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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第三章

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良き魔女ゾイとして




 魔物騒ぎから数日後。


「 また聖女様との事が書かれておりますね 」

 レイモンドに食後のコーヒーを入れながら、侍従のマルローが心配そうな顔をした。


「 これは捨て置けないな 」

 レイモンドは読んでいた新聞をテーブルの上に置いて、マルローが入れてくれたコーヒーのカップを手にした。


 朝食を食べ終わったレイモンドは、部屋で新聞を読みながらオスカーが登城して来るまでの時間を過ごしている。

 騎士団での早朝訓練が無い日はゆっくりとして。



 以前ならば朝食はダイニングでとっていたが。

 タナカハナコが突撃して来てからは、ずっと自分の部屋でとるようにしている。


 あの時は取り返しが付かない噂が流れる所だったのだ。

 アリスティアが婆さん達を派遣した事により、事無きを得たが。



 それからは気を付けているのにも関わらず、今朝の新聞は酷かった。


『 皇太子殿下と聖女様が二人で馬に乗り、街を駆け抜けた 』

『 出陣は中止になったが、二人はそのまま馬に乗ってデートをした 』

『 前に乗る聖女を大事そうに皇太子殿下が抱き締めて 』


 あの日。

 馬に乗っていたのはレイモンドとアリスティアだ。


 アリスティアはミルクティー色の髪であり、聖女は黒髪。

 髪の長さもまるで違う。

 絶対に見間違える筈は無い。


 流石に悪意を感じる。

 いくら自分と聖女ネタが売れると言っても。


 事実で無い事は看過する訳にはいかない。

 アリスティアもタナカハナコも間違えられては不愉快だろうと。

 人間違いをされたのだから。


「 オスカーに訂正の記事を出すようにして貰うよ。僕と馬に乗っていたのはティアだとね 」

 これはもしかしたら、ティアとの仲をアピール出来る事になるかもと、レイモンドはほくそ笑んだ。



「 ん? 」

 その時、レイモンドは小さな記事に目を止めた。


『 摩訶不思議な出来事が起こった。土砂崩れで道を塞いでいた大岩が一夜にして粉々になっていた 』


 大岩が一夜にして粉々?

 これって……

 まさか?


 アリスティア?

 いや、魔女()()

 

 日付を見れば、これは2日前の夜の出来事だ。

 昨日もアリスティアと会っていたが、彼女はこの事は何も言わなかった。




 ***




 新聞の記事が出る3日前。


 この日の夕方に、グレーゼ邸にカルロスの妻子と使用人達が到着した。

 妻はマリア、子はダイアン。


 それは予定よりも3日も遅れて。


 一歳の息子を連れての旅なのだから、予定よりも遅れたとて色々とあるのだろうと思っていたが。

 道中の山沿いの街道が落石により塞がれてしまった事から、大きく迂回をしなければならなかったのだと。



 カルロスはマリアと結婚式を挙げて直ぐに新婚旅行も兼ねて領地に向かった事から、グレーゼ家の面々がマリアと接するのは三年ぶりだ。


 マリアはその間に妊娠し、昨年にダイアンが産まれた。

 転生前にはハロルドとキャサリンは初孫に会いに領地に向かったが、今生はアリスティアが魔女となり、レイモンドとの婚約解消騒動があった事から領地には行ってはいなかった。


 初めて会う初孫にキャサリンは大喜びだ。


「 まあ! カルロスと瓜二つだわ 」

「 カルロス坊っちゃまのお小さい頃にそっくりですね 」

 カルロスに抱かれて皆に笑顔を振り撒くダイアン。


 カルロスは半年振りに息子と対面した。


「 お義姉様……わたくしの為にごめんなさい 」

「 ティアちゃん。大変だったわね 」

 マリアはアリスティアをそっと抱き締めた。

 あれ程愛していた皇太子殿下と、婚約を解消したのだとマリアは涙ぐんだ。


 カルロスからアリスティアが魔女になった事は聞いていた。

 だから婚約を解消した事も。

 転生云々の話は勿論伝えてはいないが。



 マリアは侯爵家の令嬢で、二人は幼い頃から決められた婚約関係にあった。

 それは高位貴族同士の政略結婚だ。


 そして大人になり、少しの恋愛期間を過ごした後に、何の問題もなく結婚した。


 本来ならば、アリスティアもそうである筈だったのだ。



 ずっと息子を離さないカルロス見ていると、アリスティアは申し訳無さでいっぱいになった。

 カルロスは可愛い盛りの息子の側にいるよりも、可愛い妹のピンチに立ち向かってくれたのだ。


 転生前のアリスティアへの理不尽さに、一番怒りに震えたのはグレーゼ公爵家の嫡男であるカルロスだ。

 この由緒あるグレーゼ家を陥れた、前宰相ニコラス・ネイサン公爵への憎悪はオスカーよりも激しいものだった。


 彼を宰相の座から引き下ろす為に、あらゆる策を講じたのは他でもないカルロスだった。

 流石に皇太子殿下の側近であるオスカーは、表立っては動けない事もあって。



「 あの岩を退かせるのにはかなりの時間が掛かると思いますわ 」

「 そんなに大きな岩だったのか? 」

 宰相の側近であるカルロスの元にも、土砂崩れの報告は届いてはいたが。


 魔物討伐の時と重なった事から、まだ何の手配も出来てはいなかったのだ。



 この日の夜にはハロルドとオスカーも帰宅して、初孫のダイアンを囲んでの賑やかな夕食となった。

 何時もは厳格な顔をしているハロルドも、余程嬉しいのか目尻が下がりっぱなしだ。


 そんな皆を見ながらアリスティアは思い出していた。

 転生前もこうして皆が揃った日の事を。



 レイモンドとアリスティアの結婚式に参列する為に、カルロスとマリアがダイアンを連れて領地からやって来たと言うのに。

 グレーゼ邸に到着したとたんに、レイモンドと聖女の婚約が発表された事と、結婚式の花嫁が妹から聖女にすげ替えった事を聞かされたのだから。


 その驚きとショックは相当のものだったに違いない。




 ***




 その夜。

 落石した大岩が邪魔で困っていると聞いたアリスティアは、リタ達と現場に向かった。


 人々の役に立つ事をしたいと言うのが、転生前に犯した自分の罪の贖罪。

 困っていると聞いたいたからには放ってはおけない。


 魔女ゾイは良き魔女になるのだから。



 婆さん達は、この日の夕方もグレーゼ家のダイニングにやって来ていて。

 何時もよりも気合いの入った御馳走を食べて満足した婆さん達は、アリスティアのお願いを快く聞いてくれたのだ。


 寝静まった民家のダイニングから、皆で手を繋いでニョロニョロと出て来た。

 前回は皆が避難をして留守だったが、今回は家で寝ている事から忍び足で。


 婆さん達は自然を司る妖精達だ。

 エルドア帝国の自然を知るリタは、住所を言えば何処にでも道を作れるのだと言う。



 アリスティアは道を塞いでいる大岩の前に立ったが、放った魔力は大岩を砕く程の威力は無かった。


 タナカハナコの顔を思い浮かべても。


 そう。

 レイモンドの愛は自分にあるのだから、今の自分はタナカハナコへの嫉妬心はない

 彼女とは毎日お茶会で顔を合わせている事もあって。

 別の意味でムカつく事は多々あるが。



 アリスティアの魔力は嫉妬である。

 そこには勿論憎悪もあるのだろう。

 ニコラス・ネイサン公爵を見た時にも、魔力が溜まったのだから。


 ふむ。

 魔力は弱いけれども、何度も岩に当てれば何時かは割れるわ。


 アリスティアは魔力を岩に向かって放出し続けたら。

 カンカンと軽い音が静かな夜に響く。


 ふと思った。

 魔力の溜まりを感じない今の自分の瞳の色は赤いのかと。

 指先からは赤くないのに魔力が出ていて。



「 リタ様!わたくしの瞳…… !? 」

 リタに瞳の色を確認しようと振り返ったアリスティアは、驚きのあまりに目を見開いた。


「 レイ…… 」

 振り返った先にはレイモンドがいたのだ。


 ここにいる筈のないレイモンドが、両脇に女と一緒に並んでいるのである。


 女達はレイモンドの腕に手を絡ませている。

 両脇の女達はどちらも凄い美女だ。

 背は若干低いが。



「 こんな所で……何を? 」

 アリスティアの身体の中心に熱が溜まって行く。


 そう言えば近い内に遠出の公務があると聞いていた。

 今日がそうだったのかと。


 しかしだ。

 何故両腕に女がいるかが分からない。


 そう言えば……

 以前にオスカーお兄様から聞いた事がある。

 旅先では常に女が言い寄って来るのだと。


 それは嫉妬深い悪役令嬢(わたくし)がいないから。


 勿論、レイはちゃんと拒んでいるとは聞いていたが。

 拒む前には、こうやってレイの腕や手に触り、胸を押し付けているのだ。



 この女共……

 許せない。


「 わたくしのレイに触るんじゃ無いわよ! 」

 アリスティアの瞳が赤くなり、髪がフワフワと逆立ち始めた。


「 ゾイ! 魔力を岩に放つのじゃ! 」

 レイモンドがアリスティアに言った。

 しゃがれた声で。


「 えっ!? 」

「 早よう! 」

「 眠いのじゃ 」

「 えっ? 」

 レイモンドに腕を絡ませている美しい女性の声もしゃがれている。


 アリスティアは頭が混乱したままに、踵を返して大岩に魔力を放った。



 バーン!!!

 凄い音と共に砕け散った岩が空に舞い上がる。


 アリスティアは慌てて振り返った。

 刹那。

 ポンポンと美女達はロキとマヤになり、最後にレイモンドがポンとリタになった。



「 ………貴女達だったの? 」

「 さあ、帰るぞ 」

「 ……はい 」

 アリスティアは婆さん達に手を引かれて、やって来た民家に向かった。


 早く帰って寝たい婆さん達の苦肉の策だ。

 アリスティアの魔力は嫉妬なのだから。


 は……恥ずかしい。

 嫉妬丸出しの自分が。


 今まで当たり前のように嫉妬を丸出しにして来たのだが。

 こんな風に自分の嫉妬心を利用された事で、アリスティアは今までの自分の所為が、どんなに滑稽だったのかを反省した。


 これをレイモンドの前でしていたのだから。



 民家の裏口の扉をそっと開けて鍵を中から閉めた。

 これで誰かが侵入したとは思われない。

 そう。

 早く戻らなければ家人達が起きてくるかも知れないのだ。


 だから婆さん達は急いだのだ。



 嫉妬がないと魔力を出せないなんて、これでは陛下の前で魔力を見せる事は出来ない。

 あんな大きな一枚岩のある場所を提供して頂いたのに。


 しかしアリスティアは離宮へ行っても良いのかと迷っている。

 レイモンドは昔からアリスティアが離宮に行くのを嫌がっていて。

 皇帝陛下の命だからか、あの時はレイモンドは何も言わなかったが。


 レイモンドは何故か魔女の森に行くのも嫌がっていて。

 行く時は自分も一緒じゃないと駄目だと煩い。


 しかしだ。

 忙しいレイモンドと時間調整をするならば、オスカーから許しを貰わなければならなくて。

 オスカーに言えば、予定を組み入れるのならば一ヶ月前から言って貰わないと困ると、これまた煩い。


 そして。

 離宮で魔力を放つ時は自分も呼べと言うのだ。

 自分も見たいからと。

 カルロスも叱り。



「 めんどくさーい!!魔力の調節ぐらい自由にさせてよ!」

 陛下からお許しを貰ってるのだから、一人で行っても構わないわよね。


 アリスティアはその日。

 タナカハナコのお茶会が終ると、一人で離宮の庭園に向かった。



 こんなにも胸がザワザワとするのは……

 やはりレイモンドに禁止されていた場所に行くからだろうと思いながら。















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