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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第二章

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逢瀬のひと時




 皇太子宮の庭園の中には立派なガゼボがある。

 それは小高い丘にあり、大きな屋根の下にはテーブルと椅子が置かれていて。


 周りは木々に囲まれている事から、完全なプライベート空間になっている。


 皇太子だけが利用する場所であり、そこはレイモンドとアリスティアが週に一度のお茶会をしていた場所であった。



 何時も沢山の人に囲まれているレイモンドにとっては、そこは一人になれる空間の一つ。

 そこでアリスティアと過ごす僅かな時間が、彼の癒しでもあったのだ。


 アリスティアもまた。

 この庭園に入れるのが自分だけだと言う事が誇りだった。


 ガゼボは誰にも邪魔されない二人だけの場所。



『 キスと言えば、皇宮の庭園のガゼボで殿下と聖女様がキスをしていたらしいわ 』


『 もう何度も庭園で逢瀬を重ねているとか。それは聖女様がやって来て直ぐからだそうよ 』


『 やっぱりあの姿絵の通りに、お二人は初めてお会いしたあの瞬間に恋に落ちたのね 』


 それはレイモンドとタナカハナコの結婚式が行われた大聖堂で、聞こえて来た女性達のひそひそ話。


 アリスティアが魔女になった引き金の話だ。



 レイモンドからは何度もガゼボでお茶をしようと言われたが、もう婚約者ではないのだからと言って、ずっと拒んで来た。


 レイとタナカハナコがキスをしていた場所には行きたくない。

 勿論、今はまだそんな事にはなってはいないようだが。



「 わたくしはもうレイの婚約者ではありませんから、ガゼボには行けませんわ 」

「 ティア…… 」

 レイモンドが悲しそうな顔をした。

 行きたくない本当の理由を知らないのだから仕方がない。


 何時も自信に満ちた顔をしている皇子様に、こんな顔をさせるのは忍びないが。

 いや、本当の理由を知ったらもっと苦しむ事になるだろう。



 アリスティアは繋がれている手をほどこうとした。

 しかしレイモンドは、アリスティアの手を自分の方に引き寄せた。


 アリスティアが仰ぎ見ると、レイモンドは少し怒ったような顔をしてアリスティアを見下ろした。



「 何度も言うが。僕達の婚約を解消しただけで、僕達が恋仲である事は変わらないんだよ? 」

 恋仲の二人がデートをするのは当然だと言って。


「 もう誰もが、僕達の関係は変わらずに続いていると思っているんだから 」

「 ……… 」

 そうなのである。

 もう、誰がどう見ても二人は公認のカップルだった。

 それも一目を気にせずにキスをするバカップル。

 婚約を解消する前よりもイチャコラしているのだ。



 自分からレイモンドにキスをしに行ったくせに、これで恋人同士ではないと言うのなら、それこそグレーゼの名に傷を付ける事になってしまう。


 病気を理由に婚約の解消を望んでおきながら、皇太子殿下に身体で言い寄る令嬢だと言われかねない。


 それではアリスティアが今まで罵倒して来た女達と同じ。



 ましてやタナカハナコと恋仲だと言う記事が載った今は、二人の仲を引き裂く元婚約者となってしまうに違いない。


 そう。

 それこそ小説にあるような悪役令嬢。



「 お茶会ならここで良いでしょ? タナカハナコが来ないのなら二人だけで…… 」

「 侍女やメイド達がガゼボで既に準備をしている 」

「 ……… 」

 レイモンドは歩こうとしないアリスティアの顔を覗き込んだ。


 アリスティアが下唇を噛んだ。



「 彼女達の労力が無駄になる 」

 止めの一撃だ。


 レイモンドの尻尾がチリチリと動いていようだ。

 まるで嬉しい事が待っている仔犬のように。


 それを聞いたアリスティアの足が動き出した。

 レイモンドに手を引かれるままに。



 レイモンドもまたアリスティアの事をよく知っていた。

 19年も婚約関係にあったのはお互い様だ。


 アリスティアはとても使用人達を大事にしている。

 それは一つの料理に、彼等のどれだけの手間が掛かっているかを知っているからで。

 自分が拾って来た平民の使用人達を、大事にしているアリスティアならではの事だった。


 皇宮でも下働きは平民達ばかり。

 レイモンドはそこを擽ったのである。

 これを言うと、アリスティアは絶対にガゼボに行くだろうと。


 庭園をアリスティアと歩くレイモンドの尻尾が、ブルンブルンと揺れていた。




 ***




 レイモンドはアリスティアが産まれる前から決められた婚約者。

 グレーゼ家に女児が産まれたら、レイモンド皇子の婚約者にすると言う約束の。

 完全なる政略結婚だ。


 だけどアリスティアはレイモンドが好きだった。

 彼の側にいたいと思ったし、側にいるだけで幸せだった。

 ここはそんなアリスティアの幸せな場所。


 ここでレイモンドは、何時もアリスティアのお喋りを聞いてくれていた。

 楽しそうに相槌を打ちながら。


 話が途切れている間も全然苦にはならなかった。

 二人の間に静かな時間が流れて行くだけで。


 そしてまた。

 どちらからともなくお喋りをする。

 それが週に一度のお茶会の時間だった。

 何年も変わらずに。



 だけど。

 タナカハナコとは毎日のように会っていたのだろう。

 彼女は皇太子宮にいたのだから。


 それは多分今も同じ。

 だから今朝のような記事が出たのだ。


 それは……

 転生前と変わらない事。

 


 一年振りに訪れた庭園のガゼボは、アリスティアの記憶にあるガゼボだった。

 アリスティアが座る椅子も、テーブルを挟んで座るレイモンドの椅子も。


 今は5月。

 緑に囲まれ、辺りは可愛らしい花が咲いている。

 魔女の森の木々みたいな深い緑ではないが。



 テーブルの上には既にスィーツスタンドが置いてあり、アリスティアの好きなスィーツが並べられてあった。


 二人がやって来ると侍女達がお茶を入れて下がって行った。


 何時もならばロザリーがいるのだが。

 ロザリーはタナカハナコの侍女をしてるから、最近はレイモンドの側にはいない。


 ロザリーはレイモンドの乳母であり今は侍女頭。

 レイモンドにとっては、母親代わりでもある大切な存在だ。


 そんな彼女がタナカハナコに付けられていると言う事だけで、どれだけタナカハナコが大切な存在であるかが分かる。



 レイがタナカハナコに寄り添うのは当たり前。

 だけど。

 毎回タナカハナコをエスコートして現れる所を見るのはやはり辛い。


 アリスティアは頃を見て教育係を辞めさせて貰うつもりでいた。

 相変わらずタナカハナコは、レイモンドとしか話そうとしないのだから。



「 ティア? 聞いてる? 」

「 えっ!? 」

 ずっとぼんやりと口を固く閉じたままのアリスティアに、レイモンドが指でテーブルをコンコンと叩いた。


「 今朝の新聞は不快だったよね? 」

 アリスティアが元気がないのはそのせいだと思っていて。


「 もう、ハナコとは会わないようにするよ 」

「 えっ!?……それ……良いの? 」

「 うん。ティアが不快な事はしない 」

「 ここに一緒に住んでいるのに?」

「 ハナコには直ぐに皇帝宮に移って貰う 」

「 !? 」


 これは……

 正解なの?


 考えが纏まらなくなったアリスティアに、レイモンドは皇太子宮に聖女が滞在する事になった経緯を話した。



「 君を皇太子宮に来させる為に、君をハナコの教育係にしたんだ 」

 少し照れたように語るその眼差しからは、好き好き光線が出まくり。


 好きよね?わたくしを。

 これはどう考えても。



「 それから……リタ達をよこしてくれて助かったよ。更に妙な噂が広まる所だった 」

「 迷惑じゃなかった? 」

「 勿論だよ!ハナコは聖女だから大切にしているだけで、彼女とどうこうなりたい訳じゃない! 」

 そう言い切ったレイモンドは、テーブルの上に手を伸ばして来た。


 アリスティアも手を伸ばせと言う素振りをする。

 上に向けた掌の指をちょいちょいと動かして。


 アリスティアがそっと手を伸ばすと、すかさずその小さくて白い手を握った。

 満足そうな顔をしている。


「 ここの椅子は、二人掛けの椅子にした方が良いな 」と、ぶつぶつと言って。



 レイって……

 こんな(ひと)だったかしら?


 自分の気持ちを素直に露にするレイモンドに、アリスティアはずっとドキドキとしぱなしだ。

 転生前のレイモンドは何時も皇子様然としていて。

 アリスティアとは距離を取っていたのだから。


 やはり婚約解消が彼をこんな風にした事は事実。

 それが良かったのかどうかは分からないが。

 


 転生してから一年近く経った。

 タナカハナコの顔を思い出しては、身体に溜まっていた魔力も、今はコントロール出来るようになって来た。


 その姿を見れば……

 また殺ってしまうかも知れないと思っていたが。

 タナカハナコを見ても、それ程の憎悪は湧かなかった。

 それなりにムカつく顔ではあるが。


 彼女には同情してしまうのだ。

 これから彼女が向き合う現実を思うと。



 そして……

 きっと心が穏やかなのは、レイモンドからの揺るぎない愛を感じるからで。


 勿論、転生前にも愛されている自信はあった。

 しかし、やはり今のレイモンドの愛が嬉しくて。



 レイ。

 今、わたくしは正解ですか?


 アリスティアは心の中で、未来のレイモンドに問い掛けた。


 目の前にいる、今のレイモンドを見つめながら。














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