解けた誤解
大広間を後にしたレイモンドとアリスティアは……揉めていた。
それも、今までにない位にガッツリと。
そもそも年齢が5歳も離れている事から、あまり喧嘩などした事のない二人である。
「 すまなかった 」
「 …… 」
「 僕の考えが足りなかった 」
「 …… 」
「 ごめん 」
「 …… 」
「 ティアぁ…… 」
何とかアリスティアに機嫌を直して貰おうと、レイモンドは必死で謝罪をしていた。
しかしアリスティアはずっとツーンとしたままで。
その無言の圧力が、かなり怒り心頭なんだろうと推測される。
どうやったら機嫌を直してくれるのかと。
アリスティアを庭園の椅子に座らせると、自分もその横に座った。
何時もの嫉妬ならば、相手をやり込める事でスッキリとして、こんな風に何時までも尾を引くアリスティアではないのだが。
レイモンドが再び話し掛ける前にアリスティアが口を開いた。
「 ねえ?レイ。わたくしにドレスを贈って来たと言う事は、わたくしがこの場にいる事は分かってたのよね? 」
「 …… 」
「 わたくしの前で、タナカハナコとチークダンスを踊るつもりだった? 踊りたかったの? わたくしが余計な事をした? それともわたくしに嫉妬をさせたかったのかしら? 」
レイモンドはアリスティアの畳み掛けて来る口撃を初めて食らった。
こんなに凍り付く様な美しい顔で、正論を矢継ぎ早に捲し立てられたらドギマギとしてしまう。
女性達は兎も角、他の男には絶対にして欲しくないと思ってしまう程に。
「 あの場でタナカハナコと踊るのは違いますわよね? 貴族だけでなく、国民達が聖女のお披露目を心待にしている時に踊るダンスではありませんよね? 」
「 ああ。僕の考えが足りなかった。君があの場で言及しなければ、僕はハレンチな皇子になっていた 」
レイモンドが真剣な顔をして言った、ハレンチな皇子にアリスティアは吹いた。
口を両手で押さえて笑い出した。
先程まで吊り上げっていた眉毛も目も垂れ下がって、ケラケラと。
ハレンチな皇子にウケて笑いが止まらなくなったアリスティアに、レイモンドは目を細めた。
可愛い。
このギャップがたまらない。
「 僕が好きなのは君だけだ。信じて欲しい 」
ええ。
信じるわ。
だけどずっと聞きたかった事がある。
はっきりさせないと前に進めない。
今の今まで楽しそうに笑っていたアリスティアは、スンと真面目な顔をしてレイモンドを見詰めた。
「 レイはブス専なの? 」
「 ……はぁ? 」
唐突の意味が分からない質問にレイモンドは目を見開いた。
もう頭の中の脳ミソが疲労感でいっぱいだ。
「 ……どう言う意味だ? 」
「 オスカーお兄様が言っていたわ。レイは美女からの秋波にも靡かないからブス専なのかもと 」
「 なっ!? 」
「 カルロスお兄様も、レイがブス専ならタナカハナコを好きになってもおかしくないって 」
レイモンドはクラクラして額を押さえた。
自分がブス専だと思われていたなんて心外でしかない。
それもアリスティアに。
「 くそっ!オスカーの奴…… 」
「 どうなの? 図星なのかしら?本当にブス専なの? わたくしよりもブスが好き? 」
アリスティアは目を釣り上げて口を尖らせている。
「 そんな訳ないだろ!? 僕はティアを好きなんだ!だから他の女性になんか興味はない! その女性が美人だろうがブスだろうが関係無い! 」
「 これからもタナカハナコを好きにならない? 」
「 ハナコはそんな対象じゃないだろ? 」
レイモンドは眉をしかめた。
レアモンドにとってタナカハナコは特別な存在だった。
世界を救う救世主の他でも何でもない。
そう。
要は珍獣の類い。
「 だから決してハナコを好きには、な、ら、な、い! 」
キッパリと否定したレイモンドは、アリスティアの座るベンチの背凭れに両手を付いて、アリスティアを上から見下ろした。
「 あら?ブス専ではなかったのね 」
まだ言うか!と言って、レイモンドはアリスティアの頬を指先でうにうにとつまんだ。
見つめ合った瞳が熱い。
レイモンドの視線がアリスティアの瞳から唇に落とされた。
熱のこもったその瞳が色っぽい。
ドキドキする。
アリスティアは顔を熱くしながらそっと目を閉じた。
しかしだ。
唇には触れて来なかった。
「 ? 」
「 もう君の質問は終わった? じゃあ、次は僕も質問するよ 」
目を開けるとレイモンドが真剣な顔をしている。
そして……
レイモンドがゆっくりと口を開いた。
「 あの三人は誰だ? 」
「 ……? あの三人? 」
「 君と一緒にいた異国の男達だよ 」
確か魔女の森にもいたよなと、少し口調が荒ぶっている。
「 それは…… 」
「 彼等は魔女の森にもいたよな? 君とはどう言う関係? 」
今度はレイモンドが追求する番だ。
ずっと気になっていた。
彼等の様相からタルコット帝国の魔女ロキの弟子と、レストン帝国のマヤの弟子なのは分かるが。
後の一人はどう見てもエルドア人だ。
魔女の森で見た時は、ショックのあまりにしっかりと凝視出来なかったが。
何気に自分に似ている。
年齢も自分と同じ位。
アリスティアは魔女は皇太子妃になれないと思っている。
もしかしたら自分に似たあの男に自分を求めたのではないかと。
彼女が魔女の森に行っていた半年間は、自分との結婚を完全に諦めていた時期だった。
だから、ファーストキスも彼としたのでは?と、的外れな妄想がジリジリとレイモンドを苦しめる。
レイモンドはアリスティアの言葉を待った。
何を言われても受け止める覚悟をして。
「 彼等はね……リタ様とロキ様とマヤ様よ 」
「 …… ? 」
「 彼女達が変身出来るってレイも知ってるわよね? 」
「 ……えっ?……ええーー!? 」
レイモンドは思わず叫んでいた。
アリスティアに覆い被さる様にしている体勢のままに。
レイモンドの叫び声に、遠巻きで護衛していた騎士達が顔を覗かせた。
彼等が手を腰に当てているのは、剣に手をやっているのだろう。
騎士達に大丈夫だと片手を上げて制しながら、レイモンドはアリスティアの横にドカッと腰を下ろした。
ふぅぅぅと大きく息を吐きながら。
「 彼女達は本当は自然を司る妖精で、変身する能力があるって、レイにも以前に話したでしょ? 」
「 そうだな……そうだったな 」
自分の顔を両掌で覆いながらレイモンドは肩を落とした。
確かに聞いていた。
ただ……
これ程に完璧に別人になるとは思わなかった。
いや、その事にはあまり重要視してなかったと言う事が正解だろう。
そう言えば……
しゃがれた声はリタ達の声だった。
少し考えれば分かるのだが。
オスカーがずっとニヤニヤしていたのは知っていたからだ。
僕が嫉妬をしている相手は婆さん達だと言う事を。
腹立たしい。
「 で? 今夜、リタ達がここに来た理由は? 」
「 聖女に興味を持ったのですって 」
「 成る程……で? 何故男に変身したの? 」
「 あれは……自国で一番格好良い王太子殿下の姿なんですって…… 」
「 王太子? 」
「 そう 」
「 何故王太子に? 」
レイモンドはまだ顔を両掌で覆ったままで、アリスティアと話を続けている。
彼等の正体が男ではなかった事にホッとして。
自然と湧き上がるニマニマした顔は、アリスティアには見られたくない。
「 あのね……レイに対抗する為なんですって 」
アリスティアはクスクスと笑った。
「 僕に? 」
「 ロキ様もマヤ様も自国の王子様が好きみたいね 」
「 じゃあ、リタは誰に変身したんだ? 」
「 それが……あの古の魔女の時代の国王陛下の王太子殿下の姿みたいよ 」
レイに似てるでしょ?
……と言って、アリスティアは肩を竦めた。
そう。
時戻りの剣を作った魔女が愛した国王だ。
「 セドリック・ロイ・ラ・エルドア……か…… 」
顔から手を外したレイモンドは、顔を上げてアリスティアを見た。
そう。
彼は調べていたのだ。
魔女を王妃にした国王の名を。
皇家の蔵所にある文献には魔女は王妃になったと記されていた。
過去にその例がある事から、レイモンドは魔女でも皇太子妃になれると確信しているのである。
しかし。
アリスティアがリタから聞いた話はそれとは違う。
魔女は国王の手によって殺されたのだ。
魔女の願いである時戻りの剣を使わずに。
普通の剣で。
勿論、どちらが正しいのかなんて、最早分かりようもない。
だけどアリスティアは、リタの話が正しいと思っていて。
レイモンドにはリタの話は伝えてはいないのだが、魔女はやはり皇太子妃にはなれないとも思っている。
考えれば考える程に。
人々に害を及ぼす魔女は忌み嫌われる存在でしかない。
きっと古の魔女も国王に嫌がられたのだろうと。
「 リタ様が言うには、流石にレイには変身出来ないと言うのよ。そりゃあ、そうよね。本人がここにいるのですもの 」
ウフフと口を押さえて笑ったアリスティアは、レイモンドの顔を覗き込んだ。
「 レイがエルドア帝国の歴代の皇子様の中では、一番格好良い皇子様なんだって 」
その瞬間に、レイモンドはチュッとアリスティアの唇にキスをした。
チュッと。
早業だ。
そしてアリスティアの肩を抱き寄せた。
「 そうか……僕と彼は似ているのだな 」
流石に千年前位の国王の名前は残されてはいるが、姿絵は残されてはいないとレイモンドは言う。
「 ねぇ。その魔女の名前は分かるのかしら? 」
「 いや、王妃の名は記載されてはいなかったよ 」
「 そうなの?残念だわ 」
「 今は皇后の名も歴史に残されるが、当時は国王の名前しか残さなかったみたいだ。文献には魔女が王妃になったと記載されてるだけだった 」
レイモンドはそう言って、アリスティアの頭に自分の唇を寄せた。
先程とは打って変わって甘々な二人だ。
寄り添う二人の影が地面に映し出されていて、大広間から聞こえて来る楽士達のメロディが心地よい幸せをもたらせてくれる。
レイモンドの肩に甘えるように頭を寄せながら、アリスティアは考えていた。
エルドアの王族の血統は、そんな時代から続いて来たのだと。
レイモンドは脈々と続いて来たエルドアの皇族の血を、未来に繋いで行かなければならない皇太子なのである。
彼の肩にある責任の重さは計り知れない。
アリスティアは改めて彼の立場を痛感した。
「 そろそろ戻ろうか……ハナコの事が気になるし…… 」
レイモンドがベンチから立ち上がった。
「 やっぱりタナカハナコが気になるの? 」
「 いや、違う! その気になるじゃ無いから!今宵は聖女のお披露目だから、僕がいないと…… 」
慌て否定するレイモンドが可愛いく思えて、アリスティアは胸がキュンとする。
誤解は解けた事でアリスティアの心は穏やかだった。
確かにそうだ。
今宵はタナカハナコのお披露目舞踏会。
国中が一丸となって聖女を支えて、魔物と対峙して行く為の。
皇太子殿下がずっといないままでは不味いだろう。
明日には掲示板にタナカハナコの記事が載る筈だ。
数日後には彼女の姿絵も。
良かった。
チークダンスを踊る二人を阻止出来て。
転生前には、空から現れたタナカハナコを抱き止めるレイモンドの姿絵が国中に出回った。
それはそれは幻想的な絵だった。
アリスティアは頭を横に振った。
確実に未来は変わったのだと。
この舞踏会もまた然り。
レイが、お父様が、ニコラス・ネイサンを退けた。
それは転生前にはなかった事。
それがどれだけ嬉しかったか。
アリスティアはこの日に、この瞬間に、レイモンドと二人でいる事を噛み締めた。
レイを信じている。
何度もその言葉を心の中で呟いた。
独り……
不安な気持ちを抱えながら、自室にいた転生前のこの夜の自分を想いながら。
会場からは楽士達が奏でるメロディと、たまに歓声が聞こえて来る。
どうやら会場は盛り上がっているようだ。
聖女を前にして心が弾まない訳がない。
彼女は世界を救う救世主なのだから。
「 戻ったら、僕達も踊ろう 」
「 はい 」
アリスティアはレイモンドから差し出された手に、自分の手を重ねた。




