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未来を変える為に魔女として生きていきます  作者: 桜井 更紗
第二章

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下弦の月

 



 ずっと泣かせてばかりいる。

 5歳も年上のくせに何をやってるのかと。


 記者会見の()()()まではアリスティアの涙なんて見た事がなかった。

 幼い頃に、オスカーに咎められて泣きながら抱き付いて来た時位で。



『 わたくしを皇太子妃にすると言っても結局は陛下の言いなり 』


 アリスティアの言い放った言葉が胸に突き刺さる。

 父皇の言いなりになってしまった事は事実。


 側近であるオスカーが辛辣な態度をするのも、それが原因なのだろう。

 アリスティアが思っている様に、結局は何も出来ない自分に呆れているのだろうと。



『 あの時だって結局は議会で決まった事を撤回なんか出来なかったじゃない! 』


 議会で決まった事とはどう言う意味なのか?

 ティアは何かを勘違いしてるのかも知れない。


 レイモンドはアリスティアともっと話をしなければならないと思ってはいるのだが。

 あれ以来アリスティアは会ってはくれなくなった。

 学園を卒業した今は、朝に迎えに行く事も出来なくなってしまって。



 そして。

 ジョセフがアリスティアに、婚姻を申込む恐れが出て来たかもとレイモンドは気を揉んでいた。


 急にアリスティアに接近して来た事からしても、そう思うのが自然の事。


 何よりも。

 アリスティアを見つめる彼の瞳が愛しい女性(ひと)を見る瞳だった。



 思い出したのはギデオン皇帝陛下の言葉。


『 アリスティア嬢を妃にするには他にも方法がある 』

『 彼女程の令嬢は他にはいまい。彼女を手放すのは惜しいのう 』

『 彼女は妃として申し分のない令嬢だ 』


 それを聞いた時には、正妃になる為に生きて来たアリスティアを、()()にするつもりなのかと怒り心頭だったのだが。


 この言葉の真意には、アリスティアをジョセフ第一皇子の妃にする意図もあるのではないかと。


 そんな風に思わずにはいられなかった。



 そして……

 ジョセフがアリスティアへの婚姻を持ち掛ければ、ギデオンから反対される理由はない。


 魔女は皇太子妃には出来ないが。

 ジョセフ第一皇子の妃には出来る。


 レイモンドはこの時初めて皇太子になった事を悔いた。




 ***




 アリスティアは、リタが天のお告げを聞いた日の事は覚えていた。

 正確には次の日の事なのだが。


 あの日。

 舞踏会の時に、レイモンドに言い寄っていた外交官の女官を戒めた時の前日が、間違いなくその日なのである。


 オスカーが陛下から緊急招集があったと言って、アリスティアとお茶会をしようとしていたレイモンドを連れて行った事から。


 多分。

 前日の夜にリタ様が天のお告げを聞き、翌日に陛下に報告に来た事で、緊急招集がかかったのだわ。



 リタからは、天のお告げを聞いたのは新月の夜だと聞いた。

 しかし、その新月の日を正確には分からなかった事から、アリスティアはカルロスとオスカーにその事を話したのである。



「 確かに、あの外交官の女官はレイにすり寄ってるわ 」

 オスカーがあの日と同じ事を言った。


 その外交官はニアン・オードリー伯爵令嬢。


 外交官の父と共に何年間もオパール王国で暮らし、帰国してからは成長したレイモンドを見て、すっかり恋する乙女の顔になっていると言う。


 彼女の年齢は25歳。

 貴族令嬢としては行遅れの年齢になる。



「 わたくしは仕事に生きます 」

 などと常に言ってはいるが。


 どう見ても、仕事の関係以上の事をレイモンドに求めているとオスカーは言う。


 多分。

 転生前よりも熱心に。



「 オスカーお兄様! どうして阻止しないのよ! 」

 アリスティアも転生前と同じ事を叫んだ。


「 ティア、お前はもう婚約者じゃないんだよ 」

 二人のやり取りを聞いていたカルロスが苦笑いをした。


「 今、レイはフリーだからな 」

 レイに言い寄るのは彼女だけじゃないと、オスカーはアリスティアを見ながらニヤニヤと笑った。


 笑い事ではない。



「 それに、今回はまたあのオパール王国のローザリア第2王女も来てるしな 」

「 えっ!?あの不細工な王女はまた来たの? 」

「 前に来た時にはティアはいなかったんだろ?今回は殿下がティアとの婚約を解消した事を聞いたんだろうね 」

 だから、年末に来国して、僅か3ヶ月も満たない内に再び押し掛けて来たのだと。



 そうなのである。

 転生前はアリスティアが王女を泣かして追い払ったのだが。


 今回はアリスティアがいなかった事から、ずっとレイモンドに纏わり付いていたと事は、以前にオスカーから聞いていた。


 今回は本気でレイモンドの妃になろうとしているらしい。

 そして、今回もまたレイモンドに纏わりついていると言う。


「 フリーになったレイを、前回以上に呼び出しているよ 」

 仕事が滞ると言ってオスカーは嘆いた。



 エルドア帝国の皇太子が、婚約を解消した事が世界に知れ渡った事から、他国からの王女の来国の打診が後を絶たない状況になっているのだと。


 宰相になったばかりのハロルドが対応に当たっていると、ハロルドの秘書をしているカルロスが言う。



「 まあ、何にせよ。いよいよだな 」

 リタとロキとマヤの三人が、ガツガツとシェフの料理を食べるのを見ながらカルロスが言った。


 暫くロキとマヤの姿は見えなかったが、最近は三人一緒にやって来る。

 ダイニングの床をニョニョニョニョニョと。


 シェフや使用人達は彼女達が来るのを喜んでいる。

 美味い美味いと言いながら食べる婆さん達は可愛らしいのである。


 リタは兎も角ロキとマヤは何処で天のお告げを聞くのだろうかと、三人は心配している。



 アリスティアは卒業プロム以来、レイモンドには会ってはいなかった。

 学園を卒業した事から、朝の馬車でのデートがなくなった事もあって。


 勿論、特進クラスには行っているが。

 卒業生は自由に研究が出来る事から、アリスティアは薬学のクラスには午後に行っている。


 レイモンドとは、会わない方が良いと思っている事から丁度良かった事ではあるが。


 そんなアリスティアの気持ちを知らないレイモンドは、それならばとガゼボでのお茶会を提案された。



 流石にタナカハナコと逢瀬をし、キスをしていたガゼボには行きたくはない。


 そもそも、もう婚約は解消されたのに、いくらなんでも皇宮でお茶会をするのはおかしいと言って、アリスティアは丁重にお断りした。



 婚約は解消したのだと何度言っても、アリスティアを離そうとはしないレイモンドに、嬉しく思う自分もいて。


 アリスティアはただただ時が過ぎるのを見つめていた。




 ***




 眠れない夜が続いていた。

 いや、もうずっと眠れていないのだ。


 泣き叫ぶ声が。

 足下で逃げ惑う人々が。

 悪夢となって責め立てて来るのだ。

 大罪を犯した自分を。



 だから。

 寝る支度を終えて侍女が下がっても、アリスティアが寝るのは何時も明け方近くになってからだった。


 長い夜はいらない。

 悪夢を見てしまうから。


 なので薬学の勉強は、夜中までも起きている事に丁度良かった。


 この夜も。

 暖炉の暖かさに喉が渇き、冷たいミルクを飲んだ後に窓を開けた。


「 もう、春なのだわ 」

 夜空を見上げ月を見つめた。



 その時、木の幹に誰かがいるのが見えた。

 月明かりに照らされて髪がキラリと光っている。


「 !? ……まさか…… 」

 アリスティアは部屋から飛び出て階段を駆け下り、庭に通じる扉の閂を引き抜き、庭に駆けて行った。



 木の幹に座っていたのはレイモンドだった。


 長い足を投げ出すようにして座っている。

 じっと俯いたままで目を伏せている。

 その顔が美し過ぎて。



「 レイ 」

 アリスティアが近付くと、レイモンドは俯いていた顔をアリスティアに向けた。


「 やあ、元婚約者殿 」

「 レイ! こんな時間にどうしたの? 」

「 気が付いたらここにいた 」

 アリスティアを見つめる目が赤い。

 やや目が虚ろである。



「 酔ってるの? 」

「 酔ってないよ 」

 とろんとした顔が色っぽくてドキリとする。


 いや、ときめいている場合ではない。

 騎士は?とアリスティアは辺りを見回した。


 辺りには誰もいなくて。

 どうやら一人でここに来たようだ。



 こんな時間に。

 こんなに酔って。


 そして……

 こんな風に酒に酔っぱらうレイモンドは初めて見た。


 オスカーからは、彼は酒に酔う程は飲まないと聞いていた。

 何時も皇子様でいなければならないからねと言って。

 ベロンベロンに酔って、管を巻きながら帰ってくる自分達とは違って。



 フゥゥと息を吐いて月を見上げたレイモンドは、アリスティアを凝視して来た。


「 月灯りの下にいるティアは綺麗だね。あっ!? 何時も綺麗だと言いたいか? 」

 レイモンドはそう言ってクスクスと笑うと、カクンと頭を下に向けた。



 こんな所は公爵家の者にも見られたくは無いだろう。

 彼は何時も凛とした皇子様なのだから。



「 レイ、待ってて。直ぐにオスカーお兄様を起こしてくるわ 」

 オスカーは彼の親友であり側近だ。


 こっそりと宮殿に連れ帰ってくれるだろう。



「 ………ティア……行かないで…… 」

 ユラリと立ち上がったレイモンドはアリスティアの手首を掴んだ。


「 !? 」

「 ティア……ごめん…… 」

 そう言ってアリスティアの首に手を回して、ギュッと抱き締めて来た。


 良い匂いがすると言って耳元に唇を寄せながら。

 

「 レイ。お兄様を…… 」

「 僕が……僕が皇太子でごめん 」

 消え入りそうに言ったその声は震えていて。


 何だか泣いているようだった。



「 レイ…… 」

 レイモンドの腕の中にいるアリスティアの瞳には、みるみる内に涙が溜まって行く。


 私が酷い事を言ったからレイは苦しんでいる。

 こんなになるまで、お酒を飲み過ぎてしまう程に辛いのだ。


 レイは何も悪くは無いと言うのに。



「 レイ……悪いのは私なの。私が……魔女になってごめんなさい 」


 結婚式の日。

 自分が魔女になんかならなければ、式を終えた皇太子殿下と聖女は、魔物退治の旅に向かったのかも知れない。


 二人で手を取り合って魔物を退治し、世界を救う筈だった。


 それはお伽噺のような世界。


 二人にもこの国にも世界にも。

 素敵な未来があったのだ。



 それを断ってしまったのはわたくし。


 聖女を殺ってしまってごめんなさい。

 優しい貴方に……

 ()()()()()を使わせてしまってごめんなさい。



 その夜。

 月明かりの下で二人は抱き合って泣いた。



 夜空に浮かぶのは下弦の月。













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