閑話─使用人達総出で
皇太子宮の使用人達の殆どは、レイモンドが皇太子に冊立され皇太子宮に住まいを移した時に、共に皇帝宮から皇太子宮勤務になった者達だ。
レイモンドの側近であるオスカーが、皇太子宮の管理運営を担い、皇太子宮の侍女頭に就任したロザリーが使用人達をまとめて来た。
後は皇太子妃を迎え入れるだけで。
使用人達は皆、婚約者であるアリスティアが入内してくる事をずっと心待にして来たのである。
その後色々とあったが。
まさか……
アリスティア以外の女性を、この皇太子宮に迎え入れる事になるとは誰もが思わなかった事である。
婚約解消をしても変わらずにアリスティアを愛するレイモンドを、使用人達は見て来たのだ。
この皇太子宮に住む女性は、やはりアリスティア様以外にはいないのだと確信して。
以前よりも熱い眼差しで、アリスティアを見つめる主君にキャアキャアと言いながら。
異世界から聖女が現れた夜。
会議室から彼女を連れて来たレイモンドが、使用人達を集めて告げた。
「 彼女は世界を救う大切な存在だ。誠心誠意尽くすようにしてくれ!聖女の世話はロザリーに一任する 」
ロザリーに聖女の世話を任せると言った事で、聖女がそれだけ大事な存在である事を、皇太子宮の使用人達は理解した。
侍女頭であるロザリーは、レイモンドの乳母でもある事から、レイモンドには特別に大事されている女性なのだから。
聖女は黒髪に黒い瞳の異世界の人間。
黒いローブの間から足が見えるのは短いドレスを着ているから。
この世界ではあり得ない格好をした少女を前にして、彼女は異世界から来た異質な生き物。
レイモンドの腕にしがみついて、オドオドとしている小さな少女を見ながら、主君の言うとおりに誠心誠意尽くす事を決意した。
アリスティアと同い年だと聞いた事から尚更に。
それからは言葉の壁と戦いながら皆は張り切ってお世話をした。
何時かアリスティアが入内して来た時の予行演習も兼ねて。
何かと聖女を気遣い、優しく我が儘を聞いてあげている我が主君と同じ様に。
しかし。
そんな聖女が一人の女だと気付くには、そんなにも時間が掛からなかった。
レイモンドに向けられる視線。
甘えたような声。
同情を引くような嘘泣き。
レイモンドとの近過ぎる距離。
これは我が主君に恋をした女の所為。
不細工だから分かりにくいが。
アリスティアが、聖女の教育係兼話し相手になっている事もあって、ロザリーは完全に油断していた。
そして……
我が主君は、誰もが一目で恋に落ちる程の美貌の皇子様なのだと言う事実を、考えなかった事を後悔した。
これではいけない。
若い男女が同じ屋根の下にいるのだから、気を付けなければならないと思っていた矢先。
あの朝の……
レイモンドが朝食中のダイニングに、聖女が乱入すると言う事件が起きたのである。
聖女の専属侍女であるメリッサから聞いた話では、『朝食を共にする意味』を聖女に聞かれて、彼女は丁寧に教えたのだと。
ただ。
まだ意志疎通が出来ない聖女には、上手く伝わらなかったのだろうと言う事になったのだが。
ロザリーとしては、それで終わらせる訳にはいかなかった。
聖女から朝食を一緒に食べたいと言われれば、レイモンドはそれを断る事は出来ない。
だからあの朝も一緒に朝食を共にしていた。
ただ。
あの場には既に珍客がいたから、二人で朝食とはならなかったのだが。
優しいレイモンドは、皇子としても男としても女性に恥をかかせる事をしない。
いや、出来ないのだ。
彼は女性が怖いのだと言うのは、侍従のマルローだ。
母親には強いたげられ、幼い頃から女性に言い寄られて来た彼は、女性が苦手なのだと。
だから優しいのだ。
だから優しくするのだ。
勿論、それはマルローの分析に過ぎないのだが。
レイモンドが心底心を許せる女性は、アリスティアだけだと言う事は、ロザリーも思う所である。
そんなレイモンドの壁になって、懸命に守って来たのがアリスティアだ。
いや、壁ではない槍だ。
言い寄って来る女を突きまくる槍。
「 アリスティア様がいないこの皇太子宮では、わたくし達が殿下を守らなければなりませんわ! 」
この日からロザリーは皇太子殿下包囲網を敷いた。
レイモンドからも、近い内に聖女を皇帝宮の客間に移したいと言う要望もあった事から、それまでは頑張ろうと。
だだ、責任を持って聖女を庇護すると言っていた手前、いきなり住まいを変えるとなると、何かあったのかと邪推される事になりかない。
なので暫くは皇太子宮に滞在させる事になったのだった。
国民間では、皇太子殿下と聖女のロマンスの噂が広がっているのだから。
ロザリーは皇太子宮の全使用人を集めた。
「 殿下を聖女様からお守りする為に、お二人が接触しないように尽力願います! 」
「 はい! 」
「 それは殿下に妙な噂が流れるのを防ぐ為です! 」
「 えいえいおーっ!!! 」と鬨を上げた使用人達は、一致団結をして皇子様包囲網を敷いた。
聖女の侍女であるメリッサから聖女の行動を聞き、皆がレイモンドと鉢合わせをしないようにと、見えない壁を作った。
偶然を装おうとして、やたらと皇太子宮を歩き回る聖女と、レイモンドがニアミスしそうになった事も多々あったが。
皇太子宮の使用人達は……
今日も朝から全力で、異世界から来た妙な女から主君を守っている。




