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離宮に進撃




 レイモンド、カルロス、オスカー、アリスティア、そしてジョセフは離宮に向かっていた。

 ジョセフの研究室は自分の部屋の隣にある事から。


 しかしだ。

 離宮には昨日から魔物(サラ)がいる。

 ジョセフの住まいの建物とは別の建物だが。


 大聖堂で魔力切れを起こし、意識を失ったままにここに運ばれていた。 

 流石にもう、皇太子宮には置いて置けないと。

 それは皇帝ギデオンの命によって。


 なので、この周辺には沢山の騎士達がいた。

 既に彼等にも、聖女に魔物が憑依している事は知らされている。



 レイモンドの姿を見ると直ぐに、第一部隊の隊長が報告にやって来た。


「 殿下! 今の所、魔物に動きはありません! 」

「 そうか……引き続き監視を怠るな! 」

「 御意! 」

 騎士達が敬礼をすると、アリスティアも少し離れた場所から敬礼をした。


「 殿下はわたくしに任せて下さいね 」と。

 口には出さないが、目で合図をしながら小さく頷いて。


 可愛い。

 周りの騎士達がポッと顔を赤くする。


 貴族社会では悪役令嬢だと噂され、嫌われているアリスティアだが、騎士達には彼女のファンが多い。

 ことレイモンドに関しては、容赦なく非情な所為をするが、それ以外はとても思いやりのある令嬢だ。


 その美貌で「 ご苦労様 」と労いの言葉を掛けてくれるのだから、好きにならない訳がない。


 何よりも……

 他国の王女さえもやり込める様は見ていて爽快だ。

 それは、レイモンドに群がるハイエナを蹴散らすライオンのようで。

 アリスティアの圧倒的な勝利を、騎士達は何時も楽しみにしているのだ。


 転生前。

 射殺命令が下されたアリスティアを、騎士達が大聖堂に追い詰めた時。

 あの時泣いていたのは、当時は騎士だった公爵家の使用人であるロンとケチャップだけではなかった。




 ***




 レイモンドは、昨夜オスカーが言っていた言葉を思い出していた。


「 ティアが介入すると、こんなにも未来が変わる 」

 

 そう。

 転生前は、皇宮から締め出されていた事から、アリスティアは何も知らされてはいなかったと聞いた。


 だから転生前の経験を生かせた訳でもない。


 なのにだ。

 アリスティアは、悉くタナカハナコをレイモンドに寄せ付けなかったのだ。



 何よりも……

 ここ、離宮で起きたクリスタとミランダの事件が最大の鍵だった。

 皇室の尊厳を揺るがす程の大事件になる所だったのだから。


 あの場にアリスティアがいなければ、またとんでもない未来が待っていたに違いない。



 今。

 我が国は正しい未来に進めている。

 それはアリスティアがいるから。


 大丈夫だ。

 魔物討伐もきっと上手く行く。


 レイモンドは繋いでいるアリスティアの、その白くて小さな指先に口付けをしようと彼女の手を持ち上げた。


 この指先は魔力が発動される指。

 自分の所為で魔女になってしまったアリスティア。


 彼女の全てが愛おしい。



 しかし、アリスティアの手はレイモンドの唇には行かずに、前方に向かってビシッと伸びた。


「 ジョセフ皇子殿下! 危険ですからわたくしと手を繋ぎましょう!」

 その手は前を歩くジョセフに向かっていて。


 立ち止まったジョセフは、ゆっくりと振り返った。

 無機質な彼の顔はアリスティアとレイモンドを交互に見た。


「 わたくしは陛下から皇太子殿下の護衛の命を受けましたのよ。でしたら、ジョセフ皇子殿下も守る必要がありますわ 」

 アリスティアはそう言って胸を張る。


 護衛の任務を全うするアリスティアの鼻息は荒い!

 フンムと気合いが入っている。



「 …… 」

 自分はレイモンドの手をじっと見ているだけで。

 その無機質な顔は何を考えているのかは分からない。


「 だっ……駄目だ! 」

 ジョセフに差し出しているアリスティアの手を、レイモンドは握った。


 この白くて小さな手は僕のもの。

 誰にも触らせない!



「 行くぞ! 」

「 レイ? どうしたの? 」

 何、怒っているのよ!と口を尖らせているアリスティアは、レイモンドに手を引っ張られるようにして歩いて行った。


 佇むジョセフの横を通り過ぎて。


 それはまるで……

 ジョセフと一緒にいた小さなアリスティアを、抱き上げて連れ去った幼い頃のように。



「 殿下のあれは嫉妬だよな? 」

「 レイが嫉妬する事は皆無だからな 」

「 ティアは男のおの字もないから、レイが嫉妬する必要はなかったからな~ 」

「 まあ、婚約者が皇太子殿下である令嬢なんて、誰も言い寄って来ないサ 」

 確かにと、カルロスとオスカーは笑い合った。



「 わたくしの任務の邪魔をしないで頂きたいわ! 」

「 兄上は……手を繋がずに守りなさい 」

 二人の前を歩くレイモンドとアリスティアはまだ揉めていて。


 仲良く手を繋ぎながらもワチャワチャと。


「 ハハハ……ティアは殿下に嫉妬されてる事に気付いてないね」

「 これは()()()には無かった事だよな~ 」

「 まあ、これも良いかも 」

 何時もは穏やかな皇子様の、焦ったりちょっと拗ねたような顔を見るのも楽しいと、カルロスとオスカーはクスクスと笑った。



「 …… 」

 カルロスとオスカーの少し前を歩いているジョセフは、二人の会話を聞いていた。


 無機質な顔のままに。




 ***




 母親に作らされていた薬が媚薬だと知ったのは、学園の特進クラスの時。

 その時、ジョセフは熱を覚ます薬を作った。


 それは匂いを嗅ぐだけで効き目のある薬品。


 そしてその薬品を、母親の部屋にある観葉植物に掛けるようにと侍女に渡した。

 肥料だと言って。


 その後の事は知らない。

 ただ。

 この頃から、ギデオンが離宮に訪れる回数が極端に減ったと言う。



 アリスティアは、ジョセフの研究室に入るや否やテンションが高くなった。


 そこは理想の研究室。

 ツーンと臭う薬剤の匂い。

 見たこともない実験器具。

 実験途中なのか興味深い物体もある。


 壁一面にある書棚を見てみると。

 医学書に薬学書を始め、あらゆる分野の書籍が並んでいた。


 著者は全て『 ジョセフ・ラ・ハルコート 』だ。



 やはりジョセフ皇子殿下は凄いお方なのだわ。


 下水道の仕組みを考えたのは有名だが。

 他にも数々の発明や開発を成し遂げている事は聞いている。


「 むやみやたらに触るでない 」

 キャアキャアとはしゃぐアリスティアに、ジョセフは怪訝な顔をしていて。


 元来無機質な顔の彼が、迷惑そうな顔をするのも珍しい事だった。


 しかしその顔は何処か嬉しそうにも見えて。

 そんな二人の傍にいるレイモンドは気が気ではなかった。



 カルロスとオスカーは流石にジョセフの部屋には入らずに、サロンで離宮のシェフと談話中だ。


 シェフはタナカハナコの朝食を作ったと言う。

 それを彼女の侍女が運んだのだと。

 朝起きた時の彼女はタナカハナコだった事から。


 悩ましいのは魔物が憑依したのは聖女だと言う事。


『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』


 世界を救うのは聖女なのだから。




 ***




「 これと、このB剤と……それからこれを混ぜて…… 」

 ジョセフがアリスティアに丁寧に説明していた。


 アリスティアはメモを取りながら熱心に手を動かせて。


 ジョセフはアリスティアが在籍している学園の特進クラスの顧問。

 言わば二人は教師と教え子の関係なのである。



「 完成しましたわ…… 」

 ジョセフ先生の教え通りに調合をしていたアリスティアは、ビーカーの中にある緑色の液体を見ていた。


 それは薬師にとっては感動的な瞬間。

 難しい薬であればある程に、他の薬品を混ぜるタイミングが難しいのだから。


 アリスティアは指導してくれていたジョセフを仰ぎ見ると、ジョセフは顔を綻ばせた。



「 良く出来たね。そなたは優秀な生徒だ 」

「 皇子殿下!この薬剤の名前は何ですか? 」

 メモ書きをした用紙にタイトルを付けようと考えて。


「 一度しか作った事がないので名前はない 」

「 えっ!? 」

 やはり彼は天才なのだ。


「 そなたが付けると良い 」

「 えっ!? わたくしが名付け親になっても良いのですか? 」


 いや、名付け親ではないと思うが。


 レイモンドははしゃぐアリスティアに、ちょっと突っ込んだ。

 心の中で。

 どんな名を付けるのかとワクワクしながら。



「 でしたら……()()にしますわ 」

「 消滅? 」

 もっと可愛らしい名前を付けるのかと思っていたが。


「 だって……魅了の魔力を消し去るんでしょ? 」

 ピッタリでしょ?と、アリスティアは同意を求めるようにジョセフを見やった。


「 何でも構わない 」

 無機質な顔が時折優しい顔になる時がある。

 それはアリスティアだけに向けられる顔。



「 彼女の事をもっと知りたい 」

 ジョセフはそう言いながらレイモンドを見やった。


 可愛らしいアリスティアに、デレていたレイモンドの顔が一瞬にして真顔になった。


「 ……あ?……あに……うえ……?」

 他の誰にもアリスティアを取られる事はない。


 しかし。

 ジョセフだけはそうもいかない。



 彼がアリスティアを気に入っているのは確か。

 今まで誰にも興味を示さなかった彼の、アリスティアを見つめる瞳は熱い。


 兄が本気でアリスティアを望んだら。

 父は許すだろうと思っていて。

 多分。

 アリスティアが魔女になっていなくても。


 だからこそ。

 幼い頃からずっと、ジョセフとアリスティアの接触を避けて来たのだ。


 昔から何故か父は兄には甘かった。

 皇子と言う立場でありながら公務もしないで、研究に勤しむ彼を容認する程に。


 自分は、16歳になれば当然のように公務を課せられたと言うのに。


 ただ。

 彼の功績が凄い事から、誰も意見する事はなかったが。



「 兄上……ティアは僕のものです 」

「 彼女の魔力を見たいものだな 」

 二人の言葉が重なった。


「 ……えっ? 」

「 私は()()に興味があるだけだが? 」

 焦るレイモンドを見ながら、ジョセフは少しだけ広角を上げた。


「 兄上…… 」

 レイモンドは、以前にジョセフに言われた事を思い出した。


『 悪役令嬢になる程に、そなたを好きな女を妃にはしたくない』と。



「 兄上は意地悪ですね 」

 安堵の顔をするレイモンドを見やりながら、ジョセフは目を眇めた。


「 それでそなたは……そんなにも愛してる婚約者の胸を貫いたのか? 」

 ジョセフは、レイモンドの胸に手を伸ばすと、彼の心臓を握り締めた拳でトンと小突く。


 そして言葉を続ける。



()()()()()を使って…… 」

















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