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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第三章

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噂の真相




 アリスティアは皇太子宮にある庭園の、ガゼボの近くまでやって来た。


 木の陰からこっそりと覗き見をすれば、金髪のレイモンドと黒髪のタナカハナコが座っている。

 それは向かい合って座っていて。


 まだ、長椅子でなかった事に取りあえずは安堵する。

 流石に並んで座られたくはない。


 ここからガゼボまでは少し距離があるので、二人が何を話しているのかは分からなかったが。



 転生前は、このガゼボで何度も逢瀬を重ねていたと噂で聞いた。


 しかし今生では、レイモンドはもうタナカハナコには会わないと言った。

 なのにこうして会っていると言う事は、やはり未来は変えられないと言う事になる。


 タナカハナコがゴネれば、会わない訳にいかない事は理解している。

 それが皇太子としての責務であるならば。



 そんな事を考えていると。

 レイモンドとタナカハナコの頭が、近付いたのが見えた。


 そして……

 重なった。


「 えっ!? 」

 キスをした?



『 キスと言えば、皇宮の庭園のガゼボで殿下と聖女様がキスをしていたらしいわ 』


『 もう何度も庭園で逢瀬を重ねているとか。それは聖女様がやって来て直ぐからだそうよ 』


『 やっぱりあの姿絵の通りに、お二人は初めてお会いしたあの瞬間に恋に落ちたのね 』


 女性達の声が頭の中で大きくなる。

 グルグルとあの時に聞いた噂が頭の中を支配する。



 既に少し赤かったアリスティアの瞳が、真っ赤になった。

 ミルクティー色の髪がフワフワと空に浮く。


 やはり転生前の()()噂は本当だったのだ。



「 何故、こんな所で魔女になってるの? 」

「 ヒィッ!? 」

 アリスティアは驚きのあまりに飛び上がった。


 目の前にレイモンドがいたのだ。

 息を弾ませながら、アリスティアの顔を覗き込むようにしている。


 いつの間にここに?

 今、タナカハナコとキスをしていたと言うのに。



 レイモンドは、庭園を駆けて行くアリスティアを見掛けてここにやって来た。


 レイモンドの執務室は庭園が見える場所にある。

 会議に行こうとして執務机から立ち上がった時に、窓の下をドレスの裾を手繰り寄せて駆けて行くアリスティアの姿が目に入った。


「 オスカー!父上には少し遅れると伝えてくれ! 」

 一緒に会議に向かおうとしていたオスカーにそう言って、庭園まで駆けて来た。


 何事かと大慌てて。



 そして……

 木の陰に隠れているアリスティアを見付けたのだ。

 ガゼボにいるジョセフと聖女を一心に見つめるアリスティアを。


 アリスティアのミルクティー色の髪は、空中にフワフワと浮き上がっていた。


 魔女になっているのか!?



「 アリスティア! 」と名前を呼んでも振り向かない。

 アリスティアの前に回り込んで、瞳の色を確認すれば真っ赤になっていて。


 その赤い瞳はずっとジョセフを見ている。

 それはそれは切なそうに。

 その顔は……

 今にも泣き出しそうな顔だった。


 ティアは、兄上とハナコが一緒にいる事がこんなにも悲しいのか?



 いや、先ずは魔力を消滅させる事が先決だ。


 レイモンドは立ち尽くすアリスティアに、キスをしようと顔を傾けて来た。


「 嫌! 」

 ドン!!


 アリスティアはレイモンドを力一杯押した。

 流石に騎士団で鍛えている彼は、よろけただけでびくともしないが。


「 嫌なのは兄上がいるからなのか? 」

「 レイ! いくらなんでもこれは無いわ!」

「 やはり君は兄上が好きなのか!? 」

「 タナカハナコとキスしたばかりなのに、直ぐにわたくしとキスをしようとするなんて 」

「 その魔女の姿は兄上への嫉妬から? 」


「 ………えっ? 」

「 ………何?」

 二人は一瞬止まった。


 話が全く噛み合っていない事に気が付いて。



「 ……タナカハナコと? 」

「 ……兄上? 」


 ハッと何かに気が付いたアリスティアは、もう一度ガゼボのテーブルを見た。


 辺りは既に薄暗くなっているから目を凝らして。



 そこにいたのジョセフとタナカハナコ。


 ジョセフはレイモンドと同じ金髪だ。

 瞳の色は紫色で、レイモンドの瑠璃色の青の瞳よりはかなり目立つ。


 更によく見ると……

 二人で頭を突き合わせて()()四角い物を覗き込んでいる。



 そう。

 タナカハナコといたのはレイモンドではなく、そこにいる二人はキスをしていた訳でもなかった。


 アリスティアはズルズルと地面に座り込んだ。

 完全なる勘違いに。



 皇太子宮の庭園にいる金髪の皇子様。

 庭園はレイモンドしか利用しない場所。


 その思い込みがあって、ジョセフをレイモンドだと思い込んだのである。


 良かった。

 レイじゃなかった。



「 ティアはやっぱり兄上の事()好きなのか? 」

 アリスティアは勘違いだったと安堵をしたが、レイモンドは悲しげな顔をしたままだ。


 レイモンド()勘違いをしていたのだ。

 アリスティアが二人に嫉妬をして魔女になったのだと。



 レイモンドのその綺麗な瑠璃色の瞳が悲しげに揺れている。


 レイの誤解を解かなければならない。


 だけど……

 ガゼボにいるのがレイモンドがタナカハナコでなかった事が嬉しくてたまらない。


 二人がキスをしていなかった事が。



「 レイ……だ~い好き! 」

「 ティア?」

 立ち上がったアリスティアは、レイモンドの胸に飛び込んだ。


 とたんにレイモンドが破顔した。


 それは久し振りに聞いた嬉しい言葉。

 子供の頃には、何時もそう言って抱き付いて来た可愛いアリスティア。


 それだけでレイモンドの不安はなくなった。


 そこにあるのは自分への絶対的な愛。

 それがあるからこそ皇太子として生きていける事を、レイモンドはこの一年で痛い程に感じていた。



 アリスティアが背伸びをして、レイモンドにキスをせがむような所為をした。


 その赤い瞳は魅惑的だ。

 魔女のアリスティアは妖艶で、怖いくらいに美しい。

 人々を魅了する力があるかのように。


 これが魔女の魔力であるのかは知らないが。



 レイモンドの鼓動が激しくなる。


「 僕もティアが好きだよ」

 レイモンドは腰を折ってアリスティアのキスに応じた。

 手をアリスティアの頭の後ろと背中に回して。



 二人の影が重なった。


 それは庭園での初めての口付け。

 ガゼボよりは少し外れた場所だったが。


 この事から……

 ガゼボで皇太子殿下とキスをしていたのは、公爵令嬢と言う事になった。




 ***




「 ふ~ん。それでイチャイチャしてたんだ 」

 呆れた顔をするのはオスカーだ。

 あの後、戻って来たレイモンドの機嫌が良かった筈だと言って。


「 もしかしたら転生前も、ガゼボで聖女と会瀬をしていたのはジョセフ皇子殿下だったのかも知れない 」

「 聖女に興味が湧くのは彼ならあり得る事だ 」

 オスカーとカルロスが頷き合っている。


 今夜は、久し振りに帰宅して来たカルロスとオスカーと共に、アリスティアの部屋で作戦会議をしている。



 そう。

 ジョセフ第一皇子は科学者だ。

 異世界から現れたタナカハナコに、興味を湧かない筈がない。


 度重なる逢瀬は色んな事を聞き出していたから。


 何時もタナカハナコが事ある毎に手にしている、あの四角い物には特に興味があるのだろう。

 アリスティアも、お茶会の時に彼女が手にしている四角い物が気になっていた。


 ジョセフが皇太子宮のガゼボで聖女と会う事は、レイモンドも了承している事だと言う事は、後からレイモンドに聞いた。



「 ティアでさえ、レイとジョセフ皇子殿下を見間違ったんだもんな 」

「 思い込みか……」


 庭師が、レイモンドと同じ金髪のジョセフをレイモンドだと勘違いしたのも頷ける。

 アリスティアと同じ思い込みは勿論だが、平民である彼等は、皇族の顔を直視出来ない立場なのだから。


 何時も頭を下げたままで。



「 でも、転生前の事は分からないわ 」

 今はラブラブだけど、と言うアリスティアが嬉しそうにしていて。


「 いや、転生前も殿下はティアを好きだった筈だよ 」

「 俺も思うよ。ティアに執着してるからこそ、どんな美女が言い寄って来ても靡かなかったんだからな 」

「 殿下はそんなにモテたのか? 」

 カルロスの質問にオスカーは声を落とした。


 鼻歌を歌いながらお茶を入れ直しているアリスティアに聞こえないように。


「 ああ、地方ではティアの目がないだろ?だから、もう凄かったぞ 」

 ティアには言えないがなと言って、オスカーは首を横に振った。


 勿論、オスカーは夜の事は知らないので、侍従のマルローから聞いた話なのだが。



「 ええ!? そんな事が!? 」

「 ああ、レイの行くとこ行くとこに現れては…… 」

「 あら?何の話かしら? 」

「 いや……何でもない 」

 とてもじゃないがアリスティアには聞かされない。


 聞けばきっと修道院送りにするだろう。

 こいつならやりかねないとカルロスとオスカーは苦笑いをした。



「 それよりも……ネイサンが聖女を殿下の婚約者にと、言い出したぞ! 」

「 マジ? 」

「 ……… 」

 まだ、同じ派閥内の者達での話だがとカルロスは言う。


 カルロスは交遊関係を利用して、あちこちにアンテナ張り巡らせている。

 やはり皇太子殿下の側近であるオスカーには、耳に入らない事が多い事から、カルロスの存在は有り難かった。



「 今のレイは婚約者がいないのだから、そうなってもおかしくないわ 」

「 そうだな。転生前が異常だったんだよ 」

「 ああ。婚約者のお前がいるのに…… 」

 花嫁のすげ替えとか、本当に腹立たしいと言ってカルロスが拳を固く握り締めた。


「 レイが聖女と婚約をするかも知れないぞ? 」

「 ティアはそれで良いのか? 」

「 魔女は皇太子妃にはなれませんわ 」

 アリスティアは諦めたような顔をした。


 先程までの嬉しそうな顔はもうそこにはなかった。



 薬師になって、薬局をするのだと言うアリスティアを、カルロスもオスカーも不憫に思っていて。

 それは父親のハロルドも同じ。


 アリスティアを決して離そうとしないレイモンドに、腹立たしさを覚える反面。

 それ程までにアリスティアを求める彼を有難いとも思っていて。 


 転生前とはまた違った苦悩が、グレーゼ家の皆にはあったのだ。



 この先はもう、どうなるかは分からない。


 だけど……

 転生前の噂は間違いだったと思わずにはいられない。

 いや、もしかしたら真実だったのかも知れないが。

 それはもう誰も分からない事。



 だけど庭園のガゼボで、レイモンドとタナカハナコはキスはしていなかった。


 それは転生前もきっと。


 あの時。

 レイモンドが自分を信じて欲しいと言った意味が、少し分かったような気がした。
















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