そもそもこう言う女
今朝の新聞の件の話をする為に、カルロスもオスカーと共にレイモンドの執務室に向かった。
聖女との恋仲のニュースが帝国中に広まった今、レイモンドは何を考えていたのかを知る為に。
転生前のこの時期の事が、アリスティアの話だけではよく分からない事もあって。
それは聖女が現れてからはアリスティアのお妃教育も中止になり、皇宮から完全に閉め出されていたからなのだが。
婚約を解消している今は、転生前とは違うのは当たり前でも。
レイモンドの執務室に入ろうとした所で、侍従のマルローが二人を呼び止めた。
「 オスカー様殿下がお呼びでございます。カルロス様もご一緒に 」
マルローの険しい顔から、何があったのかと疑問に思いながら向かった先はダイニング。
「 ? 殿下はまだ食事中か? 」
「 何故俺達をここ呼んだんだ? 」
話があるのなら、執務室で十分ではないのかと二人で話しながら扉の前に立った。
ドアマンが扉を開けると、テーブルにいたのはレイモンド。
……と、聖女だった。
ここはレイモンドが何時も朝食を取る場所。
夕食を取る部屋よりも小さめの。
朝日がたっぷりと注がれる大きな窓があるサロンだ。
「 !? 」
まさか。
聖女と一夜を?
カルロスもオスカーと同じ事を思ったのか、二人は顔を見合わせた。
やはりブス専だったかと。
今はアリスティアと婚約をしてないのだから、二人が一夜を共にしても何ら問題はないのだが。
いや、大問題だ。
魔物退治はどうなるのだ?
そんな考えが二人の頭の中でグルグルと駆け巡る。
「 オスカーやっと来たか!カルロスも一緒なのか?相変わらず仲良し兄弟だな。突っ立ってないでこっちへ来てくれ 」
レイモンドが視線を走らせた先には、黒いローブを来た人達。
それは今朝、我が家のダイニングにいた婆さん達三人だ。
そう。
リタ達は今朝、グレーゼ家のダイニングに現れていたのだ。
何時もの道を使って。
「 リタ!ロキ! マヤ! 何故お前達がここにいる? 」
「 いつの間にここに来た? 」
カルロスとオスカーの問い掛けに、婆さん達が面倒くさそうに顔を上げた。
モグモグと口を動かしながら。
「 またお前らか?煩いのう 」
「 焼き立てパンを食いに来たのじゃ 」
「 ゾイがここの白パンが美味いと言うからのう 」
テーブルに肘を付いているレイモンドが嬉しそうに、二人とリタ達のやり取りを見ている。
その時。
ヒラメ顔を横に膨らませた顔の聖女が、ガタガタと椅子を引く音を鳴らして席を立った。
「お先に失礼します」と言って。
そう言えば聖女がいたのだ。
すっかり忘れていたが。
タナカハナコは食事のマナーは、平民のそれとは違って一応はあるようだったが、何気に乱雑だった。
リタ達の側にいるカルロスとオスカーを一瞥すると、扉の方に向かって歩いて行った。
「 ゾイって誰? 」とぶつぶつと言いながら。
壁際にいた侍女やメイド達の中から、一人の侍女が真っ青な顔をして彼女の後ろを続いた。
オスカーとカルロスに頭を下げたままに。
「 何故聖女がここに? 」
一応レイモンドに聞いてみたが。
聞かなくても分かる。
彼女はレイモンドと一緒に朝食を食べる為に来たのだ。
これがもし、後見人であるニコラス・ネイサン公爵の策略であると考えれば、ここに聖女が来た事も納得がいく。
聖女自身は、朝食を共にすると言う意味を知らなかったのかも知れないが。
優しいレイモンドの事だから、聖女の入室を拒めなかったのだろう。
女性に恥をかかせる事なんて絶対にしないし、出来ないのだから。
だからこそだ。
アリスティアの手で、レイモンドに言い寄る女達を排除して来たのである。
悪役令嬢と呼ばれようとも。
「 何故聖女をここに来させた? 」
今度は、壁際で頭を下げたままのロザリーに聞いた。
これは侍女達の失態。
男女が二人で朝食を食べる意味を知らない訳はない筈なのに。
「 申し訳ありません。聖女様の専属侍女のメリッサとの意志疎通が出来なかったみたいです 」
ロザリーはレイモンドの乳母であり、侍女頭である。
皇太子宮の使用人達は全て彼女が仕切っているのだ。
「 オスカー! ロザリーを責めるな!まだ会話が十分ではないハナコには、上手く伝わらなかったのだろう 」
「 ……申し訳ありません。以後このような事がにいように徹底致します 」
ロザリーはそう言って頭を下げた。
「 床から突然彼女達が現れたから驚いたよ 」
レイモンドはそう言ってリタ達を嬉しそうに見やった。
ホッとした顔をしているのは、聖女との食事を回避出来たからだ。
アリスティアは……
聖女が来る事を見越して婆さん達をここによこしたのだ。
流石だ。
カルロスとオスカーは暫く笑いが止まらなかった。
***
『 皇太子殿下と聖女様は恋仲 』
『 聖女様を皇太子宮に滞在させているのは皇太子殿下の要望 』
『 一つ屋根の下では既に夕食を共にしている。朝食を共にするのも時間の問題か!? 』
今朝。
アリスティアもまた新聞を読んでいた。
この記事を読んだタナカハナコは、朝食をレイと取りたいと思う筈。
「 レイ様ぁ~ハナコ寂しいの~ 」とか言って。
わたくしはなぁ~んにも知りませ~んと天真爛漫な振りをして、レイに言い寄る女は今までにも何人もいたのだ。
そして。
これは転生前でもなかった話。
それを今生で許す訳にはいかない。
もう、何も知らされずにいた転生前とは違うのだから。
それは今朝かも知れないのだ。
この新聞を見たタナカハナコが行動に移すかも知れない。
こう言う時の直感は、今まで恐ろしい程に当たって来た。
今から皇太子宮に行こうかしら?
どうしたら良いのかと考えあぐねていたら。
ダイニングの床からリタ達が現れたと、侍女のデイジーが呼びに来た。
「 ティア!婆さん達にいきなり来るなと言っておけ! 」
ダイニングから出て来たオスカーが、アリスティアの姿を見るなりそう怒鳴った。
カルロスは心臓に手を当てている。
久し振りにグレーゼ家にやって来たリタ達は、ダイニングに入って来たアリスティアを見るなり、パンを食べに来たと言った。
それはアリスティアが以前に言っていた事。
朝に焼き上がる焼き立てのパンはもっと美味しいのだと。
これはリタ様達を利用しなければ!
アリスティアは、ダイニングのテーブルに座ろうとする婆さん達にストップをかけた。
「 我が家のパンはもう無くなったわ。今朝は皇太子宮のダイニングに食べに行って! 」
騎士団の早朝訓練がある日ならば、まだ食事前。
最近は魔物に備えて毎朝訓練をしていると聞いた。
レイモンドの毎日は大体は把握している。
最早ストーカー並みに。
19年も婚約者でいるのは伊達ではない。
どうしても焼き立ての白パンを食べたかった婆さん達は、直ぐにダイニングの床に沈んで行った。
「 行ってらっしゃい 」
アリスティアはリタ達にヒラヒラと手を振った。
***
「 やっぱりタナカハナコは現れたのね? 」
予想通りだ。
アリスティアはテーブルの上にある紅茶のカップをコクリと飲んだ。
勿論音なんか立てない。
アリスティアがサロンにやって来るのを待ち構えていたオスカーが、今朝の出来事のあらましをアリスティアに説明した。
聖女がダイニングにやって来た時には、レイモンドと婆さん達は既に食事をしていたらしい。
で、結局は、レイモンドと婆さん達とタナカハナコの五人で食事をしたと言う。
それはアリスティアの予想通りに。
聖女よりも早く、リタ達はダイニングに行ったのである。
リタ達がいたから過激な噂を流されずに済んだ事は間違いない。
一夜を過ごしたなどと書かれる事になれば、そのダメージはレイモンドや聖女だけでなく、聖女を預かるエルドア帝国としてのダメージも計り知れないのだから。
「 それでタナカハナコはどんな顔をしていたのかしら? 」
「 不満顔をしていたよ 」
オスカーが自分の頬に手をやって、ブゥゥと膨らませる真似をした。
「 目に浮かびますわ 」
オーホホホと高笑いをして、アリスティアはしてやったりの顔をした。
そんなアリスティアを見て、そもそもこんな女だったのだとオスカーは思った。
レイモンドが社交界デビューをすると、レイモンドが参加する夜会にはスパイを送り込んでいたりしたのだ。
レイモンドに言い寄る女を調べる為に。
そしてその女が誰であろうと徹底的に排除したのである。
グレーゼの名を利用して。
それは11歳の子供の時から。
カルロスはアリスティアを猫可愛がりをしているが、ずっとレイモンドの側にいたオスカーは知っていた。
アリスティアの行動力の凄さを。
そもそも魔女になったからと言って、魔女の森で修行をすると考える事があり得ないのだ。
普通の貴族令嬢ならば、ただ泣くだけで何もしなかっただろうに。
ましてやアリスティアは、公爵令嬢と言う最高位の貴族令嬢なのだ。
最近はしおらしくいた事から忘れていたが。
そもそも。
転生前に、アリスティアが完全にシャットアウトされたのは、こんな女だからなのだとオスカーは納得するのだった。
アリスティアのレイモンドへの執着は半端なかった。
怖い程に。
敵に回したら本当に厄介な女なのである。
「 これからも聖女の邪魔をしていくのか? 」
「 あら?歴史に介入しないと決めたでしょ? 」
「 お前なあ、自分が何をしたのか分かってないのか?介入しまくりだぞ! 」
「 だって、朝食を一緒に食べたなんて、転…… 」
「 誰が介入しないって? 」
「 !? 」
「 !? 」
その声に二人は飛び上がった。
頭を寄せあってひそひそと話をしていたら、いつの間にかレイモンドが側に来ていたのだ。
危なかった。
転生前と口走る所だった。
「 仲良し兄妹で何の話? 」
「 ……リ…リタ様達の話をしていたのよ 」
「 ああ。今朝は驚いたよ。父上の所にもああやって来たんだね 」
何事にも動じない父上が、心臓が飛び出たと言っていた意味がわかったと言って、レイモンドはクスクスと笑った。
ご機嫌なレイモンドを見ながら二人は目で合図を送りあった。
兄妹会議は夜に持ち越す事にする。
「 あれ?聖女はどうした? 」
オスカーがキョロキョロと辺りを見回した。
何時もならばエスコートして来ると言うのに。
「 今日は来れないと連絡があった。だからティア。今日は僕とお茶をしよう 」
オスカーに下がるようにと言ったレイモンドは、アリスティアの手を掬い取った。
折角の二人だけのお茶会を邪魔されたくはないと言って。
そのまま手の甲に唇を寄せると、アリスティアを席から立たせた。
「 あら?別の場所に移動するの? 」
「 今日はガゼボにお茶の用意をさせたんだ 」
レイモンドはアリスティアを見ながら顔を綻ばせた。
そこは……
皇太子殿下と聖女がキスをしていたと聞いてからは、一度も行った事のない場所だった。




