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誘いのラブシーン




「 レイさまぁ〜 」

 魔物(サラ)は自分の顔の前で手をパーにして、キャピキャピと振りながら庭園の小道をこちらに向かって歩いて来る。


「 タナカハナコだわ 」

「 ハナコだな 」

「 間違いない 」

「 何時ものマヌケずら 」

「 ……… 」


 隊長から魔物が建物から出て来たとの報告を受け、五人はサロンの窓から庭園を見ていた。


 彼女の装いは、紺のブレザーに膝の上までの短い丈のドレス。

 これは転生して来た時に着ていた異世界の装い。

 流石に転生して来た時のような生足ではなくタイツを履いてはいるが。

 足の形がはっきりしているいやらしい装いだ。


 因みに、タナカハナコは簡単な言葉ならなんとか話せるようになっていた。

 だけど最近になって、急に聞き取りも出来るようになりペラペラと話せるようになった事から、これも聖女の能力の一つだと思っている。


 勿論、サラが憑依しているからなのだが。



「 レイさまぁ~お待たせ~ 」

 サロンのドアを開けるや否や、タナカハナコがいきなりレイモンドに向かってダッシュして来た。


 ミニスカートだから走りやすい。 



 ドンッ!!!

「 ウギャ! 」

 妙な声が辺りに響く。


 レイモンドの前にすうぅっと出て来たアリスティアが、勢いよく駆けて来たタナカハナコの胸を突いたのだ。



 ドンッ!

「 ちょっと! 」


 ドンッ!

「 止めてよ! 」


 ドンッ!!

 ドンッ!!

 ドンッ!!

 ドンッ!!


 無表情な顔のアリスティアが、悲鳴を上げるタナカハナコの胸を突きまくって行く。


 最早恐怖以外の何ものでもない。


 タナカハナコは突かれる度に一歩ずつ後ろに下がって行き、直ぐにサロンの外に追い出された。



「 こ……こえ~…… 」

 男達がアリスティアの凄さに縮みあがった。


 魔力無しでも勝てるのでは?と。




 ***




 今朝、遅い時間に目が覚めたタナカハナコは、自分の部屋とは違う事に直ぐに気が付いた。


 侍女のメリッサからここは離宮だと告げられた。

 以前から皇太子宮から移動するように言われていたが、タナカハナコはそれを拒みつづけていて。


 移動場所がまさかの離宮。

 それも寝ている間に移動させるとはと、怒り心頭だった。


「 この離宮に魔物が出現したのに、どうしてこんな危険な所に私を…… あっ! 」

 何気なく窓から外を見ると、少し離れた建物の周りに、レイモンドの護衛騎士達がいるのが見えた。


 彼等がいると言う事は、レイモンドがここに来ている筈だと。



「 いよいよ出陣なんだわ 」

 タナカハナコは魔物討伐に出陣する日を待っていた。


 それは……

 二人で密着して馬に乗り、旅先での夜は二人で熱い夜を過ごせると思っているからで。


 以前の出陣の時には、アリスティアに邪魔をされたが。


 サラに憑依されてから、タナカハナコはその思いが強くなっていた。

 それは、サラがセドリック王と過ごした戦いの日々の記憶を、タナカハナコと共有していたからで。


「 レイ様が私を待っているわ 」 

 タナカハナコはそう呟いて制服に着替えた。



 因みに、タナカハナコの荷物も昨夜の内に離宮に運ばれていた。

 それは皇帝陛下の命により。


 そして、彼女の世話をする侍女達は、彼女に魔物が憑依してるのを聞かされても、しっかりと自分の仕事を全うしていた。


 それは侍女としての矜持。




 ***




 先程、五人で立てた幾つかの作戦がある。


 やはり魔物(サラ)を、タナカハナコの身体から出さなければならないのは必須。



「 サラはレイにセドリック王を重ねているんだろ? 」

「 ああ。僕にセドリック王の事を思い出して欲しいらしい 」

 キスをしたら思い出すと言っていたと、レイモンドは眉を顰めた。


「 だったら、キスをすれば良いんじゃね? 」

「 確かに。殿下がセドリック王の事を思い出されたら、サラは満足して成仏するかも知れないですね 」

「 霊魂は未練が残ると、この世に留まると聞いた 」


 男達の話は続く。


 サラは霊魂だ。

 セドリックに逢う為に千年も眠っていたのだ。

 逢えば、想いが叶った事で成仏出来るのかと。



「 ………」

 ジョセフの顔を見ながらレイモンドは小さく頷いた。


 国の為に必要とあらば、自分の感情を優先する事など出来ない。


 それが国を統べる者の立場。


 王女が国と国との繋がりを保つ為に、人種も異なり、言葉も知らない他国に嫁がされる事を思えば、こんな事は大した事ではないのだ。


「 やってみる価値はありそうだな 」

 レイモンドがそう呟いた時。


 後ろから恐ろしく強いオーラが放たれた。


「 うわーっ!!! ティア! 」

 魔力を放出されたのかと、カルロスとオスカーがレイモンドとジョセフを庇うようにして前に立った。

 皇族を守るのは臣下の務め。



 アリスティアを見れば……

 魔女にはなってはいなかったが、鬼のような形相で仁王立ちになっていた。

 下唇を赤くなる程に噛み締めて。


 レイモンドを凄い視線で睨むと、プイッと後ろを向いた。

 黒いローブがフワリと揺れる。


 アリスティアとて分かってはいるのだ。

 転生前に受けたお妃教育でその辺の事はしっかりと学んだ。


『 皇族は国の為にあれ。それが皇族に生まれた者の運命 』



「 ティア…… 」

 レイモンドがアリスティアの側に行った。

 何かを言いかけては口を閉じてを繰り返している。


 そして……

 俯くアリスティアの後ろから、そっと彼女の肩に腕を回し、アリスティアの後頭部に頬を寄せた。


 何も言わないアリスティアに、カルロスもオスカーも胸が痛くなった。

 いや、何も言わないからこそ余計に胸が痛むのだった。



 そんな二人を見やりながらジョセフが口を開いた。


「 もう一つ別の手がある 」

「 別の手? 」

 アリスティアはレイモンドの腕の中からヒョイと顔を覗かせて、ジョセフを見た。


 目がキラキラしている。

 キス以外の方法があるなら何でも来いだ。



「 サラをそなたに憑依させると言う手もある 」

「 わたくしに? 」

「 サラがティアに憑依したらそれこそ手がつけられなくなるのではありませんか? 」

 カルロスが走らせていたペンを止めながら、ジョセフに聞いた。


 サラの持つ時の魔力に魅了の魔力でも厄介なのに、その上破壊の魔力に消滅の魔力まで。


 こうなるとずっと燻っていた、『 アリスティアが魔物説 』が正しい事になる。


「 サラは、わたくしには憑依出来なかったみたいですわ 」

 アリスティアは、以前に憑依されそうになった時の事を皆に話した。


「 あの時か…… 」

 アリスティアが魔木の下で気を失っていた事がある。


 アリスティアには記憶がなく、気が付けばレイモンドにキスをされていたと言うあの時だ。


「 わたくしが魔女だから憑依出来なかったと、リタ様が仰有っておられましたから 」

 残念そうに言うアリスティアに、ジョセフは手を顎に当てて暫く何かを考えていた。



「 いや、そなたに憑依出来なくても構わないのでは? 」

「 えっ!? 」

「 サラがタナカハナコの身体から出れば良い 」

 サラの魂が出た瞬間に、魂を消し去れば良いと言った。

 それはアリスティアの消滅の魔力で。


 勿論、サラの魂が成仏しなかった場合の策なのだが。


魔物(サラ)を刺激しないで速やかに成仏して貰う 』


 兎に角、これが彼等の目標なのだから。



 話が纏まった事で、アリスティアはカルロスとオスカーに念を押された。


「 常に冷静に努める事! 」

「 全てがお前にかかってるんだからな! 」

「 分かっていますわよ 」


 分かっていなかった。


 タナカハナコが現れるなり、いきなり突き飛ばしの連続技を繰り出したのだ。

 レイモンドに抱き付こうとする女など、何人たりとも許さないのがアリスティア。

 


 アリスティアの突きで、どんどん後退して行ったタナカハナコは、廊下の壁に追いやられた。


「 ちょっとぉ! 今からレイ様と魔物討伐に行くんだから部外者は邪魔しないで欲しいわ! 」

「 あら?わたくしはレイの護衛をするようにと陛下から命が下されましたのよ 」

「 へっ? 護衛? どうしてあんたが? 」

「 わたくしが……()()からですわ 」


 アリスティアは扇子を口の前に広げ、ホホホホホと笑った。


「 えっ?悪役令嬢って強いの? ()()()()()で、身分の低い者を顎で使う女が公爵令嬢よね? 」

 腕力がある公爵令嬢なんて聞いた事がないと、タナカハナコはオカッパ髪を耳に掛けた。



 一瞬目を眇めたアリスティアは、徐に持っていた小瓶の蓋を開け、中にある液体をタナカハナコの頭に掛けた。


「 なっ!?……… 」

 突然液体を掛けられたタナカはハナコは驚いて目を見開いた。

 細い目だから大して見開いた訳ではないが。



 これこそが公爵令嬢の本骨頂!


 舞踏会で、マナーのなってない平民上がりの男爵令嬢を戒める()()だ。

 この後、王子様が現れて男爵令嬢を庇う()()だ。


 来たーーっ!!

 決定的なイベントがやって来たわ!



 レイモンドがこちらに向かって来るのをチラリと見たタナカハナコは、しくしくと泣き出した。


「 聖女の私に何故こんな酷い事をするの? 」

 指先で涙を拭いながら、直ぐ側まで来たレイモンドを仰ぎ見ている。


 涙は出ていない。


 元々、男とは無縁の人生だった事からあざとい所為が出来ない。

 あざとさならアリスティアの方が数倍上。



「 大丈夫か? 」

「 レイさまぁ~公爵令嬢が……いきなり酷い事をするんですぅ~」

 懐からハンカチを取り出したレイモンドに、タナカハナコは上目遣いをした。


 可愛くない。

 全然。


 アリスティアを叱り、優しく自分の頭を拭いてくれるのだと思いきや。

 彼はアリスティアの手をとり、ハンカチで拭いた。

 手に少し掛かった液体を。


 因みに液体は無色透明で無臭だ。



「 えっ!? 変な液体を掛けられたのは私よ? 」

「 大丈夫だ!害はない 」

「 はぁ!? 」

 レイモンドにそう言われたタナカハナコは、呆然と立ち尽くしていた。


 頭は少し濡れたままに。



 大事な薬品を拭き取って効果が薄くなる事は避けたい。

 優しいレイモンドはちょっと胸が痛んだが、敢えてタナカハナコの頭を拭かなかった。

 小さな小瓶に入っていた量だから、そもそもダラダラ垂れて来る量ではない。


 そう。

 この液体は『 消滅 』だ。

 先程アリスティアが、ジョセフに指導の元に作った薬品。


 打ち合わせでは、魔物(サラ)の服にこっそりと液体を掛ける筈だったのだが。

 自分の悪口を言ったタナカハナコにアリスティアはムカついた。


 それでなくとも、この女にレイモンドがキスをしたのだと思うと魔力が身体に溜まるのだ。

 いくら転生前の事でも。

 魔力のコントロールが出来るようになった事から抑えられてはいるが。



「 あれ程冷静でいろと言い聞かせたのに 」

「 相変わらず容赦ない女だな 」

 カルロスとオスカーがやれやれと、呆れた顔をする。


「 直接身体に掛けた方が効き目は良い筈だ 」

 ジョセフはアリスティアの所為に満足そうな顔をした。




 ***




 タナカハナコには用はない。

 少なくとも今の段階では。


 アリスティアは背伸びをしてレイモンドの首に手を回すと、レイモンドはにこりと笑ってアリスティアの腰に手を回した。

 上半身を少し前に折って。


 二人の視線が愛し気に交わる。

 そして……

 そっと唇が重なった。

 タナカハナコの目の前で。


「 ……えっ!?いきなり何? 」

 突然始まった二人のラブシーンにタナカハナコはフリーズした。


 二人のキスシーンは何度も見たが。

 それはドラマのワンシーンみたいな優しい口付け。



 これは五人で考えたイチャイチャ作戦。

 サラがアリスティアに憑依したくなる作戦だ。

 

 題して『 アリスティアに憑依すれば、レイモンドとこんな濃厚な口付けが出来るのだ作戦 』


 カルロスとオスカーはともかく、ジョセフに見られるのは恥ずかしいと思ったアリスティアだった。

 レイモンドがタナカハナコと口付けをするよりはこの案を遂行すると、アリスティアはオッケーした。


「 濃厚なキスをしろ 」とジョセフに言われて、レイモンドは嬉しそうにしていたが。



 口付けは角度を変えて何度も何度も繰り返す。

 やがて……

 レイモンドの片方の手がアリスティアの後頭部に回され、二人の口付けは更に熱を帯びる。

 レイモンドはアリスティアの唇を貪るようにして。



 それにしても濃厚だ。

 カルロスは両の目をきつく閉じ、オスカーは眉間を揉んでいる。

 やはり妹のラブシーンは見たくはない。

 彼等にとってアリスティアは、何時まで経っても小さなアリスティアなのだから。


 ジョセフと言えば、タナカハナコを凝視している。

 どんな風に変わるのかに興味津々で。



 さあ!

 聖女(タナカハナコ)から出て来なさい!


 魔物(サラ)!!


 次の瞬間。

 タナカハナコの気配が変わった。
















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