天才皇子の為せる業
「 箒に乗ってのキス!? 」
ざーんしん!
素敵〜。
タナカハナコは、レイモンドとアリスティアの箒に乗ってのキスを見ていた。
ドラマでも見た事のないシチュエーションに、うっとりとしながら。
せめてキスだけでも出来ないかしら?
そう。
皇子様とのキスなんて、自分が聖女であるこの世界でないと出来ない事。
日本に戻る事になれば、ただの普通の人になってしまう。
毎日毎日会社と家の往復をするだけの、つまらない日常に戻るのだ。
こんなに素敵な男など無縁な世界に。
タナカハナコは考えた。
暗い空を見上げているレイモンドを見ながら。
松明の光に照らされた黄金の髪がキラキラとして、その立ち姿も綺麗。
肩から下がるマントが風に吹かれてフワリと揺れた。
そうだわ!
聖女だから出来る事を要求すれば良いのよ。
タナカハナコは薄笑いをした。
凄く良い事思い付いたと。
「 聖女の能力はね~レイ様とのキスで目覚めるのよ! 」
突然のタナカハナコのお馬鹿な発言に、驚いた騎士達は一斉に彼女を見やった。
前で構える弓兵達は、まるで怖いものを見るように振り返った。
頭だけを後ろに動かして。
勿論、誰一人として、そんな事で聖女の能力が目覚めるとは思ってはいない。
「 だからぁ~レイ様の所へ連れて行って頂戴 」
「 後、3分待て! 」
その時、ジョセフがタナカハナコの後ろから口を開いた。
手には懐中時計を持ったままに。
「 ねえ? さっきから何なの?後10分とか、3分とか……あっ!3分経ったらレイ様がここに来てくれるのね? 」
タナカハナコの問いには答えずに、ジョセフは空を見上げた。
空ではアリスティアとサラの戦いが繰り広げられていた。
銀色の光の塊を追い掛けて、箒に乗って魔力を放出する魔女の姿があった。
騎士達は思った。
この女の頭の中は完全にイカれてると。
魔物がこの女に憑依しないようにと。
今、正に彼女が必死で戦っていると言うのに。
彼女の魔力が今にも尽きそうになりながらも。
それは指先にある光が弱くなっている事から、騎士達にも分っていた。
タナカハナコが魔物に憑依されれば……
今度こそ彼女の命ごと消されてしまう事は、騎士達も想像出来る事で。
国の安寧を何よりも重要視する皇帝陛下が、何時までもこの状況下でいる事を由としないのは明らか。
やがて。
レイモンドのいる辺りが騒がしくなった。
誰だかは分からないが、そこに女の姿がある事は騎士達にも見て取れた。
こんな場所に女?などと思いながら見ていると。
「 わたくしのレイに触らないで! 」
アリスティアの声がしたと同時に、急旋回した彼女は、レイモンドに向かって突っ込んで行った。
「 殿下に何かあったのか!? 」
皆が不安に駆られながらその様子を見ていた。
こんな馬鹿女を放って、主君の元へ駆け付けたい思いを必死で我慢して。
その時。
遥か上空にあった銀色の光が、こちらに向かって飛んで来た。
凄い勢いで落下して来る。
ワーッ!!
「 魔物が来るぞー!! 」
「 聖女を守れー!! 」
騎士達が叫び声を上げた。
弓兵達は銀色の光に向かって次々に矢を放った。
しかし矢は、サラの魂を通り過ぎ地面に落下して行くだけだった。
「 嫌ーっ!!怖~い!レイ様は何故ここに来ないの?もう3分経ったでしょ!?」
頭を押さえながら、タナカハナコはそこから逃げ出そうとした。
逃げるならレイ様の所へ行かなくっちゃ!と性懲りもなく。
その時。
ジョセフがタナカハナコの腕を掴んだ。
「 !? 何よ? 邪魔しないでよ! 」
「 約束の時間だ! これを返す! 」
上着のポケットからスマホを取り出すと、タナカハナコの手に押し付けた。
スマホを手にすると、無意識に電源を入れてしまうのは現代人の性。
……と、同時にタナカハナコの身体に銀色の光が入って行った。
唖然とする騎士達の前で。
刹那!
スマホに電源が入り明るく光った。
画面に現れたのは推しの顔。
それは……
2ヶ月振りに見る大好きな男のカメラ目線の笑顔。
そうだわ!
FCでの夏フェスの申し込みがもうすぐ始まる。
今年は握手会があると、FCからのお知らせがあったのよね。
絶対に抱き付いてやろうと、メンバー達と話していたっけ。
皆と……話したい。
「 帰らなきゃ! 」
スマホを見つめたままにタナカハナコは呟いた。
すると……
タナカハナコの身体がスーッと、浮き上がって行った。
上空に向かって真っ直ぐに。
空高く。
その時に空がパカッと割れた。
タナカハナコが転生して来た時のように。
そして……
割れた空に彼女は消えた。
***
皆が、タナカハナコが消えた空を見ていた。
彼女が転生して来た空を。
「 魔物は? 」
「 そうだ! 魔物は? 」
騎士達が騒ぎ始めた。
空を見上げながら、その場でクルクルと回り辺りを探した。
しかし。
空のどこを見ても銀色の光の塊はなかった。
「 魔物は聖女様に憑依したのを見たぞ! 」
「 では、聖女様に憑依したまま消えたのか? 」
「 聖女様が魔物を連れ去ってくれた!」
ワーッ!!!
……っと騎士達が歓声を上げた。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
「 天のお告げはこう言う事だったんだよ! 」
「 聖女様が世界を救ったんだ! 」
ばんざーいばんざーいと騎士達が勝鬨を上げて、肩を叩き合ったりハグをし合ったりと魔物がいなくなった事を喜び合った。
そんな中。
この場から引き揚げようとするジョセフに、レイモンドがカルロスとオスカーと共に駆け寄って来た。
その綺麗な顔を上気させながら。
「 兄上! ハナコは母国へ戻ったのですか? 」
「 さあね。母国に戻ったのかは知らないが、我が国からいなくなったのは見ての通りだ 」
ジョセフはスマホを作動させ、それを見せたらタナカハナコが割れた空に吸い込まれて行った事を説明した。
「 スマホか…… 」
それはタナカハナコが母国から持って来た唯一の物だ。
遠く離れた場所でも会話が出来て、文字も送れて……
兎に角そのスマホの中には、自分の情報だけでなく世界のあらゆる情報が入っているのだと。
最早、何を言ってるのかは分からなくて、レイモンドはそれ以上聞く事はなかった。
ただ。
この世界にはない珍しい材質の、四角い黒い画面だっただけで。
本来ならばレイモンドの反応が普通だ。
ギデオンもハロルドも、使えないなら仕方がないと思ったに過ぎない物だった。
だけどジョセフは違った。
彼は、タナカハナコから預かったスマホを分解した。
それはやはり科学者としては当然の事で。
未知なる物体をジョセフは熱心に研究した。
そして……
やはりジョセフは天才だった。
彼はスマホに残っていた僅かな電気を復活させたのだ。
勿論、電気など無い時代だからそれ以上の事は出来なかったが。
電源が入ったスマホの画面を見れば、そこには姿絵ではなく、実物かと思う位の人の顔があった。
タナカハナコが恋するレイモンドとは程遠い顔だったが、こんな所にあるのならタナカハナコにとっては大切な男に違いないと。
彼女は何時も何時もこの顔を見ようとして、スマホを弄っていたのだから。
これは……
彼女の恋人なのかも知れない。
この男の顔を見れば、母国への慕情が芽生えるのではないかとジョセフは考えたのだ。
侍女ネットワークでタナカハナコの事を聞き取りをした所、彼女は全く母国に帰りたいと思う事はなかったのだと。
因みに、帰りたいと泣くのはレイモンドの前でだけで。
それも嘘泣きだと言う事は、レイモンドの侍女達は見抜いていたが。
母国への慕情を引き出せれば、きっと異世界への扉が開くだろうとジョセフは考えた。
それは……
タナカハナコが転生して来た同じ新月の夜に。
同じ時刻に。
勿論、これは賭けに過ぎない事だった。
しかしだ。
何事も実験あるのみ。
これが天才ジョセフの信念。
それが見事に成功した。
タナカハナコは魔物ごと異世界に消えたのである。
それが母国なのかは知らないが。
ジョセフの説明は、レイモンドもカルロスもオスカーも納得出来るものだった。
現にタナカハナコはいなくなったのだから、ジョセフの所為は正しかったのだと。
「 なる程。母国への慕情……では、サラがハナコに憑依するも計算の上で? 」
「 いや、それは偶然だ。アリスティア嬢が絶妙のタイミングで魔物から目を離したからな 」
ジョセフはクックと笑った。
アリスティアの「 わたくしのレイに触らないで! 」は勿論ジョセフにも聞こえていた。
嬉しそうにはにかんだレイモンドの肩を、ポンと叩いたジョセフはその場を後にした。
自分の研究の成果に大いに満足をして。
「 ティアめ。また奇跡を起こしやがった 」
カルロスとオスカーが顔を見合せクックと笑った。
***
アリスティアは地上にいる皆の姿をぼんやりとしながら見ていた。
箒に乗ったままにプカプカと浮いて。
レイモンドとカルロスとオスカーは、少し離れた場所にいるギデオンとハロルド達に向かって駆けて行っている。
ジョセフは離宮へ向かって歩いていた。
スタスタと。
騎士達は万歳万歳と勝鬨を何度も上げて、互いに肩を叩き合い、手を空に突き上げている。
それはアリスティアに向かって。
そこにあるのは嬉しそうな顔。
アリスティアを称える声。
転生前。
アリスティアを大聖堂に追い詰めたのはここにいる騎士達だ。
空にいる大罪を犯した魔女を、激しく罵倒しながら。
だけど今は違う。
アリスティアは騎士達に向かって片方の手を上げると、騎士達は満面の笑顔で更に大きな声を上げた。
ワーっと両手をガンガンと突き上げて。
その、泣きたくなる程の嬉しい光景は……
アリスティアの罪の意識を少しだけ軽くした。




