目撃者
「 クリスタ様を追い返してくれて礼を言うわ 」
「 あれはミランダ様のお誕生日を邪魔をしに来たに違いないですわ 」
「 惚けてらしたけど、陛下がいらっしゃるのを知っていたのでしょうね 」
「 昔から陛下の寵愛を貰おうと必死でしたから 」
「 愛されない正妃ですからね 」
先程玄関口で対応した侍女頭と侍女が、テラス席に座るミランダに紅茶を注ぎながら勝ち誇ったように笑った。
クリスタを追い返した事が余程楽しいのか、テンションの高い彼女達の話し声は、柱の陰に隠れているクリスタの耳にもハッキリと聞こえて来ている。
テラスにある椅子にはミランダが座っていて、その回りでは侍女頭と侍女が忙しく誕生日の準備をしている所だ。
今宵のミランダの誕生日には、ギデオンと二人だけで庭園のガゼボで祝うと決めているようで。
シャンパンはこれで良いのかと、念入りにチェックする声も聞こえて来た。
「 陛下はわたくし達に感謝をするべきですわ! 」
「 真に愛するミランダ様をお妃様に出来たのですからね 」
「 そうですわね。陛下がクリスタ様と結婚してからのあの2年間は、本当にヒヤヒヤものでしたわ 」
「 クリスタ様が妊娠されたら、この計画は成功しなかったのですから 」
「 ええ。貴女達には感謝しかないわね 」
ミランダは満足そうな顔をして、カップに入った紅茶を一口飲んだ。
ガゼボに運ぶ食器やカトラリーのチェックしながらも、彼女達のお喋りは止まらない。
「 あの性悪なナタリア侍女頭を信用させるのが一番骨が折れましたのよ 」
「 ええ、ええ。薬師では信用出来ないと言って、中々薬を受け取って貰えなかったですからね 」
「 お陰で薬師だけでなく、医師にまで高いお金を払う羽目になってしまいましたから 」
「 避妊薬を妊娠しやすい薬だと言って貰うのに、いくら払った事か…… 」
「 貴女達。お喋りはそれくらいにして、早くガゼボのセッティングをしないと、陛下が来てしまいますわよ 」
「 まあ! 大変 」
侍女達はメイドや下男達を呼びつけて、荷物をガゼボに持って行くように命じた。
侍女達は荷物を持ったメイドと下男達を従えて、高台にあるガゼボに向かって行ってしまった。
辺りは急に静かになった。
「 あの2年間は辛かったわ 」
一人の残ったミランダは、椅子の背凭れに凭れて天を仰いだ。
コツコツコツ。
「 忘れ物は無い…… よう……に…… 」
メイドの靴音だと思い、振り返ったミランダは固まった。
そこにはこの離宮にいる筈のないクリスタがいたのだから。
「 お久し振りですわね。貴女に会うのは何時以来かしら? 」
「 ……皇后陛下にご挨拶を申し上げます 」
「 魔物騒ぎの昨今。貴女と話をしたかったのだけれども 」
クリスタは無造作に床に置かれたままのプレゼントに目をやった。
先程クリスタが侍女に渡した誕生日プレゼントだ。
「 わたくしからのプレゼントを喜んで貰えて嬉しいですわ」
最大の嫌みを言われてミランダは目を伏せた。
せめてテーブルの上に置いて欲しかった。
ミランダは侍女達が床に置くのを見ていただけだったが。
それよりも。
離宮への入り口は警備の者達がいる。
どうやってここにクリスタがここにいるのかと、ミランダは訝しげな顔をした。
「 あら?どうやってわたくしがここに入れたのかと聞きたいのかしら? 」
呆れたように言うクリスタを見て、ミランダは気付いた。
この皇宮の管理の全てが皇后の仕事だ。
自分に割り当てられる予算や、使用人達の管理費までもが皇后の押印がなければ成り立たない事になっている。
側妃は皇帝宮には入れないが。
皇后は離宮に入れるのである。
クリスタが警備の者に通らせろと言えば、警備の者がそれを阻止する事は出来ないのである。
クリスタが今までそれをしなかっただけで。
「 直に陛下がいらっしゃるから、どうかお引き取りを…… 」
ミランダが頭を下げるのを冷たい視線を注ぐクリスタは、更に冷たい声で彼女に告げた。
クリスタの胸は先程からドクンドクンと波打っていて。
ずっと心臓に手をやっている。
ここには短剣を忍ばせていた。
これは亡き父親の形見の品である。
「 では、陛下にも聞いて頂きましょう。わたくしが何を飲まされていたのかを 」
「 ……… 」
「 墓場まで持って行く話なのに大声で話すのですから、貴女達のモラルは何処にあるのかしら? 」
やはり聞かれていたかと、ミランダはギュッと唇を結んだ。
そして……
ミランダの視線はクリスタの胸元に注がれた。
「 大した事ではございませんわ 」
「 大した事では……ない? 」
「 ええ。ギーも知っていた事よ。だから彼は2年後にわたくしを選んだのよ 」
ギー。
ミランダがギデオンをそう呼ぶのは初めて聞いた。
きっと二人だけの時間にそう呼び合っているのだろう。
何故側妃にミランダが選ばれたのがずっと不思議だった。
だけどその疑問がストンとクリスタの頭に入って来た。
そもそもミランダが、26歳になるまで誰とも結婚をしていなかった事がおかしいのだ。
26歳と言えば貴族令嬢では完全な行き遅れ。
侯爵令嬢と言う高位貴族令嬢ならば有り得ない事なのだから。
2年。
子が出来ないのであれば側妃を持てる。
それが皇族の決まりである。
「 子が出来ないわたくしがどんなに辛い思いをしたか…… 」
「 辛い?貴女なんかにギーを奪われたわたくしの辛さが分かるものですかっ! 」
ずっとギーと結婚する事を夢見て来たのにと言って、ミランダは目を潤ませた。
「 妃に選ばれたのは貴女じゃなくて、貴女の家系が選ばれたのよ!わたくしは正妃になる事を諦めて側妃になる事にしたわ。でも、側妃になる為には貴女が2年妊娠しない必要があったのよ 」
ミランダは一気に撒くし立てた。
大人しく控え目な女性だと思っていたが。
言葉遣いも荒く、まるでクリスタを挑発するかのように。
そしてやはり先程からミランダの視線は、胸元にあるクリスタの手に注がれている。
「 それで……わたくしに避妊薬を? 」
「 そうよ。万が一の為に堕胎剤も作らせていたわ 」
クリスタに殺意が湧き上がる。
確かに侍女のナタリアから妊娠しやすくなるからと、毎朝苦い薬を飲まされていた。
それは2年だけでなくそれ以降も。
ギデオンとの閨を辞退しようと思い悩んでいた頃に、その薬を飲むのを止めたのだから。
無駄だからと。
そして……
ミランダが勝ち誇ったような顔をした。
「 ギーがわたくしを求めたのは、わたくしがギーの初めての女だったからなのよ 」
忘れられなかったねと、目を眇めて薄笑いをしている。
クリスタは懐から短剣を取り出し、鞘から剣引き抜いた。
ミランダはそれを見て口角を上げた。
「 ゆ…る…さない 」
クリスタの心に嫉妬と憎悪の炎が燃え上がる。
それは到底抑えられない炎。
クリスタはミランダに掴みかかり、短剣を振り上げたその時。
赤い光が短剣に当たった。
短剣は空中に吹き飛び、短剣を握り締めていたクリスタもその衝撃で空中に浮かび上がった。
そして……
クリスタに掴みかかられていたミランダも、後ろに吹き飛んでいた。
***
この惨劇を見ていたのはアリスティアだけではなかった。
予定時刻よりも少し早く離宮に来たギデオン。
そして、アリスティアを探しに来たレイモンドとオスカーもこの場に居合わせていたのだ。
レイモンドはアリスティアの側に駆け寄った。
呆然と立ち尽くしているアリスティアに向かって。
「 ティア! 」
「 わたくしはまた……取り返しの付かない事を…… 」
レイモンドの顔を見たとたんに、アリスティアはガタガタと震え出した。
「 皇后様を……皇后様を殺ってしまった…… 」
アリスティアは激しく取り乱していて、赤い瞳は左右に泳ぎ、そしてガタガタと震え出した。
「 ごめんなさい。ごめんなさい 」と言い続けるばかりで。
「 わたくしは……聖女だけでなく皇后様も…… 」
「 ティア? 何を? 」
レイモンドはアリスティアの肩を持ち、その悲しみに歪んだ顔を見つめた。
まだ少し赤い瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちて行く。
「 レイ……折角時を戻してくれたのに……ごめん……なさい 」
そう言った直後にアリスティアは意識を失った。
極度のストレスと先程一枚岩で魔力を使った事で、魔力切れを起こしていた事も合わさって。
地面に崩れ落ちるアリスティアを、すんでのところでレイモンドが抱き止めた。
「 オスカー! ティアを僕の部屋に連れて行く! 」
このままだと自死もあり得ると言って、レイモンドはグッタリとしているアリスティアを抱き上げた。
咄嗟の所為だとしても相手は皇后陛下なのである。
その罪の意識に何をするか分からない。
「 父上! 母上は? 」
「 直ぐに宮廷医に見て貰う 」
意識はあるが、数メートルの空中からその身体が地面に落ちたのだ。
クリスタは身体を丸めて苦痛に歪んだ顔をしていて。
頭を打っていないかが心配であった。
「 そなたは、アリスティア嬢の心のケアをしてやりなさい 」
「 はい 」
そうしてギデオンはクリスタを抱き上げて離宮を後にした。
「 オスカー!後を頼む 」
「 御意 」
オスカーもアリスティアを頼むと言うと、頷いたレイモンドはアリスティアを抱き上げたままに歩き出した。
そう。
誰もが分かっていた。
クリスタがミランダを切り付けていたら、とんでもない事態になる所だったのだと。
魔女であるアリスティアが、この場に居合わせたからこそ防げた惨劇だった。
そして……
この場にはもう一人の目撃者がいた。
ジョセフ第一皇子である。
彼はクリスタを運ぶギデオンを、悲しげに見ているミランダを見ていた。
同じ様に倒れている自分の母親には目もくれずに、皇后に駆け寄った自分の父親の姿も。
その顔は無機質な顔。
ミランダがジョセフがいる事に気付き、顔を歪めながら手を差し出したその時。
彼は踵を返してこの場から立ち去った。




