閑話─皇子様の苦悩
聖女のお披露目舞踏会のその後の皇子様はすこぶるご機嫌だった。
それは……
ずっと心に巣くっていた泥々な嫉妬が消えたから。
魔女の森で会ったあの三人の男達が、リタ、ロキ、マヤの変身した姿だったと言う事が分かったからで。
良かった。
こんな事なら、もっと早くあの三人の男達の事を聞けば良かったと苦笑した。
そして、アリスティアがタナカハナコに言い放った言葉を思い出しては、顔が綻んでしまうのを抑えられなくなっていた。
『 わたくし達は恋人同士よ!好きな男が他の女に触られるのを許す程に、わたくしの心は寛容ではありませんわ! 』
皆の前で恋人同士恋人同士と言ってくれた。
好きな男だとも。
アリスティアとダンスを躍りながら、何度も何度もその言葉を噛み締めては、アリスティアの頭にそっと唇を寄せた。
その時にふと、レイモンドにある疑問が湧き上がった。
じゃあ?
ティアのファーストキスの相手は誰なんだ?
レイモンドとアリスティアが初めての口付けをしたのは、クリスタ皇后の誕生日を祝う舞踏会の時だ。
あの時。
アリスティアの瞳の色は赤く光り、髪は空中に向かって逆立ち始めた。
魔女になったアリスティアをレイモンドは庭園に連れ出した。
その時、アリスティアに突然にキスをされたのだ。
それは魔力を調整する為のキス。
分かってはいたが、夢中になってアリスティアの唇を堪能した。
二人の初めてのキスだと言うのに、今まで抑えに抑えて来た男の欲望をぶつけられ、アリスティアはさぞかし驚いただろうと反省した。
『 ティア……初めてのキスだったのにごめん 』
『 大丈夫よ。初めてじゃないから 』
『 大丈夫よ。初めてじゃないから 』
『 大丈夫よ。初めてじゃないから 』
アリスティアの言った言葉が頭の中でぐるぐると。
やはりアリスティアは、自分以外の誰かとキスをしていたのだと言う恐ろしい考えが、頭の中を支配する。
ずっと女達に言い寄られても阻止して来た。
裸の女に抱き付かれたり、アリスティアに似た女に抱き付かれてキスをされそうになっても。
自慢じゃないけど24年間無傷だ。
それはロマンチックなシチュエーションを思い描いていたからで。
二人の初めての口付けは……
海の音を聞きながらが良いのか、雪の降る夜が良いのかと。
ずっと兄妹のように過ごして来た二人だから、ファーストキスをするには特別な何かが必要だと思って。
そんなシチュエーションとは違ったが、確かにあの時が二人の初めてのキスだった。
『 大丈夫よ。初めてじゃないから 』
しかしアリスティアは違ったのだ。
アリスティアが自分以外の男を好きになるなどあり得ない事。
それは万が一にも。
魔力の調整でないならば、一体誰とキスをした?
ダンスが終わり、アリスティアはレイモンドの前でカーテシーをしている。
「 ティア…… 」
「 ? 」
なあにと、頭を傾げるアリスティアが可愛らしい。
もういい大人なのに、ファーストキスが誰だとかを気にするのもどうかと思う。
5歳も年下のアリスティアに、みっともない事を言いたくない。
何時でもアリスティアの素敵な皇子様でいたい。
「 いや、何でもない 」
レイモンドは聞きたい思いを押し留めて、アリスティアの手の甲にキスを落とした。
アリスティアのファーストキスの相手は勿論レイモンドだ。
それは転生前なだけで。
だからアリスティアは、何の躊躇いもなくレイモンドに、このキスは初めてじゃないと言ったのだ。
勿論、自分だと言う事を知らないレイモンドは、新たなる苦悩を抱えてしまったのだった。
次話から第四章です。
いよいよクライマックスに向かいます。
この続きも宜しくお願いします。
読んで頂き有り難うございます。




