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おもて帽子  作者: 南部屋
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真実の夜

 



 この世界は基本的に黄昏時のまま、景色が止まっている。

 だが、夜の時間帯になる時がある。

 おもて帽子曰く、その時間に残された魂が処理されるのだという。

 私たちが追い返すことも迎え入れることもできなかった”救われない魂”が消滅する時間。

 未練も想いも思い出すことができないまま、転生することもできず、ここに留まった魂が消滅する。

 刈り残し、と呼ばれる見逃された魂も稀にあるが基本その時間帯に、街と川に止まった魂は消えてしまうのだ。

 おもて帽子が、エレシュキガルを剣の姿にし、保留の形にしたのも、この時間帯が近づいてきたからだった。

 彼はこの時間帯を嫌っているが、仕方がないことだと割り切っている。

 行き場のない魂が溢れかえった時、碌でもないことが起こる。

 それは何度も歴史で証明されているらしい。

 どんなに足掻いても生き物は死ぬ。

 そして、うまくここを越えられない魂は毎日溢れかえるほどいる。

 どんなに私たちが努力しても、全てを救うことはできない。

 全てわかった上で、おもて帽子はやっている。

 自己満足の域を超えないのだとしても、彼は何かを諦めきれないのだ。



「この街の夜も何回目だろうな」

 帽子は言った。

 この街はいつも静かだ。

 そして夜はさらに静かになる。

 みな、刈り取るものを恐れて街の外に出たがらないし、ほとんどのものがこの時間に睡眠の真似事をするからだ。

 この街にいるものは生きている状態ではないので寝なくてもいい。

 ただ、生きていた時のことを反芻しないと、やはり気分が悪いらしい。

 夜を越えられるのは戻る肉体がある紛れ込んだ魂か、生きている必要がない魂、神霊の類だ。

 そういうものたちは夜を恐れなくていい。

 だがやはり、何かが刈り取られていく感覚はあるようで、それは薄気味悪いのだという。


「夜に出歩くのはあなたたちくらいよ。みんな、この時間に関わりたくないからね」

 彼女は馴染みのある友人だ。

 街の中心街に店を構えている、自称魔術師だ。

 店にはいつもよくわからない本や小物の道具が置かれている。

 彼女曰く、神霊類にどれだけ通用するのか色々試しているらしい。


 私に教えてくれた名前はエミリーといい、私と違う世界からこの世界にやってきたのだという。

 そこは、科学ではなく魔術が発展した世界で、彼女は自分の研究の一環でこの街に介入する手段を得た。

 現実では、睡眠し、夢を見ている状態で、彼女はここにいる。

 意識と記憶を保ち、この世界の研究ができているのは彼女のいう魔術のおかげらしい。

 

「私から見ると、科学っていうのは再現性が高いものを探求するものってイメージね。

 私の世界で発展している魔術というのは、再現性ができない、曖昧なものに焦点を当て続けているの。

 なんとなく、という感覚を追求してる。

 そこに多くの人が真理や神性を見出して、お金を投資して研究している。

 ただ、結論はそんなに変わってないイメージよ。

 過程が変わっても人は同じところでつまずいてるのかもしれないわね」

 

 私はどれも専門外なので深くそこに追求できない。

 ただ彼女が深く追求し、研究しているものは私の世界では馬鹿馬鹿しいとされるオカルトがほとんどだった。

 価値観が違うことは当たり前だと彼女は気にしていない。

 金髪に青い瞳の彼女は、私から見ればかなり奇抜な格好をしているが言葉は通じている。

 それも、この世界が言葉や外見があまり意味をなさい世界だからだと彼女は言っている。


「私は夢を通してこの世界に来ている。だからある程度の正気は保ててる。

 あなたの世界で同じことをする人が正気の扱いをされるかは謎ね。

 ただいるはずよ。同じ夢の続きを何回も見たり、鮮明に覚えていたり、夢の形を変えられる人。

 あなたの世界のそういう人たちは、きっとこの街に来ているのよ」


 私と彼女が友人なのは、基本この世界に人間がいないからだ。

 店を持ったり、管理人になっているのは神霊か狂ってしまった魂であることがほとんど。

 神霊はおもて帽子のおかげでなんとか相手にしてもらえているが基本的に腹が読めない。

 価値観も違うし、対等な関係には決してなれないと思っていい。

 彼女の言う、夢としてこの世界に来る人は記憶の保持が難しいのか、会うたびに初対面に戻されてしまう。

 定期的に会って話せる、対等な存在がエミリーぐらいしかいないのだ。


 

「この街もあなたも興味深いからしばらくいるつもりよ。でも期待はしないでね。

 この世界は基本的に、生きている人間は覚えていてはいけない場所だから」



 エミリーに夜の時間に会いに来たのはエレシュキガルについてだ。

 彼女は、こう見えて親切でいい人だ。

 そしてこういう類のものをよく知っている。

 私が事情を話せば、深入りせず協力してくれる人物でもあるのだ。


 だが、彼女は剣を見ただけでそっぽを向いてしまった。


「夜の時間に来たのは正解だったかもね」

 彼女は魔術師だからか、占いの類にも精通している。

 そして彼女は占いを信じている。

 正しくは、占いが正しいかどうかをいつも研究しているのだ。



「剣について知ってる人にはすぐ会える。私よりもずっと詳しいわ。

 その人もあなたを探してる。きっと必然ってものが導いてくれるわ」


 そう言われて店を閉め出されてしまった。

 待ち人を思い、空を見上げると時計塔の鐘が鳴った。

 いつもでたらめなタイミングで鳴り続ける鐘の音。

 だけど、この世界のタイミングは全て必然なのだとエミリーは言う。

 街道に目をやると人影が見えた。





 私を待っていた人物は、ニーヒだった。


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