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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第三章

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隠された事件―前編




 アリスティアは目が覚めた。

 そこがレイモンドの部屋のベッドの上だと言う事は直ぐに分かった。


 この部屋の香りがベッドの香りが嗅ぎ慣れたレイモンドの香りだから。


 そして……

 自分がここにいると言う事は、レイモンドが運んで来てくれたからで。

 そうなるとあの出来事が現実に起こった事だと、アリスティアの顔が歪んだ。


 ヘーゼルナッツ色の瞳からは、大粒の涙がボロリと目尻から枕に流れ落ちた。

 枕が冷たく感じるのは、眠っている間も泣いていたからだろう。



「 気が付いたか? 」

 ヒックと嗚咽する声に気付いたのか、オスカーが天涯付きのベッドのカーテンを開けて、アリスティアの側にやって来た。


 あの後、やはりハロルドがカルロスを連れてやって来た。

 陛下からあらましは聞いたと言って。


 オスカーはバトンタッチをしてアリスティアのいる皇太子宮のレイモンドにやって来た。

 先程、一旦戻って来たレイモンドから、クリスタの様子を聞いた。


 直ぐに宮廷医に診て貰ったと言う。


「 ティアが目を覚ましたら母上は問題ないと伝えてくれ 」

 レイモンドはそう言い残して再び皇帝宮に向かったのだ。



「 オスカー……お兄様……わたくしは皇后陛下も殺してしまった 」

 どうしようどうしようと両手で顔を覆い、頭を押さえたりとアリスティアは取り乱した。


 日頃の自信満々な傲慢さは何処に行ったのか、可哀想な位におろおろと。


「 まあ、先ずは飲め 」

 そんなアリスティアの様子を見てオスカーは、お水の入ったグラスを差し出した。


 アリスティアはグラスを両手で持つと、直ぐにごくごくと飲み干した。

 喉はカラカラだった。


 身体はまだ鉛のように重い。

 以前に魔力切れを起こした時のように力が入らない。



 アリスティアが水を飲み干すのを待ってオスカーは口を開いた。


「 先ず、皇后陛下は無事だ 」

 宙に浮き上がりその高さから地面に落ちた事から、身体に痛みはあるらしいが骨は折れてないと説明した。


「 皇后様の身体は宙に浮いたのに、魔力は当たって無かったの? 」

「 ああ、魔力は短剣にのみ当たっていたみたいだ 」

 短剣は魔力で消えさって何処にも無かったと。


「 本当に? ……良かった 」

 またもやアリスティアの瞳から涙がボロボロと流れ落ちた。

 


 少し落ち着きを取り戻したアリスティアは、椅子を持って来てベッドの横に座るオスカーを見ていた。


 ふと、サイドテーブルの上にある時計を見ればもう10時を回っていた。

 あれから3時間あまり経っていた事になる。



()()()取り返しの付かない事をしたと思ったわ 」

 クリスタが宙に浮いたのは、タナカハナコを殺った時と全く同じ状況だったのだから。


「 もう、()()()()()は無いのに…… 」

「 その事だが…… 」

 あくまでも自分の見解だがと言って、オスカーは少し口角を上げた。


 まだ兄貴にも話していないと言って。



「 聖女に魔力が当たったのなら、聖女に腕を組まれていたレイはどうだったんだ? 」

 アリスティアはあの時の事を思い浮かべた。


「 レイは……タナカハナコを抱き起こしていたわ 」

「 だろ? だったら? 」

「 ……あっ!? 」

 今回はクリスタと一緒にミランダも吹き飛んだのだ。


 クリスタはミランダに掴みかかっていた。



 もしも、聖女に魔力が当たっていたら、彼女に腕を組まれていたレイモンドも吹き飛ばされていた筈なのである。


「 じゃあ……タナカハナコには当たらなかったの? 」

「 今回は魔力の練習をしたから短剣に命中したけど、あの時はお前は魔女になったばかりだから、聖女には当たらなかったんだろうな 」


 そもそも、アリスティアは自分が魔女だと気が付いたのはずっと後になってからで。

 あの時はタナカハナコを殺ってスカッとした事しか覚えていないのだ。


 頭の中を支配していたのは、信じて欲しいと言ったレイモンドに裏切られた事だったのだ。


 タナカハナコは不細工な顔で勝ち誇ったような顔をしたからムカついただけで。

 あまり周りの状況は見えてはいなかったのだから。



「 じゃあ、タナカハナコは死んではいなかった? 」

「 いや、それは分からない 」

 そう。

 跳ね返った何かに当たったのかも知れないし、落ちた時に頭を打ち付けたのかも知れないのだから。


 それでもアリスティアは少し荷を軽くした。


 帝都民達を無差別に殺戮した罪は変わらないが、何時もタナカハナコと会う度に罪悪感で苦しかったのだから。


「 じゃあ、タナカハナコをぶん殴っても良いかしら? 」

「 いや、それは駄目だよ 」

 冗談よと笑うアリスティアに、お前ならやりかねんとオスカーは眉を顰めた。



「 それからこの事件の事だが、これがレイがお前に託した事だと思うんだよな 」

「 わたくしを転生させた理由がこれだと言うの? 」 

「 まだ兄貴には…… 」

「 ティア! 」


 その時、いきなりレイモンドが二人の前に現れた。

 いや、レイモンドの部屋なのだからいきなりも何もないのだが。


 オスカーとアリスティアは驚いた。

 もしかして聞かれていたのかもと。



「 目が覚めたか? 」

 驚きのあまり思わず立ち上がったオスカーを押しやり、レイモンドはオスカーが座っていた椅子に座った。


「 礼を言う。母上が犯罪者にならないで済んだのはティアのお陰だ 」

 そう言ってアリスティアの手を握った。


 どうやら聞かれていなかったと、アリスティアとオスカーは目配せをして頷き合った。



「 父上とハロルドが事情を聞きたいと待ってるが……行けるか? 」

「 はい 」

 アリスティアへの事情聴取だ。


「 時間も時間だか秘密裏に行うには早急に事件の概要を知らなければならないんだ 」

 レイモンドはアリスティアを抱き上げた。


 脇の下と膝下に手をやって。



「 レイ! 歩けるわ 」

 しかしレイモンドは、そのまま何も言わずにアリスティアを抱き上げたままにスタスタと歩き出した。


 オスカーにも来るように目で合図をして。




 ***




 事情聴取は皇帝宮の一室で行われていた。

 クリスタもミランダも各々別室に幽閉されていた。

 幽閉と言っても事情聴取を客間でしただけなのだが。


 流石にクリスタの部屋にはハロルドやカルロスは入れない。

 なのでクリスタも客間に移動させたのだ。



 離宮の使用人達にはミランダの誕生日は中止になった事が告げられた。

 緊急事態が生じて、ミランダ妃は皇帝宮に呼ばれたのだと言われれば、皆は静かに後片付けを始めた。


 魔物騒ぎの昨今。

 もしかして我が国に魔物が現れたのかもと噂しながら。

 つい先日も、隣国での魔物騒ぎで皇太子と聖女の出陣騒ぎがあったばかりだから仕方ないとして。



 アリスティアも皇帝宮にある一室に通された。

 皇帝宮に来るのはレイモンドがここに住んでいた時以来だ。


 そこには皇帝と宰相がいた。

 傍らにはカルロスが書類を開いていて、アリスティアに目をやると、直ぐに下を向いてペンを走らせている。


「 アリスティア嬢、事を急ぐので悪いがそなたの見て聞いた事を話してくれるかの? 」

 レイモンドがアリスティアを抱いたまま入室したので、ギデオンは心配そうな顔をした。


 レイモンドがソファーの前にアリスティアを下ろすと、アリスティアはギデオンに向かってカーテシーをした。



「 では、始める。ティア!お前があの場に居合わせた事の説明をしなさい 」

 ハロルドは既に宰相モードに入っており、その顔は厳しい顔をしている。


 自分に向けられる優しい眼差しも、孫に向けられる甘々の顔もここには無く、宰相グレーゼ公爵としての凄さを改めてアリスティアは感じていた。


 お父様が宰相で良かったと。

 あのニコラス・ネイサン公爵が宰相だったら、冷静ではいられないだろう。


 もしかしたら今ここで魔女になっていたかも知れない。



 アリスティアは、魔力の調節の為に離宮に来ていた事。

 魔力の調節を終えた帰り際に、皇后陛下とミランダ妃が言い合いをしているのを見掛けた事。

 皇后陛下が短剣を振り上げた時に、咄嗟に魔力を放っていた事をありのままに話した。


 短剣に向けて魔力を放った事を強調した。

 決してクリスタを攻撃した訳ではないと。



「 皇后陛下とミランダ妃はどんな言い争いをしていたのかは聞いたのか? 」

「 いえ……あの…… 」

 それまではペラペラと話していたが、アリスティアは急に口籠った。


『 ギーがわたくしを求めたのは、わたくしがギーの初めての女だったからなのよ! 忘れられなかったのね 』

 ……と、言ったミランダにクリスタが『 ゆるさない 』と言って短剣を抜いたのだから。



「 どうした? 正確に言いなさい 」

 アリスティアの隣に座るレイモンドが、アリスティアの掌をギュッと握った。


「 はい 」

 アリスティアはミランダの言った言葉を口にした。

 俯いたままに。

 消え入りそうな程の小さな声で。



「 ……分かった。それ以外は何かあるか? 」

「 わたくしが聞いたのはそれだけです 」

 何だか周りの空気が凍り付いたように感じた。


 もしかして言ってはいけなかった?

 皇后様もミランダ妃も言って無かったの?


 アリスティアも凍り付いた。



「 アリスティアはもう下がりなさい。次はオスカーを呼んでくれ 」

「 はい」

 ハロルドは咳をコホンとして自分の後ろでペンを走らせるカルロスを見やると、立ち上がったカルロスが別の部屋にいるオスカーを呼びに行った。


 その時……

 アリスティアの前にある一人掛けの席に座っていたギデオンが立ち上がった。


「 アリスティア嬢。そなたのお陰だ。礼を言う 」

 ギデオンはアリスに向かって丁寧に頭を下げた。


 慌ててアリスティアも立ち上がった。


「 陛下! どうか頭をお上げ下さい 」

 そう言ったのはハロルドだ。

 如何なる理由であれ、皇帝陛下が頭を下げるなんて事はあり得ない事で。



「 ティア。もう一度僕からも礼を言う 」

 アリスティアの横に座り、ずっとアリスティアの手を握っていてくれたレイモンドも、立ち上がりアリスティアに頭を下げた。


()()の君だからこそ防げた状況だった 」

 レイモンドはここぞとばかりに魔女を強調した。


 ギデオンとハロルドを交互に見やって。

 彼は魔女でも皇太子妃になれる運動を敢行中だ。



 そうか……

 わたくしの魔力が役に立ったのね。

 それなら良かった。


 アリスティアは嬉しさを噛み締めた。



 レイモンドと一緒に部屋の外に出ると、入れ替わりにオスカーが入室して行った。


 ハロルドは目撃者全員に話を聞いていた。

 勿論、レイモンドも事情聴取をされていた事を聞いた。



 その後は二人は黙ったままに皇太子宮に戻った。

 レイモンドに手を引かれながら。


 ただ黙って。



 アリスティアはあの時の光景を思い出していた。


 嫉妬のあまり鬼のような顔になったクリスタと、勝ち誇ったような顔をしたミランダの顔を。


 それはあの時の自分と聖女の姿。



 涙が次々に溢れだして来る。

 ただただ悲しくて。


 皇后クリスタの深い苦しみが、辛さが、悔しさが痛い程に分かるからで。


 自分は嫉妬のあまりに魔女にまでなってしまい、聖女であるタナカハナコに魔力を放出して殺してしまったのだから。


 そして……

 タナカハナコを殺ってしまった事に、スカッとした自分がそこにいたのだ。


 わたくしはなんて事を。

 人の死を喜ぶなんて……



 未然に防げて良かった。

 ミランダ妃様が無事で良かった。


 タナカハナコも無事で良かった。


 時を戻されて良かった。


 色んな想いが込み上げて来て、グシュグシュと泣くアリスティアに、レイモンドは時々立ち止まっては黙って涙と鼻水を拭いてくれた。


 そんな優しいレイモンドを見ながら、涙を浮かべながら()()()()()でアリスティアの心臓を貫いた転生前のレイモンドの事を想うと、更に涙がポロポロと溢れた。



 レイ。

 わたくしは正解でしたか?















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