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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第四章

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それぞれの確執




 アリスティアが離宮へ行った事を聞いたレイモンドは、急いで離宮に向かった。


 この日は朝から外出していて。

 帰城した時に、アリスティアが皇宮に来ている事を警備の者から聞いた。


 タナカハナコとのお茶会がなくなった事から、アリスティアは全く皇太子宮に来なくなっていて。


 ここ5日程は忙し過ぎて会えてはいない。



「 そう言えば、今日は魔力の調節をするから離宮に行くと言ってたな 」

「 離宮だと? 」

 それを早く言えとばかりに、レイモンドは手にしていた書類をオスカーに押し付けた。


「 えっ! 今から離宮に行くのか? 」

 沢山の書類の束を持っていたオスカーは、ヨロヨロとしながらレイモンドからの書類を受け取った。


 決裁書が溜まっているんだけど?と言うオスカーの圧がレイモンドに突き刺さる。


 それは分かってはいるが。

 アリスティアが離宮にいるとなると、それをスルーする訳にはいかない。


 オスカーには直ぐに戻ると言って、レイモンドは上がったばかりの階段を駆け下りて行った。



 全く……

 離宮に行く時は、僕も一緒だと約束していた筈なのに 。


 兄上と会うかも知れないと思うと、気が気ではならなかった。

 それは昔から。


 ジョセフにアリスティアを取られるかも知れないと言う思いが、レイモンドにはある。

 それはジョセフに対するコンプレックスからなのだが。


 特に最近のジョセフを見ていたら、アリスティアに好意を持っている事は確か。

 あれ程無機質な顔をしていた彼が、アリスティアといる時だけは頬を緩めているのだから。


 ジョセフがアリスティアを妃にと求めたのならば、ギデオンはきっと彼の望みの通りにするだろう。


 一度は断ったと聞いてはいるが。



 そう。

 昔からギデオンはジョセフには甘かった。

 神童ジョセフは、ギデオンの自慢の息子だったのだ。


 それは大人になってからも。


 彼が公務をしないのを容認しているのがその証拠だ。

 研究をしているからと言って、成人皇族が公務をしないのはあってはならない事なのだ。


 今回ジョセフが薬工場のプロジェクトを引き受けた時には、ギデオンが大層嬉しそうな顔をしたのは皆の知る所だ。



『 陛下のお気に入りはジョセフ第一皇子 』

 それは皇宮の誰もが感じている事だった。


 ギデオンとジョセフのそんな関係性に危機感を覚えたからこそ、クリスタがレイモンドに対してより完璧を求めたと言う訳だ。


 レイモンドも勿論優秀だ。

 だけど天才には勝てない。

 それはどうしても。



 一枚岩のある場所にアリスティアがいると思い、レイモンドは離宮の庭園の小路を歩いて行った。


 綺麗に整備された庭園の小路から、やがては鬱蒼とした木々が生い茂る小道に変わって行く。


 逸る気持ちを抑えきれない。

 魔女のアリスティアに会えると、胸をときめかせながら。

 魔女になったアリスティアは、それはそれは妖艶になる。

 見る者全てが恍惚とする程に。


 ギデオンがアリスティアの魔力を確認したいと言ってはいるが。

 何やかんや理由を付けて先伸ばしにしている。


 あの姿は誰にも見せたくはない。

 ティアは僕だけの魔女であれば良いと。



 しかし、一枚岩の近辺にはアリスティアはいなかった。

 硬い岩が形を変えている事から、ここで魔力の練習をしていたのは間違いない。


 本当に凄い魔力だと改めて感嘆する。

 熊を木っ端微塵にしたのも頷ける。



 もう、ここにはいないかもと思いはしたが。

 少し近辺を探してみようと獣道のような小道を進んだ。

 すると、小さな小屋が見えて来た。


「 こんな所に? 」

 魔女の森のリタの小屋みたいだと思いながら、そーっと小屋に近付いた。


 小屋の周りにある地面には、知らない草花が生えていた。

 まるで畑のように。


 益々リタの小屋みたいだな。

 また、ティアが鶏を抱えて現れるかも知れない。


 レイモンドがクスリと笑うと、小屋の中からアリスティアの可愛らしい声がした。



 誰かと話をしているみたいだ。

 一緒にいるのは誰だ?


 開けられたままの戸口からこっそりと中を覗いた。


「 殿下は、ここは何時から利用しておられるのですか? 」

「 ……8歳の頃からかな…… 」

「 えっ!? 8歳ですか? 」

「 そう。私は生まれた時から天才だったらしいからね 」


 アリスティアと一緒にいたのはジョセフだった。


 それは一番あってはならないシチュエーションだ。

 彼は机の前で何やら本を見ていて、アリスティアはその後ろでジョセフの話に耳を傾けていた。


 何かを考えているようなアリスティアは、何気に瞳をキラキラとさせいる。



「 私はね。()()()を喜ばせる為に、何を作らされているのかも知らずに、ここで禁忌の薬を作らされていたんだ 」


 中に入ろうとしたレイモンドは、ジョセフの話す衝撃の内容に足が止まった。


 禁忌の薬って何だ?

 8歳の子供に作らせていた?


「 私はレイモンドが羨ましかったよ 」


 僕が羨ましい?

 何故?

 羨ましいのは自由に生きている兄上なのに。



「 クリスタ妃は厳い母親だったかも知れないが、 あの女は……あの女は母親ではなくずっと()だった……()()を使ってただただ男を待つだけのね 」

 吐き捨てるようにジョセフは言った。



 ()()だと?

 ミランダ妃は兄上に()()を作らせていたのか?


 それは何の為に?と問わずとも、レイモンド《《も》》分かってしまった。


 ミランダ妃は、幼い兄上にこの小屋で()()()()を作らせ、父上に飲ませていた事を。


 

 レイモンドがまだ幼い頃。

 朝の支度を終えると、皇太子である父と皇太子妃である母の部屋へ挨拶に行く事が1日の始まりだった。


 父の部屋に行くと、父がいない事を侍女から告げられ、その後に隣にある母の部屋に行くと、肩を震わせて忍び泣いていた母の姿を、レイモンドは覚えている。


 そんな日の母が何時になく厳しかった事も。



 大人になりその意味が分かった時。

 自分は決して側妃を持たない事を決めたのだ。


 アリスティアを母上のように泣かせる事はしないと。


 未来永劫アリスティア唯一人を愛する事を。




 ***




 クリスタとミランダの事件は、ジョセフを更に失望させた。

 勿論それは、自分の母親に対してだ。


 本当にとんでもない女だと。


 幼い息子に禁忌の薬を作らせていただけではなく。

 自分が側妃になる為に、正妃に避妊薬を飲ませていたのだから。



 あの時。

 偶然にもジョセフは現場に居合わせていた。


 ダイニングでの食事を終えて部屋に戻る時に、ミランダと侍女達が大きな声で話をしているのを、聞いてしまったのだ。


 そこにクリスタもいた事は勿論知らないが。


 侍女達がガゼボに行き辺りが静かになり、立ち去ろうとした時に、クリスタとミランダの言い争いが始まったのである。


 最初から二人の諍いを一部始終を見聞きしていたのはジョセフ。

 宰相ハロルドからの事情聴取には、二人の諍いの事は何も知らないと言ったが。



 あの事件の後。

 クリスタを訴えると豪語していたミランダを、引き下がらせたのはジョセフだった。


 10年ぶりにミランダの部屋を訪れたジョセフに、心配して来てくれたのだと、嬉しそうに駆け寄ったミランダだったが。


 ジョセフの凍てつくような視線に固まった。


「 皇后は未遂で終わりました。それよりも貴女が私にさせていた事の方が重罪です 」

「 ジョセフ?お前は母を脅すのですか? わたくしが皇后になれるチャンスなのですよ。わたくしが皇后になれば、貴方も皇太子になれる筈です。貴方の方がレイモンド皇子よりも皇太子に相応しいわ 」


 クリスタはジョセフの手を握った。

 しかし。

 ジョセフはそれを払い除けた。


「 大罪人は私の母ではありませんし、大罪人は皇后に相応しくはありません 」

 騒ぎを起こさずに、このまま静かにお暮らし下さい と言って、ジョセフはミランダの部屋を後にした。



 ジョセフは分かってしまったのだ。

 母親が父親の関心を得る為に、媚薬を使わなければならなかった理由を。


 あの時。

 父親が真っ先に駆け寄ったのは、クリスタの所だったのだから。



「 哀れな女 」

 ジョセフは独り言ちた。


 幼い頃。

 あれ程恋しかった母の手。

 それはとても小さな手だった。




 ***




 レイモンドとアリスティアが仲良く手を繋いで歩く後ろ姿を、ジョセフは見つめていた。


 この二人もまた、幼馴染みなのだと思いながら。



 自分の父親と母親の悲恋はミランダの侍女から聞かされていた。

 幼馴染みだった二人が婚約寸前に引き裂かれた事も。

 その理由がミランダの親類に犯罪者がいたからだと言う事も。



 愛し合う二人の引き裂かれた愛。

 しかし時を経て、二人は真実の愛で結ばれた。

 横恋慕をしているのはクリスタ妃。


 離宮の侍女達はそんな風にジョセフに言っていた。

 悪いのは全てクリスタ妃なのだと。



 最早、そんな事はどうでも良い。


 母親と絶縁してからは、研究に没頭するジョセフだったが。

 現実は思いも知らない方向に動き出した。


 アリスティアの病気を理由に、レイモンドとアリスティアの婚約が解消されたのだ。

 彼女が生まれた時から()()()()()()()()()()二人があっさりと。


 だからといって自分とアリスティアを結婚させようとするギデオンに、ジョセフは違和感しかなかった。


 自分も幼馴染みの母と引き裂かれたのではないのかと。



 アリスティアのレイモンドへの愛は、世間に興味を持たなくなっていたジョセフでさえも知っていた。

 横恋慕してくる女達を戒める彼女の痛快な武勇伝も。


 弟をあれ程までに愛する女を自分の妃にはしたくはない。



 そして……

 レイモンドもまた彼女を愛していると知ったのは、離宮に迷い込んだ彼女に接触した時。


 小さな彼女の頭を撫でようとしたら、直ぐに抱き上げたあの時の、レイモンドの顔は正しく嫉妬の顔。


 ジョセフは10歳の弟に漢を見たのである。

 何時もは女みたいに柔らかで美しい皇子に。



 あの時と同じだな。

 きっと必死で探し回っていたのだろう。


 クスリと笑ったジョセフは、こんな所までやって来たレイモンドの後ろ姿を見つめていた。


 それは兄としての眼差し。



 そんな三人の様子を盗み見ている者がいた。

 それはタナカハナコ。

 窓の下にしゃがみ込んでいる。


 皇太子宮を出て、1人で駆けて行くレイモンドを見付けて追い掛けて来たのである。

 何時もは、オスカーや侍従や騎士達が周りにいる事から近付けない。


 これはチャンスだと思って。


 ニコラス・ネイサン公爵からは、何か弱みを握れないのかと言われていて。



「 媚薬と言った? 何か……凄い事を聞いちゃったかも。ネイサンに報告しなくっちゃ! 」

 何だかよく分からないけれども、ここで媚薬を作っていた事は間違いない。


 悪役冷静はここで退場してもろて。



「 それに皇子兄弟との三角関係も間違っているわ。それって本当は私でなければならないんじゃないの? 」

 イケメン皇子兄弟はヒロイン()を巡って骨肉の争いを繰り広げるものよ。


 結局は第一皇子よりも第二皇子のレイ様が私の前で跪いて、プロポーズをするんだわ。


 邪魔な悪役令嬢は、きっとあの第一皇子の妃になる筈。

 レイ様と悪役令嬢は既に婚約を解消してるのだから。


 うんうんと頷いて、タナカハナコは自分の考えを肯定した。

 これが正しい物語なのだと。



 ジョセフが小屋を離れた事を確認したタナカハナコもまた、急いで小屋を後にした。


 ニコラス・ネイサン公爵邸に向かう為に。


















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― 新着の感想 ―
ヒラメ顔め、ろくな事をしないなぁ。 そのうちヒラメ顔がもっと平たくなってしまえばいいのに、と、願っています。
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