僕の恋人宣言
「 あら? 娼婦はどちらなのかしら? 」
おおっ!
いきなり王女を娼婦呼び!?
流石は悪役令嬢だ。
会場はどよめいた。
悪役令嬢の登場に一気にボルテージが上がる。
特に令嬢達は狂喜乱舞状態だ。
前回のクリスマスの舞踏会では、ローザリア王女がずっとレイモンド皇太子殿下を独占し、自分達を寄せ付けなかったからで。
アリスティアがいなくなってからは、自分達がレイモンドに纏わり付いていたのは棚に上げて。
あの時。
公爵令嬢がいない舞踏会を、どんなに歯痒く思った事か。
オパール王国と言う何処の国かも分からない小国の王女に、好き放題されていたのにも関わらず誰も物申す事が出来なかったのだから。
今。
我が国の公爵令嬢が、自分達の前を威風堂々と歩いて行く。
王女に物申す為に。
既に皆は勝利を確信していた。
割れた人垣の中をアリスティアは、ローザリア王女と彼女の前で土下座をしているニアン・オードリーの元へ真っ直ぐに歩いて行った。
王女の顔は驚いて目を見開き、顔を真っ赤にして涙目のニアンは、ホッとした顔をしながらアリスティアを凝視した。
「 王女のわたくしに、娼婦みたいだと言ったのはお前かしら? 」
ローザリアは目を眇めた。
やはり不細工だわ。
「 あら!? 王女様だとは知らずに失礼致しました。あまりにも下品な言葉が耳に入りましたので、まさか王女様だとは思いませんでしたわ 」
「 何ですって!?」
アリスティアはローザリアの前に立つと、ドレスの裾を持ちカーテシーをした。
とても優雅に。
わざとゆっくりと。
「 我が国の貴族令嬢を娼婦呼ばわりされて、公爵令嬢としてはやはり黙っておられませんわ 」
「 公爵令嬢? 」
「 わたくしはアリスティア・グレーゼ。グレーゼ公爵の娘でございます 」
「 グレーゼ公爵…… 」
グレーゼ公爵令嬢と言えば、先日レイ様と婚約を解消した令嬢じゃないの。
ローザリアはアリスティアを凝視した後に、ニヤリとほくそ笑んだ。
ほくそ笑んだ顔もやはり不細工だった。
「 では、王女様に改めて苦言を呈しますわ 」
「 このわたくしに苦言?」
「 恋人でもなく、婚約者でもなく、夫でもない我が国の皇太子殿下の腕に手を回したり、盛りの付いた猫みたいに、甘えた声を四六時中出しておられる王女様は娼婦みたいではありませんこと? 」
アリスティアは首をコトンと横に傾げた。
取って置きの可愛らしい仕草だ。
来たーーっ!!
娼婦みたいだと言った!
盛りの付いた猫みたいだとも!
これは誰にでも言えるものではない。
流石は我が国の悪役令嬢だ!
会場の皆はどんどんとヒートアップする。
「 なっ!?何ですって!? わたくしが……王女のわたくしが……娼婦? 盛りの付いた猫!? 」
ローザリア王女の顔は真っ赤に膨れ上がり、ワナワナと震え出した。
こんな侮辱的な言葉を言われたのは生まれて初めての事。
それはそうだろう。
彼女は王女なのだから。
「 貴女はもうレイ様の婚約者でもないのに、しゃしゃり出て来るなんてお門違いも甚だしいわね 」
それでも気を取り戻したローザリアは、勝ち誇ったような顔をした。
転生前では王女を泣かせた。
『 オパール王国では、婚約者のいる男を誘惑するのが外交なのかしら? 』
しかし、婚約者でなくなった今はもうそれは言えない。
婚約者だと言えば、それだけで四の五の言わさずに撃退出来たのだが。
「 わたくしは我が国の公爵令嬢!」
アリスティアはどんと足を一歩前に出し、胸を張った。
その迫力にローザリアは一瞬怯んだ。
スラリとしたスタイルのアリスティア背の方が、ローザリアよりかなり高い。
そう。
王女は背が低くポッチャリ体型。
ましてやオパール王国は小国だ。
きっとグレーゼ公爵家の持つ資産は、オパール王国の財政よりも莫大な筈。
そんな奴が、大国エルドア帝国の皇太子殿下を狙っているのだから。
ただ王女と言うだけで。
「 我が国の皇太子殿下に無礼を働き、我が国の貴族令嬢を娼婦呼ばわりされた事は公爵令嬢として見過ごせませんわ! 」
会場からはどっと大きな歓声と拍手が巻き起こった。
そうだそうだと大変な騒ぎになった。
「 どうやらオパール王国の天真爛漫な王女様は、両国の外交の邪魔をしたいみたいですわね? 」
アリスティアはオパール王国の大臣達を睨み付けた。
その迫力に大臣達は竦み上がっている。
ふふん。
馬鹿とは言わずに天真爛漫だと言ったのは、わたくしの優しさよ。
さっき王女を娼婦呼ばわりをした事は横に置いといて。
盛りの付いた猫呼ばわりをした事も横に置いといて。
アリスティア・グレーゼ公爵令嬢は強かった。
他国の王女を物ともせずに、自国の外交官の女官を守ったのだ。
「 凄い! 期待以上だわ 」
「 流石はアリスティア様 」
「 我が国にはアリスティア様が必要だわ 」
皆はアリスティアを称賛した。
こんなにスカッとした事はないと言いながら。
ワナワナと次の言葉を探すローザリアを余所に、アリスティアが床に座ったままのニアンを立ち上がらせた。
こいつにも苦言を呈する必要があると。
転生前と同じ様に。
「 ローザリア王女! 」
その時、レイモンドがローザリアの側にやって来た。
「 レイさまぁ~。わたくしは酷い言葉を投げ掛けられましたのよ~ 」
ローザリアは甘ったるい声を出し、やって来たレイモンドに泣きながら抱き付いた。
涙は出ていない。
それに、さっきまでのドスの利いた声は何処にやった?
「 ローザリア王女。この僕に免じて、我が国の外交官と僕の恋人の苦言を許して貰いたい 」
レイモンドはローザリアをバリッと剥がして、一歩後ろに下がり丁寧に頭を下げた。
「 ……えっ? 恋人? 」
ローザリアだけでなく、ニアンも、会場の皆も、アリスティアも驚いた。
「 殿下は僕の恋人って仰有った 」
「 婚約を解消したのに? 」
「 やはりあの噂は本当だったんだ! 」
『 公爵令嬢の体調が回復すれば、二人は再び婚約を交わす 』と言う噂だ。
それはアリスティアを毎朝迎えに行き、卒業プロムではファーストダンスを踊ったからで。
レイモンドの積極的なアプローチが実を結んでいた。
レイモンドはアリスティアの手を取り、自分の側に引き寄せた。
「 僕とアリスティア嬢はある事情で婚約を解消したが、僕は彼女を離さない。皆も今日の彼女を見れば彼女が皇太子妃に相応しい女性だと言う事が分かった筈だ! 」
レイモンドはこのタイミングを逃さなかった。
それは皇帝陛下に向けて言い放ったもの。
父親に対する初めての反抗だった。
明日になれば、アリスティアが王女を戒めた事がニュースになって国中を駆け巡るだろう。
レイモンドがそんなアリスティアを離さないと公言した事も。
会場にいた貴族達のインタビューも。
「 アリスティア様こそ皇太子妃に相応しい令嬢 」
***
レイモンドとアリスティアはダンスを踊っている。
あの後直ぐに「 ダンス! ダンス 」 と、会場からダンスを踊れコールが起こったのである。
学園の生徒達以外は久し振りに見る二人のダンスだ。
「 どうしてあんな事を言ったの? 」
「 事実だろ? 」
「 でも……わたくしは魔女なのよ? 」
「 この先、君が魔女だと知れば、余計に君が皇太子妃に相応しいと皆は思うよ。何せ強い皇太子妃なんだからね 」
レイモンドは、グレーゼ家の使用人達と同じ事を言ってクスクスと笑った。
アリスティアの魔力は巨大な巌も粉々にする魔力。
きっと何かの役に立つ筈だとレイモンドは考えていた。
その何かが何なのかは今は分からないが。
困った事になったわ。
まさか公の場であんな風に言うとは思わなかった。
陛下は何も言わなかったけれども。
レイは咎められないかと、アリスティアは心配になった。
今の今まで、レイモンドは問題など起こした事のない、品行方正な皇子様だったのだから。
家に帰ったらお兄様達と会議を開かなければ。
アリスティアはレイモンドを仰ぎ見た。
「 ん? 」
アリスティアを見下ろすレイモンドの瞳は限りなく甘くて。
本当は……
レイが言ってくれた言葉が嬉しかった。
魔女の自分をこれ程までに求めてくれている事が。
それが束の間の幸せだったとしても。
そんな二人の様子をカルロスとオスカーは見ていた。
そして、あの下弦の月の夜の時も。
あの夜はオスカーの部屋で二人で飲んでいて。
窓から外を見ていたカルロスが、レイモンドに気が付いたのである。
アリスティアと同じ様に。
新月の夜に天のお告げがあり、新月の夜に異世界から聖女が現れると聞き、二人も月の満ち欠けが気になって最近はよく月を見るようになっていて。
あんなに酔っ払ったレイモンドは、オスカーとて初めて見た姿だった。
きっとアリスティアが第一皇子と接触があった事を知ったからだろう。
卒業プロムでの事は、オスカーも報告を受けていた。
アリスティアからも護衛の騎士達からも。
昔からレイモンドが、ジョセフとアリスティアの接触を、極端に嫌がっていた事をオスカーは知っていた。
勿論、カルロスも。
アリスティアが彼の側に行かないように注意をして欲しいと言う事は、グレーゼ家のアリスティアの侍女達にも精通していた事だから。
あの夜に、二人がどんな話をしたのかは流石に聞こえなかったが。
抱き合っている二人の姿に、鼻の奥がつんと痛くなった。
アリスティアが言うように、このレイモンドが本当に聖女を好きになるのかと不思議でならなかった。
いくら《《ブス専》》と言えども。
「 凄いな。レイは本気を出して来たぞ 」
「 陛下はどう出るかな?父上もだが 」
「 それよりも……魔女達が天のお告げを聞くのは2日後だ 」
「 陛下から緊急招集が掛かり、その後箝口令が敷かれる事になるらしいからな 」
二人は気持ちを引き締めた。
アリスティアの事を疑う訳では無いが。
アリスティアの言う事が真実ならば、ここから全てが始まるのだと。
アリスティアが魔女になり、時戻りの剣でレイモンドに胸を貫かれる最期の時まで。
その真実を知る為に。
カルロスは宰相になったハロルドの秘書官として。
また、オスカーはレイモンドの側近として。
「 !? 」
レイモンドと踊り終えたアリスティアが、立ち尽くしているのをオスカーが見た。
皆に囲まれて話をするレイモンドの横で。
ずっとある方向を見ている。
「 ティアは何を見てるんだ? 」
「 父上かな? 」
そこは皇帝陛下や大臣達がいるエリア。
カルロスもオスカーも、アリスティアの視線の先を凝視した。
そこにはニコラス・ネイサン公爵の姿があった。
アリスティアの結わえていた髪がほどけて、遡り始めた。
そのヘーゼルナッツ色の瞳は赤く光っていた。




