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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第四章

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秘密の薬

 



 ガチャンッ!!


 ジョセフの姿に驚いたアリスティアは、手にしていたファイルを机の上に落とした。

 その時、ファイルがフラスコに当たり、床に落ちたフラスコがガチャンと音を立てて割れた。


「 ジョセフ殿下……無作法を申し訳ございません 」

 アリスティアは慌ててしゃがみ込み、割れたフラスコのガラスの破片を拾おうと手を伸ばした。


「 ッ…… 」

 その時。

 ガラスの破片で指先を切ってしまった。


 指先に赤い血が滲む。


「 待て!拭かないでくれ 」

 アリスティアハンカチを取り出すと、ジョセフがそれを止めた。


魔女の血液(そなたの血液)を調べさせて欲しい 」

 アリスティアの側に足早にやって来たジョセフは、棚を開けて中から小皿とスポイドを取り出した。


 迷う事なく器具を取り出した所為から、この小屋はジョセフが利用していたのだと言う事が分かる。



 アリスティアの指先で玉になった血を、器用にスポイドで救いそして小皿に垂らして蓋をした。

 続けて棚から木箱を取り出し、中に入っていたガーゼをアリスティアの指先に当てて、その上から包帯を巻いた。


 それはとても慣れた手つきで。

 彼が()()だと言う事も分かってしまった。


 学園の特進クラスには、科学のクラスと薬学のクラスと医学のクラスがある。

 天才と謳われる程の頭脳の持ち主であるジョセフならば、全てのクラスを学んでいても何ら不思議ではない。


 医学のクラスを卒業すると医師の資格が得られるのだから、彼が医師免許を持っている事は間違いない。


 その後、立て掛けてあった箒と塵取りでジョセフは床に散らばったガラスの破片を丁寧に掃除をした。

 アリスティアがすると言ったのだが、科学の研究では散らかした物を自分で掃除をするのだと言って。


 皇子様と箒。

 魔女と箒はセットだが。

 全然似合わない光景にアリスティアはクスクスと笑った。



「 さて。聞きたい事は? 」

「 ……この小屋はジョセフ殿下がご利用なさっているのですよね? 」

「 ああ。ここは私のアジトだよ 」

 もう、永くは使ってなかったと言って。


 ここに訪れた理由は、薬工場のプロジェクトの責任者に任命された事から、ここにある医学書やファイルを取りに来たのだと。



「 まさか、そなたがここを知っているとは思わなかったけどね 」

「 勝手に入って申し訳ございません 」

 アリスティアは深々と頭を下げた。


「 これ。調べさせて貰っても良いよね? 」

 ジョセフはアリスティアの血の入った小瓶を宙に上げ、ユラユラと揺らした。


「 ……はい 」

 魔女について調べて貰えるのならば願ったり叶ったりだ。

 アリスティア自身も魔女の正体が分からないのだから。


 魔女は人間の突然変異。

 もし、血に何か特殊なものが見付かったらどうしょうかとドキドキするが。



「 殿下は、ここは何時から利用しておられるのですか? 」

「 ……8歳の頃からかな…… 」

「 えっ!? 8歳ですか? 」

「 そう。私は生まれた時から天才だったらしいからね 」

 そう言ったジョセフは、戸棚の奥にある分厚い医学書を取り出し、そしてパラパラとページを捲り出した。


「 私はね。()()()を喜ばせる為に、何を作らされているのかも知らずに、ここで禁忌の薬を作らされていたんだ 」

 ほらと言って、ジョセフは開かれたファイルをアリスティアに見せた。


 言われてみれば子供の字だった。

 丁寧で綺麗な字だったから気付かなかったが。



 子供に()()を作らせる()()()とは?


 いや。

 ジョセフに質問しないでも分かってしまった。


 ()()()とはミランダ妃の事だ。

 ミランダ妃が、僅か8歳のジョセフに()()を作らせていたのだ。


 何の為に……と思ったが。


 あの事件があった後の今ならば、その理由も何だか分かるような気がした。

 そこには永く続いた正妃と側妃の確執があったのは間違いない。



「 私はレイモンドが羨ましかったよ 」

 何時ものように無機質な顔でいながらも、ジョセフはアリスに話を続けた。


 レイが羨ましかった?

 レイは兄上が羨ましいと言っていたわ。


『 ミランダ妃が兄上に厳しくないのは、それだけ兄上が優秀だからで、僕は優秀でないから母上が目を光らせているんだ 』

 在りし日のレイモンドがそう言って、悲しそうな顔をしていたのをアリスティアは覚えている。



 ジョセフは更に話を続ける。

 何時もは多くを語らないジョセフにしては珍しく。


「 クリスタ妃は厳い母親だったかも知れないが、 あの女は……あの女は母親ではなくずっと()だった……媚薬を使ってただただ男を待つだけのね 」

 それは吐き捨てるように。


 冷たい無機質な横顔に、アリスティアはどんな言葉をかけて良いのか分からなかった。



「 あの…… 」

「 迎えが来てる。もう行きなさい 」

「 えっ? 」

 フッと眉尻を下げ、柔らかな顔になったジョセフは、開けられたままの戸口に視線を移した。


 もっと色々と聞きたい。

 だけど、皇族としての彼の雰囲気がそれを許さない。


「 では……失礼致します 」

 ジョセフにカーテシーをしたアリスティアは戸口を出た。


 そこには……

 柱に凭れて腕を組んでいるレイモンドがいた。




 ***




 それはジョセフが8歳になったばかりのある日。


「 母上が?僕を? 」

 侍女からミランダ妃がお呼びですと告げられたジョセフは、読んでいた本から頭を上げた。


 その顔はパァッと華やいだ。

 ミランダがジョセフを呼ぶ事はあまりない事で。


 侍従と侍女も嬉しそうにしていて。

 逸る気持ちを体中に表しながら、ジョセフはミランダの部屋の扉をノックした。


「 母上!ジョセフです 」

 ジョセフは何時もミランダに会う時は緊張した。


 クラパットが歪んでいないかを侍女に確認させたりとしながら、返事を待った。



「 お入り 」

 その声は柔らかな声。

 部屋に入ると、そこには機嫌の良さそうな母親がいた。


 お茶を出した侍女達を下がらせたミランダは、緊張した顔でちょこんとソファー座るジョセフに、何かを渡した。


「 これを作る事が出来るかしら? 」

 渡されたのは何かが書かれた一枚の用紙。


「 これは……薬の調合ですか? 」

「 やはりお前は直ぐに分かるのね。流石は陛下の御子だわ 」

 ミランダはジョセフの頭脳に喜んだ。


 紙に目をさらりと走らせただけで、そこに書かれてある事が薬の調合の仕方だと分かったのだから。

 皆の言う通りの天才だと。



 この日。

 ジョセフはミランダと一緒に庭園への散歩に行った。

 母親から散歩に誘われたのは初めてだ。

 勉強熱心なジョセフは、1日の大半を皇宮の図書館で過ごしていた。



 母親と二人だけでの庭園の散歩。

 手を繋いで欲しかったが、流石にそれを言うには最早二人の距離は開き過ぎていた。


 それでも長い小路を、二人で歩く事が嬉しくてたまらなかった。



 連れて行かれた所は、鬱蒼とした木々の向こうの一枚岩のある場所の更に奥。


 そこには古い小屋があった。


 中は何もなくガランとしていて。

 以前は庭師達がここを休憩場所にしていたが、もっと便利な手前に大きな小屋が建てられた事から、

 何時しかこの小屋の存在も忘れられた。

 庭師達が代替わりをした事もあって。



 そこでジョセフは、ミランダからある薬を作る事を頼まれた。

 必要な薬草を種から育てる事からの。


「 これはわたくしとジョセフ皇子の()()()()()()()ですよ 」

「 ……はいっ!」

 ジョセフはドキドキしながら返事をした。


 ()()()()()()()

 そう言われた事が嬉しくて。



 そうして()()()()が出来上がったのは一年後。

 材料さえ揃えば、天才ジョセフとしては簡単な事だった。


 ミランダに小瓶を渡すと彼女は喜んだ。


「 有り難う。貴方はわたくしの自慢の皇子ですわ。 またお願いしたら作って頂戴ね 」と言って、ジョセフの頭を撫でた。


 初めて母親に頭を撫でられた。

 周りからは天才だと言われ、神童だと誉めちぎられていても。

 母親から頭を撫でられた事が、ジョセフは堪らなく嬉しかった。



 楽しい毎日だった。

 母親に有り難うと言われる為に、彼はそれからも離宮の奥にある小屋に通いつめた。


 元から本を読み出すと何時間も一人で部屋にいた事から、こっそりと小屋に行っていても誰にもバレなくて。

 他の薬剤も作ったりして。

 ジョセフは薬剤作りにのめり込んでいた。



 暫くして先帝が身罷った。

 国中が喪に服す事になり、ジョセフも小屋に来る事はなくなった。


 皇太子だったギデオンが新皇帝に即位をし、皇太子妃だったクリスタが皇后になった。

 ギデオンとクリスタとレイモンドは皇太子宮から皇帝宮に移り、ギデオンの御代が始まった。


 しかしだ。

 側妃は側妃。

 側妃の子は側妃の子のままで。

 国民は新皇帝に熱狂し皇宮の全てが変わったが、離宮での生活は何も変わらなかった。



 この頃から、第一皇子と第二皇子の世継ぎ争いの声が激しくなり、ジョセフは皇太子になりたいと言う思いが強くなった。


 第一皇子ジョセフ・ロイ・ラ・ハルコート。

 第二皇子レイモンド・ロイ・ラ・エルドア。


 ギデオンの御代になると、正妃の御子であるレイモンドと、側妃の御子であるジョセフの違いかあからさまになった。


 同じ父を持ち、自分は第一皇子だと言うのに、エルドアを名乗れない理不尽さに憤りを感じた。



 エルドアを名乗りたい。

 この離宮から離れて皇太子宮に住みたい。


 当然ながら母親であるミランダも、ジョセフを皇太子にしたいと願っているのだと思った。


 クリスタがそうであるように。


 自分の産んだ皇子を皇太子にしようとするクリスタは、レイモンドにスパルタ教育をしていた。

 勉強に励むレイモンドの傍らで、刺繍をしているクリスタの姿をジョセフは見ていたのだ。


 たまに……

 そこにはレイモンドの小さな婚約者アリスティアがいる姿もあった。


 そこにギデオンがいた時には驚いた。

 皆がレイモンドを中心に笑っていて。


 離宮に来たギデオンから呼び寄せられ、話をしていてもジョセフは直にミランダから部屋を追い出されていたのだから。



「 母上! 僕は皇太子になります!その為に励みます」

「 そうね。期待してるわ 」

 そうは言ってくれたものの。

 ミランダがジョセフに何かをする事はなかった。


 二人は滅多に会う事もなく。

 彼を部屋に呼び寄せる時は、新しく秘密の薬を催促する時だけだった。


「 ちょっと効き目が薄くなったから、もう少し強くは出来ないかしら? 」

 何度も使っていたら効き目がなくなるのねと言って。


 母親を喜ばせたい。

 ジョセフは更に強い()()()()を作る事に没頭した。



 この頃のジョセフは、皇太子になる為に政治や経済の勉強もしていた。

 騎士団に入り、剣の訓練にも精を出した。


 何でも簡単に出来てしまい、苦労をしている弟のレイモンドが気の毒になる位に。


「 彼が皇帝になれば我が国は繁栄するに違いない 」

 ジョセフ第一皇子が皇太子に相応しいのでは? と、周りからは言われていた。



 そんな彼が変わったのは、学園に入学して直ぐの頃。

 天才ジョセフは当然ながら特進クラスに進み、医学と薬学を学んだ。


 そして……

 禁忌の薬の授業の時に彼は気付いたのである。


 母親に作らされていた薬剤が()()であった事を。


 思春期真っ盛りのジョセフのショックは計り知れないものだった。


 母上は僕に禁忌の薬を作らせていた。


 そこまでして、媚薬を使ってまで、父上の寵を得たかったのかと。


 そう言えば父上が来ると、自分が作ったあの薬の匂いが微かに漂っていた。


 追い出された母上の部屋からも。

 時には庭園に面した窓から、風に乗って。



 その意味を知ったジョセフはこの時から変わっていった。


 父親に失望し、母親を軽蔑した。

 両親には嫌悪感しか感じられないようになったのだった。

 自分の部屋と学園の研究室へ行く毎日となり、やがて研究室に籠る事が多くなった。


 誰にも打ち明けられない心の痛みは彼の心を蝕み、世継ぎ争いなど虚無に過ぎないものになっていた。



「 また()()()()を作って頂戴 」

「 私は()()を心底軽蔑します 」

 それがジョセフがミランダに発した最後の言葉になった。


 ミランダからの呼び出しは勿論スルーし、ギデオンからの呼び出しにも無機質な顔で応じるだけで。


 彼は誰とも関わりを持たなくなっていった。



「 第一皇子は病んでいるのではないか? 」

「 人と関わらないようでは皇太子には相応しくない! 」

「 第二皇子に期待しよう 」


 16歳の成人になったレイモンドが、その風貌もさる事ながら、持って生まれた快活な性格もあって、人脈を固めたりとめきめきと頭角を表して来た事もあって。


 そして……

 ジョセフが21歳の時に、第二皇子のレイモンドが皇太子に冊立された。


 レイモンドが18歳の時だ。



 それからジョセフは研究に没頭するようになり、その姿は社交界から完全に消えた。

 姿を見かけても、感情をなくしたような無機質な顔をしていて。


 そんな彼が、少し楽し気な顔をするようになるのは、もう少し先の話。















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