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7 丘の上の家


 ラオサ老から狩りと商いの許可をもらった。

 森で魔物を狩り、その肉や素材を村で売る。

 それが、俺の新しい仕事だ。

 村唯一の狩人だ。

 張り切っていこう。


「さて、住む家を決めねばなりませぬな。はて、空き家などあったじゃろうか?」


 ひげを揉んで思案にふけるラオサ老。

 遅々として答えが出ないのを焦れったく思っていると、縁側でクロをあやしていたルノンがはいはーい、と手を挙げた。


「クレスさん、丘の上にいい家があるんですよ!」


「丘の上か。眺めがよさそうだな」


「はい、最高なんです! わたしが保証します!」


 それは、ぜひ拝見してみたいところだが……。

 ラオサ老がしだれ柳みたいな眉をいびつに歪めている。

 何かワケあり物件だろうか。


「ルノンよ、よいのか? あの家は……」


「いいんです! クレスさんはわたしの命の恩人ですから!」


「おぬしがよいのなら構わぬが」


「クレスさん! さっそく行きましょう! わたしが案内してあげますね!」


 ということなので、ラオサ老に礼を言って村長宅を後にした。

 段々畑や牛の群れを眺めつつ丘の小道を登っていく。


「実に空気のいいところだ」


「まったくですな。まるで極楽です」


 牛のあくびが伝染ったか、クロは俺の肩の上で眠たそうにしている。

 俺は少し前を歩くルノンを見上げた。

 尻尾を左右に振りながら、鼻歌を歌っている。

 ご機嫌だ。

 でも、どこか寂しげにも見えるのだが、俺の気のせいだろうか。


「ここがクレスさんの家ですよっ!」


 翼のように両腕を広げたルノンの向こうに、こじんまりした家が佇んでいる。

 レンガの赤が緑の丘に映えている。

 絶好の映えスポットって感じだ。

 隣に建つ古びた教会もいい味を出している。

 広い森を一望できる眺めも最高。


 要するに、素晴らしい家だな。

 ここに住めるってマジ?


 クロも気に入ったようだ。

 眠気はどこかにすっ飛んだらしく、しきりに背伸びしている。


「ここが玄関です」


「ふむふむ」


 ドアを開けて中に入る。

 玄関は広々した吹き抜け構造になっていた。

 2階へとレンガの階段が伸びている。

 なかなかオシャレな家じゃないか。


「この日当たりのいい部屋がリビングですよ。窓を開けると、風が吹き抜けて最高なんです」


「本当だ。気持ちいい」


 俺は日だまりで安楽椅子を揺らしながらコーヒーでも飲みたい気分になった。


「こっちがダイニングです」


 これといった特徴のない食卓より、俺はあっちのほうが気になるな。


「見事なキッチンだなー」


 俺は巨大な窯を惚れ惚れと覗き込んだ。


「あるじ殿、人が入れそうな窯だと思いませぬか」


「嫌なことを言うなよ、クロ」


 だが、確かにそうだ。

 やっぱり食人文化があるのだろうか。

 俺は恐る恐るルノンを見た。

 日差しの下では輝いて見えた笑顔がどこか薄暗く見えなくもない。


「いやだなぁ、人なんて焼きませんよ。その窯は豚の丸焼きを作るのに使うんです。本当ですよ?」


 そうか。

 人と書いてブタと読んでないことを祈ろう。


 2階には小部屋がいくつか並んでいた。

 とりあえず、東向きの部屋を寝室にすればいいだろう。

 朝の日差しの中で心地よく目覚めるのを想像して俺は恍惚の境地となった。


「あるじ殿、我輩の部屋はここにいたしまする」


「屋根裏部屋か」


 手狭ではあるが、猫はそういうところ好きだよな。

 天窓から入り込んだ日だまりの中で、クロは早くも寝息を立て始めた。

 掃除とか、ちゃんと自分でしろよ?


「どうでしたか、クレスさん?」


 ひと通り、案内を終えると、ルノンは勝ち誇った表情で俺に問いかけてきた。

 答えはもう知っていると言いたげだな。

 うむ、正直に言おう。


「いい家だな」


 田舎の風を感じられる開放的な間取りが最高だ。

 ここで、のんびりと暮らす自分の姿が俺の脳内キャンバスに瞭然と描かれている。

 1000年の疲れも癒やされそうだな、ウハハ。


「クレスさんなら、そう言ってくれると思っていました!」


 ルノンの表情がパーっと輝いた。


 まあ、ただ、少し違和感を覚えた点もあったりする。

 つい最近まで誰かが暮らしていたみたいな妙な生活感があるのだ。

 息づかいを感じるというか。

 ……まさか、誰ぞ隠れ住んでいるんじゃあるまいな。


 そこかッ!!


 俺は勢いよくタンスを開けた。

 もちろん、誰も何もいない。

 丑三つ時限定で登場する半透明な住人じゃないといいのだが。

 田舎のホラーは都会より凄惨なイメージだ。


「それにしても、ルノン、この家についてずいぶん詳しいんだな」


 俺は何の気なしにそう言った。

 途端にルノンの表情が陰った。

 何か言っちゃまずいことでも口走ってしまっただろうか。


 俺はほかの話題を探して窓の外を見た。

 家の裏手に、もうひとつレンガの建物がある。

 いちおう、ウチの敷地の中みたいだが、


「離れか何かか?」


「あれは、ウチの豚舎です」


 ルノンの腕の中で子豚がブヒー、と鳴いた。


「わたし、養豚農家の娘なんです。今度、ぜひ見学にきてください、クレスさん」


 そう?

 じゃ、お言葉に甘えてお邪魔させてもらうとするか。

 そのうちね。

 俺は今、「何もしない」をしたいんだ。

 ご近所さんへの挨拶回りとか新居のお掃除とか全部後回しにして、ゆっくり羽を伸ばしたい。

 スライムのように溶けて、ぐでぇ……っ、としたいのだ。


 そのあとで、お邪魔させてもらおう。

 そう、だいたい2年後くらいだな。

 行けたら行きます――っ!!


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