千年後の真実
凄い。
身体がしっくりとくる。
これが私の本来の身体。
以前は、この身体に上手く入れなかった事からずっと無理だと思ってきた。
千年探していた自分の身体が、直ぐ目の前にあるにもかかわらず歯痒い思いをしていたのだ。
やっとこの美しい顔と美しい身体を自分のものにした。
サラは歓喜に包まれた。
鏡を見る度に、タナカハナコの不細工さに辟易していたのだから。
「 レイ様……レイ 」
もう呼び捨てで呼んでも良いのだ。
自分はアリスティア・グレーゼ公爵令嬢。
堂々と皇太子妃になる事の出来る身分になったのだから。
『 レイ様 』と呼んでいたのはタナカハナコがそう呼んでいたからだけの事。
この女のように親しく、「 レイ 」と呼んで特別な関係になりたかった。
そして……
彼が愛するこの女ならば、甘くて熱い視線を向けてくれる。
抱き締めてくれる。
そして優しいキスもきっと。
サラがやって来た場所はやはり大聖堂。
サラがここに拘る理由は、セドリック王と再び逢う事を約束していたのがこの場所だからで。
今は大聖堂が建てられてはいるが。
セドリックの王太子時代に転生しても、勿論、セドリックはサラの事など知らない。
それを伝えた時にセドリック王は言ったのだ。
キスをすれば思い出すと。
とても悪戯っぽい顔をして。
だからサラはセドリックに全てを託して、目を閉じる事が出来たのだ。
普通の剣で胸を貫かれる事など、微塵も思わずに。
この場所は千年前は大聖堂ではなかったが、今は皇族の結婚式を執り行う場所だと言う事を聞いた。
再び二人の愛を誓い合うには相応しい場所だと言う事だと思い、サラはここに来る事に拘っていたのだ。
***
ティアからサラが出て来ない。
サラがアリスティアに憑依する事は、皆との打ち合わせで想定していた事だ。
しかし。
それは直ぐにアリスティアから出て来る事を確信しての、あの挑発だったのだ。
サラはまんまと挑発に乗ってくれた。
アリスティアに憑依しようと、タナカハナコから出て来たのだ。
そこまでは良かったのだが。
まさかアリスティアの身体に入ったまま、出て来ないとは思いもよらなかった。
こうなるとやはり成仏して貰うしかない。
アリスティアの身体から出て貰う為にも。
レイモンドはサラを椅子に座らせた。
「 大事な話があるから聞いて欲しい 」と言って。
レイモンドはサラに真実を話す事にした。
自分は成仏出来ない魂なのだと言う事を。
そして、魂になった理由も。
納得した上で成仏してくれれば、それで何もかも上手く行く。
しかしだ。
今から話す、千年前の真実を知った時のサラの悲しみを思うと、優しいレイモンドはやはり胸が痛むのだった。
「 我が国に伝わる文献の話をしよう 」
「 文献? 」
「 そうだ。そなたとセドリック王との事が文献に残されている 」
「 あら?それは一体どんな話なの? 」
サラが食い付いて来た。
自分の事が書かれているならば、それはやはり素直に嬉しい。
側妃になってからは自分の存在など無かった事から、書かれているなら戦いの日々の事かと少し心が踊った。
「 戦いに貢献した魔女は、時の王セドリックと結婚をし王妃となった 」
「 えっ!?王妃? セドリック陛下の妻にはなったけど、私は側妃だったわ 」
サラは指先を口に当てて考えている。
うーんと小首を傾げて。
可愛い。
口調は明らかにアリスティアとは違うが、目の前にいるのは間違いなくアリスティア。
姿形も、声も……その全てが。
「 私が王妃として相応しいと思っていたのかしら? でも……命を懸けた戦いの日々が評価されたみたいで嬉しい 」
レイモンドを仰ぎ見ながら、サラはそう言って嬉しそうな顔をした。
可愛らしい。
「 時戻りの剣の事も書かれている。王妃になった魔女からの、セドリック王への贈り物だと 」
「 えっ!? 」
「 そうして国王と王妃は幸せに暮らしたと 」
「 贈り物? 幸せに暮らした? 」
「 そうだ。我が皇族は贈り物の時戻りの剣を国宝にし、千年もの間大切に保管して来たんだ 」
「 千年も偽物を国宝として保管して来たのね。それに私は転生したから、その後の事なんてある訳ないのに 」
間違いだらけの文献だわと、サラは肩を竦めながらウフフと笑った。
可愛い過ぎる。
「 いや、時戻りの剣は偽物ではない。時戻りの剣は本物だった。昨日無かったのには理由があるんだ 」
レイモンドは、昨日目の当たりにした事を自分に言い聞かせるように言った。
それはこの大聖堂の地下室で確認した事。
確かに時戻りの剣は無かったのだ。
立太子の時には確かにあったと言うのに。
それは昨日サラと二人で確認したばかりで。
時戻りの剣が無かった事のショックは、まだ消化しきれてはいない。
「 時戻りの剣はセドリック陛下が私に使った。だから私はここに転生して来たのよ 」
本当は、過去に転生する筈だったのだけれどもと言いながら。
「 それが違うんだ……時戻りの剣を使ったのは…… 」
レイモンドはここで大きく深呼吸をして、そして言葉を続けた。
「 それは……僕なんだ 」
「 ………えっ? 」
暫く二人の間に沈黙が流れる。
「 それだから時戻りの剣は無かったんだ。僕が使ったから…… 」
「 ……誰に? 」
「 誰だと思うか? 」
「 そんなの分からないわ 」
「 そなたの魂が、何故アリスティアにあるのかを考えた事はあるか? 」
レイモンドの、サラを見つめる瞳が極端に優しくなった。
彼が見つめているのはアリスティア。
瑠璃色の瞳が甘く揺れている。
その眼差しにドキリとしながらも、サラは考えた。
そう言えばそうだ。
何故私はこの身体に入れたの?
時戻りの剣は私の魂を削って作った魔剣だ。
そこには私の魂が宿っている。
この女の胸に突き刺されたから、私の魂がこの身体に入っていたと言うの?
サラは自分の心臓を押さえた。
「 でも……タナカハナコの身体にも入れたわ 」
「 彼女は異世界から来た特別な身体だから憑依出来たのだろう 」
何故だかは分からないが、リタが言っていたから多分間違いないと、レイモンドは説明した。
リタ。
妖精の森に住んでいた妖精。
変身して今は魔女としてあの森に住み続けているとか。
あの、王太子時代のセドリックも彼女が変身したものだと、この時サラは理解した。
何故三人もいたのかは謎だが。
「 憑依…… 」
サラは、時折アリスティアの口から出て来た言葉を思い出していた。
自分は憑依ではなく転生して来た筈なのにと、アリスティアが口にする度に疑問だったが。
憑依……。
憑依とは魂が乗り移る事。
「 ……まさか…… 」
「 時戻りの剣は、ある理由で僕がアリスティアに使った……らしい。だからそなたには、時戻りの剣は使われてはいなかったんだ 」
「 ………じゃあ……私は…… 」
「 セドリック王は……普通の剣でそなたの胸を刺したのだろう 」
だからこそ時戻りの剣が、最近まで存在していたのだとサラに説明した。
今は……
一度、時が戻った世界の続きであると言う事も。
レイモンドは自分の頭を整理するようにサラに説明した。
昨夜アリスティアから聞いた話なのだが、今はアリスティアに話をしていると、少し混乱しながら。
「 ……何故なの? 」
レイモンドの話を理解したサラは、ガタガタと震えだした。
陛下は……私を騙したの?
ただ、私を殺しただけなの?
サラのヘーゼルナッツ色の瞳から、涙がボロボロと溢れ落ちた。
自分は転生して来たのでは無かった。
殺された魂が成仏出来なかっただけ。
「 約束したのに…… 」
サラは自分の顔を両の手で覆うと、肩を震わせながら忍び泣いた。
レイモンドは思わずサラを抱き寄せると、優しく抱き締め、頭を撫でた。
ミルクティー色の髪は細くて柔らかい。
それは手に馴染んだアリスティアの髪。
小さなアリスティアが、講師に叱られ泣いていると、何時もそっと抱き締めて頭を撫でてあげたのだ。
ここにいるのは、アリスティアでは無いと思いながらも。
そして、抱き締めて慰めてあげたいと言う衝動を、抑える事が出来なかった。
こんなにも辛そうに泣いているのは、やはり愛してやまないアリスティアなのだから。
どれだけの時間が過ぎたのか。
窓からオレンジ色の光が降り注いで来ていた。
サラはずっと静かに泣いていた。
レイモンドに優しく抱き締められたままに。
優しい手で頭をそっと撫でられながら。
「 私は……この世にいてはいけない存在なのね 」
俯いたままのサラはそう言った。
それは弱々しいアリスティアの声。
消え入りそうな声に胸が締め付けられる。
「 そなたは安らかに成仏して欲しい。いや、しなければならない 」
レイモンドはサラを胸に抱いたままにそう言った。
そなたは何も悪くはない。
セドリック王への一途な愛に胸が痛くなる。
「 どうすれば……私は成仏出来る? 」
「 ……… 」
サラが成仏する事を選んでくれた。
レイモンドはホッと胸を撫で下ろした。
『 だったら、キスをすれば良いんじゃね? 』
『 殿下がセドリック王の事を思い出されたら、サラは満足して成仏するかも知れないですね 』
『 霊魂は未練が残ると、この世に留まると聞いた 』
カルロスとオスカーとジョセフが話していた事を思い出す。
キスをした所で、僕がセドリック王の事を思い出すとは思えないが。
それで納得をして成仏してくれるのなら。
やはり……
やってみるしかない。
何よりも、魔物に憑依されているアリスティアの事が心配だった。
魔力の強いアリスティアが、何故憑依されたままでいるのかが不明だが。
だからこそ余計に不安が募るのだ。
一寸先は闇。
何かイレギュラーがあったのかも知れないなら、一刻も早くサラをアリスティアの身体から出したい。
サラが成仏出来るかも知れないと言うのなら、彼女に口付けをする事を躊躇してはいけない。
ましてや腕の中にいるのは、顔も身体もアリスティアなのである。
伏せた目の長いまつ毛もアリスティアだ。
彼女から香る匂いもアリスティアの匂い。
アリスティアの可愛らしい唇にキスをするだけ。
それは何度も唇を合わせていた唇。
レイモンドは抱き締めていた手をサラから離した。
そして……
サラの腕を持ち、自分が立ち上がるのと同時に、サラも椅子から立ち上がらせた。
***
やっぱり。
この女だとキスが出来るのね。
セドリック王の事を思い出して欲しいから、ずっとレイモンドにキスをせがんできたが。
この女ならば最早それもいらないのだ。
サラは目を眇めた。
レイモンドに立たされたままに。
後は、彼の唇が降って来るのを待つだけ。
時戻りの剣をセドリックに使われなかった事は、流石にショックだった。
暫くは身体が震えてしまう程に。
だけど……
寧ろ、今は殺害してくれたセドリック陛下に感謝している。
こんなに素敵な皇子様と出会えたのだから。
過去に転生していたならば、彼には出逢えなかったのだから。
王太子時代のセドリックを見た事から、サラは尚更にそう思うのだった。
何よりも彼は皇太子だし。
夢だった皇太子妃にもなれる。
公爵令嬢としてなら、堂々と彼の横に立てる。
あの時の王妃のように。
ざまあみろだわ。
常に平民の私を上から目線で見下していた王妃。
悪いわね。
貴女の血筋の皇子を私のものにするわ。
ウフフ。
さぞや口惜しいでしょうね。
兎に角、アリスティアの身体が快適だった。
タナカハナコの身体に感じていた違和感など全く感じない。
彼女の頭の中にあった訳の分からない言葉なども無く、何よりもレイモンドに対するいやらしい感情が無い。
この女の頭の中は無に等しい。
これはこの女に完全に乗っ取れた証。
身も心も完全に支配出来たのだとサラは満足をした。
以前に弾き出された事から警戒していたのだ。
サラはレイモンドの首に手を回した。
少し背伸びをして。
仰ぎ見る美しい顔は甘くて優しい顔。
タナカハナコの時には決して向けられなかった熱い眼差しがある。
その瑠璃色の瞳に映る、自分の美しい顔に満足をして。
ヘーゼルナッツ色の瞳をそっと閉じた。
目を閉じたサラに、レイモンドの顔が近づいて来る。
そして……
二人の唇は重なった。