋の中の資料は私の頭の中に入っているから問題ない。わたしは天才らしいからね 」

 そう言ってジョセフは、少し顔を綻ばせながらアリスティアを見た。


「 それよりも、そなたの血液を調べたが…… 」

「 えっ!? それで……何か出ましたか? 」

 アリスティアはびくびくしながらジョセフを仰ぎ見た。



 ジョセフは吹いた。


「 出た? 」

 アリスティアの言った言葉がツボにハマったらしく、肩を揺らして笑っている。


「 あの……殿下? 」

「 出たよ。血の中には魔物が潜んでいた 」

「 えっ!? 」

 魔物?

 やっぱりわたくしは魔物?


 青ざめたアリスティアに、ジョセフは悪戯っ子のような顔をしていて。


「 冗談だ! そなたの血は人間と何ら変わりはなかった。至って我々と同じ血液だった 」

「 ……殿下はお人が悪いですわ! でも……良かった…… 」

 胸に手を当てて安堵するアリスティアの横を、ジョセフは通り過ぎ、そして部屋を退室した。


 それはとても楽し気に。



 今のは何だ?

 皇子殿下が冗談を言った。


 ハロルドは驚いた。

 あんな楽しそうな顔をする皇子殿下は見たことがない。


 不思議そうな顔をするハロルドの向こうでは、ギデオンもジョセフとアリスティアを見ていた。


 それはとても嬉しそうな顔で。



 そんなギデオンを見て……

 ハロルドは何だか嫌な予感がした。




 ***




 全く。

 ネイサンって何なの?

 あんなボンクラは見たことがないわよ。


 陛下の弱みを掴んだから、これからは上手く事が運ぶって言っていたのに。


 なのに。

 議会でその弱みを言ってしまったら元も子もないじゃない。

 それも、あの第一皇子の前で言うなんて……バカ丸出し。


 議会から戻って来たニコラスに事の顛末を聞いた。


「 もう、私は終わりだ……陛下から見切りをつけられた 」

 ニコラスはそう告げると、項垂れながら皇宮を後にした。


 その後直ぐに、タナカハナコは小屋のあった場所に向かった。

 何か弱味になるような物が残っていないかと思って。

 ボンクラニコラスには任せておけない。



 それにしても……

 あの三人の王子様達は何処へ行ったのかしら?

 色々と聞かれたから、私に興味があると思って話してあげたのに。


 コミケの事とか。

 コミケの事とか。

 コミケの事とか。


 私の事を知りたいのだろうと思ったから、得意分野を教えてあげたのに。

 あの三人は直ぐに席を立って何処かへ行ってしまったのだ。



 彼等が誰かを侍女に調べさせたら、シークレットゲストだと言う事が判明した。


 きっとお忍びで私を見に来た異国の国の王子様ね。


 待っていれば嫁にしたいと言って来るかも。

 でも。

 やはり私の本命はレイ様だわ。


 あの三人は声が変で、変な喋り方だったもの。

 ルックスは勿論だけど、やはり声も大事なチェックポイントね。


 その点レイ様は声も素敵だし。

 話し方も優しい。


 声を思い出しただけでキュンキュンする。



 そう言えば……

 あのジョセフ皇子も、今では全く会いにも来てくれなくなったわ。


 沢山の質問に答えてあげたのに。


 だけどジョセフの質問は、タナカハナコには難し過ぎた。


 スマホの仕組みなんか知らないし。

 水道とか電気やガスとかの話をしたら、何か難しい事を聞いて来るし。


 あんなものはボタン一つで出来るもんじゃないの?



 やはりヒロインはヒーロールートで進むしかないのよね。

 やはり私が目指すのは王道ルート。


 魔物が早く現れてくれないかな?

 レイ様と一緒に旅に出られるのに。



 そんな事を考えながら一枚岩の前を通り過ぎたタナカハナコは、小屋のあった場所の前にまでやって来た。


「 嘘ーっ!!! 」

 本当に小屋がなくなってる。


 小屋は跡形もなくなくなっており、地面もその辺一帯が更地のようになっているのである。


 確か昨日は周りの地面には草花も生えていたのだ。


 こんな事ってある?

 この世界にダイナマイトってあるのかしら?



「 ……キ…… 」

「 えっ!?誰? 」

 収穫がなかったから帰ろうとしたら、タナカハナコの耳に誰かの声が聞こえた。


「 えっ!?何なの?怖いんだけど 」

『 君子、危うきに近寄らず 』がタナカハナコの座右の銘。


 19年間それで何となく生きて来たのだ。


 なのに……

 タナカハナコは声がした薮の中に向かって歩いていた。


 何かに引き寄せられるように。



 やがて大きな木が目の前に現れた。


「 大きな木 」

 木を見上げながら木の下まで足を運ぶと、急に身体の力が抜けた。


 タナカハナコは地面に崩れ落ちた。



 すると……

 木の幹から銀色の光が現れ、倒れているタナカハナコの身体に入っていった。














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