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6 村長


 移住希望だと伝えると、ルノンは村長宅に案内してくれた。

 村の一切を取り仕切っている人物らしい。

 気難しい人じゃありませんように。

 そう願いつつ、俺は村長宅の敷居をまたいだ。


「いかにも、わしが村長のラオサですじゃ」


 伝説の奥義を教えてくれそうな仙人っぽい爺さんが出てきた。

 ヘソまで届くあごひげが実に見事だ。


 さて、挨拶は最初が肝心。

 勇者時代にも為政者への謁見は何度となく経験している。

 大抵の場合、ちょっとした手土産を持参すれば誰であれ大歓迎してくれるのだ。


 ということで、――どんっ!


 俺はラオサ老の身の丈を優に上回る巨大な牙を差し出した。

 ルノンを襲ったイノシシのものだ。


「クレスだ。この村が気に入った。ぜひ、村の一員として迎えてほしい。これ、つまらないものだが」


「お、おお……」


 ラオサ老は腰を抜かさんばかりに目を見開いている。


北王猪ノーデン・ボアの牙ですな。なんと見事な……。これほどの一品はそうそうお目にかかれませぬぞ」


 ご老体がそう言うなら、そうなのだろう。


「村の宝となりましょう。さあさ、立ち話もなんです。上がってくだされ、クレス殿」


 ラオサ老の機嫌は目に見えてよくなった。

 お言葉に甘えて居間にお邪魔する。


「して、クレス殿はなにゆえこの辺境地の寒村などに移住を希望されるのですかな?」


 シワだらけの顔がわずかに凄みを帯びた。

 村に悪しき者が立ち寄らぬよう、いちおう警戒しているのだろう。

 素性は伏せた上で、俺は正直に答えた。


「都会の過酷な労働環境に嫌気が差したんだ。もう二度と血尿なんて見たくない。ホントびっくりするくらい真っ赤なんだ……。久々に快眠できたと思ったら気絶だったこともあった。もうあんな地獄は嫌だ……」


 最後のほうは、わなわなと唇が震えていたと思う。

 ラオサ老の疑いの目が深い同情の色に変わった。


「それはそれは大変な想いをされましたな。大丈夫ですぞ、この村にはそもそも仕事がありません。若者など逃げるように出ていく始末でしてな」


 ホッホッホ、と柔和な笑みを見せるラオサ老。

 笑っている場合か。


「とはいえ、クレス殿。何もしないとあっては食うに困りましょう」


「ああ。そこで村長殿に仕事を紹介してもらおうと思った次第で」


 本当は働きたくなんてない。

 でも、何もしたくないなどと言えば不興を買うだろう。

 ここはグッと我慢だ。


 俺は肩の高さで軽く腕を曲げた。

 赤子の頭ほどもある力こぶが隆として盛り上がる。


「力仕事全般は得意だ。多少腕にも覚えがある。村に悪事を働く魔物や山賊がいれば引き受けよう」


「では、もしや、あの牙もクレス殿が手ずから獲られたので?」


「そうなんですっ! イノシシの魔物からわたしを助けてくれたんですよ!」


 答えたのは、ルノンだった。

 縁側に片膝をついて、剣を振り回す仕草をしている。


「剣が見えないくらい速いんです! まるで、おとぎ話の勇者様のようでした!」


「ごふ……ッ」


「にゃハ……!?」


 もてなしの茶を盛大に噴出した俺。

 その直撃を受けたクロが吹っ飛ばされて庭を転がった。

 すまん……。


「ほほう! 教会の修道女しかり、この村にはとかく変わり種が流れてくるものですが、なるほど。今回の移住者には期待が持てそうですじゃ」


 ラオサ老は満足げにあごひげをなでると、書棚を漁り始めた。


「いかんせん辺境ですゆえ、族も寄り付かぬ土地柄でしてな。しかし、魔物はわんさかおるのです。村にも度々被害が出ておりましてな。……おお、あった。これじゃ」


 差し出されたのは、古びた一冊の手帳だった。

 めくってみると、魔物の図鑑やら森の地図やらいろいろ書き込まれている。


「昔の狩人が書き記したものですじゃ」


「昔の?」


「ええ。今はもう誰も狩りをしませぬ。なにせ、この村のそばに出る魔物はどれも凶暴ですゆえ」


 俺は軽自動車ほどもあったイノシシを思い出した。

 たしかに、一介の村人では手に負えないだろう。


「クレス殿、ぜひ狩りをなされよ。魔物の被害が減れば、村の者は皆、喜ぶことでしょう」


 村人が喜ぶ、か。

 それは、素晴らしい。

 流行り病を持ち込んだり和を乱したり、よそ者に関わるとロクなことがないってのがムラ社会の常識だ。

 よそ者の俺でも役に立つなら、村の人々に歓迎してもらえるはず。


「狩人の件、引き受けよう」


 俺はどーんと胸を叩いた。

 どうやら俺に新しい居場所ができそうだ。


ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

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