希望の星
暗くなった空に銀色の光が一際強く輝いた。
今宵は新月。
暗いい空には月はなく、満点の星。
窓に駆け寄ったカルロスとオスカーは空を見上げた。
「 銀色の光はサラの魂か? 」
「 よしよしよしっ!ティアが追い出したんだな 」
二人はハイタッチをして喜んだ。
レイモンドがサラに連れ去られた事は心配してはいなかった。
そのサラが憑依したのはアリスティアの身体。
レイモンドに何かをしようものなら、アリスティアが黙ってはないだろうと。
そう。
カルロスもオスカーも、我が妹ながら彼女の手腕には脱帽する程だったのだ。
レイモンド皇子が本格的に社交界にデビューすると、世の中の貴族女性達は色めき立った。
令嬢は勿論、未亡人や人妻までもが。
舞踏会や夜会、お茶会にもレイモンドは女達に言い寄られる事になった。
皇子には既に婚約者がいるのもお構いなしに。
レイモンドのお眼鏡に叶えば、側妃の地位を得られる。
そうなれば外戚となり一族が繁栄出来るのだ。
現に側妃ミランダの実家は、貿易会社として莫大な利益を得ているのだ。
それ程までに皇族と外戚になると言う事は、貴族の名誉だけではなく、金儲けも出来る美味しい話なのであった。
この頃には、ジョセフ皇子は完全に世継ぎ争いに興味を失い、皇太子に相応しいのはレイモンド皇子だと言われ始めた事もあって。
そして、レイモンド皇子の婚約者アリスティア公爵令嬢が、まだ小さな子供だった事もあって。
そんな中。
アリスティアは11歳の頃から、レイモンドに言い寄る女達を排除した。
まだ社交界に出られない彼女は、スパイ(侍女のデイジー)を送り込み、その状況を把握し、警告し、それでも引き下がらない女には家ごと抹殺をした。
公爵家のあらゆる権限を行使して。
「 わたくしがレイを守らなければ! 」
それがアリスティアの心に刻まれた信条だった。
他国の王女さえも屁とも思わないアリスティアが、聖女や魔物ごときにいいようにされる訳がない。
何よりも、アリスティアは魔女なのだ。
それもかなりレベルの高い魔女。
魔力を極めた凄い魔女なのである。
完全体になっていない魔物に、負ける筈はないのだと。
窓から空を見上げている二人は、庭園にジョセフがいる事に気が付いた。
いつの間に外に出ていたのか、ジョセフが騎士達と空を見上げている。
「 聖女に憑依させないようにせよ! 」
「 御意! 」
ジョセフの命令に、庭園からバタバタと入って来た騎士達が、ソファーに横たわったままのタナカハナコの周りを取り囲んだ。
「 えっ!何? 」
その異様な気配に彼女は目を覚まし、ソファーからムクリと身体を起こした。
サラに憑依されている身体の疲労は気絶してしまう程で。
それは、タナカハナコのエネルギーをサラの魔力にしているからなのだが。
サラもサラで、異世界のタナカハナコの身体は居心地が悪い状態には違いないが。
周りをキョロキョロと見回すと、弓矢を構えた騎士達の背中と、自分の後ろには剣を抜く騎士達がいる。
「 えっ!?私……守られてる? 」
「 目覚めましたか?我々が聖女様をお守り致します 」
団長がタナカハナコを見下ろしながら囁いた。
威圧的な大きな身体に、目付きの鋭い厳つい顔なのでかなりビビる。
でも……私ってお姫様じゃん。
タナカハナコはこの状況を喜んだ。
そしてやはり出陣だった事に満足した。
この制服姿に着替えた甲斐があったと。
出陣ならばレイ様と一緒にいられる。
「 ねぇ? レイ様は何処? 」
「 魔物に連れ去られました 」
「 えっ!? 魔物に? 」
団長に聞けば、魔物が公爵令嬢に憑依して、皇太子殿下と消えたのだと教えてくれた。
「 嘘でしょ!?あの女は魔物になったの?悪役令嬢が魔物って……小説ネタじゃん。超ウケる~ 」
タナカハナコはケラケラと笑った。
じゃあ。
聖女の私があの女を始末する事になるのよね?
成る程。
ここからが物語の始まり。
嫉妬心の強い悪役令嬢が魔物になった。
そして、魔物に拐われた皇子様を助けた聖女が、世界を救う物語。
そしてエンディングは、勿論、皇太子と聖女の結婚式。
小説やアニメならここで終わりだけど、現実は当然ながらその続きがある。
結婚式の後は当然ながら初夜があって、私はあの逞しいレイ様の腕に抱かれるのよ。
毎夜毎夜。
朝も昼も。
タナカハナコは身悶えをしながら、ヒロインである自分の未来を想像した。
目をキラキラとさせて。
可愛くない。
「 私は世界を救う聖女。魔物を討伐する為に異世界から転生して来たのよ。これから聖女の実力を見せて上げるわ! 」
タナカハナコは、騎士達の前で声高らかに宣言した。
***
大聖堂の上空付近で銀色の光は、現れたり消えたりしている。
すると……
銀色の光はこちらに向かって真っ直ぐに飛んで来た。
「 来るぞ! 」
叫んだのはジョセフ。
アリスティアが自分の身体から追い出したのなら、間違いなくここに飛んで来る。
「 再びあの女に憑依するつもりだ! お前らは憑依されないように時間を稼ぎをしろ! 」
「 御意! 」
弓兵達が弓を構えた。
矢が魔物に通じるかは分からないが。
その時サロンの庭園に通じる大きな窓から、タナカハナコが飛び出して来た。
足の形がハッキリと分かる短いドレスをヒラヒラとさせて。
「 さあ! 聖女様が魔物を討伐してくれるわ! 」
サラは空を見上げながら身構えた。
魔物がアリスティアならば、恐怖心などは湧いては来ない。
タナカハナコは両手を前に突き出して掌を広げた。
聖女と言えば治癒か浄化だ。
魔物から世界を救うと言うのであれば治癒ではなく浄化。
いきなりタナカハナコが現れた事に、庭園にいるジョセフも騎士達も驚いていた。
「 この女。能力に目覚めたのか? 」
魔物を討伐する為に、自分の能力を出そうと身構える聖女にジョセフも期待をした。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
天のお告げがあってから3ヶ月余り。
聖女がエルドア帝国に現れてから2ヶ月余り。
世界が魔物に滅ぼされると言う恐怖の中で、聖女の存在だけが心の拠り所であった。
その恐怖もやっと終わるのだと。
騎士達は、やる気を見せているタナカハナコにワクワクとした。
今から聖女の力を目撃する事が出来るのだと。
実は、タナカハナコの護衛をしていた騎士達は怪しんでいたのだ。
この女はただのバカ女ではないのかと。
流石に口に出す事はなかったが。
ただ。
街へ布教活動に行った時に、民衆の前で演説をする彼女を崇高な存在だと認識したのは事実だ。
やはり聖女なのだと。
最早期待しかない。
これからが聖女の本領発揮。
浄化の能力を出そうと身構えるタナカハナコに、空を飛んで来た銀色の光が近付いて来た。
「 行けーーっ!! 」
騎士達が歓声を上げた。
期待を込めて。
空から降って来る魔物。
その光に両手を伸ばした聖女。
しかしだ。
聖女の手からは何も出ない。
プスリとも。
「 あら?おかしいわね? 」
エイヤートーと掌を前に押し出したり、後ろに引いたりしても、やはり何も出ない。
超人気アニメの『 カメハメ○ー 』の、気合いの入った構えまでしても。
あら? これも駄目なの? じゃあ必殺技のこれよ!
「 ムーン○リンセス……ハー……あれ?何だっけ?」
タナカハナコは、昔見たアニメの必殺技を思い出していた。
確か浄化の必殺技。
指先を顎に当てながら頭を傾けながら考えている。
可愛くない。
銀色の光が、何やら思案中のタナカハナコの頭上で制止した。
そこに器があるのを確認しているかのように。
刹那!
銀色の光がタナカハナコに入ると、彼女の身体が銀色に包まれた。
「 !? 」
辺りに沈黙が続く。
銀色の光が消えると、そこには聖女が佇んでいた。
「 えっ!? 」
何も起こらない状況に、騎士達が互いの顔を見合わせた。
「 またもや憑依されたのか? 」
それも……いとも簡単に。
あっさりと。
隣の応接室の窓から、一部始終を見ていたギデオンとハロルド達が、渋い顔付きになっていた。
彼女は聖女では無かったのか?
その疑念は以前からあったが。
それでも信じたかった。
世界を救う聖女が我が国にいるのだと。
聖女と言う希望の星がいるからこそ、国を一つに纏め上げる事が出来たのだ。
希望が絶望に変わった。
だったら……
天のお告げである聖女は何処にいるのか?
***
「 馬鹿なのか? 」
「 自分から憑依されに行ったよ 」
窓からその様子を見ていたカルロスとオスカーは呆れ顔だ。
団長からは、ここから離れないように言われていたと言うのに。
「 俺、ちょっと期待したんだけどな 」
タナカハナコの、あの構えには皆が期待をしたのだ。
魔物を消し去る必殺技が出ると。
カルロスもまた大きな溜め息を吐いた。
騎士達がジョセフに命じられていたのは、魔物が聖女に憑依されないようにしろと言う事。
兎に角、時間稼ぎをする必要があるのだと。
しかしだ。
タナカハナコは簡単に憑依された。
時間稼ぎなど全く出来なかった。
「 皇子殿下はこの後、どうされるのかな? 」
ジョセフを見れば、懐から取り出した懐中時計を手にして時間を確認している。
「 皇子殿下が何をなされたいのかわかるか? 」
「 天才の考えている事は、俺達には分からないよ 」
「 なあ、それより、殿下とティアは一緒にいるんだろうな? 」
「 それはそうだろう。サラを追い出したんだから 」
オスカーはそう言って夜空を見上げた。
月が出ていないからか星の輝きが強い。
その時。
空には何か浮かんでいるものがあった。
それは黒い固まり。
目を凝らしてよく見れば……
黒い固まりはこちらに向かって来ている。
何だか上下左右に揺れて、ヨタヨタとしながら。
「 あれは…… 」
「 ティアだ! 」
オスカーの声に、皆が一斉に夜空を見上げた。
凄い。
空を飛んでる。
「 ん? 何だ? 何かに乗ってる? 」
「 ……もしかしたら箒か? 」
黒いローブを翻した魔女が、箒に乗って飛んで来た。




