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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第三章

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愛されない正妃

 



 離宮の庭園にある木の陰に潜んでいたアリスティアが見た光景。


 それは……

 皇后クリスタが側妃ミランダに向けて、短剣を振りかざした場面だった。


 それを見た瞬間。

 アリスティアは魔力を放った。



 魔力が当たったクリスタの身体は空中に跳ね上がった。

 そして地面に落ちた。

 ドサッと音を立てて。



 それは()()()に見た光景と同じ。




 ***




 この日は離宮に住む側妃ミランダの誕生日だった。


 毎年身内だけのお祝いパーティー開いていたが、今回は3日後に聖女のお披露目舞踏会を控えている事から、パーティーを開く予定は無かった。



 1ヶ月前には、クリスタの誕生日をギデオン主宰で、盛大に行われたばかりで。

 因みにその宴にはアリスティアも出席していて。

 オパール王国の王女を娼婦呼ばわりをして、泣かして追い返したあの舞踏会である。



 クリスタの誕生日は、貴族を招いて大広間で盛大に祝われるが、側妃であるミランダの場合は、離宮に身内だけを招いての宴が開かれている。


 それはギデオンが、皇后の立場を慮っているからだと言う事は皆が知っていた。


 公式の場でも連れ立って行くのは常にクリスタ皇后で。

 その仲睦まじい姿は国民の癒しであり、ギデオンと共に公務に勤しむクリスタの支持は高かった。


 一方。

 公の場に出て来ない側妃ミランダもまた、自分の立場をわきまえた賢妃だと皆から賞賛されていた。



 二人の妃と二人の皇子がいる、幸せな皇族ファミリーの姿は国の安寧の象徴だった。

 エルドア帝国の未来は明るいと、皇帝ギデオンの人気は絶大なものであった。


 先帝には側妃が何人もいて、国税を湯水のように使っていたから尚更で。

 先帝が早死にしたのも、側妃達に精気を吸いとられたからだと黒い噂も立った程に。



 ギデオンとクリスタは政略結婚だ。

 この時代の貴族は恋愛結婚をする事は先ず無い。

 上位貴族は勿論、皇族ならば尚更で。


 この結婚は皇太子ギデオンが18歳、クリスタ侯爵令嬢が16歳の成人になった時に決められた婚姻だった。

 それからクリスタはお妃教育に励み、学園を卒業してから一年後に結婚式を挙げた。


 3年の婚約期間を得て、ギデオンが21歳クリスタが19歳の、国民の誰もが祝福する結婚だった。



 婚約期間中はお茶会や観劇などのデートを重ねて、お互いの愛を育んでいた事で、結婚してからも二人の仲睦まじい姿があちこちで見られた。


 世継ぎが誕生するのも近いだろうと、国民は心待にしていた。



 しかし……

 結婚してから2年の月日が流れたが、二人は子宝には恵まれなかった。


 貴族は、夫婦となり閨も問題のない二人が、2年の間に妊娠の兆候が見られないのならば離婚が出来る。

 しかし、皇族は離婚は出来ないが、側妃を持つ事をしなければならなかった。


 それは世継ぎの為。

 クリスタは側妃を受け入れた。



 そうして選ばれたのがミランダ侯爵令嬢だった。

 ミランダはギデオンよりも3歳年上の26歳。


 クリスタは驚愕した。

 まさか自分よりも、5歳も年上の令嬢が選ばれるとは思ってもいなかったのだから。



 ギデオンとミランダは幼馴染みで、二人が婚約をすると言う噂があるのをクリスタは知っていた。


 だけど。

 結局選ばれたのはクリスタだった。


 それはミランダの母方の家系に罪人がいたからで。

 皇太子妃となり将来は国母になる皇后は、その一族も一点の曇りの無い家系の令嬢でなければならないとの決まりがあった。



 クリスタは選ばれたのが自分だけではなく、一族も認められた事が誇りだった。


   ギデオンに婚約者擬きがいた過去はどうであれ、婚約をしてからも結婚をしてからも、ギデオンは自分を大切にしてくれた事から、クリスタはミランダの存在をすっかり忘れていたのだった。



 そして……

 側妃はミランダが良いと言ったのが、ギデオン自身だったと聞いた時から、クリスタの苦しみが始まったのである。


 愛されない正妃としての。



 離宮にミランダを側妃として迎えても、ギデオンは常にクリスタを優先した。


 だけど。

 離宮に行くギデオンの後ろ姿を見る度に、クリスタの心はどんどん削られて行った。


 やがて……

 ミランダが妊娠し第一皇子であるジョセフを出産し。

 喜びに湧いた皇宮は皇太子妃クリスタの存在を忘れた。


 ギデオンの寵愛は当然ながらミランダとジョセフ皇子に注がれ、彼は離宮に行く事が多くなった。


 子を産めない正妃。

 離婚をする訳にも行かず。

 クリスタは公務をこなすだけの虚しい日々を送る事になった。



「 もう。わたくしは必要ない 」

 第一皇子が誕生し、孤独な2年の日々を過ごしたある日。


 クリスタの妊娠が判明した。


 それは……

 愛されない妃である上に、子も産めないのであれば、もうギデオンとの閨を辞退しようと思った矢先の事だった。



 ギデオンはクリスタにも夫としての義務は果たしてくれていて。

 クリスタとの閨も月に何度かはあった。


 しかしだ。

 最近はミランダとの第二子妊娠に向けて励んでいる事は、クリスタの耳にも入って来ていた。


 夫婦の義務として抱かれる事。

 子を産めないクリスタにとって、それがどんなに惨めで辛い事だったか。



 正妃の妊娠はクリスタの辛い立場を一変した。


 まるで腫れ物に触るようにクリスタに接していた使用人達や大臣達、両陛下も諸手を挙げて喜んでくれた。

 勿論ギデオンも。


 国民に向けて妊娠を発表すれば。

 国中を挙げてのお祭り騒ぎとなった。

 それはミランダが妊娠した時よりも熱狂的に。



 そして産まれたのは皇子。

 第二皇子であろうとも、正妃の産んだ皇子誕生を喜ばない筈がない。

 何と、国を挙げてのお祝いが一週間も続いたのだ。


 それは第一皇子ジョセフが誕生した時よりも盛大に。


 正妃の産んだ皇子と側妃の産んだ皇子の違いを見せ付けた。



「 この子はわたくしの光。皇宮で生きて行く術を与えてくれた皇子 」

 黄金の髪に瑠璃色の瞳を持った、ギデオンにそっくりなレイモンド皇子を抱きながら、クリスタは

 決意した。


「 この子を絶対に皇太子にしてみせる 」

 クリスタのレイモンドへの執着は激しいものとなった。



 それは愛されない正妃のプライド。




 ***




 ミランダは大人しく控え目な女性だった。

 クリスタよりも5歳も年上なのだから、昔から大人の雰囲気を醸し出していた。


 幼馴染みで3歳年上のミランダに、皇帝であるギデオンが癒しを求めるのも理解出来ると思えるようになったのは、レイモンドが皇太子に確立された頃からで。


 まるで憑き物が落ちたように。


 その後は、クリスタも随分と丸くなっていた。

 気掛かりなのはレイモンドとアリスティアの婚約解消だった。



 その理由がアリスティアの()()ならば致し方無いと思っていて。


 正妃が子を産めない辛さを、一番分かっているのはクリスタだった。

 なのでグレーゼ公爵がレイモンドとの結婚を辞退した時も、否を唱える事は出来ないでいた。


 クリスタには、アリスティアが魔女だと言う事は知らされてはいないので。



 だけど……

 産まれた時からの婚約者であるアリスティアを、決して離そうとしないレイモンドには目を細めるばかりだった。


 そんなレイモンドを好ましく思う反面、ギデオンがミランダを選んだ事も理解出来た。


 二人はレイモンドとアリスティアと同じく、幼馴染みだったのだから。



 皇帝宮に住むクリスタと、離宮に住むミランダが会う事は殆ど無かった。


 クリスタは皇后の業務をこなしていたが、ミランダは公式の場には出ないが、慈善事業などを立ち上げていて、立派に皇族としての務めを果たしていた。



 魔物騒ぎで混沌としているこのご時世。

 妃である自分達も何か出来ないものかとクリスタは考えていて。


 慈善事業をしているミランダならば何か良い案があるかと思ったのだ。

 もうお互いが、毛嫌いしている場合ではないのだから。


 なので、ミランダの誕生日の今日。

 クリスタはプレゼントを手渡そうと思い、離宮にやって来た。

 何時もならば、お互いの誕生日には侍女を通じてプレゼントを贈り合うだけだったが。



 離宮の玄関口で取り次いで貰っていた。

 先触れをしないでの突然の訪問だから、待たされるのは仕方の無い事。

 侍女達は皇后陛下の訪問なのに無礼だと、怒り心頭だったが。


 長らく待たされた後に、建物の中からミランダの侍女達がやって来た。


「 今宵は皇帝陛下とお二人だけで誕生日を過ごされる予定でございま。直に皇帝陛下が()()()()()()()()()ので、皇后陛下にはご遠慮して頂きたいとの事です 」

 ミランダの侍女頭がそう言って頭を下げた。


 顔色一つ変えず。



「 そう……陛下と…… 」

 誕生パーティーは開かれないけれども、ギデオンと二人で祝うのだ。


「 でしたら、ミランダ妃が直々に皇后陛下にそうお伝えするべきです! 」

 姿も見せずに無礼だと言って、クリスタの侍女頭がミランダの侍女頭に食って掛かった。


 どちらも実家から連れて来た長年主に仕えている侍女だ。

 主君に不快な思いをさせないようにと、水面下では何時も激しくやり合っている犬猿の間柄だと言われている。



「 ミランダ殿下は、皇帝陛下をお迎えするお支度の途中ですので、皇后陛下の前には出られない状態でございます。どうかお引き取りをお願い致します 」

「 なっ!? 何ですって! 」

 声を荒らげる侍女頭をクリスタは制した。


「 ナタリア! お止めなさい。突然来たわたくしがいけなかったのですわ」

「 でも……あまりにも無礼では? 」

「 プレゼントをミランダ妃に渡して頂戴 」

 クリスタの侍女頭は横にいる侍女に命じて、ミランダの侍女頭の横にいる侍女にプレゼントを渡した。


 睨み合う彼女達の目からはバチバチと火花が散っていて。

 これ以上ここにいたら騒ぎが大きくなるとして、クリスタは踵を返した。



 何とも思ってない素振りをしていたが。

 頭の中では嫉妬の炎が湧き上がっていた。


 部屋に戻り侍女達を下がらせて一人になると、涙がポロポロと零れ落ちた。

 この年齢になっても、まだ嫉妬の心があるのかと苦笑しながら。



 二人だけで祝う誕生日などされた事はない。

 自分の誕生日は誰よりも盛大に祝われる誕生日。


 だけど……


 二人で祝う誕生日は何の話をするの?

 今までの事?

 政治の事?

 わたくしだって陛下と二人で話をしたい。


 クリスタがギデオンと二人だけで話をした事など、ここ数年は皆無だった。



 そして……

 ミランダの侍女頭が「 お戻りになります 」と言った事がクリスタの胸に突き刺さった。


「 いらっしゃる 」ではなかったのだから。


 ギデオンの家は皇帝宮ではなかったのだと。クリスタはショックを受けた。


 きっと……

「 ただいま 」と言ってミランダの元に行くのだ。



 気が付いた時にはクリスタは離宮に向かって歩いていた。

 何をしたかったのか分からない。

 何をしようとしたのかも分からないが。


 庭園から賑やかな声が聞こえて来ていた事から、クリスタは庭園に足を踏み入れた。



 クリスタが目にした光景は、小高い丘にあるガセボに運ぶ物を、建物の中から出して並べている所だった。


「 ガゼボにある陛下とわたくしの椅子には、わたくしが作ったクッションを置いてね 」

「 勿論ですわ。あの長椅子は陛下から贈られたものですから、丁寧に磨いておきましたわ 」

「 陛下はあの椅子での、ミランダ様の膝枕がお好きですものね 」

 何時までも仲睦まじくて本当に羨ましいですわと、皆がキャッキャと騒いでいる。


 直にギデオンが来る事から、準備をしている侍女達とミランダのテンションは高かった。



 離宮もギデオンの家だった。

 ここにはクリスタの知らない彼の顔があり、生活があり、二人の時間があった。


 それは……

 皇帝と皇后ではない、一人の夫とその妻の世界。


 来るんじゃ無かった。



 クリスタはミランダの事は何一つギデオンに言った事は無かった。

 物分かりの良い妻を演じて来た。


 心の中がどんなに荒くれようとも。


 皇室に嫁いだからには側妃を受け入れなければならない。

 嫉妬などをすれば、それは殿下を苦しめる事になる。

 正妃は常に寛大でなければならない。


 お妃教育ではそう叩き込まれていて。

 クリスタはその教え通りに堪え忍んでいたのである。



 もう直ぐ陛下が来られる。

 ここはわたくしがいてはいけない場所。

 陛下にこんな嫉妬に歪んだ姿を見られる訳にはいかない。


 クリスタは庭園から去ろうと踵を返した。



 その時。

 耳を疑うような会話が聞こえて来た。


 それは……

 クリスタが持っていた短剣を、ミランダに向かって振りかざす程の。


 皇后として培って来た矜持さえも、捨てる去る程のものだった。














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