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挑発

 



「 レイ様…… 」

 顔付きもそうだが、その口調も一瞬にして変わった。


 レイモンドを見つめる瞳には、タナカハナコの様ないやらしさなど無く、敬愛がこもっているような眼差しだ。


 サラが出て来たのだ。

 顔はタナカハナコの顔だが。

 勿論、声も変な声だ。


 皆に最大級の警戒と緊張が走る。


 窓の外にいる騎士達は、弓兵達が先頭に待機している。

 それは皇帝ギデオンの命令通りに。


 護衛アリスティアは、レイモンドの手をしっかりと握った。


 時の魔力で連れて行かれないようにと。



「 私を愛していた事を思い出して下さい 」

 レイモンドの前に立ったサラは、懇願する様な目をしながらレイモンドの頬に向かって手を伸ばして来た。


 愛しい陛下(ひと)と言いながら。


 パシッ!!

 当然ながら、アリスティアは瞬時にサラの手を叩き落とす。


「 わたくしのレイに触らないでっ! 」

「 あら?私のレイ様で()あるのよ? レイ様は私の夫なんだから 」

 サラは、さも当然のように目を眇めた。


 はあ?

 レイが貴女の夫ですって!?

 訳の分からない事をっ!


 アリスティアのイライラのボルテージが上がって行く。

 冷静な対応をするようにと、兄達から強く言われてはいたが。

 その忠告は、既にアリスティアの頭の中には無い。



「 何度も言ったでしょ!?レイはセドリック王では無いわ! 」

「 こっちこそ何度も言ってるわよね?レイ様はセドリック陛下と同じ魂なの!この美しい顔はセドリック陛下の王太子時代の顔そのものなのよ 」


 ずっと逢いたかったとレイモンドを見つめるサラの瞳はうっとりとしている。

 それを苦々しく見つめながら、アリスティアはある方向を指差した。


「 貴女のセドリック王は、()()よ! 」


 すると……

 ポンと誰かが現れた。


 それは王子風イケメン。

 リタが王太子時代のセドリックに変身したのだ。


 サラが、自分の命を削ってまで逢いたかった、その人の姿である。

 


 金髪に青い瞳。

 レイモンドの瑠璃色の瞳よりは薄い青。

 とても美しい王子だ。


 しかし、背はレイモンドより頭一つ低く、肌の艶も髪の艶も何もかもがくすんでいる。


 そう。

 彼は千年も前の王子だから、それは当たり前な事で。

 いくら王族と言えども、今よりは栄養状態の悪い時代。

 ましてや戦争に明け暮れていた彼が、ちゃんとした食事など摂れてはいない事は予想出来る。


 勿論、セドリックは美丈夫王子だ。

 だけど、洗練された皇子であるレイモンドに比べると、その差は歴然だった。


 確かに二人は似てはいるが。



「 セドリック王の若い頃の姿を見せたのは逆効果だったかな? 」

「 やはり不味かったか……サラは益々レイに執心するかも 」

 少し離れた場所から、成り行きを見ているカルロスとオスカーが眉を顰めた。


 リタをセドリック王太子に変身させるのも、皆で立てた作戦の一つ。

 婆さん達がここに来た時に、オスカーが思い付いた作戦だ。


 何でも試してみようと。



「 いや、却ってアリスティア嬢に憑依したくなるかも知れない 」

 ジョセフは静かにそう呟いた。


 その真意は分からないが。


 カルロスとオスカーはジョセフの言葉を信じて、静観する事にした。

 上手くやってくれよと願いながら。


 しかしだ。

 二人は静観する事は出来なかった。



「 一人じゃ納得出来ないのなら、まだまだいるわよ! 」

 マヤ様!ロキ様!と名前を呼ぶ声と共に、ポンポンとまたもやセドリックが現れた。


 セドリックが二人。

 合計三人のセドリックが並んだ。


「 さあ! どれでも選びなさい! 」

 アリスティアが口を尖らせた。


 ギャハハハハハ。

 カルロスとオスカーが腹を抱えて笑い出した。

 リタを、セドリックの王太子時代の姿に変身させろとは言ったが。

 まさかの三人セドリック。


「 さ……三人……三人もいる~ 」と笑いが止まらない。

 ヒィヒィと。



 三人いた所で何だと言うのかは分からないが。

 アリスティアはどや顔をしている。


 サラは三人セドリックとレイモンドを見比べる仕草をすると、直ぐにレイモンドに視線を向けた。


「 セドリック様よりレイ様の方が素敵ですね。良かった。この時代に()()して来て……この出逢いは運命の出逢いなのよ 」

 サラは手を胸の前で結びレイモンドを仰ぎ見た。


 三人もセドリック王太子が並んでいると言うのに。



「 なっ!?」

 若い頃のセドリック王に逢う為に、転生を望んだのでは無いの?

 自分の命を削ってまで、時戻りの剣を作ったのでしょ?


 なのに……何なの?


 セドリック王太子に逢えたら、嬉しくて、感動して、泣きながら成仏するかと思っていたのに。


 サラはあっさりとレイモンドに乗り換えたのだ。

 千年の想いはこんなものだったのかと呆れるしかない。


 セドリック王の魂がレイと同じとか、運命とか全く関係無いじゃない!


 アリスティアの怒りのボルテージが上がって行く。

 サラを罵倒してやろうと目がつり上がった時、レイモンドが先に口を開いた。


 笑いを堪えながら。


 レイモンドもカルロスとオスカー同様に、吹き出していた。

 大真面目に作戦を随行するアリスティアが、可愛くて可愛くて。


 自分を守る為に、小さな手が一生懸命自分の手を握っている事も愛おしい。



「 サラ! 僕がセドリック王の生まれ変わりだとしても、僕の妃はここにいるアリスティア・グレーゼ公爵令嬢だけだ。決してそなたを皇太子妃にする事は無い。勿論、側妃など娶ろうとも思ってはいない 」


 レイモンドはそう言い切った。

 その顔は何かを決断する時の崇高な顔。

 彼女の頬が朱に染まる。


 何を赤くなってるの?

 拒絶されているのが分からない!?


 アリスティアは更にイラついた。


 だけど同時に……

 どうやら、魅了の魔力は消え失せたようだと安堵する。


 今までならば……

 サラの前ではボーッとしていたレイモンドが、こうして自分の気持ちを口にしたのだから。


 魅了の魔力に掛かっている間は、あれだけ自分に密着してくれていたからか、少し寂しくもあるが。

 その分、レイモンドと繋がれている手を更にきつく握った。



「 どうやら消滅の薬は効果があったみたいだな 」

 カルロスは胸を撫で下ろした。


「 ああ。俺も意識がハッキリしている 」

「 そうか……安心した 」

 魅了の魔力には掛かった事のないカルロスは、オスカーの肩を叩いた。


 そう。

 魅了の魔力に掛かると意識がぼんやりする。

 そして……

 聖女の為に何でもしたいと言う思いが湧き上がって来るのだ。

 彼女が求めるならどんな事をしても叶えてあげたいと。



「 それにしても凄い効きようだ。魔物の魔力を消し去るなんて…… 」


 薬が出来上がった時。

 以前作った薬により強力な効果のある薬にしたと、ジョセフは言っていた。


「流石は天才だな 」

 二人は尊敬の念を持ってジョセフを見た。


 この国を物理的に豊かにしているのは間違いなく彼なのだ。

 彼の研究があるからだ。


「 陛下が皇子殿下を縛らないのも分かる様な気がするな 」

 彼もまたエルドア帝国に必要な皇子なのだ。



 ジョセフと言えば、彼はずっとサラを凝視している。

 その実態を探る様に。


 その無機質な顔は何を考えているのかは分からないが。




 ***




「 サラ……悪いが、そなたは僕の好みではない。僕はアリスティアの美しい顔が好きなんだ。アリスティアは……その……グラマーだし…… 」

 この先の言葉は口篭った。


「 えっ!? 」

 レイが女性に向かって、顔が好みではないなんて言うなんて……

 わたくしの美しい顔が好きなのは分かるけど。


 アリスティアがレイモンドを仰ぎ見ると、アリスティアに視線を落としたレイモンドの、色っぽいウィンクが降って来た。


 凄い破壊力だ。


 その色っぽさにドギマギとしながらも、彼のウィンクの意味をはたと考えた。


 ピコピコピッコーン!!


 分かりましたわ!

 レイは小芝居をしているのね。

 サラが、わたくしに憑依をしたいと思わせる()()を実行してるのね。


 ならばわたくしもと、アリスティアはサラに向かって目を眇めた。


 戦闘開始だ。

 いや、既に開始しているが。



「 そうですわ!レイはわたくしの様な美人でスタイル抜群な女が好きですのよ。貴女の()()しているタナカハナコみたいな貧相なスタイルでブスは好きではありませんわ! 」

 残念です事と、アリスティアは自分の手の甲を口元に持って行き、サラに向かってクスリと笑った。


 相手を蔑む様な挑発は、得意中の得意だ。



「 ほら、レイはこの立派な果実の様な()()()()を好きですのよ 」

 オーホホホと高笑いをしながら、ローブをサッッと捲り、立派な胸を突き出した。


「 テ……ティア!? それは侵害だ!僕はティアのオッ……胸だけを好きな訳ではない! 」

 途中で口ごもり……言い直した。

 流石に皇子様が()()()()なんて言葉は口にする事は出来ない。



「 あら?このオッパイはお嫌い? 」

「 ……いや、好きだ……だけどそれは…… 」

 ……と言いかけてレイモンドは赤くなった。


 アリスティアの何もかもが好きなのだ。

 勿論、胸が立派な所も。

 結婚する日を楽しみにしている。



 そんな二人を見ていたサラは俯いた。

 何かを考えるようにして手を口元に添えて。



「 上手いな。挑発が効いている 」

「 ティアの得意分野だからな 」

 カルロスとオスカーはハッハと笑った。


「 本来ならばティアがサラの身体なんだろ?だったら、レイに愛されたいなら上手く行くかもしれない 」

「 一度ティアに憑依しようとして失敗したらしいから、サラがそれをどう考えているかだな 」

「 再度憑依してくれれば良いのだが 」

「 それにしても……レイはオッパイが好きだと言われてるよ 」

 オスカーがクックと笑った。


 普段は穏やかで余裕のある振る舞いでいる彼が、こんなにも焦る姿は珍しいのだ。



 外で守りを固める騎士達は、時折聞こえて来る笑い声に困惑していた。


「 殿下達は魔物と対峙してるんですよね? 」と頭を捻って。



 アリスティアは更に挑発をする。


「 わたくしのような美しい身体でなく、その貧相な身体に()()したのが残念ですわね。その身体ではレイを誘惑出来ません事よ。わたくしのライバルにもならないですわね 」


 レイモンドと繋いでいた手を離して、レイモンドの腕に自分の手を絡めた。

 豊満な胸を押し付ける様にしてニヤリと笑う。

 勝ち誇ったような顔をして。


 すると……

 俯いていたサラが顔を上げてアリスティアを見た。


 さあ!

 タナカハナコの身体から出て来るのよ!


 わたくしに憑依しなさい!

 出て来たらその迷惑な魂を消し去ってあげる。


 アリスティアは指先に魔力を込めた。




 ***




 アリスティアの言う通りだとサラは思った。


 こんな身体に()()したのなら、そりゃあ彼も愛する事は出来ないだろうと。


 彼に、妃にはしないと否定されたのも頷ける。


 セドリック陛下は豊満な肉体の女が好みだった。

 王妃も沢山の側妃達も皆、グラマラスな身体をしていた。

 顔も皆が皆美女だった。

 美人で豊満な身体は目の前にいる。


 そもそも彼女に自分の魂があるのだ。


 あの時は……

 目覚めたばかりで彼女の身体には()()出来なかったが。


 今なら成功するかも知れない。

 何よりも……

 彼女は私の身体なのだから。


 そもそもタナカハナコの身体にいるのが苦痛だった。

 あの何だか分からない滅茶苦茶な記憶は、船酔いみたいになるのだから。



「 私はね。あんたみたいな美しくてグラマラスな女だったのよ 」

 サラはアリスティアの胸に指を差しながらそう言った。


 レイ様に愛されたい。


 サラは王太子時代のセドリックを見た事から、より強くレイモンドを求めた。

 今までは、思い出して欲しいと言う想いが強かったのだが。


 この公爵令嬢になれば愛して貰える。


 レイ様の、あの甘い眼差しも、あの甘い声も自分だけのものに出来る。

 彼は……

 側妃を娶らないと言ったのだから。


 サラに今までにはない独占欲が出て来ていた。


 それに……

 喉から手が出る程になりたかった貴族になれる。

 それも公爵令嬢と言う最高位の貴族令嬢に。


 千年前は、平民だった事から王妃にはなれなかったのだ。

 あんなにもセドリックに愛されていたと言うのに。



 タナカハナコの身体が銀色に光り出した。

 すると……

 銀色の光が彼女の身体から出て浮き上がった。


「 よしよしよし! 」

「 良いぞ! 」

 銀色の光を見やるカルロスとオスカーは大興奮興だ。


 ジョセフもその紫の瞳を輝かせる。


 刹那!

 銀色の光はすぅぅとアリスティアの身体に入って行った。


 辺りが静寂に包まれた。



「 ……えっ!? 」

 ティアに憑依出来たのか!?
















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