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おもて帽子  作者: 南部屋
7/18

傷だらけの闇

 



 その時、この街は夜になろうとしていた。

 永遠のように続く、黄昏の中にあるこの街は時たま夜の姿へと変わる。

 黄泉にも行けず、現世にも帰れない煉獄の魂を全て消し去るために、闇は存在するのだ。

 ”救われない魂”を刈りとるものの存在はずっと知っていた。

 救えなかった誰かを、刈りとり消し去る誰か。


「人と人が傷つけ合う姿を、私はたくさん見てきた」


 ニーヒは言った。いつもの皮肉めいた口調で、とても悲しそうな目をしてた。


「私は生きていた時、何をしていたのか全く覚えていない。ただ、私は人というものをよく思っていない、それだけは覚えている」


 ニーヒの手には緋色の剣が握られていた。

 返り血を浴びたような色をした剣は、彼の手によく馴染んでいた。


「人はいがみ合い、殺し合い、憎しみ合い、全てを私のせいにして消えていった。それをよく覚えている」


 もう片方の手には、真っ黒になった何かが握られていた。

 なんなのかわからない。ただ、何かの死体のように、禍々しい気配をしていた。

 ニーヒは心底憎い、とでも言うようにそれを潰した。

 真っ黒な何かは煙を上げながら消えた。

 

「あなたは、何かに絶望して自ら死を選んだんですよね」

 私は胸が痛かった。

 そう、私は自分から死ぬことを選んだ。

 それをおもて帽子に救われた。

 救われたことを言い訳に、選べずにいる。

 死ぬのか、生きるのか。

 永遠に答えを出さなくても良い心地良さの中にいる。

 ずっとどこかにあった罪悪感だった。


「なら現世はまだ、絶望に溢れているはずだ。そんなところに、どうして魂は帰りたがるんだ?

 絶望して、こんな弱々しく、全てに怯えてしまっているのに。

 なぜ、人はもう一度生まれ直そうと思うんだ?」


 ニーヒはそう言いながらまた黒い何かを潰した。

 彼は普段、感情を表に出さない。

 こちらが憎らしいと思うほど、飄々としているのに、彼は今激しい感情を露わにしている。

 彼は、生まれ直しを憎んでいるのだ。


「私は、あなたたちがやっている偽善を本当は苦々しく思っていた。

 生まれ直すことを決断できないほど弱ったものを、どうしてあなたたちはまた地獄に追い返すんだ?

 あなたのように、疲れ切って、悲しみにぬいて、自分が何者だったのかも思い出せないものは、ここで消えた方がいいんだ。

 その剣も、そんな応急処置をするぐらいなら、さっさと消せばいい。

 彼自身が思い出したくないと言っているんだ。

 私は、彼とあなたを始末しにきた」


 ニーヒは、まっすぐこちらを見ていた。

 びっくりするぐらい冷たい目線だ。

 ずっとずっと彼は私を殺したいと思っていたようだ。

 生きることも、死ぬことも選べない私を。

 それほど憎まれていたのかと、私は絶句した。


「そうだな、そういう話は腐るほど聞いた」

 おもて帽子は言う。


「実際、俺なんかに救われたくないともよく言われたさ。さっさと消してくれって。

 こいつも本心ではどうだか、わからない。

 俺がやっていることは全部余計なお世話かもしれねえな」


 これはおもて帽子が定期的にぼやいていたことだった。

 私自身、彼の活動に付き合っている中で、喜ばれたことの方が少ない。

 みな、楽にしてほしかったと懇願してくる。

 その度に、私は揺らいでいた。

 おもて帽子だけは、絶対に揺るがない。


「俺は人に生まれたことが一度もないから、わからないのかもしれねえが

 迷ってるやつをひとまとめにして、言い訳や遺恨も聞かずに消すことそのものを俺は憎んでいるんだ。

 こいつだって迷っているなら、思う存分、迷えばいいと思ってる。

 悩み苦悩し、迷うことは人それぞれの長さでいいんじゃねえかと、俺は思うんだ。


 だがまぁ、おまえのやってることも否定はしないさ」


 おもて帽子はいつもこう言う。

 そもそもここは、嘘がつけない世界。

 答えが自分からやってくる世界なのだから、好きなだけ悩むがいい、と。

 私にとって、それは今なのだ。

 答えを見せつけてくるのは、ニーヒだったのだ。


「だが、おまえのその感情は本物だが、この剣に固執するのは別の理由もあるんじゃねえか?

 俺とおまえは、そこそこ長い付き合いだったが、ここまで干渉してきたことは一度もなかっただろ」



「名前を与えて、別の存在にしてまで、なぜその魂を救いたい?

 なぜだろうね。私はその剣に憎しみしか湧かないんだ」


 ニーヒは私に剣を振りかざす。


「庇うのなら、そのまま消えてしまえばいい」


 私は咄嗟に振り下ろされた剣をエレシュキガルで受けた。

 なぜかわからない。

 そのまま私は彼の胴体を斬った。



 


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